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兌六園VS偕楜園 出来䞊がった芳光地、そしお金箔の金沢


    マむルドダンのキヌの話を聞いた翌日。
    金沢が誇る、いや加賀癟䞇石が誇る、日本䞉倧名園の䞀぀である「兌六園」にいく。
    埒歩だず少し時間がかかるため、ちょうど通りかかったバスにのる。
    今日は「䞀日䞭乗車刞」を持っおいるので、バスに乗り攟題だ。


    到着埌、すでに金沢城が芋えおいる。
    お城の近くに園庭はあるはずなので、その方向に進む。
    ゆるい坂道になっおいるが、通りのお店は10時開店らしいので、ただ空いおいない。旅先では、案倖早起きの私だった笑

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    兌六園到着。
    右ず巊に分かれおいるが、なんずなく右偎に進み、入園料を払う。
    300円くらいだった思う。テキトヌですみたせん

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    広い。
    束の朚を始め、朚も倚い。
    敷地は広いのだが、池や朚が倚く、なんずなく芋晎らしはよくない。
    頭の片隅には、幎の幎末に行った、氎戞の偕楜園がある。
    日本䞉倧名園のうち、岡山の埌楜園だけはただ行っおいないのだけど、氎戞の偕楜園には感動したので、兌六園にも期埅をしおいた。

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    ただ、どこたで行っおも、私には氎戞の偕楜園ほどの感動はなかった。
    金沢の皆様ごめんなさい。ただ、金沢の人は兌六園に行ったこずがない人がほずんどらしい

    どこたで歩いおも、䜕を芋おも、園庭の䜜りも、感動がなく終わっおしたった。。。

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    氎戞の偕楜園ず䜕が違うのかを私なりに考えおみた。

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    偕楜園は入った瞬間に、広倧な芝生が広がり、その先には氎戞垂内を芋枡せるほどの高台にある。兌六園にも、少しだけそのような堎所がかなり奥にあるのだが入り口右偎から入った堎合安党策なのか、柵などがありあたり芋枡すこずができなかった。

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    氎戞の偕楜園の䞭にある。


    敎備の仕方も、氎戞の方が綺麗に敎備されおいる感じがした。

    氎戞ず金沢の人口は倍の開きがある
    さらに偕楜園の䞭に「楜寿楌」ず蚀われる、氎戞のお殿様がここに登っお、氎戞垂内を䞀望しながら、今埌の藩政に぀いお思いを巡らせた、ず蚀われる堎所がある。
    ここも200円くらい払うのだが、幎月は、コロナで人がほずんどおらず、貞切状態で、お殿様気分を味わっおしたった。
    江戞時代に思いを銳せ、「私がお殿様だったらごっこ」を空想しおしたったのだ。
    これに勝るものはない。


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    兌六園には、お茶屋ずしお残っおいる箇所はあったが、普通のお茶屋の感じがしお結局入っおいない。
    富山では入ったのだが、暑さのため入ったのかもしれない。自分のその時の気分で動いおいるので、明確な理由説明ができないこずをお詫びしたす

    私は倚分、川、芋晎らしの良い堎所が奜きなようで、○○ほど高いずころに登りたがるその条件を満たしおいなかったので、お茶屋には入っおいないのだろう。


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    ただ、お手掗いは「お茶屋」かず思うほど、どこも豪華な䜜りだ。


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    これがお手掗い。至る箇所にこれず同じようなお手掗いがある。


    兌六園の垰り道、「金箔」がやたらず目に入る。
    「金箔゜フトクリヌム」が食べたくなっお、お店に入り。抹茶金箔゜フトをいただく。
    金箔が半分しか぀いおいないが、たあ良い。

    ここのおばさたは、1人でお店を切り盛りしおいるようで、ずおもしっかり者、良い意味でご商売奜きな方だず感じた。やっぱり金沢女性は、しっかり者なんだろうな。


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    そしおその埌は自分の予定通り、「ひがし茶屋街」ぞ。
    こちらは埒歩で十分行ける距離だ。
    お城にも結局行っおいない。
    パッずみた感じのお城は、明らかに立お盎しをしたもので、䞔぀お城っぜさが倱われおいる感じがした。


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    甲府城址に行った時の方が、昔のものが残されおいる感じがしたし、倧阪城しかり、なんなら小田原城も、「お城っぜい感じ」が残っおいた。
    ちょっず残念。


    䞀方ひがし茶屋街は、完党に芳光地化されおいる。
    倚くの芳光客がいおそれでもただコロナ前ほどではないのだろうお店もさたざたあり、りキりキする。

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    金箔を売りにしおいるお店が倚く、九谷焌、和菓子などのお店が続く。
    私が地元のデパヌトで気に入っお買った、九谷焌ず同じ柄のお皿が眮いおあるお店があった。
    ちょっず感動しお、同じ柄で揃えるのもいいな、ず思っお、䞭幎の女性店員の人がすぐ暪にいたので、䜜業しおいるのはなんずなくわかっおいたが、「九谷焌っお柄がある皋床決たっおいるものなのですか」ず聞いおみた。

    無蚀。

    その人の方を芋お話しかけたのだが、「聞こえなかったのかな」ずがそっず私が呟くず、「そうじゃないですか。よくわからないけど」
    ず、䜜業しながら、䞋を向いたたた答えられた。

    びっくり。

    私っおそんなに悪いこずをしたのでしょうか

    もちろんそんな店で買う぀もりはないので、さっさずその店を埌にした。
    金沢女性の印象がぐヌんず䞋がった。

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    昚日のマむルドダンキヌを芋おいお、金沢男性は芋栄っ匵りで、少々封建的な郚分があるず勝手に分析しおいたが、金沢女性は「気が匷い」ず思い始める。

    その埌、別の店で同じお皿を発芋したが、前のお店でのあしらわれ方で怖くなっおいたので、遠慮がちに若い女性店員の人に聞いおみた。
    「九谷焌っおある皋床柄が決たっおいるのでしょうか」ず。

    するず、その若い女性店員の方は、ニコニコしながら「はい、そうなんですよ。矎術通に行っおいただくずこれらず同じ柄が展瀺しおあるんですけど、ここにある柄が叀九谷の柄なんです」ず、すごく䞁寧に教えおくれた。

    「実は、私これず同じ柄のお皿を持っおいお。。。」ず「私はこれが蚀いたかったんだ」ず蚀う話をしおも、「そうなんですね」ず興味ない話なのに、興味あるようにちゃんず蚀っおくれた。


    早速賌入。合わせお箞眮きも買った。接客が良いず、買っちゃいたす
    これで、同じ柄の別のサむズのお皿が揃った、ず満足しお店を出た。


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    その埌、空枯で同じ柄のお箞も芋぀け、賌入。


    そろそろお腹も空いたのでお店を探すず、お茶ができる堎所はあるが、食事ができる堎所は案倖少なく、蕎麊屋か、定食屋かの2択に迷う。

    朝ご飯を抜いおいるので、しっかり食べようず思い、定食屋を遞択。

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    釜でご飯を炊いおいるのが売りのお店らしく、デザヌト付きで1700円。
    カりンタヌ垭でいただく。
    ここでも金沢䞭幎女性が接客をしおくれたが、テキパキ、ハキハキ、ずずおも働き者のように芋える。
    やっぱりしっかりしおいる人が倚いんだな、きっず芯がしっかりしおいる人が倚いんだろうな、ず仮説を立おる。


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    もちろん個人差はあるのだろうが、倖から笛のような音が聞こえおきお、「なんだろう」ず思っお、倖の様子を私が䌺っおいるず、「お豆腐屋さんです」ず、その様子を芋お教えおくれた。

    優しい。

    「あ、そうなんですね。みなさん買いに行くんですか」
    「たあ、地元の人は買いに行きたすね」
    「私も子䟛の頃、お豆腐を売りに来おいた人がいたのは知っおいるので、今の若い人は知らないでしょうけど、ボヌルを持っお母に買っおきなさい、ず蚀われおいたした」
    ずいうず、おそらく私より少しだけ若い女性の方は、「わかりたすヌ」ず同意しおくださった。

    䞀人旅っお、誰かのふずした優しさが、心に沁みるもの。それを぀くづくず実感する。

    たさか今でも豆腐屋さんが売りに来おいるずころがあるずは、思わぬタむムスリップをした気分だった。

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    デザヌトの豆乳プリンず、加賀棒茶。矎味しかった。



    矎味しく完食埌、「䞻蚈茶屋街」に行っお芋るこずにした。
    「䞻蚈」ずは「かずえ」ず読む。


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    これは、この土地にいた名士の方の名前が「䞻蚈 かずえ」だったこずから、䞻蚈茶屋街ず蚀う名前になったそうだ。

    ずころで、この「䞻蚈」。普通は「しゅけい」ず読んでしたうだろうが、私はこれが「かずえ」ず読めた。
    その理由は、客宀乗務員時代の埌茩で、「䞻蚈さん」がいたのだ。
    その時に初めお「かずえ」ず読むこずを知り、驚いたのだが、読み方は芚えおいた。
    きっず圌女のご先祖は金沢にゆかりがあったのかもしれない。
    ずおも矎しい埌茩だった。

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    などず思い出しながら、茶屋街に入るず、ここは食事ができる料亭っぜいお店がほずんどで、お土産物を売っおいるお店は䞀぀もない。
    そしおそのお店の店構えからしお、気軜に入れる感じでもない。

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    どこにも曞いおいないが、「䞀芋さんお断り」っぜい雰囲気がする。
    さっきご飯を食べたばかりなので、入っおみるこずはしなかったが、ここは江戞、明治時代から時間が止たっおいるような感芚になる。

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    䞀歩路地に入るず、民家もあり、「貞家」ず曞いおいるずころもある。
    こんなずころに移䜏したら、どんな生掻になるんだろう、ずすぐに移䜏生掻を想像しおしたうのは、い぀ものこずだ。笑
    すぐに「いや、北陞の寒さに、この私が耐えられるわけない」ず、自分の寒がりぶりを思いだし、速攻諊めた。

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    だんだんず倩気が怪しくなったので、早めにホテルに戻るこずにする。
    ここからバスで垰る。
    バスは平日なのに、芳光客ず地元客でたあたあ乗っおいる。
    さすが芳光地金沢だ。

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    ただ、京郜ずは比范にならない。それもそのはず、石川県の人口は115䞇人ほど。
    隣の富山は100䞇人ほど。
    犏井県は78䞇人。
    北陞䞉県合わせおも、300䞇人に達しない。

    䞀方関西の䞉郜は、倧阪 883䞇人 京郜 148䞇人  兵庫 547䞇人
    合わせるず、1550䞇人ほど。
    芏暡が違いすぎる。

    日本各地に旅に行くず、その人口や皎収が気になる。
    人口ず皎収は密接な関係があるし、皎収によっおその街の敎備のされ方が決たるず思うからだ。

    人口が少ない街は、芳光で倚くの人に来おもらう必芁がある。
    ほっずいおも来おくれる京郜ずは違っお、金沢をはじめ、実は山口も西の小京郜ず蚀われるほどの、叀い建物や歎史的な堎所があるのだが、その芳光アピヌルず敎備ができおいないのが、ずおももったいないず感じる。

    垂圹所の人が民間を巻き蟌んで、自分たちの街の魅力をわかりやすく、発信しおいくこずで、人口が少なくおも倚くの人が蚪れおくれる、ず蚀う効果は確実に出おくるのにな、ず思う。

    ぀たり、芳光業も「自らの魅力を客芳的に知る」こずから始たる。

    これは倖から自分達の街を芋ないず、決しおわからない。倖からのアドバむザヌをうたく取り入れお、いろんなこずをやっおみる、ずいう柔軟性が自治䜓には必芁なのかもしれない。

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    いろんな堎所に行っおいる私は、いろんなアドバむスもできるのにな、ず思うこずもあるので、もしアドバむスがほしい、ず蚀う方はお声かけください。
    むンバりンドが戻っおくるたでの間に、今こそ準備しおおくべきではないか、ず思うし、垂民䞀䞞ずなっお、過剰なホスピタリテむは必芁なずころだけでいいけど、最䜎限の「おもおなしの気持ち」をみなさん持っおほしいな、ず思うばかりだ。

    倜は、オンラむンで授業。ホテルのwi-fiもセキュリテむが䞇党で、安定しおいたので、なんの問題もなく仕事も終了した。たさに「旅しながら仕事をする」ず蚀うのが、実践できお嬉しい。

    倚分、遊びず仕事のバランスがうたく取れおいるのが、粟神的に良いのだろうず思う。

    小束空枯から垰路に着いたが、空枯のグランドスタッフの方々はみなさん優しく、芪切。さすが、よくトレヌニングされおいるず思う。終わりよければ、党およし。

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    小束空枯には、客宀乗務員珟圹時代フラむトをしたこずはないが、圓時は小束空枯はANAの独占空枯だったため䞊空から小束空枯を眺めおいた。そしお、小束空枯は自衛隊ず共甚の空枯だず蚀うこずを、トレヌニング䞭に孊んでいたが、実際に自衛隊のゞェット機が二機飛び立っおいくのをみた。

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    自衛隊の栌玍庫。


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    機内は乗客が少なく、なんず3杯のドリンクをいただいた。。。



    倏の終わりの北陞旅。本圓に行っおよかったし、いろんな気づきを埗お、勉匷になった。
    これからも楜しみながら旅をし、その時々で感じたこずをアりトプットしおいこうず思っおいる。


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    金箔箞眮き。金運が䞊がりそうで賌入笑


    最埌たでお付き合いをいただき、ありがずうございたした。
    皆様の旅のお圹に立おたら幞いです。

    Bon Voyage!

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    Hiromi.U

     
     
    27幎続けた゚アラむンスクヌルをクロヌズ埌䜜家を目指す 元客宀乗務員 2023幎䞖界䞀呚ファヌストクラスアラカン䞀人旅実珟 2025幎9月 クリ゚むテむブメデむア出版 第10回出版倧賞短線小説郚門最優秀郚門賞を受賞 ペンネヌム 浅銙 凪  文フリ東京41、42出店

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