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保護サピエンス | 06.沈黙の夜に生まれた光

    (どうしようかな……)
    マナトと話したい誰かが、このフリースペースにいる。
    誰かもわからないヒトと話すことに戸惑いがあった。
    (何をどこまで話すのか、だよな。までも、ちょっと雑談するくらいなら)
    ーーーーー
    ACCEPT
    ーーーーー
    パネルの光る文字を押してみた。
    押すというより、念じる感じだった。
    スマホのプッシュ通知のように、ピコンと音が鳴った。
    すると、少しずつだがヒトの気配がし始めた。
    靄の向こうから、ヒトがゆっくり近づいて来るような感じだ。
    その感覚に驚いたが、悟られないようにマナトは平常を装った。
    「よぉ!ルーキー」
    「えっ!?」
    思ったより大きな声が出て、マナト自身びっくりしてしまった。
    男性は、何も気にしていない様子で軽く手を振っていた。
    マナトの方に歩いてくると、一人分くらいの距離を開けて、男性は並んで座った。
    少し疲れたような、けれど穏やかな笑みを浮かべている
    「ここは初めてか?」
    マナトより年上に見えたその男性は、落ち着いた雰囲気を纏っていた。
    (あの上司とは大違いだな)
    「どうも」
    「なんや、緊張しとるんか? そんな固くならんでもええよ。話したくなければ、拒否してもええ。好きなように過ごせばいいんや」
    男性は、ハハハと大きな口を開けて笑った。
    口調から、関西出身だとわかる。
    「はっ、はい」
    「初めて見かけたから、声かけてみただけや」
    そう言いながら、男性は窓の外のきれいな青空へ視線を移した。
    霧の上に、青空が広がる不思議な空間だ。
    「ありがとうございます。あの、いつからここに?」
    「せやな……一年くらい前かな」
    「自分は?」
    「俺は、あ!私は」
    「俺でええよ。気にすんなや」
    「はい。俺は二,三週間前だと思います。スマホとかないから、よくわからないけどーー」
    そこで初めてマナトは、自分の服や持ち物がないことに気づいた。
    不安がるマナトの様子に、男性はゆっくり言葉をかけた。
    「大丈夫や。荷物なんかは、ここの人らが取っといてくれとる。”その日”が来たら返してくれるよって」
    「”その日”……?」
    男性は、続けた。
    「名前聞いてもええか?わし、ヘイジや。よろしゅう」
    「俺はマナトって言います。よろしくお願いいたします」
    「アハハ!ビジネスマンっちゅうやつか」
    その時、マナトのパネル内にアナウンスが表示された。
    『マナト、リハビリルームへお越しください』
    「やばっ。すいません、俺行くところがあったんです!」
    ペコリと頭を下げ、マナトは駆け出した。
    「ほな、またな」
    ヘイジは、手を振ったまま視界から消えていった。

    リハビリルームへ行くと、そこにはタンクトップ姿のトレーナーが立っていた。
    しなやかで、鋼のような筋肉のアビシニアンに、マナトは思わず見入ってしまった。
    「待ってたよ。リハビリも進んでるようだし、筋力つけていこうか。ビギナーさんでもできるものから始めよう」
    トレーニングルームには、他に誰もいない。
    壁には鏡があり、窓も大きく、環境は最適だ。
    だがトレーニングは、驚くほどハードだった。
    トレーナーは、しなやかな筋肉を躍動させながら、次々と高難易度のメニューを要求してくる。
    「はい、あと10回! 呼吸を乱さないように」
    「ううっ……っ!」
    滴り落ちる汗は止まらず、体が熱い。
    (ビギナー向けじゃないのかよ)
    「今日はここまでにしようか。水分補給を忘れずに」
    床に大の字になるマナトに対し、トレーナーは涼しい顔で立っている。
    「それから、君専用のミニボットを渡そう。ストレッチのやり方は、メモリに入ってるから、後で見るといい。次のトレーニング時間もセットしておくよ」
    説明が終わると、青いボールのような球体が浮かびながら、マナトの方に移動してきた。
    「マナト、マナト。ビップ、ビップ」
    音声AIを思わせる、少し高くて早口な声だ。
    「ビップ?」
    「ミニボットの名前だよ。会話もできるから、何か頼みたい時は、ビップって呼ぶといい。ビップ、マナトのこと頼むよ!」
    インプットしたようなピコっという音が鳴った。
    忠実に応答するビップを見ながら、マナトは苦笑いをした。
    (上司の犬だった俺みたいだな)
    近づいてきたビップの正面には、琥珀糖のようなモノアイがわずかに光っている。
    「ビップ、よろしくな」
    マナトが言うと、ビップはモノアイを小刻みに動かし、音を鳴らした。

    部屋に戻るマナトの横を、ビップはふわふわと浮いてついてきている。
    「あ!マナト」
    ポッシェは、マナトの部屋の前で待っていた。
    「ビップついたのね」
    「うん。まだ使い方はよくわからないけど。そういえば、トレーニングの前にフリースペースへ行ったんだ」
    「どうだった?」
    「また行ってみようと思う」
    「よかった!」
    エプロン姿のポッシェは、本当に嬉しそうだった。

    その足で、ポッシェはオペレーションルームへと向かった。
    エプロンを慌てて外し、席へついた。
    「これから、ルナちゃん救出ミッションのミーティングを始める」
    シュクレが席を立ち、モニターの前へ向かった。
    「これまで収集した情報は、デバイスに送ったものが全てだ。それを元に、ヒロや幹部達と議論を重ねてきたが、みんなの意見も聞きたい」
    モニターには、これまで集めてきた情報と画像が映し出される。
    「ポッシェ、報告を」
    「モエさんが急にいなくなったことで、父親は強いストレスを抱えています。このままの状態が続けば、ルナちゃんへ危害が及ぶ可能性があります」
    モエの精神状態を優先し、あまり情報は引き出せていないようだ。
    深刻な面持ちのポッシェに呼応するように、全体の空気は重かった。
    「他には?」
    幹部から声が上がった。
    「ルナちゃんは幼稚園帰りに、祖母の家へ行くのが日課になっているから、やはりそこが狙い目だと思う」
    全体像のわかるマップを示しながら、別の幹部が語った。
    「なるほど。それで!?」
    「ただルナちゃんはキッズフォンを持っていて、父親と祖母へ位置情報が送られているんだ。前回のようにミッションエリアへ誘導することは、通常のルートを外れてしまう」
    「予定外の行動は、不審がられる危険性があるということか」
    「位置情報もやっかいだな」
    モニターを見つめ、一同は顔をしかめた。

    「ダミーネーターはどうかな?」
    いきなりドアが開き、廊下の明るい照明を背後に纏って、Jr.が部屋に入ってきた。
    驚く幹部達を横目に、シュクレが招き入れた。
    「僕が声をかけたんだよ」
    「あの悲劇は、ダミーネーターが原因のはず。それをなぜまた……」
    絶望にも似た幹部の声ーー
    モニターのダミーネーターミッションの文字が、青白い空間で異彩を放った。
    「理由は2つだ。まずは、父親対策。モエさんが戻ってくれば、ルナちゃんに危害が及ぶ可能性を抑えられる。次に、活動範囲の拡大。母親と一緒なら外出も自由にできるから、再トライの成功率も格段に上がると思う」
    語気を強めるJr.に、幹部達は顔を見合わせた。

    「ビップ、この後の予定は?」
    何も知らないマナトは、ビップを相手にしていた。
    すっかりいい相棒だ。
    ビップはピコっと反応し、空間に映像を映し出した。
    だが、それはルナちゃん救出ミッション関連の極秘情報だった。
    (……これは!?)
    現段階での情報、それを元にしたプランーー
    情報は次々と映し出され、状況が手に取るようにわかった。
    マナトの視線が、ある一点で止まった。
    システムの改良案だ。
    (このままだと全機能がフリーズする。ここを書き換えれば……)
    途端に指先は透明のキーボードを高速で叩き、マナトの意識は完全にプログラム言語の世界へと没入していった。
    すると思考の奔流を遮断するように、けたたましい音が鳴り響いた。
    ビップのエラー音だった。
    「マナト、スケジュール」
    何事もなかったように、ビップは正常モードに入っていた。
    「ありがと」
    一言だけ答えたマナトだが、タイピングする指は止まらなかった。
    絡まった糸を解きほぐすように、頭の中でシステムの構成を組み立てていく。
    かつて毎日のように行っていた作業だ。
    (この感じ……)
    指先を見つめるマナトの横で、ビップはふわふわと宙に浮いていた。

    「シュクレに会いたいんだけど」
    ポッシェが部屋へ入った途端、マナトが言った。
    「シュクレ?」
    食事のトレーを持ったまま、ポッシェは少し驚いた顔をした。
    マナトの方から誰かに会いたいと言うのは珍しかった。
    「ミッションプランにずっとかかりきりなの。どうしたの?」
    「それに関係してるんだよ」
    そうマナトが言い終わらないうちに、ポッシェから呼び出し音が聞こえた。
    「最近、これを持たされてて」
    小さなデバイスを見せて、ポッシェは急いで部屋を後にした。
    夕焼け色の部屋で、マナトはぷかぷか浮かぶビップをなでていた。

    以前は、廊下でリアンのスタッフ達とよくすれ違っていた。
    挨拶を軽く交わしたり、ちょっとした会話をすることもあった。
    他の誰かに頼んでみようと、マナトは部屋を出た。
    だが、みなせわしなく動いている。
    (ミッション決行が近いのか?早く話さないと)
    「すみません」
    「おや、マナト、体調でも悪い?」
    「いや」
    「そうか、急ぎじゃなければ後でもいいかな」
    マナトは何人かに声をかけたが、話を聞いてもらえなかった。
    小さく息を吐くと、フリースペースへ向かった。

    アンドロイドへ軽く挨拶をし、窓際のボックスシートへ向かった。
    窓の外もスペース内も見渡せる、お気に入りのポジションだ。
    また、ヘイジと話せるかもしれないと少し期待もしていた。
    しばらくすると、マップにヒトらしき表示が出た。
    少し迷ったが、話したいという合図を相手へ送ってみた。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーー
    CONVERSATION REQUEST: SENT
    ーーーーーーーーーーーーーーーーー
    何となく、誰かと話したい気分だった。
    どんなヒトかもわからないけど、相手は応じてくれるのかーー
    マナトの鼓動は、少しずつ早まっていった。




    #創作大賞2026
    #エンタメ原作部門


     
     
    文字を紡ぐことが好き 2人のにゃんこと住んでいます 誰かの心に小さな灯りを届けられたら いつか、書くことを生業にするのが夢です 🖋️一部 以前のアカウントで公開していたものを再掲しています

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