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Photo bysatoshi_st

「知らないということ」はそんなに問題じゃない

    かなーり前の話なので、いつの話なのか誰から聞いた話なのかもおぼろげなのですが、こういう話を聞いたことがあります。

    「駅のホームで白状を持った人が手を挙げてたんです。でも私、そのポーズが何を表してるのか分からなかったので声をかけられなかったんです。白状を上にあげてたら助けを呼んでるサインじゃないですか?でも手を挙げてるポーズは知らなかったので、何のポーズか知ってる人に任せたほうがいいかな?と思って。そのうち電車が来たので乗っちゃったんですけど、あれは何のポーズなんですか?」

    おしい!!!!!

    先に答えを書いておくと、それも「SOSサイン」です。

    「白杖を上にあげるSOSサイン」は内閣府のサイトでも紹介されています。

    この方はこの情報を知ってたんですね。

    ですが、この情報、実は視覚障害者にもまだあまり浸透していません。むしろ反対している方もいらっしゃいます。そのため、手を挙げた方はこの白杖SOSを知らない、もしくは反対している方だったのかもしれません。

    この話は典型的な「知識が邪魔をして行動できなかったパターン」ですね。非常にもったいないです。

    では「知らない」ほうがいいのか?

    そうではないですよね?知ってたほうがより正しい選択をすることができます。知識はあったほうがいいです。

    では「知ってるということ」とはどういうことか?

    では、何をどこまで知ってたら「知ってるということ」になるのでしょうか?

    自分が知ってると思ってることでもテレビに出てくるようなクイズ王や雑学博士から見ると初級レベルなことかもしれません。これに関しては答えはないと思います。

    知らないより知ってるほうがいいに決まってる。
    でも知っていたとしても、その「知っていること」が足かせになることがあります。では何が一番大切なのか?

    一番大切なのは「知ってること」よりも「知りたいと思うこと」だと思います

    「知ってる」と認識するということは、そこで成長は止まってしまいます。「知りたい(もっと知りたい)」と思うことが成長を促します。先の例の場合でも、手をあげてる視覚障害者の方に興味本位でもいいので直接聞いてみるといいと思います。どんどんアクティブに知りたい欲求に対して(相手に失礼のないレベルで)聞けばいいと思います。それが自分の成長にもなりますし、場合によってはその方の助けにもなります。

    ということで、まとめ

    一言です。

    「知りたいと思う気持ち、重要!!」

    勉強でも何でもそうです。嫌々憶えたって身につきません。言われた仕事だけやってたって成長しません。知りたいと思う気持ちを大切にしましょう。それが行動になりますし、行動は習慣に、習慣は人格に、、ってヤツです。

    ということで、私はこれからも知りたい気持ちに正直に突き進んでいきたいと思います。

    というところで、今回はここまで。


     
     
     
    株式会社メジャメンツ代表取締役 / 障害者向けクラウドソーシングサービス「サニーバンク」運営 / ウェブアクセシビリティコンサルティング / 企業Webの品質改善支援 / アクセス解析支援 / ※この note は主に「社長から社員への日々のメッセージ」というテイで書いてます。

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