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雨の日のおしゃべり

 毎日毎日雨でやんなっちゃう。雨が好きって言ったけど、こんなに毎日降られるとありがたみがないぜ。気分も落ちるぜ。どうやったら楽しく過ごせるかなーと思ってついに(ついに!)編み物を始めたら、もうハマっちゃってやめらんなくて、朝方まで目をカッピラきながら編み編みしちゃって、編み物の合間に書き物してる感じになってるぜ。にゃはは。

 でもなんかそれが私のスタイルって感じがすんだよなー。ひとつのことに向き合うのが苦手で、「やんなきゃ!」ってなるとほんとうにやる気がしなくなってもうどんどんつまんなくなっちゃうから、いくつかやることを用意しておいて、こっち飽きたらあっち、あっち飽きたらそっちみたいにしたほうがいっそ捗るという。側から見たら移り気で不真面目なやつに見えるんだろうけど、そのほうが集中できるんだよね。

 ぜんぶが息抜きとして機能するというか。「やんなきゃ!」がなくなって、「やりたい!」になるから楽しいの。努力とか根性とかほんとうにいや。でもそれは頑張らないってことではないのだよ。やれることはやるんだよ。でも「自分以上の力を出す」みたいなことは、なんていうか信じていない。

 人間、思ってもみない力が発揮されることって、たしかにあるけど、それは自分ひとりでやれることではないし、毎回毎回できることでもないって思う。なんかたまたま、ひととか流れとかに恵まれていつもなら行けないところまで行けちゃうことがあるだけで、それは素晴らしいことだけど、そうじゃなきゃダメというわけじゃぜんぜんないし、自分でコントロールできることでもないし。

 しかもそういうときって、わくわくして夢中になってるときだから、「こうしなきゃダメだ」と窮屈な心になってるときはどうやったって無理なんだよね。ひとをわくわくさせるにはまず自分がわくわくしてなきゃなってほんとうに思う。逆に、苦しい苦しいって思ってるとまわりもそういう気持ちにさせてしまうし、世界がどんどん狭くなっていく。

 私はもう毎日いかに無理しないかってことばかり考えてますよ。結局「やんなきゃ!」のときって、自分を信じられてないんだよねぇ。自分がダメって前提があって、それを覆さなきゃ、と思ってるからめちゃくちゃ苦しい。

 そういう、自分を鞭で叩くようなやり方には限界があるって身に染みて知ったんです。鞭で叩くより、ニンジンぶら下げたほうが長く楽しく走れます。望んで生まれたわけでもなく、そんでいつかは死ぬっつーのに、苦しみながら生きるのなんて悔しすぎる。馬鹿にすんなよ!という感じで、日々頑なにごきげんを貫いております。

 ニンジンって言ったらカレー食べたくなっちゃった。今日の晩ごはんカレーにしよーっと。明日の天気は決められなくても、今日の献立は自分で決められるのです。ふふふふふ。うれしいな。

2026.9.29

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