
邂逅
あらすじ
上京したはいいが全く大学生活になじめない男。とあるテレビ雑誌をめくっていると、憧れの芸人さんが生放送に出る事を知る。ラジオの深夜放送のタレントのしゃべりの記憶からひらめいた男がその場所へと赴くと、、、
芸人、ビートたけしが好きです。
大学を東京にしようと決めたのも「何かの拍子にたけしに会えるんじゃねえか」と考えたからです。しかし大学生活というヤツに全くなじめなかった私は家にこもってテレビ、ラジオ漬けで1日を過ごすばかりのいわゆる引きこもりの走りのような人間になっていました。
そんな暑い夏のある日、狭く暗い部屋で「ザ・テレビジョン」をめくっていると毎年恒例フジテレビの27時間テレビのページにぶつかりました。紹介写真の横っちょには「プロ野球ニュースはビートたけしをはじめレギュラー陣が四ツ谷の某居酒屋から中継」と書かれてあります。「こりゃあ、四ツ谷にあるあぶさんだな」とピンときた私は放送日が待ち遠しくてたまらなくなっていました。
なぜピンと来たかというと松村邦洋がオールナイトニッポンで「いやあ、四ツ谷のあぶさんって所は野球好きが集まる店でですねえ、ダンカンさんとこないだ今後のタイガースについて熱いトークしまして・・」なんてしゃべりを散々聞いていたからなのです。
いよいよ当日、プロ野球ニュースの開始時刻の1時間ほど前に四ツ谷の駅に降り立った私は歩く事10分、あっさりとあぶさんを見つけました。入り口は人が一人やっと入れるくらいのもので階段で地下へもぐっていく形の居酒屋でした。看板はもちろんあの水島新司先生の絵です。(タヌキの絵だったかな?)
フジテレビの中継車が横付けされたのを見て「ここに違いない」と確信をした私は近くにしゃがんでじっとビートたけしの入りを待ちます。端から見ればずいぶん危ない人間に見えたに違いありません。
待つことどのくらいだったでしょう。西山喜久恵さん、パンチョ伊東さん、水島新司先生、別所毅彦さんなどそうそうたる面々が続々とあぶさん入りしてゆきます。しかし待てど暮らせどたけしは来ません。あらあ、来ないのかなあ。と油断してる所に白いワゴンがすーっと入り口に付きました。中からは赤いジャケットを来た小柄な男性が降りてきて
そそくさと中へ入って行きました。「誰だろう、エキストラかなあ」そんな事しかその時は考えられなかったです。まさかあんなどんでん返しがあるとは。
中での生放送が終わりそうな時間になると場所がわかったのか近隣住民がわらわらと集まってきました。「たけちゃん来てるのよね。昔はこの辺に住んでたのよ。あ、山田の邦ちゃんもこの辺だったの」などと私に得意げに解説をするおばさんまで表れ、芸能人を一目見ようと出入口は黒山の人だかりです。しかしマナーがいいのかモーゼの十戒のように出入口から誰かが乗りこむであろうドアを開けて待機してるワゴン車まで一本道が出来ています。
来ました来ました。最初に来たのは赤いジャケットを着た小柄なおっちゃんです。「た、たけしだ!」なんと私がエキストラかなあ、などと思った人がビートたけしその人だったのです。たけしはきれいに2つに分かれた人の花道の真ん中をテレビで見せるあの恥ずかしそうな表情で通りすぎていきます。ある一人のおねえちゃんが「たけしさん、これ食べてください」と何かを手渡しました。たけしはプレゼントをくれたおねえちゃんをはじめその場にいるみんなにこちらを振りかえりながら右手を上げて少し会釈をするような感じでワゴン車に乗り込みました。
しばらくぼーっとしていた私でしたがふと我に帰り終電がなくなりそうなのに気付き四ツ谷駅までダッシュをしたのでした。あれから約30年もの月日が経ちますがあの照れくさそうに右手を上げてこちらを振りかえるたけしの表情が忘れられません。東京での数少ない印象深い出来事の一つです。
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