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【つながる旅行記#212】赤い鳥居と水瓶山と最澄の伝説

    前回は再びやってきた太宰府天満宮で飛梅を見て、山へ向かった。

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    それでは登山を楽しんでいこう。

    いや、まだ人の営みがバッチリ感じられる道だけども。

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    最澄によって開かれたお寺が江戸時代に雨乞いをして云々の碑
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    もちろん登山ともなれば飲み物は用意してある。

    このピーチティーにグリーンティーが混ざった謎の飲料だが、味が自分の口に合いすぎて冗談じゃなく何十本も飲んでいる。

    このまま一生販売しててほしい。

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    登っていくと、なんだかものすごい人工物に遭遇。

    これはダムだ。

    そしてダムはダムでも、砂防ダムである。


    詳しい機能はNHK for Schoolを見よう!(とてもわかりやすい!)


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    ダムの裏
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    そしてそんな砂防ダムの後ろに続く道には、点々と赤い鳥居が立っている。

    なんだかちょっとゲームの世界に入ったみたいだ。

    そこはかとない冒険感。

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    黒岩稲荷神社
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    しかし目の前の雄大な景色にすごい田舎に来た雰囲気を感じてしまうが、ここから10kmほどで大都会博多に行けるのだ。

    やっぱり福岡はすごい。

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    黒岩神社
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    白岩
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    しかし思った以上に山道になってきた。

    だが自分はこういうときのために常に登山が出来るような靴で旅行をしているので問題ない。

    街中では見た目に問題ありだが、それも仕方ないのだ。

    山に登れるほうが大事である。

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    そしてまさかのロープまで出現した。

    埼玉県の飯能でも鎖場があったりしたが、やはり小さい山だからといって体験が劣るというわけでもないんじゃないか……?

    (なおこのロープは使わなくても行ける)

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    というわけで水瓶山に登頂完了です!!

    標高は212m!!

    低山!!

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    さて、それではちょっと太宰府方面でも見るとしよう。

    頑張れコンデジ。 ズームの出番だ。

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    おお……!!

    あの特徴的な屋根は九州国立博物館!

    こうしてみると山の中に埋もれているのがよく分かる。

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    少し左を見ると、なんだか盛大に土地を整地している。

    なにか新しい施設を作っているのだろうか。

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    ところでこの水瓶山には伝説があるらしい。

    ちょっと内容を読んでみよう。

    平安時代、最澄は唐へ留学することになった際に、航海の安全を祈って宝満山のふもとにある竈門山寺で仏像を刻んだ。

    そのとき、この山(水瓶山)に黒雲が湧いたと思うと、瓶が出てきた。

    その年は旱(ひでり)だったので、この謎の瓶に水を入れて祈ってみたところ、なんと雨が降り出したのだ。

    それからこの山は水瓶山と呼ぶようになり、旱の年にはこれらの瓶に水を入れて雨乞いをすると、雨が降ると言われているのです。

    水瓶山の伝説

    ……なるほどなあ。


    (何だこの話…?)

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    竈門神社(右)

    ちなみに最澄が仏像を刻んだと言われている竈門山寺は水瓶山の東側にあり、ここで最澄が仏像を掘っていたら黒雲が湧いたという。

    遣唐使の船は博多から出港するので、最澄は博多へ向かう途中だったのだろう。


    それはともかく、最澄の仏像(航海安全祈願)と謎の瓶(雨乞い用)は全く関係のない話のような……。

    そもそも瓶が出るって何?

    山からニョキッと生えてきたとか?

    しかも後半の文章では「これらの瓶」という記載があるので、湧き出てきた瓶は一つではない可能性がある。

    山から大量の瓶が湧き出た様を想像すると、めちゃくちゃ怪奇現象だ。

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    そしてそんな雨乞いに使っていた瓶はどこにあるのだろう。

    わりと新しく見えるこの社の中に収められているとか?
    そうならちょっと現物を見たいところだが……。


    ……まあ昔話を真面目に考えても仕方ないかもしれない。

    おそらく当時の人がなにか意図をもって作った話なのだろう。

    もしかしたら「最澄さん来たからせっかくだし伝説作るぞ!」みたいな流れがあったのかもしれない。

    こういうのを想像するのも楽しいものだ。


    ……いやまてよ?

    そういえば登ってくる途中の石碑に、最澄によって原山無量寺が開かれたことが書かれていた。

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    原山無量寺(跡地)

    これは最澄が遣唐使から帰ってきて10年以上も後の話だ。(818年)

    つまり最澄は京都から遠いこの地に、わざわざ2度も訪れた……?


    や、やっぱり伝説的なイベントが起こっていたのかも?



    なんだか妄想が捗ってきたが、

    それはともかくこの水瓶山、全然登山の序盤である。

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    軽い達成感を感じていたが、実は人家があるゾーンから20分も歩けば来れるのが水瓶山なのだ。

    気楽に自然を味わえて良い山だね!!

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    ……そんなわけで、先へ進んでいこう。

    まだまだ先は長い。

    果たしてこの先、何が待ち受けているのだろうか。


    次回へ続く……!


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    aosagi

     
     
    なぜか今2017年の旅行記を書いている人。(左足が弱い)気付けば雑記の方が多くなった。 よろしければ気軽にコメントやフォローしていってくださいね!

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