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「霧の中のレストラン」 〜第3章〜


    Il Piatto della Memoria(記憶の皿)


    20時50分。

    三人はバローロとフィレ肉の余韻に浸る。
    グラスの置く音だけが響いた。

    美しいウエイトレスは四席目の前に立った。
    「最後のお料理を用意致します」
    三人は言葉を失う。
    それぞれ別の皿。
    高倉の前には一本の牛乳。
    吉田の前には真っ白な皿。
    時任の前には白いカプセル。

    少しの沈黙の後、高倉が笑う。
    「なんだこれ?」
    吉田は苦笑する。
    「これが料理?」
    時任だけは笑わなかった。

    「Il Piatto della Memoria。記憶の皿です」
    店内から音が消える。
    牛乳瓶から水滴が落ちた。

    高倉の記憶の中、
    白黒だった景色が色を持ち始める。
    牛乳が飲めなかった一人の少年。
    それが原因かわからないが、
    少年がいじめられていることを高倉は知っていた。
    「先生今日、一緒に帰って良いですか?」
    高倉は書類を見ながら顔も上げず、
    「忙しいんだ、今度にしてくれ」
    そういった。
    翌日、少年の給食当番の服が汚れていた。
    あとは来なくなった事も気にかけなかった。
    「違う…」
    高倉の手が震えた。

    吉田の前の白い皿が静かに記憶を巻き戻す。
    真っ白な皿。
    吉田は子供達に夕食を作らなかった。
    幼い子供たち。
    テーブルに皿だけが乗っている。
    他に何もない。
    「お母さん、今日も帰らないの?」
    吉田は返事をしない。
    子供たちは水だけをガブガブ飲んだ。
    「…違う」
    吉田の涙が白い皿へ落ちた。

    時任の前で白いカプセルが転がる。
    記憶が崩れた。
    施設の中、一人の少年。
    「先生、話を聞いて欲しい」
    時任は時計をチラリと見た。
    「また今度」
    カルテに薬を増やすサインをする。
    少年の暗い目がこちらを見ていた。
    四席目の少年。
    「違う…私はただ…」

    高倉は四席目に男の子を見た。
    吉田は四席目に幼い男の子を見た。
    一緒に食事をするその子供は無邪気に笑った。

    「いつも犠牲になるのは子供たちです」
    美しいウエイトレスは言う。
    「子供たちはいつも待っています。
    大人達が気づいてくれることを…」

    蝋燭が風で揺れる。
    厨房から初めて音が聞こえる。
    包丁をしまう音。
    「本日のコースは以上でございます」
    ウエイトレスは笑顔で伝えた。

     
     
     
    大阪肥後橋と阿波座で「創作料理とワインのお店上田慎一郎」を2店舗経営。 2021年に文芸社より食育絵本「もう、きらいなんていわない」出版。 「たべるおもいで」を理念に、レストラン、料理教室、商品開発、子供食堂、様々なイベントなどを通し、 日々、食に関する想いを描き連ねます。

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