
『私は火星人』第3話
「――ってことがあってぇ!マジ最悪なんれすよ!まぁ、もう辞めるからどうれもいいんすけどね!ワハハハ!!」
もう何時間も呑んでいる。呂律は怪しくなってるし、この話も何回したかわからない。でも、みんな同情してくれたり、励ましてくれたり、一緒に怒ってくれたり……いい人ばっかりだ。だから酒場は最高なんだーー!
そうして、一体何人目に話したときだったか。とある人の反応で、私は一気に酔いが覚めた。
「ほぉ、それって大昔に地球で流行ったらしい、火星の土地販売の話に似てるねぇ。」
そう呟いたのは、地球人のおじさんだった。てか、私は地球人のおじさんに地球人の文句をたくさん言っちゃってたってことか。おじさんの気性によっては、この場でバッドエンドを迎えててもおかしくなかったな。危ない危ない。隣の人がやたらと腕とか引っ張ってくるなと思ってたんだけど、危険を知らせてくれてたんだな。うっとうしいなとか思ってゴメンね。と思って隣を見たが誰もいない。巻き込まれたくなくて逃げやがったな。
まあ、そんなことはどうでもいい。今は目の前のおじさんから話を聞かなくては。いつの間にか置かれていたグラスに入っていた水を一気飲みしてから背筋を伸ばし、おじさんに向き直る。
「……その話、詳しく聞かせてもらっても?」
大昔の地球で、火星の土地の権利書を販売している会社があった。きちんと区画も指定されていて、権利書もしっかりしたものが用意されていた。が、それは本気の不動産業というよりはエンターテイメントで、ジョークに近いものだった。当時の土地の権利者たちの中で本気にしていた人は、おそらくほとんどいないのではないか。
おじさんの話をまとめると、こういうことであった。そして最後に、地球の“いにしえのインターネット”なるものを調べれば、当時の記録が残っているかもしれないということも教えてくれた。
光明が差してきた。おじさんに深い感謝の念を伝え、自分のだけでなくおじさんの会計も済ませてから店を出る。明日部長のデコに叩きつけるのは退職届じゃない。出張届だ。地球のデータセンターに飛んで、“いにしえのインターネット”から、あの権利書がジョークグッズだという証拠を見つけ出してやる……!
地球出張から戻った翌日、私は例のお客様と、会社の会議室で対峙していた。周りには部長(諸悪の根源)や役員も控えている。
「それにしてもえらく時間がかかったなあ。調査だとかなんとか言ってたが、ちゃんとした結果は出たんだろうなあ?」
相変わらずの高圧的な態度だが、ひるむことはない。お客様の言う通り、“ちゃんとした結果”を出せたのだからな。だから、私はいつもの営業スマイルで、お客様の応対をする。
「長い時間お待たせさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。では、早速ではありますが、お客様がお持ちになられている土地の権利書に関しまして、調査で判明した事実をご報告させていただきます。まず結論から申し上げますと……今回お持ちいただいた土地の権利書は、正当なものではございませんでした。」
顔を紅潮させて、今にも怒鳴り始めそうな様子のお客様に対して、私は怒鳴るスキを与えないように次々と、淡々と、調査結果を報告していく。昔々に地球に存在した、火星の土地ビジネスのこと。その土地ビジネスは、限りなく本物の土地ビジネスに似せてはいたが、その本質はただのエンターテイメントビジネスであったこと。購入者も、本気でその土地の権利を手に入れたとは誰も思っておらず、エンターテイメントとして楽しんでいたこと。そして、そのビジネスを展開していた会社の名前と、今回の土地の権利書に記載されている会社の名前が一致していること。
「……ですので、お客様のご先祖様はヤテヌスの土地の正当な権利者ではありませんし、当然お客様にも土地を所有する権利はないということになります。ご理解いただけたでしょうか?」
酒場で出会ったおじさんの言っていたことは本当だった。“いにしえのインターネット”には、その記録がしっかりと残っていた。当時の地球人が、それをユーモアとして楽しんでいたことも。きっと、お客様のご先祖様も、軽い気持ちで、この面白ビジネスに乗っかったのだ。自分の子孫が、それを本気にしてしまうとは露知らず。当時の地球人の感覚だと、火星に移住する、なんてことがそもそも夢物語だっただろうから、子孫が火星人にクレームをつける未来を想像できないのも無理はないが。
私の話を聞き終わったお客様は、プルプルと震えていた。寒いのかな?エアコンの設定温度を上げた方がいいのかな?などとつまらないことを考えていると、震えのギアが一段階上がった。お、くるぞ。……3……2 ……1……
「ふっっざけんなぁーー!!ワシのことを馬鹿にしとるのかぁーー!!」
見事なまでのブチギレである。THEブチギレ。まあそりゃキレるよな。家に代々伝わる権利書持って、意気揚々とわざわざ火星までやってきたのに、その権利書ニセモノだよ、ジョークグッズだよ、なんて言われたらキレたくもなる。気持ちはわかるぜ、お客様。でもな、残念ながらこれが現実なんだよ。
「お、落ち着いてくださいお客様。私も彼から調査結果を聞いたときには、にわかには信じがたい話だと思いましたし、馬鹿げた話だとも思いましたが……」
取り乱す部長氏。お前はどっちの味方なんだよ。
「そうじゃろが!!こんな馬鹿げた話、信じられるわけがないじゃろ!!そうじゃ、証拠!証拠はあるのか!?」
ドサッと資料を目の前に出してやる。そこにはお客様の土地の権利書と同じ様式の権利書を持ち、微笑む地球人の姿が映っている。それも複数。そう。これは、“いにしえのインターネット”に残っていた、火星の土地ビジネスを展開していた会社のホームページである。そこにはしっかりと
〈※この権利書は、実際の土地の権利を保障するものではありません。〉
と注釈がある。
資料を見て、頭を抱えるお客様。
「う、嘘じゃ……そんな……そんなわけ…………」
お客様は、未だ現実を受け止めきれないといったご様子だ。可哀想といえば可哀想だが……。いや可哀想といえば、ここ数日間の私も結構可哀想だったよな?だからまあ、ここは容赦なく引導を渡してやろう。
「説明は以上になります。どうぞお引き取りください。」
「ふ、ふざけるな!ふざけるなふざけるなふざけるな!!こんなの全部、こいつのデタラメじゃ!インチキじゃ!ふざけたことばっかり言いやがって!このタコ野郎が!!タコどものくせに調子に乗るなよ!!」
タコと言われても、いつもならニコニコ笑って受け流すところだが、今日はなんだかそういう気分じゃない。部長たちには悪いが、今日ははっきりと言ってやりたい気分だ。だから、部長たちにゴメンねとアイコンタクトを送ってから、こう言ってやった。
「いいえ、私は火星人です。タコなどではございません。…………お引き取りください。」
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