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「深く悲しめるのは、深く愛された証拠」~補色で読み解く悲しみとの向き合い方~

    こんにちは、心象画家の卯月螢です。
    HSPの繊細な感覚と色彩心理の知識を生かし画家・色彩心理セラピストとしての活動しています。

    今日から7月です。
    今年も折り返し、梅雨明けの楽しい夏休みが待ち遠しい季節ですね。
    夏といえば「賑やか」「楽しい」印象がありますが、私にとっては「お盆」という、故人を偲ぶ大切な季節でもあります。
    私たちが今、こうして生きて表現できるのも、幾千ものご先祖様の営みがあり、両親が命を繋いでくれたからです。

    ・・そんな事を言っている私も、数年前までそこまで考えた事はありませんでした。もっと言うなら「両親に愛されてない」とこの世に生まれた事を後悔していた時期があったのです。

    「なんで私ばっかり・・」

    そんな日々は両親ともすれ違い、すれ違ったまま私は両親と別れる事になってしまいました。

    今日は、一つの作品と補色という〈相反する色〉について、悲しみとの向き合い方をお話したいと思います。

    思い違いとすれ違い

    「お前の言っている事が分からない」
    その言葉が心を突き刺し愛情を錆つかせていました。

    2019年、父は体調を崩してから様子がおかしくなり、家に閉じこもりがちになってしまったのです。
    同居している私としては、なすすべもなく変わってしまうその姿に戸惑いを隠せないでいました。
    「仲のいい親子」と近所では言われます。
    家事をして父の通院にも毎回ついて行ったのでそう見えていたのかもしれません。
    しかし、私は義務として行っていました。
    膝を悪くして辞しましたが元介護職。体調を崩しふさぎ込んだ父の精神状態もお世話の仕方も分かっていたからです。

    「この人を支えるのは私しかいない」
    (これは義務感で愛情などではない)

    支えると言いながら〈義務〉
    正反対な気持ちの狭間に、理解されない憤りが存在していました。

    私は、今で言う〈HSP気質〉繊細さんと呼ばれる気質を持ち、名前が付けられるまでその事で悩み〈弱さ〉としてひた隠しに生きてきました。
    細かい事に気が付き、強い刺激に弱い。
    人の些細な表情も察してしまい、気持ちを考えすぎて断る事が出来ない。
    24時間365日〈緊張〉して、ストレス過多で頭痛を繰り返し、酷い時は食事を採れなくなり吐き続けた事があります。

    「気にするな」が父に口癖でした。
    風呂で気を失い、朝起きれば片頭痛、人混みでは気分が悪くなり、寝ることも間々ならない・・これをどうすれば〈気にしないのか?〉
    楽観的なその言葉がいやで、話を聞こうとしてくれない父がとても嫌いでした。
    父に心を閉ざすようになる決定打は冒頭の言葉
    「お前の言っている事が分からない」
    鬱病の闘病を終え介護職として社会復帰して仕事に生きがいを持った頃、
    原因不明の動機と胸の痛さで一ヶ月休職する事になりました。
    内科に行っても原因不明。
    お世話になった心療内科医を受診すると〈ストレス〉が原因と診断されました。
    「君は他人のストレスを感じやすく自分でも作りやすい」
    介護現場でご利用者様に寄り添いながらそのストレスを感じ、介護者のストレスを感じ、そのストレスで疲れ影響が身体に表れた事による不調・・という説明でした。

    医師が何を言っているか意味が分かりませんでした。
    それよりも、やっと生きがいになった仕事を「辞めた方が良い」と言われた事に憤りと絶望感が襲ってきたのです。
    (また、この弱さが邪魔をする)
    この苦しさを悲しさを誰かに聞いて欲しくて、父に話しました。
    分かってくれなくても良いから、ただ聞いて欲しい・・
    そんな思いで告白したのに〈分からない〉と言われてしまったのです。

    〈そうか、この人は話を聞くことも、理解をしようともしてくれない〉

    父から〈この人〉へ・・私から遠い存在の人になった瞬間でした。

    怒りと慟哭と別れ

    2020年、コロナ禍の介護は筆舌しがたいものでした。
    緊急事態宣言で外のサービスは全く使えず、仕事にも行くことができません。外へ出る事さえ気が引ける隔離のような生活でした。
    精神的に幼くなってしまった父と二人きりの生活。
    通院先の医師から紹介された、在宅看護のみが外との繋がりでした。

    子供の様に私に執着しわがままを言う父に〈義務感〉を侵食するとある思いが湧いてきたのです。
    眠れないと薬をせがみ、怖いからと買い物にも行かせようとしない。
    しかし、栄養を取る為に作った食事も医師からの説明も全く聞こうとしない。
    (あんたは何時になったら人の話を聞くんだ)
    煮えたぎる様な憤りが溜まり、疲労感が蓄積されていく。
    父の起きる音で目が覚め、呼び声で制作が止まり、心配だからと病院に行く事をせがまれる。

    ある日、食事の買い出しを止められて私の何かが弾けました。

    気付けば聞いた事の無い大声が、自分の口から出ていたのです。

    「どうして話を聞いてくれないんだ!」

    泣きじゃくる私をなだめようとしたのかもしれません。
    肩に触れようとした手を私は払いのけました。
    もう限界でした。
    ストレスで突発性難聴になり左耳が聞こえません。
    もう自分がいつ寝ているかもわからい程、神経をすり減らしていたのです。
    ヒステリックに泣き叫んだ後、私の義務感はズタズタになりました。

    それから数ヶ月後、本当の限界を悟った私は訪問介護に相談し医師に相談し、父と物理的な距離をとる事にしたのです。

    父は泣きながら最後は入院に応じてくれました。

    その手続きを終えて見上げた空に涙が溢れたのを今でも思い出します。

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    父は入院から、施設に入所。
    その翌年の7月、眠るように息を引き取りました。

    「愛されていたのかいなかったのか?」聞く前に旅立ってしまいました。

    向き合うと言いながら突き放してしまった自分自身を〈情けない〉と思いました。しかし、怒りを抱えたまま介護を出来ないのも知識的に理解していたので〈仕方ない〉と自身に言い聞かせることにしたのです。

    葬儀を終えて暫くして、静かに絵が描けなくなっていきました。
    そうして、自分が何をしたいかも分からず、将来の想像も出来なくなっている事を知り、友人のセッションを受け、色彩心理で自分の心と向き合い、筆を再び手にして一枚の絵が出来ました。

    紫と黄色の小さな作品。
    思うのは父が入院したあの日の空でした。


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    マジックアワー⑤2025年(個人蔵)


    緊張の〈黄色〉鎮静の〈紫〉その変化

    色彩心理で記事を書く時に〈色彩は心の鏡〉という言葉を私は使うと思います。それは知識だけではなく、実体験とエッセイという記録から培った実感です。
    10年間のペン画制作は家族からも〈本心〉からも背を向けてきた日々でした。その期間が長かったからこそ、そして物心ついてから描いてきた絵と近い色彩で振り返ったからこそ、深い実感と共に理解できるのだと思います。

    色彩心理
    〈黄色〉自信・輝き・個性・喜び・希望/刺激・緊張・恐れ・繊細・消化不良
    〈紫〉癒し・ヒーリング・探求・落ち着き・変容・想像・神経

    リリ色彩心理講座より

    この2つの色は〈補色〉と呼ばれ「補い合う色」と言われています。


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    〈補い合い、助け合う〉

    絵を描く時にもこの原理は使われていて、心の面でも等しく補い合う色なのです。
    その事を踏まえて作品を見ると当時の心境が読み取れます。

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    全体的に黄色が多く、脇から少しずつ紫が使われています。
    そして横断するように金色が使われ白も吹き付けられています。

    ちなみに、白は意識や浄化・金は魂・価値を象徴する色です。

    父との数年間の介護生活が終わり〈緊張感〉が薄れていくようにも感じます。自分の体調も精神も限界だったので、疲弊した〈精神〉を〈癒したい〉という思いが紫を〈意識〉したようです。
    描いた当時は父が亡くなって直ぐだったので、後悔もありましたが「自分を立て直さないと・・」という〈自分の価値〉を模索していたような気がします。

    緊張の〈黄〉
    癒しの〈紫〉
    意識の〈白〉
    価値を模索する〈金〉

    人は意識せず心を身に纏い、傍に置いている時があります。
    着る服でも、無意識に〈今日の気分〉で選んでいるのです。

    何かを形にしたいという行動は、気持ちを形にしたいという行動でもあります。わざわざ絵を描いて形にする事は、きっと忘れてはいけないと無意識に思ったからかもしれません。

    描いた当時、介護に限界を感じ父と距離をとった自身を許せませんでした。
    しかし、自身の心と向き合い形にした色を見ながら、受け入れる事は出来ると思うのです。
    「あれ以上の事は出来なかった、自分は限界まで向き合った」
    許せなくても、受け入れる事で、私は日々を過ごす事が出来たのです。

    悲しみとの向き合い方

    絵の制作から一年、再びこの心境について向き合っています。
    〈後悔と懺悔の夏〉
    しかし、今年は「生かされる感謝の夏」として過ごせるような気がするのです。
    後悔や懺悔の思いがなくなったわけではありません。
    その思いの見方を変える・・それだけで心の風景が変わる事をこの一年で体験しました。

    モノの見方を変えられる事を知り、潜在意識につて見直してきました。
    潜在意識では両親との死別は、依存からの独立を意味するそうです。
    もう両親から離れて独り立ちする。
    そう思うと両親との別れが現れるというのです。

    捉え方を間違えると〈自分が望んいるように〉とても身勝手な印象を抱きます。これは私の私見なのですが、両親との死別は長い間・・心を縛る事があります。「こうすればよかった」「ああすればよかった」と後悔に苛まれ、自分の将来と向き合う事が出来なくなってしまう事がるのです。

    私自身、十数年前に無くなった母との後悔で自分を責め、絵を描く事を辞め夢を見る事を辞めた時期がありました。父の事に際しても〈情けない〉という自戒に日々泣きながら生きていたのです。

    自戒の果てに後悔して人生を終えるのは当人が選んだ事です。

    しかし、それを〈両親との別れ〉のせいにしてはいけない・・という精神的な独り立ちについて表しているのではないのかと思います。

    両親は子供の不幸を望んではいないと思うのです。
    両親を思う心が自分の人生の障害になっては本末転倒です。

    私は潜在意識の見直しの中で父との距離を決定つけた「分からない」という言葉について見方を変えるようにしました。

    父はまじめで誠実な人でした。
    〈嘘〉を全くつけないそんな人だったのです。

    「お前の言う事が分からない」

    難しい事は分からない・・そう素直に私に聞いてくる人でした。
    父はHSP気質なんて知りません。
    動悸が激しく苦しんだ事も心臓が痛くなった経験も・・ましてやひた隠しにしてきた私の事情など分かるはずが無いのです。

    どう言葉をかけて良いのか分からない?
    どう接して良いのか分からない?
    でも、嘘はつけない・・
    「分からな」・・どうすればいいのか分からない・・

    ただ本当に分からないから素直に言葉にしただけだった。

    「それだけだ・・った」
    その見方に辿り着いた時にあっけなく、数十年の孤独感が崩れました。

    あっけなさ過ぎて、笑ってしまい馬鹿らしくて泣いてしまい、長い間のすれ違いと思い違いに後悔しました。

    人の意識は、守りたいモノの為にいらない記憶を隠してしまう事があるというのです。私は〈孤独である私〉を守るために両親との楽しかった記憶を忘れてしまっていました。

    「馬鹿だな・・」と思います。
    しかし、幼い精神と弱い心を守るために仕方なかったようにも思います。

    余りにも遅い気付きでしたが、自戒の果てに後悔して人生を終える前に・・気付けて良かったとも思っています。

    後悔は残りますが自戒の後悔ではありません。
    夏が来るたびに、お盆が来るたびに、勘違いをした日々を謝罪しながら両親に〈感謝〉を伝え続けたいと思っています。

    悲しみと向き合う事は、まず〈悲しんでいる自分〉を受け入れる事。
    その一歩から始まります。
    そして、その悲しみをよくよく見つめてみると悲しみと同量の愛情が隠れている事に気が付く日が来るのです。

    人間は知らない事は意識すらしません。

    深く悲しむという事はその記憶に〈深く愛された記憶〉があるから、自分を否定してしまうほど泣きはらしてしまうのではないのでしょうか?

    悲しい記憶はどんな風景ですか?
    その風景で何色を思い描きますか?
    当時を事細かく思い出すのは辛いので、その断片の気持ちを色として〈心の鏡〉を使い見つめてみてはいかがでしょうか。

    強い思い程、際立たせる記憶がある。

    あなたの気持ちの半身を意識できる日が来たら、悲しみより大きい、暖か気持ちと出会えれかもしれません。

    後悔の無い人生に。
    あなたの人生は、あなたの意識で彩られていくのです。





    ▼卯月螢メンバーシップ(作品の事・色と心の記事を書いています)

    ▼心象画掲載

    ▼色彩心理セラピスト(チャットセッション・心の絵制作)


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