
モンゴルの草原で巨大な鱒"タイメン"を追いかけた3年間。
プロローグ。
大好きだった彼女に振られた。
同棲中に二股して妊娠したらしい。
中絶したが罪悪感に耐えきれなかったと告白してきた。何も気付かなかったし、そんなことをされるような自分が情けなかった。
とても優しい人だったのに。
思いつきで1ヶ月も2ヶ月も旅するような自分の生活は無茶苦茶だと自覚しているし、上手くいかないと酒に逃げる典型的なダメ人間で、都合よく利用した節も思い当たる。
そこまで追い詰めてしまって申し訳ないと思った。
資金作りのために働いた北海道での漁師バイト中、2週間ずっと子供のように泣いてた。
次の旅で区切りをつけて生活が整ったら結婚したいと思ってた。大事な事を何も伝えられずに終わった。
終わるための旅は始まりの旅に変わった。
2026年6月、3度目のモンゴルへ出発した。
16歳、高校生の頃から本格的に始めたルアー釣りにどハマりした。
日本全国北海道から沖縄まで、南米や東南アジア、ヨーロッパにも釣りをしに行った。
そんな話をしたら驚かれるが、この時代10年20年前、さらに昔のような冒険的な要素はほとんどない。
多少のお金でほとんどは解決できて快適なボートとガイド、食事、キャンプ等全てを賄ってくれる。
憧れの魚達は殆どやり尽くされバックパッカースタイルでの若者達の釣り旅はより良い現地の人と知り合えるかが全てと言ってもいいほど。
そんな時代に改めて"どう釣るか"を求めた釣りをしたかった。そこで3年前に初めて訪れたのがモンゴルだった。
内陸国のモンゴルへ釣りに行くと言うと多くの人に疑問を持たれる。海もない、川があるの?湖?
草原と広大な乾燥した大地がほとんどを占めるモンゴルと釣りのイメージが合致しないのだろう。
確かにイメージ通りの大地が果てしなく続くが、東部にはアムール川に繋がる幾つもの川があり、北部にはロシア側へ流れる川や湖、西部にもアルタイ山脈に育まれる美しい川や湖がある。
乱獲で魚は減っているが、まだ日本程には釣り文化が発展していない。富裕層向けに管理された場所は幾つかあるものの、手付かずの自然と魚が残っている。
そんなモンゴルで狙う魚は"タイメン"と言う巨大な鱒である。別名アムールイトウ、現地名トル。その名前の通り日本に住むイトウの仲間で姿形も似ている。最大150センチを超える言わば草原の王者。
釣り人の中ではそれなりに知られている魚で、特に海外へ釣り旅する人達の中では王道の魚の一つとも言えるくらい。そのため釣るための様々な手段はやり尽くされている。
ガイドツアーも確立されているので、時間が無くお金を掛けれるならそれが間違いない。バックパッカースタイルで安く済ませるならドライバーや現地の人を雇い充分な装備で魚を狙う。
この2つの方法が一般的で日本人だけでも恐らく数百人の釣り人がそうやってタイメンを手にしてきた。
僕はそんな魚により高い満足度を得られるであろう冒険的なスタイルで挑戦してみたかった。
"脱エンジン"なんて言ったら大袈裟だが、最悪車がなくても目的地に着ける体力と装備。自分でポイントを回って見て判断する経験。
遊牧民の皆には本当に良くしてもらって全部自分の力で、なんて偉そうな事はとても言えないけれど、何かトラブルがあった時に自分で解決できる全てを持って使って魚を釣りたい。
そんな思いで準備をして挑んだ。
初めてのモンゴル。
最初に訪れたのは2024年8月。
北海道で知り合った鱒釣りが得意な友人を連れてきた。何も分からない状態でタイメンの聖地とも言っていいようなチョロート川へ向かった。
近くの街まで長距離バスで移動しドライバーを雇いチョロート川最下流に移動。食料、テント等全てを背負い歩いて釣り上がって行った。
かなり無茶をさせたので友人は途中で体を壊し帰国してしまった。
彼と別れた後は上流側に移動し、今度は釣り降ってみたがレノックという別の鱒が釣れただけだった。

そして2025年6月。
前回の旅から徒歩の移動に限界を感じ、パックラフトを導入した。
パックラフトとは簡単に言えば持ち運べる程小さなゴムボートで、バックパックで背負い旅ができる。
この旅ではタイメンが生息している川の中でも比較的緩やかで、パックラフトで安全に釣り降れそうなアムール川水系の川を選択した。
上流部までバスとヒッチハイクで移動し細かい移動は徒歩。なんとか目的の本流まで繋がる支流へ辿り着くことができ、そこから直線距離で100キロ程を9日間かけて降った。
本流は北海道の湿原河川の規模感を大きくしたような感じ。ただ周りの景色は草原。
満足できるサイズは中々出ないが魚影は濃く沢山の反応があった。

なかなか針にかからなかったが、このサイズのタイメンの反応はとても多かった。
そして見つけたポイントの一つでは浅瀬にズラッと並ぶタイメンが見えた。小魚を追いかけまわしあちこちで水面で捕食していた。
その魚全てがルアーに反応し次々と食ってきた。
しかし釣竿や針のバランス(もちろん自分の腕も)が悪く60センチ程の中型が一尾取れただけで終わってしまった。
逃げられてしまった1メートルに届きそうなタイメンとのファイトは今も鮮明に覚えている。
下流に降ると徐々にタイメンの気配は無くなってきたが、日本のマナマズにそっくりなモンゴルのナマズ"トム"や、アムール水系固有種の"アムールパイク"が釣れた。
この川ではあまり釣り人を見かけることはなかったし、数十年前には大きなタイメンが釣れていたなんて昔話をする言わば終わった川。
現地の人ですらもう一つ奥の川の方が釣れるとあまり釣りをしない。
しかし沢山の魚からの反応と、ほぼ全域を自分の目で見れるパックラフトなら...。と可能性を感じ、また翌年同じ時期にまた訪れる事を決めた。
あまりサイズにこだわるタイプではないが最低でも1メートルのタイメンを釣りたい。
2年に渡る旅で装備もかなり煮詰まったので、ゆっくり準備をして体制を整えた。

全て合わせて35キロ程。



3度目のモンゴルへ。
2026年6月9日。
前述の出来事があり精神的に不安定で不眠が続き体も限界。満身創痍の状態でモンゴルへ着いた。沢山の友人が支えてくれ落ち着いてきたが、眠剤や体を整えるためのサプリを使い馴染みのゲストハウスで体を休ませた。
6月12日。モンゴルの首都ウランバートルから目的地まで1番近くの街までバスに乗って向かった。
そこから先は整備されておらず轍の道。もちろん公共交通機関はない。
目的地は降りた場所から150km先にあり、50km毎に小さな村がある。
現地の人の移動を頼るしかないので草原をヒッチハイクで向かう。
順調にヒッチハイクを繰り返し最初の村まで来た。
しかしここまでの順調さはなくなり、そんな遠くには行かないよーと断られる事が続いた。
数時間後、中年の夫婦の車が止まってくれた。
交渉するとガソリン代を払ってくれるならと乗せてくれることに。
旦那の方は既に酒臭く心配だったが、目は死んでなかったので信用することにした。
渡したお金は当然のようにガソリンとウォッカに変わり、目的の街まで向かい始めた。
奥さんの運転で進んでいくがウォッカを飲み続けどんどん悪酔いする旦那。

遂に奥さんはブチギレて車を降りてしまった。
酩酊状態の旦那がハンドルを握り草原をスピンしまくる。
なんとか僕も奥さんを宥めようと2人の間に入るが酔っ払った旦那にバックで轢かれた。
幸い大事には至らなかったが、さらにブチギレて旦那をぶん殴る奥さん笑
このままじゃどうにもならない状態だったので少し手前のゲルまで戻り夜を明かすことにした。
翌朝、昨日のことはあまり覚えていないだろう旦那はケロッとしてて、奥さんもだいぶ落ち着いた様子。酒さえ飲まなければ純朴でシャイでいい人なんだよね笑
言葉は通じなくても僕が奥さんの立場なら...とグッとくるものがあった。ついこの前恋人に裏切られたばかりなので余計に笑
どうしようもない旦那の事を見捨てないし、芯が強く気高いモンゴルの女性の人間力に感動した。
これから先の半自給自足の旅にお金はほとんど必要ないので、余りそうな分は奥さんにこそっと渡して出発した。
思えばこれまでも本当に助けてくれたのは女性だった。どの国でも女性はしっかりしている...。
モンゴルの男は純粋が故に見栄っ張りや酒乱も居て、気持ちいい飲み方で楽しいんだけども...笑
ボロボロの日産はバッテリーが上がり何度も止まったが遊牧民に助けを借りてゆっくり先へ進んだ。
翌日の昼、目的地の村に着いた。
これから始まる旅のスタート地点だ。
いきなりホームステイ、遊牧民との生活。
村に着くとここまで乗せてくれた夫婦の親戚の方が迎えにきてくれた。30代前半の彼は日本で働いた経験があり最低限以上の日本語を使えた。
日本語の勉強もしているらしくぜひ会おうと道中に電話で約束をした。
会ってみたらとても感じのいい方で趣味が釣りだと言う彼とすぐに意気投合した。
モンゴルでの釣りは6月15日までは禁漁のため、それまでの間彼の家でお世話になることになった。

彼は両親と奥さん、4人の娘さんと暮らしていた。
出発まで2泊3日お世話になり、滞在中毎食モンゴル料理を振る舞ってくれた。
牛を50頭ほど飼っていて、遊牧とは言え毎日管理をして朝に乳を搾りチャイやバター、冬に締めた牛肉も食べさせてもらった。
自然の中に生きている牛から得られる全ては新鮮で、栄養素だけではなくモンゴルで生きていくためのエネルギーを感じた。
彼らの仕事にも少しだけ参加させてもらい一緒に牛を追いかけた。そんな生活の中でより感謝が湧いたし、何より日本語を通じてなんとなく理解してた風のこれまでの経験が一気に繋がった。
4人の娘たちはまだ幼かったが、純粋な子供たちは人の本質を映してくれた。子供の頃の気持ちは色々な経験をする中で賢くなって隠していたんだなと気付いた。誰だって傷つきたくはないから。でもその歪さが生活や精神の不安定さにも繋がるのかな(?)
僕も彼女たちのように真っ直ぐ生きようと思えた。子供たちは"今"を誰よりも楽しめる人生の先生だった。
そして最高のモンゴル語の先生になってくれた笑
2泊3日とは思えない程の密度で仲良くなり別れるのが寂しかったが出発の日になった。
1人寂しく行く予定が家族みんなに見送られ最高の旅立ちになった。
川を降り始める。
前年に降った支流との合流から少し上流の村が今回のスタート。雨が降り川は濁って増水していたが去年の雰囲気を完全に覚えていたためなんなく川を降り始めた。
3時間程降ると前年に初めてのタイメンを釣った場所に着いた。この場所はキャンプするのに適しており、様子見がてら釣りをして1泊することにした。

最高の昼寝ができる。

釣りをすると1投目からタイメンがルアーに食ってきた。70センチ程の中型だったが惜しくも針が外れてしまった。
翌朝少し川の水が減り、濁りが取れ始めた感じがしたのであえてもう1泊してさらに様子を見ることにした。
特に僕がしているルアー釣りでは濁りや増水が落ち着いた瞬間に反応が良くなる事が多い。去年の経験からこの先の15キロ程は特に魚の反応が多いエリアだと知っていたので、最高の瞬間に釣りをしたかった。
そしてこの判断が吉と出た。
憧れとの出会い。
6月17日。早朝からキャンプを片付け、再度川を降り始めた。
増水と濁りの影響で釣りができる場所は少ないが、やれない事はない。川の状態は2日前よりかなり良くなってきた。
暫くすると川が大きくカーブし、深みと流れのヨレが出来ているいいポイントへ着いた。
一通り探るも反応はない。しかし去年魚から反応があった場所だったので粘って釣りをすると、ついにタイメンがルアーに食った。
それなりにいいサイズで、少し降りながら捕まえやすい場所まで誘導して岸にあげた。

まだまだ小さいが最大サイズを更新。
狙い通り釣れた事もあってとても嬉しかった。
そして次のポイントへ。小さな川との合流で、上陸できる場所があったのでパックラフトを固定し岸から釣りをする。すると80センチ程のタイメンが水面で小魚を捕食しているのが見えた。
すかさずトップウォーターという種類の水面で動くルアーを綺麗に流すと恐らく同じ魚が下から突き上げてきた。しかし惜しくも針には掛からず、ルアーや立ち位置を変え狙うも反応は無くなってしまった。
このポイントでの釣りは諦め移動しようとパックラフトに乗った。最後に数投と、諦めきれず小さなルアーに変えて投げてみたらいきなり竿が絞り込まれた。
その瞬間竿は動かず、水中の木に引っかかったのかと思ったがすぐに生命感を感じた。
『食った。』
今までに感じた事がない魚の引きだった。
小さなルアーに小さな針、無理をしたら外れてしまうので慎重に寄せた。そして魚の姿が見えた。信じられない大きさで冷静さを失う気がして一旦忘れようと、考えることをやめた。
魚に引っ張られパックラフトは制御不能で下流の倒木へ突っ込む寸前だった。
このままパックラフトに乗っていたら倒木の隙間に吸い込まれ全荷物ごと消失してしまうのが予想できたので、限界まで糸を巻き魚を近くに寄せ片手でパックラフトを持ち川に飛び込んだ。
ライフジャケットは付けているものの足はつかずそれなりの流れ。
パックラフトと魚、どちらをも倒木に引っかからないように必死にコントロールした。
100メートル程流され横に中洲が見えた。
必死に足で水をかきなんとか足がついた。
パックラフトを無理やり陸へ押しあげ、魚を慎重に寄せた。
陸に引き上げた魚はあまりにもデカかった。
言葉を失って放心した。そして泣いた。


同じ魚を狙いに3回も同じ国に来るのは初めてだった。自分の全てを懸けて挑んだ挑戦の結果は2年間報われなかった。
沢山の人と出会い助けられ分かった確かな事は、自分だけでは何も出来ない"無力さ"だけだった。
ただ釣るだけなら他にも方法が沢山ある中で遠回りをした。
殆ど精神崩壊していたが意地になって訪れた3回目のモンゴル。
今までの全てが繋がり、報われた瞬間だった。
無駄な事は一つもなかった。やり遂げたら全てが意味を持った。
本当に嬉しくて何にも変え難い幸せだった。
さらに深く理解し、また次の旅へ繋がる。物事の終わりはいつだって始まりの瞬間だ。

最後に。
2026年6月25日現在まだモンゴルに滞在中で、旅は続いています。
季節外れの寒波や大雨、諸々の影響で釣りができず川で電波が届く場所を見つけキャンプしながら待機中です笑
多分今回はもう釣りはできないかな?ってくらいコンディションが悪く、ただ残り1週間時間はあるので最後まで粘ろうと思っています。
待つ以外やる事もないのでもう既に来シーズン以降のモンゴルの計画を立て始め、これまでの旅が比にならないくらいの冒険を妄想しています。
日本に帰るまでが旅ですから、最後まで油断せず無事に帰国したいところです。
駄文もいいところですが最後まで見て頂きありがとうございました。
hiko
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