
こんな天才と結婚してしまったのか
「きみっ、プリッティウーマンって知ってる?」
なんの前触れもなく、妻がいう。
突然のことに驚いて「え、なに?」と返すと、小日向文世さんのモノマネらしい。
そのセリフは知らないが、話し方、ニュアンスは私の知っている小日向文世像と合致する。あの笑顔が目に浮かぶ。
妻はモノマネが上手い。
絶妙に特徴をとらえて、悪意とも取られかねない誇張と共に繰り出されるモノマネは、悔しくも膝を打ってしまう。
「それ、馬鹿にしているでしょ?」というと、大笑いしてそんなことはないといい、「あなたの中に悪意があるのです」とこちらに矛先を向けてくる。
SOUL'd OUTのDiggy-MO'氏のモノマネにハマった時には、ことあるごとに『ウェカピポ』を歌う日々。
これもまた絶妙に特徴を捉えており、「やってごらん」とレクチャーまでしてくれた。
仕事終わり、妻に帰宅報告の電話をすると、第一声がDiggy-MO'氏だったことがあり、度肝を抜かれた。
電話越しだと余計に似ている。
そこまでは良かったのだが、相槌が「ゥォアアアイ!」だったときには、震える腹筋とともに、その場に立ち尽くしてしまった。
こんなことがよくあるから、常々に思う。
「わたしはこんな天才と結婚してしまったのか」
食い意地は人一倍張っている。
食堂のラストオーダーに間に合わなかった時には、おしながきを新聞のように読んでいた。
取り分けたたらこパスタが少なかった時の、あの悲しそうな顔。
ラーメンを食べに行った際「お腹が空いているから」と中盛にした挙句、運んできた店員に「これは本当に中盛ですよね?」と確認したこともあった。お腹が空いていると少なく見えるものなのか。
妻との結婚生活は、面白くて、時々アゴが外れそうになる。
わたしたちの出会いはマッチングアプリで、交際が始まってからはとんとん拍子で話がすすみ、あっというまに結婚をすることになった。
そうして結婚挨拶の日、
妻の実家に行くのは当時2回目であったが、結婚の挨拶となるとやはり緊張する。
どのタイミングで言うのかとか、どういう文言を言えばいいのか、とか。
参考文献がテレビドラマしかないので、万が一「娘はやれん」と言われた時の痛快な返し方がわからないままであった。
緊張しながら結婚の挨拶に行くと
「あ、結婚ね!するんでしょ!籍はいつ入れる?」と言われ、今までの緊張はなんだったのかと、すっかり気が抜けた。
「え、ああ、はい!そうですね!」としか言えなかった。
ご家族もみな、わたしを快く受け入れてくれて、暖かさが嬉しかった。
妻はわたしの緊張などよそに「うーんぴっぴうんぴっぴ♪」(夢のクレヨン王国より)と歌いながら実家のコーギーを抱っこしようとしていて、
ご家族から「この人でいいの?」と言われたことを覚えている。
この人がいいのです。
実を言うと、わたしは結婚にあまりよいイメージを持てないでいた。
以前付き合っていた女性から、ほぼモラハラとおもわれる言動で、自分を否定され、バカにされ続けた経験がある。ことあるごとに無視されたり、暴言を吐かれたりね。
当時の人と別れてからも、その経験は時々思い出されて、みぞおちのあたりがズーンと重くなる。
結婚しても幸せにはなれないのだなと、心のどこかで思っていた。
それでも結婚という選択肢を自分が受け入れられたのは(しかも思った以上に早く!)、自分の人生を諦めたくなかったことと、妻がわたしのことを肯定し救ってくれたからだ。
当時のトラウマを話すと、「そうだよね、大変だったよね。」と包んでくれた。
「そうだよね」の五音で、この人なら大丈夫なんだと思った。
肯定されることは、こんなに安心できて嬉しいものなんだ。
トラウマがあったのにもかかわらず、一緒になるための道筋を進められたのは、妻のひょうひょうとした中にある力強さに、安心感があったからだ。
妻は妻で、過去に大変な思いをしたことがあったという。
そこまで詳しく聞いているわけではないが、ひどいね…と思ってしまうほどだった。
夫婦二人、同じような傷を抱えてきたからこそ、お互いに肯定し合うことができているのかもしれない。
普段はちゃらんぽらんな妻であるが、わたしのことを確実に救ってくれた。
わたしが何か新しいことを始めたい時、アイデアを話した時「いいじゃん」と背中を押してくれる。
だからできるだけわたしも妻のことを肯定したいし、何かあった時に救える存在でいたい。
新しいモノマネを披露してくれたとき、仕事中にそれを思い出す時、この人のことだけは裏切りたくないな、と思う。
妻はいま、尻を振っている。