
言語化地獄の裏話|#1『妖怪編』
売上を目指すのをやめたら、屋号が変わった
デザイン経営、半年の記録【番外編】
——外から当てられた、意味不明すぎる核心
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本編を書き終えて、
その裏話も、今のうちに残しておこうと思います。
―
そういえば、
こんなことがありました。
伴走支援者とのマッチングセッションの日。
冬は雪山、夏は海。
季節を追いかけるように暮らしながら、
コーヒー屋も本気でやっている。
—
そんな私たちは、何者なのか。
—
そんな自己紹介をしました。
そのあと、
午後いっぱい使った深掘りワークのあと、
ひとりの伴走支援者が来て、
こう言いました。
—
「お二人は、生き方もやってることも、“自然”って感じですね。」
—
「もののけ姫に出てくる“アレ”みたいって思いました。」
—
「ほら、シシガミ様が首を取られたあと、夜空にどんどん広がっていく、アレ。」
—
「デイダラボッチ!」
—
出会って数時間。
つけられた肩書きが、
デイダラボッチ。
—
「うそー」
—
自然そのものに例えられた
嬉しさも感じつつ、
首を失って夜の空に広がり続ける
アレ?
という困惑。
何かを探して、
でも、何者なのか分からないまま、
彷徨いながら、進み続ける存在。
—
・・・確かに。
今振り返ると、
あの頃の私たちは
デイダラボッチだったのかもしれません。
—
にしても。
伴走支援者の世界観と発想、柔軟さ。
—
「ほぼ妖怪だけど、なんか分かるかも」
と同調している自分たち。
・・・なんだろう、
なんとなく、わかるような
不思議な共感。
—
あとから知ったのですが、
その方はストレングスファインダーの認定講師だったそうです。
—
デザイン経営に参加した、
デイダラボッチは、
半年間、
本当の自分たちの“首”を探して、
広がって、迷って、いろいろ試した。
—
そして、
ようやく見つけた言葉は
TURN.
—
無事、最終報告会にて
デイダラボッチを卒業。
—
自分たちでは分からないのに、
外からは当てられてしまうことがある。
あの頃の私たちはきっと、
まだ胸に名札がなくて、
背中についていたのだと思います。
—