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8月の思い出ポスト


    それは、村外れの古いポストに起きた、ささやかな魔法でした。

     誰が始めたわけでもありません。ある夏の午後、郵便局員の佐藤さんが集荷のためにポストを開けると、中からひんやりとした「高原の風」が吹き出してきたのです。

    ポストの中には、手紙は一通もありませんでした。 代わりに、そこにはマッチ箱ほどの大きさの「森」が広がっていました。 小さな、本当に小さなブナの木が茂り、指先ほどのサイズの滝が流れ、ルーペで見なければわからないほど細い小川には、銀色の魚が跳ねていたのです。

    耳を寄せれば、鉄の空洞の中で反響した水音が、遠い遠い場所で鳴る鈴のように、ひんやりとした残響となって響いています。

     「……集荷できませんよ、これは」 佐藤さんは困り果てて、とりあえず自分の水筒から少しだけ水を小川に足してあげました。

    翌日、ポストの入り口からは、微かにカッコーの鳴き声が聞こえるようになりました。 村の人たちは、手紙を出すのをやめました。代わりに、そっとポストの投函口に耳を寄せたり、中の森のために、小さな花の種や、朝露を溜めたスプーンを「差し入れ」として入れるようになりました。

    「この中だけは、涼しくていい匂いがするねぇ」
    村の老婆は、自分の家の庭で摘んだ一輪の野菊を、ポストの口から投げ入れました。 すると、中から小さく「ありがとう」というような、葉っぱが擦れ合う音が返ってきた気がしました。

    そのポストは、もう郵便を運ぶことはありません。
    けれど、誰かが寂しいときや、都会の暑さに疲れたときに、その赤い鉄の箱の前に立つだけで、心の中に涼しい木陰が生まれるようになりました。

    秋が来て、冬が来ても、ポストの中だけはずっと「心地よい8月の午後」のままでした。 佐藤さんは今でも毎日、集荷袋を空っぽにしたままポストの前でバイクを止めます。そして、一分間だけヘルメットを脱ぎ、ポストの中から漏れ出す、あの懐かしい草の匂いを吸い込むのです。

     ポストの底には、いつか誰かが書きかけた「返事のいらない手紙」が、今は小さな小さな苔のベッドになって、森の動物たちの眠りを守っていました。

     
     
    酒と政治とカレーと私

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