
クチナシ考
公園は甘い香り
梅雨が近いとムンと強い
クチナシが咲いている。
クチナシが咲くたび、色々な感情が蘇る。
子どものころ
隣の庭の端っこにクチナシの木があった。
小学生の私より少し背の低いこんもりと丸いフォルム。
甘い香水のような香りが薫ってくる。
真っ白で柔らかそうな薔薇のような八重の花びら、
まだ開いていない真ん中のぎゅっと巻いた新しい蕾がほしかった。
ある時期、空き家になった隣の庭の手入れを母がすることになり、
うちとの間にあったトタンの扉が開けられた。
私は堂々とクチナシに近づいていった。
一つちょうだいと心の中で謝るとこっそり蕾をもらった。
巻いた花びらを剥がし、一番綺麗な一枚をふんわりと握る。
しばらく手の中でビロードのような感触を楽しんだあと、
指に残る華やかな大人っぽい香りにうっとりするのが密かな楽しみになった。
ただ、クチナシの花びらはうっかりできなかった。
機嫌良く柔らかい花びらを楽しんでいると、蕾の中から1ミリにも満たない小さな虫がでてきてギョッとする。
慌てて息を吹きかけたり、花びらを振って飛ばそうとして
「またやっちゃった」
クチナシの花びらはちょっと力を加えただけで茶色くなってしまうのだ。
しばらくすると案の定、茶色い筋がはいってしまった花びらをパラパラと地面に返すことになる。
それから、クチナシの葉っぱは細心の注意も必要だ。
クチナシの木には葉の色とそっくりの大きな幼虫が潜んでいて
私の背中を冷たくさせた。
私はアゲハの幼虫まではこわごわなんとか観察できるが、クチナシに住んでいるアレは怖くてじっと見ることができない。
名前を知らなかったので、
勇気をだして薄目で検索すると、
オオスカシバという蛾の幼虫らしい。
懸命に食べる姿が可愛いと小さな文字が見えたが、いやいや思い出すだけでゾッとしてしまう。
花の香りを嗅ごうとして近づいた先に、まるまる太った緑の幼虫がムシャムシャ一心に葉っぱを食べていて、思わず後ずさる。
はらぺこあおむしのお話は好きだが、ちょっと怖いのはこれのせいだ。
全く共感できないが、好きな人には可愛いと見えるのだろう。
この幼虫は放っておくとクチナシの木を丸坊主にしてしまうから、見つけたら早く取らないといけないと母が言った。
そして、この役を私が仰せつかったのだ。
心底イヤだった。
何が怖いって、まずは大きさ。5~6センチはある。
私は幼虫を葉から木の棒に乗せようと、じっと動かず待つ作戦にした。
叩いて落とすと拾わないといけない。地面から拾うのはもっとイヤだったからだ。
母はどんどん見つけては、急かしてくる。
さらに私を凍り付かせたのは、この先だ。
当時、庭先に家庭用の焼却炉を持つお宅はあったが、ここもそうだった。
木の枝にやっとの思いで移した太った幼虫を、
なんとそのまま燻る火の中に入れろと言う指示。
できなかった。
だってまだ生きてるよ。
私ができないでモタモタしていると、母はさっさと取り上げて
ホイっと
幼虫を火の中に投げ込んだ。
ああっ
私は、当時読んでいたジャンヌダルクの伝記漫画の火炙りにされるシーンを思い出していた。
もちろん、駆除すべきクチナシの害虫なのだから、偉人と比べるのは論外なのだが。
漫画の中の出来事を想像できていなかったのだが、目の前でチラチラ燃えている炎とそれが繋がってしまった。
8歳の頭は、違いがわからなかった。
ただ、幼虫が生きたまま火炙りにされるのはよくないと感じて、焼却炉の中の火を覗き見ることはできなかった。
この時のモヤモヤした感情が、
実は私の考え方の原点なのかもしれないと時々思う。
どこからが火に放たれないといけなかったか?
母は生き物が好きで、キンカンの木に毎年やってくるアゲハを卵から観察し、幼虫が蛹に、蛹が蝶になるのを楽しみにしていた。
キンカンだって葉っぱが食べ尽くされることもあった。
同じ幼虫なのに、アゲハは残され、オオスカシバは許されず、
うむを言わさず火に放たれたことに、
なんとも言えない苦々しさとなんとも言えない恐怖を覚えた。
その違いがあるとしたら、
人の都合というしかなく
幼虫はやっぱり気持ち悪くて好きじゃない。でも、
クチナシにとっての害虫とされた圧倒的な不利に、
私はオオスカシバの幼虫が不憫でならなかった。
クチナシの華やかさの裏でこんな事件が起こっていて、
やさしく気品のある甘い香りが、妖艶で胸がざわざわするような香りにも感じる。
子どもながらにショックな出来事だった。
今も、私の中の問いの一つだ。
たかが虫。されど虫。
私にとっては分けられていなかった生きものの命。
どこで分けられるのか?
人間の都合というモヤモヤ。
立場による認識の違い。
なんの疑問も持たない人も多いということ。その不思議。
矛盾ばかりだということ。
じゃあ、どうすれば???
私は子どもながらに大いに悩んでしまい、
誰にも言わずに心の内にしまってきたのだが、
こうしてちょっとだけ吐き出してみて、
自分だって同じように、
都合だけで判断することがあると気づき、
またモヤモヤする。
公園のクチナシが咲き始めた。
香りはやっぱり甘くて、私は近づいて嗅ぎたくなる。
今日もまた新鮮な白い花びらを一ひら
手の中に持ち帰ってきてしまった。