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〈あらすじ〉

 ある夏の夜。街の変電所が、爆破した。辺りは暗闇に包まれ、パニックに陥った。爆発の犯人として名前が上がったのは、星住悠輝。その変電所に勤める電気工事士だった。果たして、彼の動機は。そして、光の無い世界で人々は何を思い、何をするのか。これは、醜くて、卑劣で、傲慢で、狂気に満ちた生身の人間たちが過ごした、とある一夜の物語。

〈登場人物〉

青年
 エレベーターに残された青年。

直人(なおと)
 エレベーターに残された中年。

海散(みちる)
 高校生。父親の帰りを待つ。

時子(ときこ)
 海散の母。夫とは離婚している。

夏樹(なつき)
 海散の兄。両親の離婚後は母に引き取られる。

ガラ
 所轄の刑事。

アビ
 所轄の刑事。

鮫島(さめじま)
 警察署の署長。

小春(こはる)
 家出少女。

ダリ
 裏社会とつながる謎の男。

富永(とみなが)
 ダリの部下。

星住(ほしずみ)
 爆破事件の犯人。逃走を続けている。

〈本編〉

【1】変電所

薄らな照明が光る。

ある夏の夜、超高圧変電所。フード付きの黒いコートで身を包む星住が上手から登場し、ゆっくりと止まる。

星住「……空に浮かぶ星たちは、自分たちが光っていることに気が付いているのか。……もしかしたら、周囲で輝く他の星たちを見て、自分も光っていると気が付くのかもしれない。……宇宙は良い。そこは自然の果てで、無為の境地だ。意味も、動機も、価値も無い。ただそこに、美しく存在している。その点、この世界は歪だ。ゴミクズのような日々を、摂理と勘違いして、ゴミクズのような生活を受け入れている。……だから私は、ゴミクズのような粒子どもがたかって創ったこの世界を、崇高なるユートピアに見窄らしくひけらかしているこの世界を、消し去る。この世界を……宇宙のカケラにしよう」

星住は、爆弾のスイッチを入れる。途端、背後にそびえていた電線を繋ぐ鉄塔の群れは炎を吹き、光は次々と潰える。
街中の人々も逃げ惑い、慌てふためく。交差する群集の隙間を通り抜けながら、星住は下手へ退場する。

『大停電事変』

【2】エレベーター

舞台中央の奥で、ゆっくりとエレベーターが上がってきて、途中で大きな音を立てて停止する。
群集はその音を契機に全員はける。
エレベーターの中には、高校生ぐらいの青年と、ところどころ血が滲んだボロボロのシャツを纏う中年の男(=直人)の二人がいた。
青年は手前の角に立ち、直人は後ろの角で座り込んでいる。

青年「……ん?」
直人「おお?……停電か」
青年「……そう、ですね」
直人「……押さねぇのか」
青年「え?」
直人「ほら、非常用ボタン」
青年「あぁ……いや、え、押した方が、良いすか」
直人「……どうして?」
青年「いや、別に、押さなくてもいずれ……え、押したいですか?どうしても?」
直人「……。いや、押さなくて良い。面倒だ」
青年「……なら、良かったです」
直人「……あんた、若いな。いくつ?」
青年「17です」
直人「17か。……へっ、おっちゃんとトリプルスコアついてるじゃねぇか」
青年「そうですか……。あの、大丈夫ですか?」
直人「なにが?」
青年「いやその……血ですよね」
直人「えぇ?……あぁ、血か。これ。確かにな」
青年「なんだと思ってたんですか」
直人「いやぁ、特に何とも」
青年「血に気付かないことあります?」
直人「俺あれなんだよ、変化とかに気づけないタイプでさ。家出る時にゴミ出そうと思って、前日の夜のうちから玄関にまとめたやつ置いておくんだよ。でもな、朝になっていざ出るぞってなるとな、もうそこに置いてあるものが、そういう景色に見えちゃってよ。そこに存在してるもの全て当たり前みたいな。だから、袋が浮いて見えないんだよ。絵画の端っこにちょろっと付け足してもさ、時間置いて見たら案外変わったことに分からなかったりするだろ。それと一緒。結局ゴミ出すの忘れてよ。色々気が利かない男になるわけだよ。些細な変化に気付けないって、愛情で成り立つ関係においてはかなり致命傷でよ。妻は呆れて言葉も出ないみたいな感じだったよ。まぁ他で色々あって結局別れたけど。あでも、娘は一緒に住んでるんだよ。みっちゃんって言ってな、かわいいんだよ。良い子だよ。だからな、青年。自分を大切に想ってくれる人は大切にしなきゃいけないし、大切にしたいって想われるように生きていけよ。……なんの話だっけ」
青年「なんで血に気が付かないのって話です」
直人「あぁ、そうだった。血かぁ、こんな色だったんだな、お前。もっと赤々としてると思ってたよ。為体ていたらくに生きてたら、こんなしっかり血を流すことなんて無いからな。ちょっと見ないうちに、随分クロくなったなぁ。俺の心が燻んだからか」
青年「……あなたは、どうしてこんなところに?」
直人「直人で良いよ。素直な人と書いて、直人。ま、本当にそうなら良かったんだけど。……そうだな、なんでだっけな。俺もよく分かってないさ。いや、目的が無かったわけじゃない。むしろこのビルじゃなきゃいけなかったんだけどよ。なんでこんなことになってんのかがわかんねぇ」
青年「結局何も答えてないのと同じですよそれ」
直人「あぁ、そうかぁ……俺昔から、話してると、何言えば良いのか分かんなくなっちゃうんだよ。……そういう青年は、何しに来たんだ」
青年「あぁ、僕は……別にこのビルである必要なんて無くて。……なんでここに来ることになったのかは、別に考えるほどのことでもない。どうせ、意味なんて無い。自然のうちにそうなりました」
直人「……お互い様じゃねぇかよ」
青年「まぁ、良いじゃないですか。関係性に見合った情報の開示をしてるだけなんですから」
直人「まぁどちらにせよ……非常用ボタンで助けを求めるのには不都合な用事ってことだな」
青年「……ケータイは?」
直人「さぁな。ここに来る途中に落とした」
青年「そうですか……」
直人「どうせお前も持ってないんだろ」
青年「僕が持ってたら聞かないですよ。あんなの、一つでも二つでも変わんないんですから」
直人「ハハッ、そりゃそうだわ。……高校生?」
青年「まぁ……。無職ですか」
直人「なんちゅうこと聞いてんだよ。飲・食・店・経・営・者」
青年「あ、そうなんです」
直人「そう。町中華やってるよ」
青年「あぁ……良いですね」
直人「娘も時々手伝ってくれるんだよー。……これいつ戻れるの」
青年「……みっちゃん、でしたっけ」
直人「まだ高校生でさ……。普通に仕込みあるって言って出てきちゃったんだよ。(血を見ながら)これは、なんて説明しよう」
青年「まぁ……献血盛大にミスったとか」
直人「ふっ……。もうなんでも良いや。……はやくただいまって言ってやりたいな……」

立っていた青年も、ため息の勢いで直人の隣に座り込み、二人して見えもしない夏の夜空があるであろう頭上に目を遣った。

【3】家

ある家の長女、海散が、テーブルの上の蝋燭に火をつけたところで、鍵が開く音がした。少しすると、スマホのライトを照らした母親の阿川時子と、兄の阿川夏樹が入ってきた。

時子「……みっちゃん!」

時子は持っていた荷物をその場に垂直に落とし、足早に海散を抱きしめに行った。

時子「大丈夫だった?怪我とかは無い?」
海散「ママ、心配し過ぎ!全然大丈夫だから」
時子「そう……なら良かったけど」
海散「夏兄も、大丈夫?」
夏樹「え?……あぁ、大丈夫。ありがと」
時子「お父さんは?」
海散「多分、今日は帰って来れなさそうって」
時子「そう。……あ、なんか食べよ。色々持ってきたから。あ、夏樹それここ置いてくれる?」
夏樹「あぁ、うん」

夏樹は、持っていた袋を机の上に置く。

時子「しばらくこっちいるから。なんかあったら言ってね」
海散「いや、もう高校生だよ?そんな心配しなくて大丈夫だよ」
時子「『もう』じゃなくて『まだ』だからね」
夏樹「(やけに自信の無い声で)あれ、海散は……今年から、高1?」
海散「高2だよ。去年入学祝いくれたじゃん」
夏樹「ああ、そう、そうだったけ……」
時子「なんか、昔もあったわねぇ。お父さん仕事で家にいないときに停電なって」
海散「あーあった!夏兄怖がって部屋に篭ってた」
夏樹「ええ?あ、そうだっけ……」
時子「夏樹が生まれてすぐの時にも、大きいのが一回あって、本当に大変だったんだから」
海散「あ、夏兄、部屋使う?パパがスニーカーとか置いてるけど、ベッドとか机はそのままだし」
夏樹「あ、そっか……」
時子「夏樹も疲れたでしょ。ちょっと休みな」
夏樹「じゃあ、ちょっと休もうかな」
海散「2階の廊下にLEDのランタンあるからね」

夏樹は自分の部屋へと向かい退場。

時子「……夏樹なら大丈夫。前ほどでは無いから」
海散「うん……ちょっと元気そうで良かった」
時子「でもね……どっかで、崩れちゃいそうで」
海散「うん……。あ、見てみる?こっちの納戸も」
時子「ああ、なんかあるかな。あの人すぐ食べちゃうから」
海散「食べ物があったらとりあえず食べちゃうからなぁ」
時子「なんかネズミみたい」
海散「いやだぁ」

二人は納戸へと向かう。

【4】警察署

会議室。大勢の捜査員の前で、署長の鮫島武志が声を張り上げて指揮を取っている。捜査員の中には、所轄刑事のガラ(真柄鉄平)とアビ(安彦昇)がいる。

鮫島「良いか?今回の事件は、ただの爆破事件ではない。犯人を一刻もはやく捕まえるのは大前提だが、それだけでは終わらない。我々は、市民の動揺を抑えなければならない。この停電を利用した犯罪が起こることも大いに考えられる。この署が始まって以来の最重要案件だ。全捜査員、心して掛かるように!」
ガラ・アビ「はい!」

捜査員たちは、振り分けられた職務につく。
アビはガラと話しながら、会議室のセットを車へと変えてゆく。
ガラは座ったまま。

アビ「被疑者は星住悠輝35歳。職業電気工事士。痩せ型で黒いコートを着用……。黒って。こんな真っ暗闇の中分かるか?」
ガラ「……なぁ、アビ」
アビ「どうした?ガラ」
ガラ「これってさ……テロかな」
アビ「あぁ?」
ガラ「だってさ、今回の停電はすぐ直るようなもんでもないだろ?爆破した超高圧変電所は、他の変電所に送電するためのところなんだろ?そんな重要そうなとこがぶっ壊れたんだ。それに、復旧するとしても、どうせ最初は病院とかのインフラに集中するだろ?そしたら、俺たちの家の電気が点くのはもっともっと先の話だぜ?」
アビ「まぁ、そうだな」
ガラ「さっき署長も言ってたけどさ、こんなクソあちぃ時期にエアコン止まってみろよ。そりゃ憂さ晴らしに人一人くらいぶん殴りたくなるよ」
アビ「おい、冗談でも警察がそんなこと言うな。おら、行くぞ」

気がつくと、会議室だったその場は車の中になり、ガラは助手席に座っている。アビは運転席に乗り込み、発進する。

アビ「パトランプつけて」
ガラ「ああ、はいはい」

赤色灯の明るさが、真っ暗な街中を染めてゆく。

アビ「おい。さっきの続きやるぞ。銀座線山手線ゲーム」
ガラ「はいはい、えーとね……末広町」

二人は山手線ゲームをはじめる。

アビ「稲荷町」
ガラ「虎ノ門」
アビ「うわ言われたっ……赤坂見附!」
ガラ「はい俺さっき言いましたー」
アビ「あれ嘘っ。えーと、あれ、え?」
ガラ「5……4……」
アビ「ちょ、ばか。待って」
ガラ「3……2……」
アビ「ぐあああぁぁぁあとなんだっ」
ガラ「1……」
アビ「いやぁぁぁ、御徒町、ちがうっ!それは山手線」
ガラ「0〜!よーし俺の勝ちー」
アビ「ええ、あと何言ってないっけ」
ガラ「アビ。俺気付いててずっと言ってないんだけどさ」
アビ「うん」
ガラ「まだ銀座言ってないよ」
アビ「……えっ、はぁ!?うわそうじゃんなんで銀座線山手線ゲームして銀座出ないんだ」
ガラ「いよっしゃぁ!銀座っ銀座っ」

そこへ、通信指令から入電がある。
内容は、銀座の宝石店が強盗被害に遭っていたため、近くでパトロールをしているパトカーは至急向かうようにとのものだった。

ガラ「銀座ねぇ……」
アビ「流石に遠いな。他に任せよう」
ガラ「こっからどんどん増えてくのかな」
アビ「本庁の奴らもちょっとは人手寄越せよな。所轄とか交番の警察だけじゃ足りなくなるぞ」
ガラ「……なんか、昔ニューヨークでもこんなことあったんだよな」
アビ「あぁ、市民が暴徒化したやつ?」
ガラ「あれも、確か夏の夜だったんだよ……すげぇよな。あれだけ光に満ちた夢みたいな場所がさ、一瞬で野戦みたいになんだよ。だけど、別に丸っきり様変わりしたってことじゃないと思うんだよ。きっとその街にも、そこに住む人にも、何かを殴りたかったり、盗みたかったり、誰かをぶっ殺してやりたいっていう、グロい気質はあったんだよ。誰にだってあるよ。……よく輝かしいものには闇があるとか言うけど、そりゃ、本当にその通りだと思う。でも厄介なのはさ、その闇に、光が覆い被さってるところなんだよ」
アビ「覆い被さってる?」
ガラ「あぁ。光がうまぁく闇を隠してる。ニューヨークの光が消えて、人間のゴミみたいなところが浮き彫りになっただけだ。ゴミみたいな衝動が、つい動き出しちゃっただけだ。……人が変わったようにとか言うけど、なんも変わってないよ。全部その人だし、全部その街だ」
アビ「……まぁ、そりゃそうかもだけどさ。んなこと言ってサボれないからな。あくまで、市民の安全を確保するのが俺たちの仕事だ。個人の正義とか、本能とか、そういうフィールドに首突っ込んだ途端に警察は袋叩きにされるからな」
ガラ「分かってるよ。プログラミングされた機械みたいにさ、感情も何も無くやることやれたら良いのかなぁ。でも俺映画好きなんだよね。映画で感動できなくなるのは嫌だなぁ」
アビ「お前はとりあえずその減らず口を縫え」
ガラ「……なぁ、アビ」
アビ「あ?」
ガラ「やっぱり、これはテロじゃないと思う」
アビ「じゃあなんだ?愉快犯?怨恨?」
ガラ「全部ちげぇよ」
アビ「じゃあなんだよ」
ガラ「……救済なんじゃないかな」
アビ「……は?」

思わず、アビは沈黙する。アスファルトをなぞる僅かな走行音のみが鳴っていた。

【5】アジト

舞台下手側に立つダリは、正面に見える磨りガラス越しの真っ暗な世界を見ていた。すぐ側には、部下の富永三葉がいる。街を眺めながらグラスを傾け、酒を喉に流し込んだ。

星住が下手から登場。

ダリ「珍しいな、星住。わざわざここに来るなんて」
星住「ここ眺め良いですから。上から見たら圧巻だろうなと思って」
ダリ「光という光が空に移ったみたいだよ。星が綺麗に見える。……思い出さないか。あのときのこと」
星住「……そうですかね」
ダリ「君と初めて会ったときもこんな日だった。懐かしい」
星住「もう、18年とかになるかな」
ダリ「早いものだ。あの停電が、私たちを繋いでくれたんだ。……しかし、変電所を爆破して停電させるなんて、犯人は随分大胆なことをするな。電線切るだけで済むのに」
星住「そんなんじゃ、すぐに直されますよ。もっと長い間、停電させたかったんでしょう」
ダリ「おぉー。流石は電気工事士だ。まるで犯人の意図を知ってるみたいに」
星住「……」
ダリ「爆破が起きた変電所……勤務先なんだって?不運だよなぁ。職場が火の海になったってのは。こっちとしても痛手だよ。固定電話に繋がらないからさー。こんな時に金催促するバカもいねぇ。利益が見込みから大幅に減っちまうよ」
星住「ダリさんなら、なんとかなるでしょ。停電なんて、強盗に入るには持ってこいのタイミングじゃないですか」
ダリ「ほぉー。久しぶりにおだてられたな。……君じゃないよね?星住」
星住「はい?」
ダリ「この停電。君が仕掛けたことじゃないだろうな?」
星住「まさか。組織に迷惑はかけませんよ」
ダリ「そうか。……まぁいい。灯りが無いからな、気を付けて帰れ」
星住「ご心配には及びません。……あ、三葉さん。先月分の報告書。お送りしたので確認お願いします」
富永「分かりました。ありがとうございます」
星住「では」

星住、退場する。

ダリ「……富永」
富永「はい」
ダリ「警察の中の情報探らせろ。日本の警察は、優秀だからな」
富永「承知しました」
ダリ「あぁ、あと、拳銃の件。どうなった」
富永「未だ見つかっていません。紛失した本人によれば、宝石店への強盗が終わった直後に爆発と停電が起き、気が動転していたと」
ダリ「はじめての奴か?」
富永「3回目です」
ダリ「情けないね。首輪はちゃんとつけておけよ」
富永「承知しました」

そこには、ギターを背負った家出少女の戸崎小春が、呆然と立ち尽くしていた。その手には、少女には不釣り合いな拳銃があった。

小春「……私の街が……やだ、やだ……やだ!やめて……私の……私だけの街なのに……」

【6】エレベーター

一向に動かないエレベーターの中で、歳の離れた二人はやや仲を深めているようだった。

青年「問題です。停電したので、10本のロウソクに火をつけました。しかし、そのうちの3本は、風が吹いて消えてしまいました。さて、次の日まで残っていたロウソクは何本でしょう?」
直人「えぇ?……風が吹いたってことは、窓を開けてたってことか?」
青年「まぁ、そうなんじゃないですか?扇風機とかは停電でつかないでしょうし」
直人「あぁー……するってぇと、その問題の季節は、夏だな」
青年「……はい?」
直人「湿気が多い時期かな。夜でも換気しないと、蒸し暑くて仕方ないからな」
青年「まぁ、そうなんじゃないですか?」
直人「おぉ。だから答えは……あれ、何答えるんだっけ」
青年「朝まで残ってた本数です」
直人「ああ、そうだったそうだった。やっぱダメだなぁ。話してるうちに忘れちまう。3本消えたんだから……ええ?7本?」
青年「ぶぶー」
直人「あ!わかった、0だよ0!」
青年「ぶぶー。正解は、3本でしたー」
直人「え?なんで。0じゃねぇのか」
青年「解説。風で消えなかった残りの7本は、蝋が溶けて朝には無くなり、火が消えた3本の蝋は溶けずに残るので、正解は3本です」
直人「あぁ、そっちの『残り』だけなのか。いや、てっきりよ、3本は火が消えて、7本は蝋も消えて、結局日本語的には、全部無くなったってことになるかなって」
青年「そんな屁理屈じゃないですよ。良い感じの雰囲気の答えってのがあるんですから」
直人「ほぉーん」
青年「ってのが、脳年齢テストってやつです」
直人「なるほどね。でも、こういう文章問題は難しいよ。なんか、もっと簡単なやつないの?」
青年「あー。……まぁだったら、昨日の晩ご飯覚えてます?」
直人「昨日の?……えーっと……あれ、何食ったっけ」
青年「意外と思い出せないですよね」
直人「あ、思い出した」
青年「お」
直人「パスタだよ。なんつーの、パルム・ドールみたいな名前のやつ」
青年「カルボナーラですか?」
直人「ああそうそう。あれ、パルム・ドールってなんだっけ」
青年「カンヌの最高賞ですよ」
直人「ああ、それだそれだ。でまぁ、仕事終わって帰ってきたらさ、みっちゃんが作っててくれたんだよ。初めて俺に作ってくれた手料理もカルボナーラなんだよ。いやぁ美味かったな」
青年「……いい、娘さんですね」
直人「自慢の娘だよ。……お前は?」
青年「え?」
直人「昨日の晩ご飯。何?」
青年「カップラーメンです。普通に」
直人「おお。良いな。美味そうだ」
青年「でも僕、あれ嫌なんですよ。僕くらいの年齢の人が、一食をカップラーメンで済ましてるって言うと、必ず誰かに『ご飯ちゃんと食べれてないんだね』とか、『かわいそう』とか言われるんですよ。でも別に、僕は消去法でカップラーメン食べてるんじゃなくて、美味しいから食べてるんですよ。食べたいから食べてるんですよ。でも、手を抜いてるから、それなりの代償があるみたいに思われてるんです。僕は、能動的に三分測って、能動的にカップラーメン食べてます」
直人「なんかそんな曲あったな」
青年「ああ、CMでありましたね」
直人「カップラーメンか。……最後の晩餐になるかもな。それが」
青年「……いつ復旧しますかね」
直人「さぁ、どうだろうな」
青年「……『最後の晩餐』って絵画あるじゃないですか。レオナルド・ダ・ヴィンチの」
直人「ああ。あのバカでかいやつな」
青年「あれ、キリストが処刑されてしまう前の、弟子たちとの最後の食事会なわけじゃないですか。それなのに、誰一人として向かい合わず、長机の一辺に、全員同じ方向を向いて座ってるんですよ」
直人「おお」
青年「絶対にみんなキリストと話したいはずなのに。一番端っこの人とか、絶対にキリストを見ようとして、こう、ぐいっと体を乗り出さなきゃいけない瞬間があったと思うんですよ。あと、右の端っこにある調味料を、左の端っこの人が欲しいときとか、絶対に隣の人に頑張って回してもらって、多分途中キリストも『あ、隣に回すのね』って細やかに協力する瞬間があったと思うんですよ」
直人「……随分想像力豊かだね」
青年「あれ、絶対あんな構図じゃ無い方が良かったのになぁー、って。思いません?」
直人「んー。……あ、こういうの聞かれたら、また変な方向に進んで、最終的に全然関係ない結論話しちゃうよ。どうする?」
青年「……じゃあまぁ、最初に結論述べちゃいましょ。日本語は結論が遅い言語ですから。英語とかみたいに、はじめに一番言いたいことを入れちゃえば、あとは何言っても良いですから」
直人「そうか。結論を先に言っちゃえば、あとは何言っても良いのか」
青年「はい」
直人「じゃあ……おかしいと、思います。ラブラドール・レトリーバー」
青年「何言っても良いって、そこまでなんでも良いわけじゃないですよ」
直人「ああ、そうか。……すまない」
青年「……今頃、外じゃ何が起きてるんでしょうかね」

しばし、沈黙が流れる。

青年「さっき、カップラーメンが最後の晩餐になるかもなって言ってましたけど……僕はもとからそのつもりで」

すると、携帯電話の着信音が聞こえる。

青年「え?」

直人は携帯電話を取り出し、耳元にあてる。

直人「はい、もしもし」
青年「……直人さん?」

【7】家&街中

夏樹は暗い部屋の中で、SNSで知り合った『サキコ』とチャットをしている。
小春はギターを背負ったまま、街の中で『クチナシ』とチャットしている。

夏樹『停電、大丈夫でしたか?』
小春『元々家出してるので、生活はそこまで変わってません』
夏樹『そうですか。なら良かったです。でも、気をつけてくださいね。ただでさえ夜なのに、停電して灯りも無いから。事件に巻き込まれないように』
小春『ありがとうございます、気をつけます」
夏樹『いえ、心配だったので』
小春『クチナシさんは、大丈夫ですか?』
夏樹『とりあえず、父親の家に来てます』
小春『あ、ごめんなさい。ご両親、離婚してるんでしたっけ』
夏樹『はい。父親はまだ仕事先にいて、帰ってきてないです。今は、昔使ってた自分の部屋にいます』
小春『やっぱり、落ち着くものなんですか?』
夏樹『まぁそうですね。ここだけは、自分の空間な気がします』
小春『そっか。良かった』
夏樹『サキコさんは、外ですか?どこかネカフェとかいた方が』
小春『泊まれたら良いけど、ここ最近投げ銭少なくて。今日は公園で寝ることになりそうです』
夏樹『家には、帰らないんですか?』
小春『もう良いんです。あそこにいたら、歌なんて歌ってられないから』
夏樹『そっか……僕が大人だったら、もう少し力になれたんだけど』
小春『高3だっけ?』
夏樹『うん』
小春『でも、大人だったら、多分ここまで仲良くなってないよ』
夏樹『じゃあ、良かったって、思っておきますね』
小春『うん』

小春『ちょっと、怖いかも』
夏樹『え?どうした?とりあえずにげて』
小春『ちがう。ちがうの。何か危ない目に遭ってるとか、そういうのじゃないんだけどね』
夏樹『うん』
小春『私、この街が大嫌いなの。誰一人、他の人を真剣に考えようともしない。上っ面だけで、何も面白くもないことで、化け物みたいに奇声あげてはしゃぎ回って。バカみたいじゃん。……けど、そんな世界を俯瞰で見れるのが好きだった。あぁー。バカばっかりだよって、見下して、自分だけその事実に気付いてるみたいに思えるのが楽しかったの。でも、停電が起きて、誰もが縋ってたものが消えて、秩序も壊れて、みんな生身の人間になった途端に、こわくなったの。私だけの世界だったはずの領域を、土足で踏み込んで、唾吐いて、犯して……ゾンビ映画の世界ってこんな感じなのかな』
夏樹『……ごめん、こういうときの返信苦手過ぎて、大したことも言えないんだけどさ……きっと大丈夫。サキコさんの世界は、サキコさんだけのものだから』
小春『ありがと。大したこと言えなくても、聞いてくれるだけで嬉しい。そろそろ時間だから、ギター弾いてくるね』
夏樹『わかった。がんばってね』
小春『うん。がんばる。終わったらまた連絡します』
夏樹『はい。待ってます』

小春は、路上ライブの支度を始める。
夏樹の部屋には、海散がやってきてノックする。

海散「夏兄ー。入っていいー?」
夏樹「あぁ、いいよ」
海散「え、暗。LEDのランタン使ってないの?」
夏樹「え?あぁ、うん」
海散「もう、こんな暗いのにスマホ触ってたら、目悪くなるよ」
夏樹「……ママみたいなこと言うな」
海散「えぇ?そう?」
夏樹「うん。よく言われるわ」
海散「うちもパパに言われる」
夏樹「そうか」

二人の間に流れる空気は、別段気まずいという訳ではない。ただ、安心感ゆえの沈黙でも無かった。ひとまずの均衡を破ったのは、夏樹だった。

夏樹「……なぁ、学校、大丈夫そうか」
海散「え?」
夏樹「……俺と同じとこで良かったのか。いつか嗅ぎ付けられて、バレたらとか……」
海散「……ああ、お兄ちゃんのいじめのこと?大丈夫だよ。名字も違うし」
夏樹「そうかなぁ……。まぁ、なら良いんだけど」
海散「……心配してるの?」
夏樹「そりゃまぁ、兄妹だし」
海散「……その『兄妹だし』ってのは、『妹を心配するのは当たり前』ってことなのか、『妹だし心配はらいはしとくか』なのか、どっち?」
夏樹「意地悪なこと聞くなぁ。……うーん、後者では無いよ。もちろん」
海散「そっか。……まぁ、本当に大丈夫だから。お兄ちゃんの方こそ、学校通えてる?カウンセリング行ってるって聞いたけど」
夏樹「あぁ……俺が転校することになって。海散とパパと離れた後に、行き始めたんだ。学校も保健室登校だけど、それなりに通えてるよ」
海散「私は本当に大丈夫だから。気にしないで」
夏樹「わかった。安心した」
海散「……私、許してないから」
夏樹「ん?」
海散「……いじめのこと」
夏樹「……そっか。うん。そうだな」

小春が、地べたに座って弾き語りをしている。
目の前には、投げ銭入れ用のギターケースが置かれている。

ガラとアビの乗ったパトカーが現れる。

ガラ「意外といないね。暑さで怒り狂って店のショーケース壊したりして止めに来た店主を殴りましたみたいなやつ」
アビ「なんでそんな具体的なんだよ。まぁ、日本人にそんな勇気ないだろ」
ガラ「この停電が原因で、色んなものがピタゴラ装置みたいに繋がって、結果罪を犯すことになっちゃったとか、救いようがない理由で人が死ぬことだってあるかもだしさ。俺らも例外じゃ無いよ?この停電がきっかけで誰かやっちゃうかもよ?」
アビ「その誰かがやっちまう前に止めんのが仕事だろうがよ」
ガラ「んなの分かってるけどさー」
アビ「お?」
ガラ「どした?」
アビ「路上ライブしてるよ」
ガラ「え?ほんとだ。弾き語りかぁ。俺昔ギターやろうとしたんだけど、全然上手くならなかったな」
アビ「あれ、許可取れてるか?」
ガラ「ええ?何お前、あの子取り締まるの?」
アビ「仕方ないだろ。見過ごすわけにはいかない」

アビ、車を停める。

ガラ「もっと他取り締まるような奴らいるだろ。あんな若い子いかなくても」
アビ「なんだよお前、さっきは散々言われたことだけやりたいみたいに言ってたくせに」
ガラ「夢ある若者は話が別だよー」
アビ「おら。とにかく行くぞ」

二人は降りて、小春のもとへ向かう。

アビ「すいませーん」
小春「……え?」
アビ「あのー、ここ、道路使用許可取ってますか?」
小春「あ、えっとー」
ガラ「いやすみませんね。決まりなもんで。自分は全然良いっていうか、若い子には頑張って欲しいんですけど」
アビ「おいガラ。私情を挟むな。で、許可取ってますか」
小春「……すみません」
アビ「ですよね。今すぐ撤収してもらえればそれで大丈夫ですから」
ガラ「すみませんね。次ちゃんと許可取ってライブやったら、自分聴きにいくんで」
小春「あぁ……はい、すみません……」

小春は片付けを始める。すると、アビは小春の顔に見覚えを感じる。そばに立てかけられたサキコという名の看板を見つめる。

アビ「……あれ、もしかして、戸崎小春さんですか?」
小春「……え?」
アビ「戸崎小春で……『サキコ』ですか」
ガラ「ん、誰?」
アビ「ご両親から、捜索願いが出されてますよね」
ガラ「え?……そうなの?」
小春「違う……違います」
アビ「およそ2週間前から。大変心配されてましたよ」
小春「違いますってば……」
ガラ「なぁアビ?こう言ってるし、人違いなんじゃないの?」
アビ「お前は黙ってろ。俺はご家族の話を直接聞いてた。……ゾンビのステッカーが貼られたギターケースが、部屋から失くなっていたと」
ガラ「あ……ゾンビ?」
小春「違う……」
アビ「身分証の提示、お願いできますか?」
小春「だから違うって言ってるでしょ!」

小春は拳銃を取り出し、アビを撃つ。
焦燥的な音楽。

ガラ「え?……え、待って、え!?は!!?」
小春「あぁ……もう、なんでこんな……」

小春はその場から逃げる。ガラは腰が抜け、その場で座り込んでしまう。

ガラ「あぁ……ええ?ちょ、アビ……アビ!?」

アビは、地面に横たわったまま動かない。
ガラは救急車を呼び、応援を頼む。

【8】エレベーター

直人は、未だに誰かと通話していた。

直人「ああ、はい。分かりました……ご迷惑をお掛けしました。では」

直人、電話を切る。
青年は呆然と直人を見つめる。

直人「はぁあー。……ん?」
青年「いや……え?ケータイ持ってるじゃないですか」
直人「え?……あぁ、これは仕事用だよ。落としたのはプライベートのやつ」
青年「いや、2台持ちなら先に言ってくださいよ」
直人「悪いって。俺だって忘れてたんだよ。でも安心しろ。誰かに連絡とかはしねぇからよ」
青年「いやいや、今連絡してたじゃないですか。誰ですか」
直人「浮気疑う彼女みたいなこと言うなぁお前。あ、相手の浮気を疑うときは、『このイヤリング誰の?』って聞くといいんだってよ。やましいことがあるやつはすぐに動揺する」
青年「なるほど。まぁそんな相手いないですけど」
直人「まぁ、信頼はできる人だよ」
青年「それに……なんで僕の話したんですか」
直人「ダメだったか?」
青年「いやダメっていうか……『連れてっても良いか?』って言ってましたよね。僕連れてかれるんですか」
直人「ダメか?どうせお前地獄しか行くとこねぇだろうが」
青年「は?」
直人「いやだって、お前自殺しに来たんだろ?」
青年「……ん、え?」
直人「あれ、違った?」
青年「いや違うって言うか……なんで」
直人「そりゃ分かるよ!こんな時間にこんな雑居ビルに一人で来てよ。それに、顔見りゃ大体わかるよ。俺さ、電車で座りたいけど席埋まってる時は、座ってる人の顔を見てるんだよ。『あー、この人はこの駅で降りるな』とか『この人はかなり先まで降りないな』とか。服装の雰囲気とかもあるんだけどさ。降りる駅を予想して、あと少しで降りる人の前に立ってるんだよ。ただこれ深読みしちゃうんだよ。結局それでミスして座れなくなる。だからな、青年。直感には従っておいた方が良いぞ。しくじってもそれは自分が決断したことじゃない。脳が勝手に決めただけで、俺たちは何も預かり知らないところだ。……なんの話だっけ」
青年「僕が自殺しようとしてるのを顔見て分かったって話です」
直人「ああそうだ。最初に結論を言うんだったな。……まぁつまりは、お前が昔の俺みてぇな顔してたってことだ」
青年「なんというか……現実じゃないみたいだな。……てか、なんで地獄一択なんですか。天国の可能性は無いんですか」
直人「あるわけねぇだろ。そもそも自殺する生物は人間だけだ。『生きる物』と書いて生物だ。何があっても大前提生きてるんだよ。ただでさえそこを諦めてドロップアウトしてんのに、天国なんて都合よく行けると思うなバカ。天国は、辛くても歯食いしばって死ぬ気で生きたやつが行く場所だ」
青年「こっちだって、死にたくて死のうとしてるわけじゃ無いっすよ。まぁ、矛盾してるんですよ?メンタルが元に戻ったら、何となく悲しいんですよ。大丈夫じゃないはずなのに大丈夫になっちゃったから。誰も僕に気が付かない。だったらいっそ、抱え込みすぎないかなとか、ストレスでぶっ倒れないかなとか。そういうのは不安じゃなくて、希望だったんですよ。周りからは色々言われました。『可哀想アピール』とか、『悲劇のヒロインぶって悦に浸ってる』とか。別に苦しいふりをしてるわけじゃない。苦しいってことを、自分本位で言えないんです。迷惑になると思って隠してしまう。でも、気付いて欲しいから、何か隠してるって分かるくらいのふりをするんです。変ですよね。ほんとに矛盾ばっかりです。結局、取り返しがつかないくらい死にたくなる。でも、それすら自然な流れだと思うんですよ。人が生きてて起こることは、全部自然なんじゃないかなって」
直人「俺はそうは思わねぇけどな。死にたいなんて自然な感情じゃねぇ。異常だよ。異常だから、もっと救いを求めても良いんだよ。死にたいってのは、元々は生きたいだ。馬鹿げた理屈並べて、『死ぬしかない』とか。んなわけねぇだろ。自分から死んだら、その瞬間負けだ」
青年「負けって。そういう人だってその人なりにきっと努力してきたんですよ」
直人「じゃあお前は何かに勝ったか?」
青年「ええ?」
直人「お前、停電が無かったら間違いなくもう死んでただろ?だから、既に一回死んでんだよ。どうだ。死んで、何かに勝ったか?」
青年「……勝ち負けとか、そういうのじゃ無いですけどね」
直人「お前が自分から死んでったやつに何て思うかは知らないけどさ。……俺は、どんなことになっても、懸命に生きることを選んできた人を勝者だって讃えてやりたいんだよ。死んだら負けって言わねぇと、生きてくれないだろ。……ま、この箱の中じゃ、生きてんのか死んでるのか分かりにくいけどな」
青年「シュレディンガーの猫みたいなことですか」
直人「生きてることが観測できないとな。お前の嫌いな街に出れば、嫌と言うほど生きれるぞ」
青年「……今、街は真っ暗闇なんですもんね」
直人「どのくらいの規模の停電かは分からねえけど……。ま、宇宙みたいなんじゃねぇか?」
青年「……羨ましいなぁ。光の無い、無意味で、無価値な世界ですよ?自分をここまで苦しめてきたしがらみが、今この瞬間だけ、最弱者になるんです。こんなに滑稽で、気分が良いことがありますか?……でも、僕らがここから出るときは、またそのしがらみが息巻いて復活するときです。……一度で良いから……見てみたいな」
直人「お前からすれば、救済だろうよ。この停電は」
青年「……直人さんは、どうしてここにいるんですか」
直人「えぇ?」
青年「いや、こっち話して直人さん話さないのは無しですよ」
直人「話したって、ほとんど俺が当ててたじゃねぇか」
青年「そうですけど」
直人「……じゃあ、死なねぇって約束すんなら良いよ」
青年「……分かりました。約束します」
直人「ふん……俺はな、妻と別れて、一人でみっちゃん育ててたんだよ。頑張って働いて、子育てしてさ……。自分がいなくなるくらい動いた。みっちゃんのためだったからな。でも、次第に心の方が疲れてきて……何度も死のうと思ったよ。でも死んだらこの子を独りぼっちにしてしまう。だから無理やり支えられて歩いてる感覚だった。生きるしか選択肢が無かった。葛藤が均衡して生かされてる状態ってのは、ほぼ死んでるのと同じなんだよ。唯一、生きてるって違いがあるくらい。でも、ある日、カルボナーラ作ってくれたんだよ。いつもありがとうって。いやぁあれは泣いたよ。久しぶりに、死ぬ選択肢があるくらい余裕ができた。死ぬ選択肢を抱えられる状態で、俺は生きる選択肢を選べたんだ。……勝ったと思ったよ。こんなに幸せなことはねぇってな。そんなみっちゃんが、ちょっと大変な病気になった。まだ治療法が普及してなくて、外国に飛ばないといけんのだとよ。とにかく金がかかる。今の仕事でちまちまとやってたら間に合わない。俺の貯金は昔ギャンブルで随分擦っちまってよ。だから……1発勝負に出ることにしたんだよ」
青年「勝負?」
直人「ダリって人と繋がったんだ。危険な仕事をたーくさん仲介してるやつだ。俺みたいなやつでも高い金稼げる仕事が転がってた。でも、出来れば一回で済ませたかった。仕事をすればするほど足がつく。わがままだが、娘を犯罪者の子供にはしたくない。だからなるべく高いのを探した。そしたら、すげぇのがあったんだよ。こんな人生送ってきた俺にとってはあり得ない額が。今日は、その日だった」
青年「で、どうだったんですか」
直人「なんとか成功したよ。ただ、無傷でって訳にもいかなかった。見ての通り、この有様だ。
……終わったら、このビルの屋上にひとまず戻る手筈だった」
青年「エレベーターに他人が入ってきた上に停電ですからね」
直人「……帰れるかなぁ。みっちゃんのとこに」

直人の腹が鳴る。

青年「……え今ですか」
直人「ハハッ。人間、緊張したらお腹が鳴るらしいよ。……怖がってんだなぁ、俺。カルボナーラ食いたいな」
青年「……帰りましょう。僕も、一つ夢ができましたから」
直人「……一つ言い添えておく」
青年「はい?」
直人「……光って見えるよ。お前の内側が」
青年「え?」
直人「けど、周りが暗くなってくれねぇと、分からないかもな」
青年「えぇ?いや、どーいうことっすか」

二人はおどけた表情で笑顔を見せ合った。

【9】街中&家

中央には小春、下手側には夏樹がいる。

小春「……こんなはずじゃなかった!細い路地を歩いてたら、走って逃げてく人たちとすれ違った。あー、なんか悪いことしたのかなって。そしたら、一人が、拳銃を落としていった。周りには、私以外誰もいなかった。惹き寄せられるように、私は拳銃を手に取った。重かった。黒い鉄の質量が、これでもかと体内に染み込んできた気がした。それが、心地よくて……気が付いたら、鞄の中に入れてた。これを持ってるだけで、この街ごと吹き飛ばせるんじゃないかっていうくらいの感覚だった。そんな、撃つつもりなんか、本当に無かったのに。……なんで私だけ……じゃあ、どうすれば良かったの……」

小春の声は、段々と『サキコ』としてのチャットの声に変わってゆく。

小春『どうすれば、良かったのかな』
夏樹『えっと、ごめん、話にしっかり着いて行けてないんだけど……拳銃を拾ってて、それで、人を撃っちゃったの?』
小春『うん。警察の人』
夏樹『……意外と、落ち着けてる?』
小春『なんか、実感が無さすぎて……。変に落ち着いちゃってるかも』
夏樹『その人は、死んだの?』
小春『分からない。すぐ逃げてきちゃった』
夏樹『……生きてるといいね』
小春『うん……』
夏樹『今、どこにいるの』
小春『分からない。とにかく走ってたから……。あ、東京タワーは、よく見えるよ。真っ暗だけどはっきり分かる』

夏樹、部屋の外を見る。

夏樹『ああ、僕の部屋からも見える。見つけられるかな』
小春『どうだろ……。出頭しなきゃだよね。警察の人、私にわざわざ時間割いてらんないもんね』
夏樹『……一緒にいちゃダメかな』
小春『え?』
夏樹『ずっと会いたかったのもあるけど……今は、サキコさんの側にいたい』
小春『私が言うのもおかしいけど、ネットの友達と会うときは、ちょぅとは疑った方がいいよ。実は女子高生じゃ無いとか。おばさんかもだし子供かもだし、男かもしれないよ?』
夏樹『なんでもいいよ。僕は、サキコさんと話したい』
小春『……たぶん、捕まるよ?』
夏樹『大丈夫。絶対一緒にいる』
小春『……サキコじゃなくて良いよ』
夏樹『え?』
小春『戸崎小春。私の本名』
夏樹『戸崎小春……そっか、それでサキコか』
小春『うん』
夏樹『僕は……阿川夏樹』
小春『夏樹ね。……クチナシってのは?』
夏樹『植物の名前なんだ。夏に花を咲かせる香木』
小春『夏の木だから、夏樹か』
夏樹『そう。まぁあと……死人に口無しって言うからさ』
小春『死人?』
夏樹『……会って話そう。東京タワーを目印に』
小春『わかった。待ってる』

夏樹は部屋の窓を開けて下を見た後、クローゼットを開けた。

【10】病院、警察署、エレベーター、街中、家

ガラは、アビが搬送された病院にいる。待合室のソファに項垂れているところに、医師(客には見えない)が説明にやってくる。ガラはすぐに立ち上がる。

ガラ「あ、はい。俺、そうっす。……はい、そうですか。……分かりました。お願いします……」

ガラは座り直すこともなく、その場に立っている。しかし、すぐに体を丸めてうずくまる。
そこへ、ガラに鮫島から電話がかかってくる。
鮫島は下手にいる。

ガラ「はい、真柄です」
鮫島「ガラ。アビの容体は?」
ガラ「急所は外れてたよ。だけど、停電の影響で設備がまだ不十分で、ちゃんとした治療が出来ないって」
鮫島「そうか。よくすぐに対応したな」
ガラ「……俺、何したら良いんすかね」
鮫島「……ガラ。お前に行ってもらいたいところがある。今は、とにかく動いた方がいい。行けるか」
ガラ「……当たり前っすよ。俺警察ですから」
鮫島「そうか。じゃあ、頼まれてもらおうかな」
ガラ「どこ行けばいいんすか」
鮫島「尾沢ビルっていう、廃ビルだ」
ガラ「廃ビル?」

舞台中央奥。エレベーターの照明が薄らとF.I.する。直人と青年が何か話をしている。

鮫島「星住の名前を警視庁のデータベースで検索にかけたら、ある未解決事件にヒットした。ちょうど18年前の今日。とある雑居ビルの屋上で、男の銃殺体が見つかった。そしてそのビルの屋上には、一人の男子高校生がいた」
ガラ「男子高校生?」
鮫島「憔悴しきっていた。何故男は死んだのか、何をしにビルに来たのか、いくら質問を投げかけても、何も答えなかったらしい。付近の防犯カメラに怪しい人物が逃走する様子が映っていたが、特定は出来ず、凶器も見つからなかった。結局、事件は未解決のままだ」

エレベーターの中。

直人「そういや、まだ聞いてないことがあるな」
青年「はい?」
直人「お前の名前だよ」
青年「あぁ、言ってなかったですか」
直人「俺はちゃんと名乗ったんだからさ。関係性に見合った情報の開示。しても良いだろ」

ガラ「じゃあ、その、男子高校生が……」
鮫島「ああ、そうだ」

青年「───星住悠輝です」

ガラ「その死んだ男の身元は?」
鮫島「諸角直人。51歳。飲食店経営者だ。事件が起きた日は、家族に仕事で遅くなると話していた。当時の捜査記録によれば、仙田の奴が手引きした仕事に参加していた可能性がある」
ガラ「家族がいたのか」
鮫島「当時高校生の一人娘を、男手一つで育てていた。名前は諸角三葉。事件後に親戚に引き取られ、今は富永三葉という名前になっている。三葉は別れた妻の連れ子だったが、親子仲は良かったらしい。ただ、現在足取りが掴めていない」
ガラ「その三葉ってやつもにおうな」
鮫島「事件が起きたのは18年前の今日だ。あの日星住に起きた何かが、今回の事件の動機に繋がるのは間違いない。ガラ、星住を捕まえろ」
ガラ「当たり前っすよ。俺、警察なんで」

ガラ、電話を切り病院から走り去る。

鮫島「……上司への態度じゃないんだよなぁ」

するとすぐに鮫島のもとに電話がかかってくる。
舞台中央の街中に海散と時子が焦った様子で飛び出す。

海散「パパ!」
鮫島「海散?分かってるだろ、今忙しいんだ!」
海散「夏兄がいなくなったの!」
鮫島「は、はあ!?」
海散「部屋にいたはずなんだけど。さっき見に行ったら窓が開いてて、夏兄がいなかった。パパがスニーカー置いてるクローゼットも開いてたから、そこから靴取って外に出たんだと思う」
鮫島「ったく、何やってんだ夏樹は!」

時子「みっちゃん!私あっち探してくる!」
海散「分かった!ありがと」

鮫島「分かった、とりあえず捜査員に情報は流しておく。服装は?」
海散「白Tに黒ズボン!」
鮫島「分かった、お前らも今外に出るのは危険だ。気を付けろ」
海散「分かってる!ごめんありがとお仕事頑張ってじゃあね!」

海散、電話を切り去ってゆく。鮫島も退場。
すると、街中で星住と富永が合流する。

星住「三葉さん。お疲れ様です」
三葉「警察は?」
星住「今のところは大丈夫です。行きますか」
三葉「はい。なるべく警察の目につかないルートを行きましょう」
星住「用意周到ですね。行くのいつぶりですか」
三葉「もう15年近くです。3回忌の後に花を添えに行ったっきり」
星住「そんなですか。行かなきゃダメですよ、みっちゃん」
三葉「やめてくださいそれ。恥ずかしいので」
星住「すみません。行きましょう」

星住と富永(諸角三葉)は、街中の闇へと消えていった。

【11】エレベーター

直人「あ」
悠輝「……戻った」

エレベーターは、重たい始動音が鳴ると同時に、上昇し始める。屋上に着いて二人が降りると、既にダリが待っていた。

ダリ「諸角直人さん、でしたっけ」
直人「あぁ、はい、そうです」
ダリ「災難でしたね。停電なんて。私も仕方なく階段で上がってきましたよ」
直人「ここ結構高さあるから、大変でしょうね」
ダリ「はい。……そちらの子が、例の?」
直人「ああ、そうです」
悠輝「どうも」
ダリ「お名前は?」
直人「あぁもう良いじゃないすか。たまたま居合わせちまっただけなんだから。ちゃんとデータは引っこ抜いてきんで」

直人はUSBメモリを取り出し、ダリに渡す。

ダリ「ご苦労様でした。後ほど確認が取れたら、入金します。ただ……」
直人「何か?」
ダリ「赤の他人に計画を話すのは承服しかねます」

ダリは拳銃を取り出し、銃口を二人に向ける。

直人「……え?」
ダリ「星住悠輝くんだね」
悠輝「え……なんで」
ダリ「信頼できる人と言われておいて心苦しいですが、こちらは仕事に応募された見ず知らずの人を手放しに信頼出来ませんのでね。我々からお渡しした端末に、盗聴器を仕掛けてあります」
直人「……全部、聞いてたってことですか」
ダリ「うちの組織はこれからもどんどん大きくしていきたいんです。情報が漏れず、顧客の存在も気付かせない。それでいて、仕事をより効率的に受注できる組織に。そのためには、ある事が必要不可欠なんですよ」
直人「ある事?」
ダリ「……命の取引をすることです」
悠輝「命?」
ダリ「仕事をした本人でも、その周りの人でも良い。命を見返りにするんです。もし情報が漏れたら、あの組織は平気で命を奪う。しかし、真面目に取り組めば相応の金額を支払う。そういう恐怖と、ある種の担保で支配するんです。ただ、これには問題があるんですよ」
直人「……それを、どう知らしめるか、ですか」
ダリ「お!よくお分かりで。一度その恐怖を軌道に乗せて仕舞えば良いのですがね、乗せるのが難しい。情報が漏れるのを待つわけにはいかないが、罪をでっち上げて見せしめにするわけにもいかない。この世界は、皮肉にも情報が回るのが早くてね。そんなズルをして意味のない恐怖を敷いたとしても、無実の罪で人を殺す組織にそもそもバイトが集まるかどうかも怪しい。今我々が欲しいのは、流れた情報が完全に回り切る前に、命の取引をしたという事実だ。……分かるかい?君らはこれから、この組織の体制を整える重要なラットであり、草分けなんですよ」
直人「……俺は情報を流してしまった。だが、未だ一人にしか流れていない。そして、二人とも今、あんたの目の前にいる。……見せしめにするにはかなりの適任だな。俺たち」
悠輝「僕らを、殺すんですか」
ダリ「まさかぁ。二人とも殺しちゃもったいない。折角恐怖で支配されてる労働者が生まれるっていうのに。今回は、お二人のうち、どちらかに死んでもらいます。そしてもう片方は、私のもとで働いてもらいます。自分のせいで一人が死んだという事実を背負いながらね」
悠輝「……良い人ですね。全員が自分のせいで誰かが死んだことに罪悪感を覚えるとは限らないと思いますけど」
ダリ「こっちがバカみたいに全員無条件で雇ってるわけじゃない。ちゃんと見極めてるよ。それに、そういうやつは大抵自分が可愛い。自分が殺される可能性もあると判らせれば良い」
悠輝「……話す時間をください」
ダリ「随分落ち着いてるな、君」
悠輝「元々死ぬつもりできたので……。直人さん。貴方は、みっちゃんのもとに」
直人「申し訳ない!!!!!!!!」
悠輝「え?」
直人「俺が迂闊に口を割らなければ、そもそも君がこんな天秤にかけられることも無かった。全て私の責任だ」
ダリ「まぁ、その話を引き出したのは、そっちの方だけどね」
悠輝「直人さん。僕は決して負けないです。自分で自分を殺すんじゃないです。生き切ったんですから。なんも怖くないです。みっちゃんのところに、帰ってあげてくだ」(さい)

青年の腹が鳴る。

直人「……青年。考えてみろよ。人に死を押し付けて生き残って帰って、そのまま悪事に手を染める父親と、自業自得で死ぬ父親。どっちが良い」
青年「そりゃ……何があっても生きて帰ってくれる父親の方が、みっちゃんは嬉しいんじゃ」
直人「ちがう。俺目線の話。……言ったろ。みっちゃんを、犯罪者の娘にしたくない。いや、もう犯罪者ではあるんだけどさ。……ダリ。金はどうなる」
ダリ「このデータの確認が出来次第、振り込ませてもらいますよ。労働への対価を受け取るのは、当然の権利ですから」
直人「……よしっ。死ぬのは俺にしようか」
悠輝「ちょ、直人さん」
直人「うるさいなぁ。少しは年長者を尊重しなさい。娘の医療費を稼ぐために仕事をした父親を、情報漏洩の罪で殺す。……おお、随分映えるな。冷徹な感じが出て良いんじゃないか?」
悠輝「みっちゃんは、どうするんですか」
直人「俺のバッグに全部入ってる。お前が上手いこと伝えてくれ」
悠輝「いや、みっちゃんになんて言うんですか」
直人「しらねぇよ!なんとかしろ。……それに、みっちゃんはお前が思ってるより強い。きっと、何があっても生きてくれる。それでも辛そうな時は、お前が救ってやってくれ」
悠輝「ちょ、待ってくださいよ」
直人「お前、さっき腹鳴ってたなぁ。……怖かったか?死と肩組んでるように見せるのが。さっきまでのお前なら、自分から飛び降りてたかもしれねぇってのにな。……俺の家に、作り置きのチャーハンあるぞ。みっちゃんと食べるつもりだったが、まぁくれてやってもいい」
ダリ「……じゃ、大丈夫そうかい?最後の言葉みたいなさ」
直人「あぁ……じゃあな、青年。俺はこういう話をすると長くなっからさ、結論だけ言うよ」

ダリは、銃を構え直す。

直人「生きろ。それだけで良いから」
悠輝「……僕だってあんたに言いた」(いことが)

銃声が数回鳴る。
沈黙。

ダリ「……星住悠輝。後日連絡するよ。……変な事考えるなよ。お前は今、諸角直人と生きている。下手な真似したら、お前と娘の諸角三葉、二人ともだからな」

ダリは拳銃をしまい、部下に電話をしながら階段を降りてゆく。
残された星住は、呆然と直人の遺体を見る。

悠輝「……身勝手なんだよ……あんた」

パトカーのサイレンの音。

机と、向かい合った椅子が二脚あり、机の上にはチャーハンが2皿。椅子の片方に現在の富永三葉が座っている。向かいの椅子には、星住がやってきて座る。

三葉「……美味しかったな、チャーハン」
星住「富永さん。……僕の計画に乗ってくれませんか。あなたの復讐と、僕の夢。両方叶えましょうよ」

【12】街中
物陰に隠れるように、小春がうずくまっている。そこへ、夏樹が父親(=鮫島)のスニーカーを履いて走ってくる。

夏樹「あ……小春さん?」
小春「……あ、夏樹、さん」
夏樹「はい……こんにちは。あ、こんばんは、あ、まぁ、はい……えっと……はじめまして」
小春「はじめまして……戸崎小春です」
夏樹「阿川夏樹です」

夏樹、ぎこちなく小春の隣に座る。

夏樹「……思ってたより、暗くない」
小春「そう?」
夏樹「部屋の窓から見ると、黒い布を被せたみたいで、よく見えなかったけど……近くで見たら、案外見える」
小春「そっか……ずっと街にしかいなかったから分かんなかったよ」
夏樹「……それに、結構蒸し暑い」
小春「夜なんだけどね……湿気があるからね」
夏樹「夏と冬、どっちが好き?」
小春「えー……夏かな。冬は寒くて野宿できないから」
夏樹「あぁ、確かに」
小春「夏樹くんは?……夏樹だから夏、ってわけでもないか」
夏樹「僕も、うん、冬かな……あいやでも、夏も好きになろうかな」
小春「ええ?合わせなくても良いのに。……好きな季節が違う方が、二人で楽しめる時間増えるじゃん?お互い好きな季節プレゼンし合ったりしてさ。楽しそうじゃない?」
夏樹「……ん?それは……え?」
小春「へへ。……でも、今は夏が好きなのか分からない。もしかしたら……人を殺しちゃった季節になるかもしれないから」
夏樹「……きっと、大丈夫。いや大丈夫っていうか……大丈夫じゃないけど、大丈夫というか」
小春「(はにかみながら)どういうこと?」
夏樹「分かんない……根拠とか無い。大丈夫なのかも分かんないけど……そりゃ、好きな人には、大丈夫だって思っててもらいたいじゃんか」
小春「……おぉ……そうか」
夏樹「……僕も、人を殺したことがあるんだ」
小春「うん……。ん?え、?」
夏樹「あ、『僕も』じゃない。小春さんは、まだ殺してないかもなわけで」
小春「ちょっと待って。……人を殺したことがあるの?」
夏樹「……うん。みんなで責めて、無視して、苦しんでるその人を見て笑ってた。それだけで空間が和んだ。……だから、死んじゃうなんて……。飛び降りたんだ。しかも僕の目の前。下駄箱にラブレターが入っててさ。上機嫌で屋上に行ったら、アイツが柵の前で笑ってた。走って手を伸ばしたけど、間に合わなかった。病院に運ばれてしばらくは昏睡状態で。……頼むから生きててくれ……死なないでくれって願ってた。でもそれは、全く純粋じゃなくて……死んじゃったら、僕の人生滅茶苦茶になっちゃうよって思ったから。……結局そのまま目覚まさないで死んじゃった。僕らが絶望してるのも見ないで。……うち、父親が警察署の署長なんだよ。そんな人の息子がいじめで人を死に追いやったなんて知られたら、迷惑かかるから。親は離婚して、僕は母親に引き取られた。……今は、カウンセリング行ったりしてるんだけど……ほんとに、どういう気持ちをするのが良いのかが、分からなくなる。喜んでも、悲しんでも、全部僕らがその人から奪った感情なんだと思ったら、何を感じるのは許されるのか、分からなくて。そしたら、サキコさんに……、小春さんに会った。これが良いことなのかは分からない。けど……僕は今、幸せだって思ってる。だから……いや、こんなこと絶対に言っちゃダメだと思うんだけど……大丈夫じゃなくても……生きてたら、きっと大丈夫だと思う」
小春「……え、私、いじめで人殺したのと、同じなの?」
夏樹「ああいや、そういうことじゃないんだけど」
小春「私はいじめなんて大嫌いだし、いじめするやつも大嫌いだから!私は……いや、同じか。同じだね」
夏樹「え、いや、そんなことは」
小春「同じだよ。……別に死なせたかったわけじゃない。相手も死にたかったわけじゃない。ただ理不尽に襲われただけだもん。……私、いじめは大嫌いだけど、今の夏樹くんは好きだよ」
夏樹「うん……ありがと」
小春「……出頭した方が、良いよね」
夏樹「まぁ……悪いってことではないけど」
小春「じゃあ、その前に一個だけ、良い?」
夏樹「ん?」
小春「高いところから、星が見たい」
夏樹「星?」
小春「ほら。停電してるからさ、こっから見てもすごい綺麗じゃん。このほんの数時間の出来事が、全部、大停電の夜に起きたことだって。覚えておきたいから」
夏樹「そっか……分かった。見よう。僕もパパに謝らなきゃ」
小春「うん。見よ」
夏樹「そうだなぁ……じゃあ、あのビルとか?」

夏樹は、少し遠くの尾沢ビルを指差した。

【13】屋上

屋上では、三葉が遠い空の星たちを一人で眺めていた。そこへダリがエレベーターで登ってきた。

ダリ「……ああ、いたいた。困りますよ。急に姿を消されては」
三葉「……申し訳ありません」
ダリ「ま、もう戻ってきていただく必要はありませんので、ご安心ください。いやぁ、驚きましたよ。まさかあなたが、星住と組んでいたなんて」
三葉「下手な嘘ですね。どうせ、私の身元は探っていたんでしょ。私が、諸角直人の娘だなんて、情報の早い裏社会の方なら」
ダリ「当たり前でしょ。でも、あなたには私を恨む理由が無い。確かに手を下したのは私だ。しかし、ギャンブルで貯金を失くしてあの仕事に応募し、その過程で組織の情報を話した挙句に、死の選択を取ったのは、全てあなたのお父さんです。こんなので恨みを買われては、やってられませんよ。自己責任にもほどがある。そしてあなたは、そういう線引きがはっきりしているのかと思っていました。理性的な判断ができる人なのだと」
三葉「しっかりしていますよ」
ダリ「だったら尚更、なぜ星住と組んだんです。目的はなんですか?私への復讐ですか?だとしたら、お門違いであることを自覚してください」
三葉「自意識過剰にならないでください。あなたは、二つ勘違いしています」
ダリ「何?」
三葉「私が復讐したかったのは、父です」
ダリ「諸角直人に?」
三葉「星住くんから聞きました。父は、報酬が支払われることを確認した後、『みっちゃんは思ってるより強い。きっと生きてくれる』と言ったそうですね。……そんなわけないじゃないですか。犯罪者の娘にしたくない?もうなってんだよ!アンタの仕事を請けてたことなんてあっという間に知れ渡ったよ。……お母さんいなくなって、片親だ片親だって散々ネタにされて。もう死にたい、でも死ぬ勇気もないってときに、病気になった。……内心嬉しかった。みんな私を心配してくれる、可哀想って思ってくれる。あぁ、このままだったら涙目向けられて悲劇の娘として死ねる、最高じゃん!!って。……それなのに、父親が犯罪者になった。犯罪者の遺した汚いはずの金は、気持ち悪いくらい綺麗になってて。その偽りの、穢れた手で私は引きずり戻されたの!……散々言われましたよ。逃げた女の娘。犯罪者の娘。捨てられた娘。……ゴミで汚れた海で、どうすれば息ができるか考えて……気がついたら私も、ゴミになってました。あー、滑稽ですね。……だから、私は父を許していません。ずっと思ってました。父に復讐したいと。そしたら、星住くんに、この計画に誘われました。私がすることは、父の死んだこの日に、花も手向けないで、自分のつくった爆弾で暗闇になった街の、誰も知らないところで、自分で死を選ぶこと。父が死んでまで守ったこの命を、父の最も嫌う方法で殺す。それが、私の復讐です」
ダリ「なるほど。……この停電で、うちの組織にいくらの損害が出たか。お分かりですか?詐欺で稼ぐはした金の話ではない。億単位の金が動く取引をいくつ止めたと思ってる」
三葉「私は秘書ですから。把握してます」
ダリ「ま、あなたにとって好都合な結果になるのは癪ですが……あなたのお父さんから続く慣例に倣い、命で責任を取ってもらいますよ」

ダリは拳銃を取り出し、銃口を三葉に向ける。

三葉「もちろん。そうなると分かっていましたから。自分が選んだことです」
ダリ「主犯は、星住ということでよろしいですね?」
三葉「ええ。彼は私の気持ちに気が付いていました。私は、彼の計画をなぞっただけです」
ダリ「その星住はどこに行った」
三葉「さぁ。さっき一緒に星を見て、どこかに行きました」
ダリ「まぁ、この街で私から逃げるのは不可能だ。いずれ見つけて処遇を決めます」
三葉「お好きにしてください」
ダリ「じゃ、大丈夫かな。最後の言葉とかあれば、聞いておくが」
三葉「そうですね。……二つ目の勘違いの話、聞きたいですか?」
ダリ「まぁ、あなたを殺すので最早聞いたところで関係ありませんが、話したいのなら」
三葉「さっき、私のことを、『理性的な判断ができる人』って言ったでしょ」
ダリ「ええ」
三葉「確かに合ってますよ。でも、理性的な判断ができたとして、必ずしもその判断に従うかと言われたら、それはまた別の話です」
ダリ「……どういうことですか?」
三葉「美味しかったんですよ。チャーハン」

非常階段からガラが登ってきて叫ぶ。

ガラ「諸角三葉!」

ダリはガラに気を取られる。その隙を逃さずに、三葉は拳銃を取り出してダリに向かって発砲する。ダリはその場に倒れ込む。

ガラ「えっ!?ちょ、おい!」

ガラ、拳銃を構える。
エレベーターの扉が開き、夏樹と小春が出てくる。

夏樹「え、何!?」
ガラ「おいお前ら、来るな!って、お前」

ガラと小春は、お互いに気が付く。
小春は思わず、拳銃を取り出し、ガラも小春に銃口を向ける。

夏樹「え、何!?」

その一瞬のひるみの隙に、三葉は柵を越えて飛び降りようとする。

直人「生きろ。みっちゃん。理由が無くても、価値が無くても……良いから、死ぬな」

落ちそうになる三葉の腕を、夏樹がしっかりと掴んで引っ張っている。

三葉「うっ……」
小春「夏樹くん!」
夏樹「もう誰も落とさねぇって決めたんだよ!!……あんたのこと全く知らねぇけど、もう僕が手を離したら、あんたは死ぬ。僕のせいだ!もう絶対に誰も殺さない」

ガラが駆け寄り、夏樹に加わる。

ガラ「諸角三葉!聞きたいことが、もう、整理つかないくらいあんだよ!生きて聞かせろ!」

小春は怯えて、その場で立ち止まっている。ガラは小春の方を向く。

ガラ「それと、あんたもだよ。話聞く。全部聞く。家族のことじゃない。音楽のことじゃない。あんたの話を聞くから。待ってろ」

二人は、三葉を引き上げる。
三葉は床に倒れ込む。

ガラ「あ、おいお前、この人頼む」
夏樹「あ、はい」

夏樹は三葉を抑え、ガラは倒れ込んだダリの元へ駆け寄る。

ダリ「あぁ……」
ガラ「仙田力弥だな。やっと捕まえたよ。お前が元凶か?星住が大停電を起こしたのも、三葉が飛び降りようとしたのも、アビが殺されかけたのも、お前が撃たれたのも……バタフライエフェクトって言うの?まぁ違かったとしても、俺は警察だから。死ぬなよ、マジで」
ダリ「じゃあさっさと救急車呼べよ……」
ガラ「あぁ、そっか。悪い。おいお嬢ちゃん、救急車を……え?」
夏樹「あれ」

いつの間にか、小春はその場から姿を消していた。

音楽が流れ、また消えていく。

【14】家

翌朝の鮫島家。停電の恐ろしさは、朝の日差しのおかげで幾らか和らいでいる。

父の武志が、夏樹を連れて家に帰ってくる。
玄関から海散と時子が出てくる。

時子「夏樹!」

時子は夏樹に駆け寄る。

時子「大丈夫?」
武志「怪我は無い。あらかたの取り調べも終わって、ひとまず今日はうちに帰すことになった」
時子「……家、入ろっか」
夏樹「……うん」
時子「あなたは、どうする?」
武志「俺はすぐ戻る。やることが山積みだ」
時子「そう、頑張ってね。帰ったら、ご飯作っておくから」
武志「ありがとな。行ってきます」

武志は警察署へと戻っていった。

時子「ほら。疲れたでしょ。湯船浸かりなさい、沸かしてくるから」

時子は家の中へ入る。夏樹も俯きながら玄関へと向かう。すると、海散が思い切り夏樹の頬を叩いた。

夏樹「いたっ……え?」
海散「……今なんか、めっちゃムカついてるから」
夏樹「……そう、だよね」
海散「一人助けたんでしょ。屋上で」
夏樹「え?……あぁ、まぁ」
海散「別に、それは良いけど……昔人を殺した人が、今度は救いましたって。ちょっと良いお話に見えるから。美化されないかなって」
夏樹「美化?」
海散「……ブッ刺されてくれば良かったのに」
夏樹「……」
海散「……ちゃんと死ぬまで背負ってよ。夏兄」
夏樹「……分かってるよ」

海散は家に入る。夏樹はスマホを取り出す。

夏樹『いろいろと話を聞かれましたが、僕はひとまず家に帰れました。今、どこにいますか。小春さん。見たら、連絡ください』

夏樹も家に入る。

【15】諸角家

今は空き家となっている諸角家に、星住が入ってくる。舞台中央へ移動。縁側に座り庭を見る。

家の中からガラが現れる。

ガラ「純粋だなぁお前。最後はやっぱりここか」

星住は振り返る。ガラは話しながら、縁側に並んで座る。

ガラ「やっと見つけたよ」
星住「……警察ですか」
ガラ「随分と手の込んだことしたな?富永三葉はビルの屋上で確保したよ。もうお前の計画は終わりだ」
星住「そうですか。……ダリは?」
ガラ「富永三葉に銃で撃たれたが、命に別状はない。復讐は全て失敗だ」
星住「……ああいや、別に三葉さん側の目的が達成されたかどうかは、気にしてないです」
ガラ「はぁ?」
星住「私たちは協力関係にあっただけで。同志とかそういうのでは」
ガラ「じゃあ、あんたの目的はなんだ。テロか?愉快犯か?それともお前も、何かに恨みを持ってんのか。はたまた……救済か?」
星住「救済?」
ガラ「意味とか価値とか。そういう、条理っつーのか分かんないけど。死ぬほどくだらねぇと思ってる奴らへの、救済なんじゃねぇのか?」
星住「あなたは、そう思ったんですか?」
ガラ「あ?……まぁ……」
星住「でも、それじゃ本末転倒じゃないですか。この停電に、救済って意味ができちゃうし」
ガラ「じゃあ……なんだ」
星住「見たかったんですよ」
ガラ「……は?」
星住「この街が、真っ暗になって、ちっぽけになって、全部が無意味になって、宇宙の一部になるところを、見たかったんですよ。……18年前は、見れなかったから」
ガラ「そんなことのために、あんな手の込んだ事したのか」
星住「まぁ、爆発にも意味はないですよ。なんとなく、ぶち壊してみたくて。……18年前、死にたかった僕は、宇宙に投げ出されたいって思ってたんですよ。何かを聴くのも、触れるのも、見るのも、嗅ぐのも、食べるのも、全部苦しくて。でも宇宙に行ったら、何もないじゃないですか。何も考えないで、無為の境地をただ浮いていたいって思いました。それが、あのエレベーターに乗ってさえいなければ、見れたんです。それがもう、悔しくて。……絶対に生きて、とびっきりの宇宙を作ろうって思いました。直人さんは、僕の内側が輝いて見えたらしいんです。でも、真っ暗闇にならなきゃ、みんな気が付かない。星みたいな光だって。……もしかしたら、停電させたら、光ってくれるのかなって。そしたら、また会える気がしたんですよ。それが……まぁ、動機とか理由っていうのは嫌なので……衝動ですかね。別に何かに復讐したかったわけでも、救いたかったわけでもないですよ。そう思った人が、いるってだけで」
ガラ「……ハハッ、意味を見出そうとしてたのは俺の方か」
星住「っていうか、救済だと思ったなら、見逃してくれませんか?写真を撮ってね、街の。それを直人さんに供えておきたいんですよ」
ガラ「なるほどな……そうか」
星住「救済者を、助けてくださいよ」

ガラ、星住に近寄り、肩に手を置く。

ガラ「ダメに決まってんだろ」

ガラ、星住を取り押さえる。

星住「え、ちょ、もうなんでだよっ」
ガラ「決まってんだろ。警察官だからだよ。お前が罪を犯したからだよ。善良な市民の生活を脅かしたからだよ。俺はな、確かに意味とか理屈とかいうのはうんざりだよ。こうやって、やれと言われた仕事をやってるだけで幸せだ。でもな、そういう訳わかんないやつに、愚痴並べて飲む酒は、美味いんだよ。社会の日陰で、仲間と僻んだこと言うのが楽しいんだよ、生きてて良かったって思うんだよ。だから、俺は案外嫌いじゃない。社会に絶望してる奴が、みんながみんなお前みたいなのだと思うなよ」
星住「……別に思想を押し付けたわけでもないですって。迷惑はかけましたけど」
ガラ「ま、『話は署で聞かせてもらう』ってやつだ。事件のことも、ダリの組織のことも。手柄に興味ないけどさ、貰えるものは貰っときたいから」
星住「まぁ、好きにしてください」
ガラ「じゃあ、午前4時32分、えっと、何かしらの罪で、逮捕する」

ガラ、星住に手錠をかける。

【16】病院

事件から数日経っていた。ベッドがあり、アビが横になっている。鮫島が時子と共に見舞いにやってくる。

アビ「署長、お疲れ様です」
鮫島「おう……なんだこれ、イカ?」
アビ「置物ですよ」
鮫島「んなの分かるよ。体調はどうだ?」
アビ「まぁ、なんとか」
鮫島「そうか。あ、妻の……元妻の、時子だ」
時子「こんにちは、あの、これ。ぜひ召し上がってください」
アビ「どうも」
鮫島「戸崎小春についてだが、まだ行方は掴めていない。不甲斐ない限りだ」
アビ「いや、自分は大丈夫ですよ。夏樹くんは、どうですか?」
鮫島「戸崎がお前を撃った後、夏樹は彼女に会いに行った。出頭するはずだったらしいが、屋上で富永を取り押さえている間に、行方をくらましたらしい」
アビ「そうですか。……今は、とにかく休ませてあげてくださいよ」
時子「本当に……うちの息子が、ご迷惑をおかけしました……」
アビ「ちょっと、顔を上げてください。自分としては、ガラが上手くやれているかの方が心配ですから」
鮫島「アイツは、まぁなんとかやれてるよ。ただ、随分つまらなそうにしてたな」
アビ「あ、じゃあこれ渡してあげてください」

アビ、側に置いてあるカバンから皿を取り出す。

アビ「今ガラと、実物でしりとりしてるんですよ」
鮫島「なにこれ」
アビ「回転寿司の皿です」
鮫島「……あ、『イカ』『回転寿司の皿』ってこと?」
アビ「はい。なので次は『ら』です」
鮫島「わかった。渡しとくよ」
アビ「ありがとうございます」
鮫島「……結局、なんだったんだろうな。今回の停電は」
アビ「……ガラが言ってました。別に、何ってことは無かったんですよ。ただ、起こっただけです。俺が撃たれたのも、夏樹くんが富永を救ったのも、ダリが捕まったのも、戸崎小春が消えたのも、全部、生身の人間たちが勝手に大停電に意義を感じて、決断した結果です。ただ、大停電があった、ってだけです」
鮫島「そうか。……そうだな」
アビ「まぁ……俺からすればとんだ災厄でしたけどね」
鮫島「はやく戻ってこいよ」
アビ「はい」
鮫島「また来るな」

鮫島と時子は病室から出る。
鮫島→武志

時子「……あなた」
武志「ん?」
時子「……大丈夫なの?みっちゃんと二人で」
武志「どうして」
時子「寂しくは、ならない?仕事忙しいんだし、大変でしょ?」
武志「海散も高校生だ。家事だって出来るし、休みの日は一緒に晩ご飯食べれてる。問題はない。いつも通りだよ」
時子「……どうしてそんなに偉くなれるの」
武志「ん?」
時子「もっかい、四人で暮らさない?せっかく、久しぶりに集まったんだし」
武志「何言ってる。夏樹は、警察官に発砲した奴に接触していた。それに、ただでさえあんなことがあったんだ。まだ一緒に暮らすのは難しい」
時子「私たち、家族だよ?……あなたは、大停電で、何を思ったの」
武志「……星住が言ってた、無為の境地ってやつ。確かに魅力的だ。周りの奴らのガヤも消える。俺たちもきっと、一緒に暮らせる。けど……現状は宇宙と程遠い。もう、警察の正義じゃどうしようもないくらいに膨れ上がってんだ。これは、家族のためだ」
時子「……そうだよね。思い上がってました。ね、帰ろ。帰って……帰る支度するから」
武志「……時子」
時子「ん?」
武志「……次休みの日が合ったら……ご飯行こう。4人で。家族なんだし」
時子「……うん。そうね。行こっか」

二人は、病院を去ってゆく。

【17】報告

舞台上はまっさらになっている。
星住がセンターへと歩いてきて、正面を向く。

星住「報告書。これは、首都圏を中心に起こったとある大停電と、それに伴い発生したと推測される出来事の内容を記したものである。

今回の停電は、超高圧変電所の爆破によって送電が妨げられたことが原因であり、その爆破は綿密な計画のもと実行された犯行である。

主犯、星住悠輝。事件のあった超高圧変電所に勤務する電気工事士であり、仙田力弥(通称ダリ)が組織した闇バイトの仲介団体の構成員。事件の計画と、共犯である富永への指示、爆弾の設置・爆破を行った。事件後は逃走を続けていたが、現在は空き家となっている諸角家にて逮捕。動機は18年前に見れなかった停電した街並みを見るため。

共犯、富永三葉。仙田の秘書。諸角直人の長女。超高圧変電所の爆破に使用した爆弾を製作した。父の諸角直人が殺害された尾沢ビルの屋上にて、仙田を銃撃し飛び降り自殺を図るが失敗し逮捕。動機は、18年前に闇バイトに参加したが情報漏洩の罰則として殺害された父への復讐。

次に、この停電に伴い発生したと推測される事柄について。

安彦昇巡査長と真柄鉄平巡査は、パトロール中、道路使用許可を取らず路上で弾き語りを行う少女を発見し取り締まる。そしてその際、安彦巡査長は、その少女が両親に捜索願いを出されている、戸崎小春であることに気が付き、確認を行う。しかし、それにより錯乱状態に陥った戸崎は、街中で拾得していた拳銃(仙田が仲介する闇バイト中に、参加者が突然の停電で動揺し、紛失していたもの)を安彦巡査長に向け発砲。その後逃走した。安彦巡査長は病院で治療を受け、一命は取り留めた。また、戸崎はSNS上で繋がっていた阿川夏樹(警察署長である鮫島武志の長男)と合流。一時は出頭を促されるが、その後再び逃走。未だ行方は不明である。

星住と富永の共犯に気付いた仙田は、停電による組織への損害の責任を追及し、二人のうち一方(もしくは両名)の殺害を試みた。しかし、尾沢ビルの屋上にて、却って富永によって銃撃され重傷を負う。現在は治療によって一命を取り留め、警察病院に入院中。

また、この事件において、主犯・共犯である星住と富永、そして闇バイトの仲介団体トップである仙田を逮捕した真柄巡査は、巡査長へ昇進した。

停電の復旧は徐々に進んでおり、インフラだけでなく各家庭への送電も順次再開している。

これが、首都圏を中心に起こったとある大停電と、それに伴い発生したと推測される出来事の、概要である。

なお、この報告書は全て、客観的な根拠や信憑性に足る証言に基付く、事実である。

『大停電事変』。以上」

照明が消える。

完

〈登場人物〉

星住悠輝(青年) ほしずみ・ゆうき
電気工事士。爆破事件の主犯。18年前に起こった停電時に、エレベーターで諸角直人と出会う。

諸角直人 もろずみ・なおと
町中華の店主。18年前に、ダリの仲介した闇バイトに参加するが、星住に情報漏洩したことで殺害される。

鮫島海散 さめじま・みちる
女子高校生。愛称は『みっちゃん』。父親は警察署長の鮫島武志。いじめ加害者である夏樹に対して、複雑な感情を抱いている。

阿川時子 あがわ・ときこ
海散と夏樹の母。夏樹がいじめに加担していると発覚した後、離婚して夏樹を引き取る。

阿川夏樹(クチナシ) あがわ・なつき
海散の兄。数年前、いじめに加担しており、それが原因で転校し、カウンセリングに通う。SNSで小春と出会う。

真柄鉄平(ガラ) まがら・てっぺい
所轄の刑事。相棒の安彦が銃撃された後、富永と星住の両者を逮捕する。

安彦昇(アビ) あびこ・のぼる
所轄の刑事。パトロール中、小春の身元を問い詰めた際に銃撃され負傷する。

鮫島武志 さめじま・たけし
警察署長。海散と夏樹の父親。爆破事件の捜査本部で指揮を執る。息子の夏樹がいじめの加害者になった際、影響を抑えるため離婚していた。

戸崎小春(サキコ) とさき・こはる
家出少女。街中で拾った拳銃で安彦を銃撃した後逃走。夏樹に一時は出頭を促されるが、最終的に行方をくらます。

仙田力弥(ダリ) せんだ・りきや
闇バイトの仲介団体のトップ。18年前に闇バイトに参加していた直人を殺害した。尾沢ビルの屋上で富永によって銃撃され、重傷を負う。

富永三葉 とみなが・みつは
星住の共犯。仙田の秘書。諸角直人の娘で、愛称は『みっちゃん』。仙田を銃撃した後、飛び降り自殺を図るが、夏樹と真柄に阻止される。

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