
第十四話「正式抗議」
朝、税務調停室に呼び出し状が届いた。
カイ・ヴェルナ宛だった。差出人はレクス公爵家審査部門。エドが封を開けて中を読んだ。読んでから、差出人の名前をもう一度見た。
「バルドからか」
「知っているんですか」
「知らん官吏の方が少ない」エドは呼び出し状をカイに渡した。「行け。ただし余計なことを言うな」
「余計なこととは何ですか」
エドは答えなかった。書類に視線を戻した。答えないことが答えだった。
カイは呼び出し状を読んだ。時刻と場所だけが書いてあった。理由は書いていなかった。
エドは書類に向かったまま何も言わなかった。カイは腰の剣を持ち直して、部屋を出た。廊下を歩きながら、余計なこととは何か、もう少し考えた。わからなかった。
◆
バルドの部屋は、税務調停室とは何もかもが違った。
書類が積まれていなかった。棚に整然と並んでいた。背表紙に日付と分類が書かれていた。机の上には今日の分だけが置かれていた。処理された痕跡だけがあった。
三年間何も動かなかった部屋と、三十年間動き続けてきた部屋。どちらも書類だらけだったが、そこにある時間の向きが違った。
六十近い男が椅子に座っていた。白髪交じりで、背筋が伸びていた。三十年以上この仕事をしている顔だった。カイが入っても立ち上がらなかった。ただ、しばらくカイを見た。
急がなかった。測るような間だった。
「座れ」
カイは椅子に座った。
「マルス公爵家が、お前の罷免を正式に要求してきた」
カイは黙って聞いた。
「理由は何ですか」
「帝都の均衡を乱した、という理由だ」バルドは言った。感情がなかった。事実を読み上げるような声だった。「マルス公爵家としては正式な手続きを踏んでいる。こちらも正式に対応する必要がある」
「罷免されますか」
「それを話しに呼んだ」
バルドは書類を机に置いた。カイを見た。旅装から官服に変わっていた。腰の錆びた剣は変わっていなかった。
◆
バルドは机の上の書類を一枚手に取った。見なかった。手に持ったまま、カイを見た。
「お前を守る理由が私にはない」
カイは黙っていた。
「レクス公爵家の審査部門として、マルス公爵家の要求を退ける根拠が必要だ。個人的な判断で動くわけにはいかない」
「根拠はありますか」
「ある」バルドは言った。「お前の判断は全て書面に残っている。帝国法に照らして、違法な判断は一つもない。罷免する根拠がない」
カイは少し間を置いた。
「では続けます」
バルドはカイを見た。
怖がっていなかった。罷免されるかもしれないと言われて、少し黙った。それだけだった。謝らなかった。取り繕わなかった。「では続けます」と言った。
バルドは三十年この部屋にいる。罷免の話が出ると、ほとんどの者が何かを言った。弁明するか、頭を下げるか、あるいは根回しを約束するか。泣いた者もいた。怒った者もいた。
この男は「では続けます」と言った。罷免の話を聞いて、続けると言った。
「次に同じことが起きたら」バルドは続けた。「私にも止められなくなる」
カイは黙った。
今度の沈黙は、少し種類が違った。考えている間だった。窓の外を一度見た。それから戻った。
「わかりました」
それだけ言って、立ち上がった。一礼した。扉に向かった。
扉の前で止まらなかった。振り返らなかった。そのまま出ていった。
バルドはその背中を見ていた。謝罪もなく、弁明もなく、ただ「わかりました」と言って出ていく背中だった。
◆
扉が閉まった。
廊下にカイの足音が遠ざかっていった。規則的な音だった。急いでいなかった。
バルドは手に持っていた書類を机に置いた。今日の案件ではなかった。引き出しから取り出したものだった。
カイ・ヴェルナの合格答案だった。
読み直した。読む必要はなかった。内容は覚えていた。ただ読んだ。採点のとき、副官が隣から覗いて「問題がありましたか」と聞いた。バルドは「辺境の苦情ではない。徴税制度の不具合表だ」と答えた。それから「落とす根拠がない」と言って印を押した。
辺境の税が滞る原因。時期の問題。頻度の問題。単位の問題。代納の問題。そして最後の一段。
——帝都が帳簿の上で求める税と、辺境が翌年も人を残すために必要な余力が、最初から同じではないからである——
採点のとき、バルドは「落とす根拠がない」と言った。
今も「罷免する根拠がない」と思っていた。
根拠がないことと、問題がないことは違う。この男は問題がある。ただ、その問題を制度の言葉で説明できない。説明できないから、止められない。
バルドは答案を引き出しに戻した。
三十年間、それが一番厄介だと思ったことはなかった。
今日、初めてそう思った。
明日、マルス公爵家への回答書を書かなければならない。罷免の根拠なし、という一行だけの文書だ。書くのは簡単だった。ただ、書いた後に何が来るかは、もうバルドの手の届かないところにある。
(第十四話・了)