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雨の日

    外は秋の雨がしとしとと降っている。いいね、私の一番好きな雨の日だ。
    たいていの人は晴れの日を好むが、私は雨の日がただ好きだった。

    午後からまた街の公園に写真を撮りに行くつもりだったが、午後には雨がやんでしまうかもしれないと思い、予定を早めて午前中に出かけることにした。
    傘を手に、リュックを背負い、カメラを肩にかける。さあ、出発だ。

    イヤホンを耳に、公園の中をぶらりと歩く。足もとに落ちた枯れ葉や、湖面に広がる水滴のさざなみを眺めていると——雨の日には、雨の日の美しさがあるものだ。

    公園にはほとんど人がいない。ちらほらと、カップルが一二組ほどだけ。これもまた、私が雨の日を好きな理由の一つだ。人通りが多いと、どうにも気恥ずかしくてカメラを取り出せない。写真の中身がどうこうという問題ではなくて。

    湖の岸辺をゆっくり歩いていく。傘のふちが目の前に、水のカーテンを一枚区切っている。レンズを、雨に濡れて色の濃くなったベンチに向けた。スマホを取り出して測光し、数値を合わせる。「カシャッ」と一コマ巻き上げてから、こんどはぬれた地面にぴたりと張りついた、葉脈のくっきりしたプラタナスの葉にレンズを向ける。「カシャッ」。

    フィルムカメラのシャッター音は、やっぱりいい。ただ、金がかかる。デジタルより、私はフィルムのほうが好きだ。リバーサルフィルムを組み合わせるとなおいい。デジタルカメラでは、この感覚は与えられない。フィルムカメラがくれるのは、二度の幸福だ。一度はシャッターを押した瞬間。もう一度は、現像が終わって、写真を眺めながら、そのときのことを思い出すとき。

    ファインダーに切り取られた景色を見つめているうちに、ふと思う。人の注意力も、カメラのレンズと同じで、ちゃんと焦点距離があるのかもしれない。
    広角で、曇り空をまるごと一枚におさめてしまうときもあれば、とりとめもなく。望遠で、遠くのなにか、ある出来事にふとピントを合わせてしまい、ほかにはなにも見えなくなるときもある。
    じゃあ、いまの私は、どっちなんだろう。
    わからない。ただ、シャッターを押していた。
    雨音のなかで、シャッター音が、私に代わってため息をついてくれた。

    雨足がどんどん強くなってきた。もうこれ以上は撮れない。三脚とカメラを片づけて、湖心亭へと足を向ける。

    ぼんやり過ごすのも、悪くない。それに、雨に降りこめられた猫が一匹、私と一緒にいる。
    ふと思いだした。実家でオレンジ色の猫を飼っているせいで、私はいつもカバンにちゅーるを何本か入れているんだった。あるかな、どうかな。
    リュックを開けて探ってみると、なんと一本だけ出てきた。封を切って手を袖口までひっこめ、猫に目をやると、こちらの意図がわかったらしく、ぴょんとこちらへ跳び寄ってくる。ちゅーるを少しずつ、その口元に絞りだしてやった。
    食べ終えると、猫は前足をなめながら、じっと私を見ている。ああ、一本しかなかった。どうやら私は、よけいなことをしてしまったらしい。食欲にぽっかりと隙間を開けてしまったのに、これ以上与えられる食べ物がない。

    「猫さん、ごめんなさいね。私も、行かなくては」
    去りぎわに、この猫にモデルになってもらって一枚撮ろうと誘ってみたものの、フィルムを巻き上げたところで、もう撮り終えていたことに気がついた。

    まあいいか。猫さんは猫さんで猫条が尽き、私は私でフィルムが尽きた。お互い、少しだけ心残り。でもこれも、ちょっと変わったご縁というやつかもしれない。

    リュックを背負い、猫に手を振って、くるりと身をひるがえして傘を差す。やみかけている雨のなかを、歩きだした。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

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