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こごみとの遭遇

    初めて「こごみ」を食べようと思いついたのは、いったいどこの誰なんだろう。

    私がこの不思議な山菜と初めて出会ったのは、つい半月前、スーパーでのこと。
    ぼんやりと店内を徘徊していたその日、タラの芽やふきのとうの横に並ぶこごみが視界に入り、私はギョッと立ち止まった。

    ぱっと見、四分音符。
    よくよく見ると、おたまじゃくしの頭に見えた先端はぐるぐると渦巻いた茎のようだ。
    そしてそこには、竜の鱗のような細かい葉がびっしりと生えている。
    アンモナイトの植物バージョンのようなその造形は、まるで芸術作品のよう。
    けれどもこれは、観賞用ではない。
    れっきとした食用らしい。
    本当に、食べられるのだろうか。
    タラの芽やふきのとうの穏やかさとは対極的な、凶暴な緑にもたじろぐ。

    この生真面目な巻きっぷりといい、この緑の強さといい……食べたらこっそり胃の中でぎゅんぎゅん成長して、腸に絡みつくわ肋骨にも巻きつくわで、最終的には私の身体を乗っ取ってきそう。
    医者に行って胃カメラを飲んだら、鬱蒼としたこごみのジャングルが茂っていたりして……。

    田中芳樹先生のSF小説にそんな話があったなと思い出しつつ、目はこごみに釘づけだった。
    そしてその恐怖に取り憑かれた私は、以来頻繁にスーパーにこごみを見に行くようになった。
    がっちりと巻かれた頭頂部も、エッジの効いた茎も、エイリアンが植物に擬態しているようにしか見えない。
    見れば見るほど怖くて、でも見ずにはいられなくて、いつしかすっかりこごみの虜になっていた。

    そんなこごみの話を友人とのzoom中に話したら、彼女はあっさりと「うちんち、時々こごみ食べるよ」と言った。
    マジで?
    見た目の異様さに加えて、値段もけっこうするのに。
    彼女いわく実家で暮らしていた頃、度々山菜が食卓に上っていたという。
    それゆえ実家を出た今でも、たまに山菜を調理しているらしい。

    山菜に親しむ暮らし、かっこいいな。
    「食用」としてのこごみに、俄然興味が湧いてきた。
    こごみはあまりアクも強くないので、調理しやすく、食べやすいと彼女は言う。
    その言葉に背中を押されて、この春のうちに一度は買ってみることにした。

    とはいえ一度染みついた印象は、そう簡単には覆らない。
    おいしいと聞いてからも、こごみに怯える夜は続いた。
    私のこごみに対する執着は衰えることを知らず、こごみウォッチはもはや日課の域に達していた。
    こごみに戦慄し、こごみから目をそらして安堵することは、ジェットコースターに乗っている最中と、降りた時の安心感に少しだけ近い。
    この唐突な感情の緊張と弛緩は私にとって、ロボットのように働いた後の、人間らしさを取り戻す儀式になった。
    感情を錆びつかせないための、大切な儀式だ。


    一昨日の晩、いつもより遅い時間にこごみを見に行ったら、なんと半額シールが貼られていた。
    今こそ、挑戦の時なのかもしれない。
    普段は6本で322円とお高く止まっているこごみだが、半額の161円となれば一応許容範囲である。
    この半額チャンスを逃したら、こごみチャレンジは来春に持ち越しになってしまうだろう。
    同じ値段のエビ唐揚げとどちらを買うかかなり逡巡したものの、結局私はこごみをカゴに入れた。

    友だちに報告するため、さらにはSNSに上げるため、買ったばかりのこごみの写真を撮る。

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    秋田県産のバイオロードから遠路はるばるやってきた未知の生命体、こごみ。
    上からの写真ではぐるぐる感が伝わりにくいので、一本取り出してパシャり。

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    巻いてる部分をしっかり記録しておきたくて、もう一枚。

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    山菜ブログによれば、茎の根元の茶色い部分を切り落として、茶ばんだ葉を取り除きつつ洗い、沸騰した湯の中で1分ほど塩茹でにすればよいという。
    複雑な見た目に反して、調理が楽!
    鍋を火にかけながら、根元を落としたこごみを洗う。
    巻かれた部分の食感が気になるので、ほどきすぎてしまわないように慎重に。
    けれど巻きの強さも同じくらい気になるので、一本だけ執拗に指で押し伸ばした。
    意外にも、こごみは伸ばされるがままにだらりと垂れた。ゆるく捩れた先端はサザエの中身に少し似ていた。

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    そんな様子をまた写真に撮って、手を洗って。
    スマホを触るたびに手を洗わないといけないから面倒くさい。
    そうこうしているうちに湯がボッコボコに沸いていた。
    おっと、こんなことしてるバヤイではない。
    まとめて引っ掴んで鍋に入れると、ふわっとお湯が若草色に染まった。

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    かっきり1分茹でて端を齧ってみると、まだ少し硬い。箸で揺すりながら、もう少し茹でる。揺するたびに竜の鱗がボロボロと剥がれ落ちてしまう。思いのほか繊細なんだなあ。

    よし。もういいだろう。
    茹で上がったこごみを一本ずつ箸でつまんで皿に移し、マヨネーズをかける。
    軽く手を合わせて、頭からいく。

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    ……あー、すんごく野菜だ。
    可もなく不可もなくというか、苦すぎもしないがクセもないというか、とにかく特徴を形容しにくい味。
    緑色の野菜の概念をそのまま体現したら、きっとこんな味と食感なんだろう。
    茎を齧ると、筋張った繊維と青々しい味がより鮮明になる。しゃっきりしたアスパラみたいな歯ごたえだ。

    ファンキーな見た目に反して、あまりにもおとなしい食べ応え。
    これなら味噌汁でもサラダでも和えものでも、何にでも合うだろう。
    予想を上回る汎用性の高さに、すっかり拍子抜けしてしまった。
    また半額だったら、買ってもいいかも。

    でも、こうして食卓に侵入していくことこそが、こごみの真の狙いだったとしたら……?
    まんまとこごみの術中にはまった私は、そのうち全身がうっすらと緑づき、頭の先から丸まっていくのかもしれない。


    田中芳樹先生の作品は、「品種改良」(『流星航路』収録)だった。ちょっとおいしそうでかなり怪しい「スウェル」という食材をめぐるSF小説。怖いもの見たさでページをめくる手が止まらない、そんな一冊です。

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    エッセイや日記を、文学フリマなどの即売会で売るのが趣味です。2023、24年にエッセイがnote創作大賞中間選考通過。2024年に『羽ばたく本棚』、26年に『超人の倒れた家で』が日本自費出版文化賞入選。 ヘッダー画像は、KaoRu IsjDhaさんの作品です。

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