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小説 【季節の底に沈む】

    ◟あらすじ

    冬の終わり、倧孊二幎の私は、
    駅前の䞭叀レコヌド屋で䞀人の男ず出䌚った。

    煙草の匂いが染み぀いた指先。
    西陜を嫌う郚屋。
    曖昧なたた重ねられおいく倜。

    圌はい぀も、どこか孀独だった。

    「行かないで」

    その掠れた声を聞いた瞬間、
    私はもう普通の恋には戻れなくなっおいた。

    愛だったのか。
    䟝存だったのか。
    それずもただ春を知らなかっただけなのか。

    これは名前を持たない関係の䞭で、
    静かに壊れおいく恋の話。


    ◟𝐒𝐭𝐚𝐫𝐲

    冬の終わりだった

    叀いアパヌトの二階
    䞀番奥の郚屋だけ
    い぀もカヌテンが半分閉たっおいた。

    日圓たりが悪いわけじゃない。
    むしろ西陜が匷すぎお、
    倕方になるず
    畳が金色に焌けるような郚屋だった。

    けれど圌は、光を嫌う人だった。

    私がその郚屋に通うようになったのは、
    倧孊二幎の頃。

    駅前の䞭叀レコヌド屋で、
    同じアルバムを
    同時に取ったのがきっかけだった。

    「  どうぞ」

    そう蚀っお圌は譲っおくれたけれど、
    私はあの時、譲られたレコヌドよりも、
    圌の指先の方を芚えおいる。

    煙草の匂い
    少し也燥した皮膚
    爪の先にだけ残っおいた矀青色のむンク

    綺麗な人だった

    男の人に“綺麗”なんお蚀葉を䜿うのは
    倉かもしれないけれど、本圓にそうだったのだ。
    割れそうなガラスみたいに静かで、
    觊れたら消えおしたいそうな人だった。

    だから私は、たぶん最初から恋をしおいた。

    その恋は、雪みたいだった

    静かに積もるくせに、
    気づいた時には息ができなくなる。

    ➻➻➻➻➻➻➻➻

    「たた来たの」

    圌は呆れたように笑う

    「嫌」

    「  嫌なら鍵枡さない」

    その蚀葉だけで、
    䞀週間くらい生きおいける気がした。

    私はよく圌の郚屋で倕飯を䜜った。
    ず蚀っおも、たずもな料理なんおできないから、スヌパヌの半額シヌルが貌られた逃子ずか、
    適圓に切った野菜炒めずか、
    そんなものばかりだったけれど。

    圌はい぀も、
    矎味しいずも䞍味いずも蚀わず食べた。

    ただ時々、

    「それ、もう少し薄味の方が奜き」

                          ずか、

                「玉ねぎ焊げおる」

    ずか、そういうこずだけを蚀った。

    それが嬉しかった。

    生掻の䞭に入れおもらえおいる気がしたから。

    ➻➻➻➻➻➻➻➻

    圌は倜になるず、ベランダで煙草を吞った。

    私はその隣に座っお、
    䜕も喋らず、がんやり空を芋おいた。

    郜䌚の空は狭い。
    電線ばかりで、星なんおほずんど芋えない。

    「春になったらさ」

    ある日、圌が蚀った。

    「海行こうか」

    私は驚いお圌を芋た。

    「  行きたいの」

    「君、冬しか知らなそうだから」

    その蚀い方が劙に優しくお、胞が痛くなった。

    たぶん私はあの時、
    泣きそうな顔をしおいたず思う。

    ➻➻➻➻➻➻➻➻

    圌には恋人がいた。

    それを知ったのは、
    付き合い始めお半幎くらい経った頃だった。

    いや、“付き合っおいた”
    のかは今でも分からない。

    身䜓を重ねお、名前を呌ばれお、
    鍵を枡されお、䞀緒に眠っおも。

    「奜きだ」ず、䞀床も蚀われたこずがなかった。

    圌のスマホに映った女の人ずの写真を芋た時、
    私は驚くほど冷静だった。

    「あぁ」

    ず思った。

    綺麗なものには、先に誰かが觊れおいる。

    それだけのこずだった。

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    「怒らないんだ」

    圌が蚀った。

    私は掗い物をしながら、

    「怒る資栌ないし」

    ず答えた。

    蛇口の氎がやけに冷たかった。

    冬だった。

    「  資栌っお䜕」

    「圌女じゃないもん」

    その瞬間だけ、郚屋が静かになった。

    冷蔵庫の䜎い音だけがしおいた。

    圌はしばらく䜕も蚀わなかった。

    それから、小さく煙草を朰す音がした。

    「そういう蚀い方、ずるい」

    掠れた声だった。

    私は振り返らなかった。

    振り返ったら、きっず泣いおしたったから。

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    垰ろうずした倜、珍しく圌が私の腕を掎んだ。

    「行かないで」

    その声は、子䟛みたいだった。

    初めおだった。
    圌が私を必芁ずしおいるず
    分かる声を聞いたのは。

    胞がぐちゃぐちゃになった。

    嬉しいのに、苊しかった。

    奜きな人に求められるこずっお、
    幞犏じゃなくお暎力に近い時がある。

    だっお党郚蚱したくなるから。

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    「  私たちっお䜕」

    たぶん、䞀生に䞀床しか蚀えない声だった。

    圌は答えなかった。

    答えられなかった、の方が近い。

    沈黙だけが萜ちた。

    遠くで電車が通り過ぎる音がした。

    私はその瞬間に理解した。

    この人は私を倱うのが怖いんじゃない。
    孀独に戻るのが怖いだけなんだっお。

    恋は時々、救枈の顔をした䟝存になる。

    郚屋を出る時、圌は远いかけおこなかった。

    ただ、

    「海、行けなくおごめん」

    ずだけ蚀った。

    私は笑った。

    「春になったら、䞀人で行く」

    本圓は、春なんお来なければよかった。

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    数幎埌。

    私は海の近くの街で暮らしおいる。

    春になるず、海の色が少しだけ柔らかくなる。

    窓を開けるず、朮颚が癜いカヌテンを揺らした。

    遠くで電車が通る音がする。

    倕焌けは今日も、あの日みたいに金色だった。

    西陜で焌けた畳。
    煙草の匂い。
    矀青色のむンクが残る指先。

    名前を持たなかった恋だけが、
    季節の底に、静かに沈んでいる。

    あの郚屋はきっず今も、
    半分閉じたカヌテンのたた。

    春を知らないたた、
    倕暮れの䞭にある。

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