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「めし」と「むし」は紙一重

    さくらももこの著書『もものかんづめ』をご存知だろうか。
    そのなかの「無意味な合宿」というエッセイに、身の毛がよだつエピソードが綴られている。

    合宿で出された炊き込みご飯に「ひと口に二匹くらいの割合で」コクゾウムシが入っていたが、先輩や先生の前で残すことができずに泣く泣く平らげた、という話だ。
    ご丁寧にコクゾウムシの絵まで載っていて、ぞわりと鳥肌が立ち上がる。

    子どものころ初めて読んだときは、完全に他人事として笑っていた。

    ご飯のなかに虫なんて、見たことない。
    平成に生まれてよかったなぁ。

    そんな軽くて薄い感想と、「昔、米には虫が湧くことがあったらしい」という豆知識だけを抱いて、すぐさま次のエッセイに夢中になっていた。

    あ、この流れでお気づきの方もいると思いますが、これからコクゾウムシの話をします。
    写真は一切載せませんが、苦手な方はご注意ください。

    さくらももこのコクゾウムシレポートが世に放たれてから、時は流れて2025年。
    日本中が米不足にあえいでいた。

    それまで5キロ2000円ほどで買っていた玄米は5000円以上に値上がりし、少しでも安いものを探せば、古米、古古米、古古古米。
    そんな前前前世みたいな米ばかりが並ぶようになった。

    私は一時的に米を諦め、餅と豆で食いつなぐ道を模索した。
    餅は存在感もあり華やかで、米以上に調理が簡便だった。
    豆は1キロ300円ほどと安く、種類も豊富。すべての食事に合う順応性の高さと、腹持ちのよさは素晴らしかった。

    しかし、米なし生活は長くは続かなかった。
    最初こそ「お正月みたーい」「外国みたーい」とはしゃいでいた私たちは、やがて刺身や焼き魚にはご飯が必須と悟り、苦しむようになった。

    ある日、限界を超えた夫は爛々と目を光らせてネット通販を渉猟し、わずかに安くなっていた5キロの古米を注文した。

    「あかん、俺、来週から愛媛や……」

    あれほど米に焦がれもだえていた夫は、古米を開けるのを待たずに単身赴任ではるか愛媛へと飛び去った。

    彼が旅立って数日後、古米を開けた。
    4合測ってお釜に入れ、水を注ぐ。

    すると。
    ふわぁ〜っと、気泡のように米が浮き上がってきた。

    古米って、浮くんだ?
    妙だと思いつつも、いつも通りに米を研ぐ。

    たぷたぷと水が揺れた刹那、黒いゴマのようなものが水面に浮かんで、また沈んだ。

    いまの、なに?

    もう一度、そっとお釜に手を入れて、今度はぐるぐるとかき回す。
    再び、ゴマらしきものが浮かび上がる。

    渦潮に呑まれてすーっと中心に寄ってきたそれを手ですくい取ると、ゴマには手足が生えていた。

    素早くスマホを構え、Googleレンズで画像検索にかける。

    「ゴマのようなものが写っています」

    ゴマなわけねえだろ手足生えてんぞ。

    「コクゾウムシと思われます。穀物に発生する害虫です」

    AIが差し出してきた画像には、まさに私の手の上にいるのと同じ、極小のカブトムシみたいな虫が写っていた。

    これがさくらももこを震わせたコクゾウムシ……!
    ツノに見えるものは口らしい。
    だから「ゾウ」なのか。

    コクゾウは、のたのたと緩慢な動きで手のひらを這い回っている。
    いったい、米袋のなかに何匹いるのだろう。
    蠢くコクゾウを想像して、あまりの気味悪さに首筋が粟立つ。

    巨大なパエリア鍋が欲しかった。
    5キロの米をぶちまけて、やつらを全員、炒り殺してやりたかった。

    コクゾウは日光を嫌うので、日なたに米を広げておくと逃げていくらしい。
    あいにく我が家には、庭もベランダもない。
    部屋のなかでコクゾウ入りの米を広げても、やつらが好むほかの穀類、豆類のなかに逃げ込まれるだけだろう。
    炊飯前に、一匹ずつちまちま取り除いていくしかなさそうだった。
    万が一食べてしまっても、人体に害はないらしい。食べたくないけど。

    手の上のコクゾウを流しに捨て、もう一度お釜に手を入れかき回す。
    すーっと浮かび上がり中心でくるくるあぷあぷしているコクゾウを再びすくい取り、流しに捨てる。

    それを何度か繰り返し、コクゾウが浮いてこなくなったのを確認してから炊飯器にセットし、炊飯ボタンを押した。

    「ご飯がおいしく炊き上がりました」

    うちの炊飯器は、炊飯の完了を丁寧に知らせる。
    今日にかぎっては、この丁寧な口調がおそろしい。おいしく炊けているかどうかは、食べてみるまでわからない。

    おそるおそる炊飯器の蓋を開け、パッと見はコクゾウが炊き込まれていないことを確認して安堵する。
    慎重に全体をまぜ返し、目を皿のようにして茶碗に盛り、コクゾウの不在をたしかめながらひと口ずつ口に運んだ。
    味はまったく問題ない、いつもの米だった。

    人間の慣れとはおそろしいもので、こわごわと米を食べていたのは2回目の炊飯までだった。
    百均でグッピーなどの小魚を捕まえる用の小さな網を買ってからは、コクゾウの捕獲はさらに容易になった。

    網を手に入れる前はコクゾウを浮かせて流しに捨てていたのだけれど、食い荒らされたスカスカの米も一緒に流れ出ていってしまうのが惜しかった。
    網を使えば、コクゾウを捕らえたあとでスカスカの米をお釜に戻せる。米不足のいま、食べものはより一層大事にしなくてはならない。

    夫には、コクゾウの存在は伝えなかった。
    やや潔癖のきらいがある彼のことだ、伝えたらもう米を食べられなくなってしまうかもしれない。

    「単身赴任」にもかかわらず、妻を愛する彼は律儀に毎週帰ってきた。金曜の夜に戻ってきて、月曜の早朝に空港へ向かう。

    そんな夫のために、2キロの新米を買った。
    彼が家にいる間はそれを炊き、彼が飛び去ってからコクゾウ米を炊いた。
    自分がこんなに彼を愛しているなんて、コクゾウに出会う前は知らなかった。

    ♢

    米袋の残りが、半分ほどになった。
    そのころになると、浮いてくる米もコクゾウの数もかなり少なくなった。
    人間の私とコクゾウは、体格差が違う。
    数では負けていても、ひと口の量が違う。
    私はコクゾウを上回るスピードで米を食べているのかもしれない。

    誇らしささえ覚えつつネットでコクゾウの生態を流し読みしていたら、ある記事が目に留まった。

    コメをたっぷりの水につけると成虫も、幼虫は入っているお米ごと浮いてきます。これらをしっかり除去すればほとんどの虫は除去できます

    https://share.google/NyCJ5cHAqwUzlVr80


    「幼虫は入っているお米ごと浮いてきます」
    ?

    あのスカスカの米には、幼虫が入っているってこと?
    そうとも知らず、私は一生懸命お釜に戻していたってこと……?

    「めし」と「むし」は、紙一重なのだ。

    米を炊く時間になった。
    私は成虫のコクゾウを取り除くことなく、大さじ1杯の黒米を入れた。
    そして、眼鏡を外した。

    こうすれば、黒米かコクゾウかもわからない。
    成虫も幼虫もかわらない。
    そうやって、私は5キロの米を食べきった。

    数日後、こんなネット記事を目にした。

    熊本大学の研究者が、平成28年2月に発見した北海道の遺跡から出土した縄文時代後期の深鉢形土器に、推定で500匹のコクゾウムシが練り込まれていたことを発見しました。

    推定500匹のコクゾウムシが練り込まれた土器を発見 | EurekAlert!


    私の身体は、いまかぎりなく縄文土器である。


     
     
    エッセイや日記を、文学フリマなどの即売会で売るのが趣味です。2023、24年にエッセイがnote創作大賞中間選考通過。2024年に『羽ばたく本棚』、26年に『超人の倒れた家で』が日本自費出版文化賞入選。 ヘッダー画像は、KaoRu IsjDhaさんの作品です。

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