
子どもに、自分がやっていたスポーツをやらせるべき?|月猫のひとりごと
子どもに、どんなスポーツをさせるか。
これって、正解あるんだろうか。
もちろん大前提として、
本人が「やりたい」と思うものをやるのが一番いい。
でも現実は、そんなに単純じゃない気もする。
私は小3から卓球を続けてきて、
強豪校に進み、
全国大会の舞台にも立ったことがある。
いわゆる「そこそこ本気でやっていた側」だと思う。
だからこそ、ふと思う。
子どもにも卓球をやらせた方がいいんじゃないか、
と。
選択肢が限られる中で、
親が知っている、教えられるスポーツの方が
上達しやすいんじゃないか。
実際、プロの選手は
親もその競技をやっていたケースが多い気がする。
もし自分が子どもの立場だったら、
教えてもらえる環境がある方を
選びたくなるかもしれない。
でも一方で、思う。
それって、親の都合じゃないか?
私の経験や価値観を、
そのまま子どもに
乗せようとしているだけじゃないか?
実際、私の周りには
同じように卓球をやっていた仲間がいる。
子どもが生まれて、
3歳から自宅に卓球台を置いて、
全国大会を目指している。
「卓球、やらせないの?」と聞かれることもある。
そのたびに、少しだけ考えてしまう。
やっぱり、やらせた方がいいのかなって。
もし卓球をやらせたら、たぶん私は本気で教える。
中途半端にはできないと思う。
そしてきっと、また自分もどっぷりハマる。
勝てば嬉しいし、負けたら悔しい。
気づいたら、
子ども以上に熱くなっているかもしれない。
それって、本当に子どものためなんだろうか。
それとも、
「もう一度やり直したい自分」のためなんだろうか。
正直に言うと、少し怖い。
子どもよりも自分が熱くなってしまいそうで。
私は卓球一筋で、
部活にクラブチームに、
休みもなく卓球漬けの毎日だった。
勉強は、どうしても後回しにしていた。
あの時間は、無駄じゃなかったと思う。
強い人は、こんな景色を見ているのかと思った。
あの環境にいたからこそ、
知ることができた世界だった。
子どもにも、
その景色を見せてあげたいと思う気持ちもある。
でも社会人になった今、
結局みんな同じスタートラインに
立っている感覚もある。
卓球でどれだけ結果を出しても、
社会ではほとんど関係ない。
学生時代は、
少し人より卓球ができるというだけで、
人より上にいるような
気がしていたのかもしれない。
社会に出て、10年近く働いてきて、
やっと気づいたことがある。
卓球が強いことと、
仕事ができることは、
別だということ。
勉強ができることも、同じだと思う。
そんな当たり前のことを、
働いてみて、ようやく実感した。
仕事ができることが、すべてではない。
それでも、社会に出たら
避けては通れないものでもあると思う。
一方で、学生時代に
何か一つに打ち込んだ経験は、
人生の財産になるし、
一生の仲間にもつながる。
実際に私は、それを得てきた。
だからこそ――
何がいいのか、わからなくなる。
子どもに何をさせるのが正解なのか。
スポーツなのか、勉強なのか。
そもそも、「正解」なんてあるのか。
結局、頑張るのは本人で、
親がどうこうできることなんて、
そんなに多くない気もする。
できることがあるとすれば、
いくつかの選択肢を用意して、
その中で本人が
「やりたい」と思えるものに出会えたとき、
それが何であっても、一生懸命応援すること
くらいなんじゃないかと思う。
たぶん、それしかできない。
子どもに、
自分のやってきたことを経験させるべきか。
それとも、
まったく別の道を自由に選ばせるべきか。
あなたなら、どうするだろう。