
伝わらなかった感情|あの時、言葉にならなかったものについて
帰り道で、
急に思い出す場面がある。
もう終わったことのはずなのに、
なぜか、
あの時の空気だけは残っている。
大きな出来事だったわけではない。
怒鳴られたわけでもない。
傷つけられたわけでもない。
むしろ、
その場は普通に終わった。
会話も続いた。
笑っていた気もする。
だから、
何もなかったはずだった。
それなのに、
何年経っても残っている場面がある。
あの言い方。
少し空いた沈黙。
そのあと、
何事もなかったみたいに続いた会話。
本当は、
少し何かを感じていた。
でも、
その時は分からなかった。
自分でも、
そこまで辿り着けなかった。
だから、
何も言わなかった。
言えなかったというより、
言わない方を選んだ。
その方が、
何も変わらずに済む気がした。
空気を止めたくなかった。
相手を困らせたくなかった。
これくらい気にする方がおかしい気もした。
だから、
普通に会話を続けた。
頷いて。
笑って。
合わせて。
そのまま終わらせた。
でも、
終わっていなかったものがあった。
翌朝、
少しだけ起き上がりたくなかった日。
返信しようとして、
また閉じた夜。
関係のない会話の途中で、
急に、
あの場面だけが戻ってくる。
「あの時、
本当は何かあったのかもしれない」
そう思ったのは、
ずっと後になってからだった。
でも、
その頃にはもう会話は終わっている。
相手は、
普通に日常へ戻っている。
言い返せなかったこと。
笑って流したこと。
何もなかったことにした違和感。
その時は、
ちゃんと分からなかった。
でも、
あとになってから、
少しずつ輪郭だけが戻ってくる。
そして、
そのたびに思う。
あの時の自分は、
まだ何かを言おうとしていたのではないかと。
言葉にならなかったものは、
消えていたわけじゃなかった。
あの時、
言葉にならなかったものについて。