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手に取る本は

    夕暮れの駅のホームで私は大きなため息をついた。見るからにおろしたてのリクルートスーツを着た若い女性が、ホームを足早に歩いていく。もう18時だというのに、ホームから見える桜の木はその輪郭がまだはっきりとしていた。優しさを持った夕暮れの風が微かな桜の香りを纏わせている。春が到来した喜びを力一杯に抱きしめるはずだったのに、今日はそんな気分になれなかった。

    仕事を終えて帰路についた私は、直接駅には向かわず、バスターミナルと直結する駅前の商業施設に入っていった。わくわくしながらエスカレーターに乗り、目的のフロアを目指す。先日買った「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の上巻を帰りのバスで読み終え、続きが気になったのですぐに下巻を買おうと、書店を求めたのだ。

    目的のフロアに着いたはずだった私は、一瞬足が止まった。書店がない。フロアを間違えたのかとも思ったが、二十数年この街で育ってきて何度も通い詰めた書店を間違えるはずがない。辺りを見渡すと、同じフロアにあった他の店は変わらずにある。ここで合っている。半ば絶望しながらフロアを見て回る。漫画や生活雑誌が置いてあったエリアはアパレルの店になっており、実用書が置いてあったエリアは小綺麗な生活雑貨店に姿を変えていた。さらに進んだ奥の方に、1/3くらいに縮小された馴染みの書店が残っていた。よかった、完全に消えてはいない。前よりもずっと探しやすくなった目的の本を手に取り、「探しにくいくらいがいいのになあ」と独り言。

    「書店の数が減っている」。近年よく耳にする言葉だったが、ここまで実感を持ったのは初めてだった。「本を読む人が少ないからしかたがない」「本以外の娯楽があふれているからしかたがない」「電子書籍もあるからしかたがない」「この国は資本主義だからしかたがない…」と、何とか悲しみに浸る自分の説得を試みたが失敗に終わる。

    AIに「この本要約して」と言えば2秒で要約が出力される時代。ストーリーの流れ、知識の習得という面の本の必要性は薄れているのかもしれない。ただ、読書の本質はそこにはない。著者の織りなす美しい表現と言葉選びを噛みしめる時間、わからない内容を調べながら読み進める時間、引用されている別の本を調べる時間、あの文の意味はと考える時間…。一冊の本と腰を据えて向き合った経験と時間にこそ価値がある。
    何事もタイパ、コスパと叫ばれる時代。数値化できない「人間力」を鍛えるために本はある。
    書店を必要としない世界はユートピアとディストピア、どちらの色に染まっているだろうか。

    電車が到着しますとアナウンスが流れたとき、もう一つ大きなため息をついた。
    私が何を思おうと、あの書店が元に戻ることはない。無力だ、あまりにも。

    気持ちを紛らわすために、買ったばかりの本を開いた。新しい本が持つ独特の紙の香り、手触りをいつもよりゆっくり感じながら最初の一行を読む。それだけで落ちていた気分が回復していった。

    そうだ、落ち込んだって仕方ない。未来がどんな形であろうと、手に取る本には真剣に向き合おう。そして、気になる本は迷わず買おう。書店へのささやかな応援として。

    いつもの家路に向かういつもの電車の扉が開いた時、いつもと違う小さな決意をした。



    #創作大賞2026
    #エッセイ部門

     
     
    普通が嫌で普通じゃなく生きようとするも、結局普通に憧れを抱くようになった普通の20代男性 横浜の町の不動産屋。ほそぼそと富士登山ガイド&旅行業もやってます。

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