二十歳の君に贈る芥川龍之介くんと語り明かした支那のある夜の宴席

 輝かしい童貞と麗しい処女時代を懐かしんでばかりではいられまい。魅惑と不安に満ちた大人の世界へタロウくんハナコくん、君たちに贈りたいものがある。それはファンタジー物語だ。これまで父さんは六十年を越えて生きてきた。君たちがこれを読むころもういないかもしれない。父さんがそうだな、四十歳前後のころだったように思う、その年齢で身にそなえた経験や思いなどを、二十歳時分に体得できてたならいいのにな、などと考えたりしたことだった。みんな一度はそう思う時がある。でもやはりそれは不可能でもあることにとうぜんに至る。ならば私の愛する君たちに六十を越えた父さんのいまの思いを伝えよう、すれば父さんの二十歳より幾分なりとも君たちが大人に踏み込める一助になるだろうと考えるからだ。まぁ待て!早く大人になることがかならずしも幸せではないと君は言うかしれない。手品は好きかい?まぁ待て待て待ってくれ!後生だから待ってくれ。あそこにくねくねした山道があるだろ。あの山の頂に行くとしよう。父さんが案内役するから少しショートカットして歩いてみよう。あくまで試みだ、あんな道こんな道教えてくれたな、なんて脳裏の片隅にちょっとだけ‥‥
 
 いるのかいないのか不安を覚えながら、滞在先の日本人倶楽部に訪ねてみると、黒っぽい灰色のスリーピースにすっぽり身を包み込み、カフェの椅子で右の脚の上へ左の脚をのせてくつろいでいた芥川龍之介は、コーヒーカップを口元へ運ぶ代わりに、左の脚の上に右脚を組み替えて私の目の奥を覗きこむかのようにわずかに首を傾げた。
 直感でこの人はナルシストだと思った。秀才と書かれた広い額へ椿油かなにかで湿した黒髪を無造作に垂らしている。その垂らし具合などポマードではこういう自然さは到底だせない。侮れないおしゃれセンスを感じる所以だ。顔の構造が本人もどこかで書いていたように縦長で、額に割り当てられた面積がどうしても広くなる。結果的に天然聡明に見える。
 その風貌の、ぜんたいが腺病質に見えつつ、人の目をまっすぐ見てくる強いなにかを秘めた眼光、この眼光も病み上がりと不眠からくる神経衰弱と戦うために自然そういう目つきになるようだが、妙に幕末の沖田総司のイメージと重なって見えた。それもこれも当代随一の売れっ子作家たる矜持と経済力がたたずまいにおおきく寄与している。
 いまの芥川はもはや〈追憶〉に書かれてあるような懐具合を気にする中産下層階級などではない。ジェスチャーで私に座るよう促してから、マッチを擦ると煙そうな顔で煙草に火をつける仕草などキネマに見るワンショットだ。
 時は大正十年(1921年)五月十八日星期三(水曜日)、場所は現在の中華人民共和国湖南省の省都が置かれている長沙という街。
 ドローンで鳥瞰すれば人人人人人が廁にうごめく蛆虫みたいに見えただろう。
 驢馬のひく荷車と水牛の荷車、西域からやって来た回教徒の商人らが乗る駱駝、馬車などが行き交い、乾いた西風が巻きあげる糞尿の混じった土埃はざらざらと野菜や魚や商品の隙間に舞い降りる。
 個人のごっちゃな営みは羞恥のかけらもなく公共に溢れ出し、花生油を使った揚げ物の匂いがケイオス感をいっそう際立たせる。
「風呂敷をひろげなよ。叩き売りをしたくなるほどに団子の鼻くそがすぐできるぜ。」
 風の声が耳朶を打つ。
 こういう場所を私は嫌いではない。タイムスリップした影響か、目の前で展開するこれらの光景がゼンマイ仕掛けで動くおもちゃみたいな、ひとコマひとコマ滑らかさの足りないぎこちなさがあった。
 芥川はこの街にB氏という大阪毎日新聞社の派遣社員を訪ねていた。
 芥川自身、海外視察員という使命をおびて立ち寄ったのである。彼はここに来るまで上海、南京、九江、漢口を遍歴してきて、ここ長沙に3〜4日ほど滞在のあと洛陽、北京、大同、天津など各地を経巡る予定でいた。帰国すれば記事を書いて新聞社に届けるという仕事が待っている。
 この旅行は芥川にとって初めての海外旅行でもあり、時事の取材と同時に小説のネタになるような素材も収穫したいという腹積りがあったようだ。じじつ旅行のあと中国素材の物語りを幾許か書きつづっている。
 旅行で得た見聞は芥川にとって、日本の政治や世情をみつめる目になにほどかの影響を与えたようだ。来なければ朧げにしか見えることもなかった何かしらが‥
 あいにくB氏はマラリアに罹ってベッドの上から暫く動けないでいた。
 代わりにある支那人が、土地勘のない芥川が困らないよう滞在のあいだ面倒を見てやってくれ、とB氏から頼まれ芥川に寄り添って共に行動していた。ただ私が芥川を日本人倶楽部に訪ねた時には、たまたまその方は傍にいなかった。
 私は事前になんらかのかたちでアポイントが取れればよかったのだけれど方法もわからず、不躾に訪ねて来たのは不味かったと詫びてから、名を名乗り簡単な自己紹介してから、
「2025年の未来から滑って来ました。」
 と付け加えた。
 普通なら引いてしまうであろう、瘋癲ととらえられて相手にされないのではないかと恐れた。あるいは黄塵のまじった風が邪魔してよく聞き取れなかったとも考えられる‥が、冒頭で述べたように芥川は脚を組み替え私の顔を覗き込んでから、座るよう促し煙草のパッケージを指でポンポンと弾き一本を咥えてマッチで火をつけた。
 深く吸い込まれた煙は私に当たらない方向にむけて吐き出された。喉仏の動きが印象深い。
 初めて聴く芥川の肉声はちょっとした感動だった。
「僕の学生時代の朋友と今から‥」
 一瞬芥川は間をおいて、左の手首に巻いてあるニッケル製のSEIKOに目をやった。
「もうすぐ五時です、五時から妓館に繰り出す約束をしてあります。もしご都合宜しければ?」
 そう言って手のひらを私に向けた。
「お邪魔でなければ、ありがたいのですが‥」
「気づかいはいりません。朋友というのは日本に留学したことのある地元に住む支那人です。日本語は日本人以上に堪能です。彼とは大学時代からの知古で、家族は長沙でも名の知られたブルジョワな一家らしいのです。そういう家庭の育ちだからでしょう、1921年を生きる人間にしてはモダン、否、それでは足りますまい、そうfuturisticがふさわしい。あなたが2025年の未来からやってきた人だと紹介すれば興味を示すでしょう。」
 こうしてしゃべってみると、思いのほか芥川は饒舌であることが知れた。
「futuristicで助かりました。」
 ちょっとした驚きでもあった。素性の知れない私のような人間を相伴させるのは、芥川の体質からみればミスマッチに見えたからだ。
 芥川の朋友という支那人のことは知っていた。ふたりがその妓館で歓談することも未然に小説から知っているからで、もちろんこの時点でその物語りは一語も書かれていないのだけれど、私がタイムスリップしてきた目的は、彼らといっしょに妓館とやらへ繰りだして料理に舌鼓したり酒に酔ったりおしゃべりをしたかったのだ。快く受け入れてくれた芥川の懐の深さに感謝した。
 さきほど芥川は、朋友が私に興味を示すであろうというニュアンスで述べていたけれども、私に強い興味と関心を覚えたのは芥川自身だったようだ。
 カフェの支払いを済ませると、芥川は私を促しながら「行きましょう。」と、日本人倶楽部をでた。
 私は後ろを追うかたちで待ち合わせ場所まで向かうことになった。
 空は黄塵でおおわれ青空は望めないが雨の降る様子もない。空気は乾燥して暑くも寒くも感じなかった。
 道は大通りから一本平行して敷かれた広くも狭くもない裏通り。動物の匂いに混ざってどこかで串肉でも焼いているのか、いぶされた炭の匂いもして来る。人人人牛牛牛馬馬馬荷車荷車荷車駱駝駱駝駱駝らが蹄の音たかく無秩序に動いてゆく手を阻むので、ふたりが肩をならべて歩くのは不可能にちかかった。
「あちゃー!」李小龍のように奇声をあげたのは、バナナの皮でもあったのか靴が滑ったような感覚がして、足元をみると牛か何かの大糞を踏んづけていたからだ。あの奇声はきっとこのような体験に基づいている。
「あ〜ぁ買ったばかりのスニーカーが‥」
 道ゆくひとびとの服装は馬褂と呼ばれる清朝時代から引き継いだカンフー映画で馴染みのある支那服ばかりだ。男など弁髪にしたのがまだまだ多くいる。日本の街なかで月代した丁髷がぞろぞろ歩く光景を想像されるといい、青青と髪を剃り落とした頭があちこち動き歩いているのを目にすればちょっとしたカルチャーショックの気分になる。
 人民のあいだに攘夷思想が吹き荒れるこの時代、中国人のアイデンティティを堅持する証のひとつにこの弁髪があると聞く。しかし弁髪は漢民族を支配した清朝満州人の風習であった。そのいっぷう変わった髪型を広く漢民族のひとびとに強制したのが由来という。時間の長かったせいで漢民族の人民いっぱんは、じぶんたち伝統の文化風俗と取り違えている。
 そうした光景のなか、西洋風な服装も散見するが稀だ。回教徒はすぐわかる。瞳や髪の色がいわゆる紅毛碧眼で、頭には白っぽい生地に西域の紋様を縫いとったムスリム帽子をかぶっている。服装は驢馬や駱駝に乗り降りするため筒袖の上着とズボンがセパレートにできており、日本の和服より軽快な動きができそうだ。遊牧騎馬と農耕文化の違いがはっきり見てとれる。
 歩くのが難しい。糞を避けながらひっきりなしに行き交う馬車や大八車に道をゆずらねばならなかった。
 いきなり馬車の陰から飛び出してきた気狂い女に肝を冷やした。なにもしてないのに喚きちらしたりするので逃げるように芥川を追った。かと思うと横合いから苦力が天秤棒に荷を吊り下げてぶつかってきたり、牛がのっそりとしたまま動こうとしなかった。
 そういった障碍を避けながら川下から川上に向かって泳ぐようなしんどさを感じた。百年も昔の時代は壮絶を極めた。
 ほとんどの男どもは人相が悪く、不満でもあるのか口角泡を飛ばしてしゃべりまくっている。
 紐を肩にかけ即席でこしらえた簡素な陳列板に種々な煙草を乗せて売り歩く爺さんがいた。興味が勝って、そっと近寄り品々をみせてもらった。さすが漢字表示がおもしろい。哈徳門Hadermen、南洋兄弟、老刀Laodao、耕種GengZhong、などのロゴが京劇女形の梅蘭芳ばりな美人画といっしょに描いてあったり、日本の敷島もあった。なかでも三砲台TlreeCastlesのパッケージデザインが気に入ったので欲しくなった。現代に帰ったらヘビースモーカーの兄への土産にしよう。
 でもお金は?ジーンズのポケットを探ると一元銀貨がでてきた。釣り銭などいらないから爺さんへ渡してサッと奪い芥川の後を急いだ。
 そのあと地べたにしゃがんで落花生や焼き栗、蜜柑、籠いっぱいに亀?なども売る行商人らの列に混じって、鍋の焦茶色した汁で茹で卵を売る婆さんと目が合う。イグアナの皮膚みたいな皺くちゃな首をして手の爪は垢で真っ黒い。
「こっちのも買いなよ。」
 と言いたげな目だ。婆さんの売上げって一日あたりいくらなんだろうな、などと思いつつ荷車と荷車のあいだに立小便する乞食風の男に面食らう。勢いよくほと走る一条の小便が行きどころを失い、辺りの敷石いっぱいに広がる。芥川が靴を爪立てて歩きたくなる気持ちがわからなくもない。白状すれば私も東京で電柱にむかってしたことは何度かある。ちがいは側溝の穴に流れこむことだ。
 菊池寛が芥川に忠告したことがあるそうだ、尾籠な話は書かないほうがいい。
 煙草を買ったときからボロをまとった少女がずーっとつきまとっているのは知っていた。裸足で小便の上を歩いて来ている。あいにく持ちあわせがない。何かあげるものはないかなと思いつつ、店先に銀食器ばかりならべて売っているらしい背の高い弁髪の支那服が、物珍しいものでも見るのか、棒のように立ってジッとこっちをみていることに気づいた。印象的な人物だ。
 目を転じるとどうやら馬車の馭者と男が取っ組み合いをはじめた。これほど人や牛馬が行きかえば摩擦もおきてとうぜんだ。そのそばを足が極端にちいさい纏足の、さらっと品のいい小柄な老女が、籠を持った七、八歳の少女を従えて騒ぎをよそに無関心な表情で歩いていたりする。
 ある路地では場所をいっぱいに占めた麻雀の卓がならんでおり、老若男女が煙草の煙をふかしながら興じている光景は圧巻。人生の大半はこうして費すんだと言っているように聞こえた。
 そういうひとびとのなかにスラっとした長身の美女がいたりする。市川雷蔵が映画のなかの賭場で「掃き溜めに鶴」とか言って、比喩でもなくじっさい私は印度で掃き溜めを物色する孔雀に出くわしたときはテンションが下がった。
 などと思い出にひたりながら、いかにも大衆茶館といった店の前をとおろうとしたとき、出てきた痘痕の男が檳榔をくちゃくちゃしながら真っ赤な唾を私の行く手に吐いたので蚤のようにのけぞった。ニッと笑ったときの歯がエグい。発癌性があると聞くが、ここの常連客はだれもがそうするのだろう、店の前の敷石は吐きちらかした唾液で赤茶色に汚れている。
 軒下の鉢に目がとまる。風にゆらゆら揺れている可憐な黄色い花。芥川曰く、一体日本の文学者は、動植物の知識に乏しすぎる、とある。私は文学者でないが、その可憐な黄色い花の名をやはり知らない。
 軒をならべて酒桟(居酒屋)があり、店のひとが巻き上げ機のハンドルをぐるぐる釈迦リキにまわして白木綿の日除けを巻き上げている。冷えたビールは望めないが美味い肴が取り揃えてありそうな店だ。アジアを旅すると私はたいていこういう店に足を踏み入れる質だが‥例の少女はまだついてきている。
 そこでさっき買った兄への土産にと思っていたTlreeCastlesをあげることにした。それをだれかに転売すれば口を糊することはできる。そう思って少女にあげると無表情ながら受けとってくれた。年のころは十二、三歳か?静かで薄幸な子だ。この子に責任はない。立ち小便していたあの男もかつてはこういう境涯だったかもしれない‥それでもまたついてくる。
 活動写真館の前をとおり過ぎようとして入り口の上部に目をやった。チャップリンの似顔絵が風呂屋の壁絵のようなタッチで大きく描かれていた。その招牌 には〈放浪漢〉と書いてあるが日本ではなんという題名かわからない。たしかに映画のなかのチャップリンは乞食役が多い、「放浪」というのは言い得て妙だ。
 芥川の筆弁によれば、乞食にはロマンティシズムを感じるよしと言っている。しかし支那の乞食は雨の往来に寝ころんでいたり、ザクロのように肉の腐った膝頭をべろべろ舐めたりして次元がちがうとあった。たしかに比べてみれば印度のババたちのほうが幾分、掛け軸に墨筆で描かれたような仙人の空気を持っている。
 そんなことを考えていたら目の前で恰幅のいい四十がらみの紳士が貧相な小男をいきなり殴った。とうぜん私に事情はわからない。その光景に気をとられていると、すれ違っただれかの臭い口臭をまともに吸い込んで嘔吐しそうになった。
 上海で肋膜炎を病んで、まだりっぱに快癒もできてない芥川は私よりも難儀しているのではないかと同情したけれども、すぐに余計な心遣いであることに気づいた。彼は大正という時代のlive人間だからか、そもそもこういう混沌とした人混みを歩くことに慣れているのか、思いのほかしっかりした足取りでサッサとさきを歩いている。
 ほどなく喧騒のなか色白い顔した芥川の朋友と合流した。振り向くとあの少女はまだいた。
 朋友が状況を察し「シー!あっちへ行け。」と言ったようだ。少女が去るのを見送ってから芥川に仲介されて名前だけ告げあった。
 譚永年というその若者は、眉が薄いのと駱駝のようにひときわ大きな目玉が印象的で、ゴミが入らないかなどと心配させるやらで、私はなぜかしらその目に気押される。なりはなにやら紋様のはいったネズ色の支那服を着ていかにも中国人らしい風貌ではあるが、さすがに弁髪などしてなくフェルトのハットまでかぶり、そのふぁっしょんセンスはさて置いて、長沙の基準では垢抜けている。ふた言み言芥川と交わした日本語の発音も滑らかで、まったく日本人と変わるところがない。上背が180センチある私よりも幾分かたかく、中支に位置する長沙で彼は長身の部類に入る。広大な中国は北方にゆくほどガタイが大きく背が高い。南方にゆくほど小さく背も低く、江戸期以前の日本人を見るようだ。
 譚は笑みを浮かべてちょこっと私に会釈した。芥川はこの喧騒のなか、七面倒な紹介はあとまわしにした方が良いとでも考えたのだろう。この一場面はさっと流れた。
 タイムスリップしている影響のせいか、なぜかしら不自然な時間が流れるときがある、この前後がまさしくそれだった。
 三人は妓館の建物の前に立っていた。大通りに面してはいるものの建物はモダンではなく中国伝統の趣を凝らした豪奢な木造建築だった。感じからして高級妓館のようだ。
 ところで妓館と妓楼のちがいがさいしょわからなかった。でもすぐ「妓」という字からして「世界最古の職業館」なのだと理解した。下世話にいえば酒池肉林、夜間に綺麗どころが酒や料理を提供してハイお仕舞いなんてあるだろうか?
 日本の古い時代劇には遊郭で男たちが芸者をあげて三味線弾かせたりドンチャン騒ぎする場面はよくみられるが、主要テーマはちらっと仄めかす女の乱れ髪。
 ちなみに、日本で「売春防止法」が制定されたのは、やっと1956年(昭和三一年)になってからのことで、大正十年のこの時代、妓楼へ出入りすることは娯楽であり現代人のような罪悪感はないのが日本人いっぱんの感覚であった。むしろ男っぷりの自己認証かもしれない。妾を囲ったり戦争に征くのも、ある一定額以上の税を納める者、というただし書きがあるものの選挙権を有するのは男子ばかり。
 男が癇癪おこして襖を蹴破ろうが女性はひたすら耐え忍んだ。夫がどこへ出かけようと子に乳をあたえながら待つ男尊が、退屈な長屋の路地裏から大手を振って往来を闊歩した時代といえた。
 そのようなことで譚と連れ立って妓館に行った芥川にはなんの躊躇も咎めもない。かれは実体験を作家業の肥やしにしたいのだ。ただ、芥川は上海かどこかの公園で見かけた光景に、はっきり日本人とわかる妓女を二、三人連れた亜米利加のヤンキーが歩いていたのを憤慨した、と宣うてあったが、自身のことを顧みれば豈況んやである。
 私たちを迎えたのは小肥りな仕切り役の初老の女だった。目鼻立ちの整った様子から、かつては現役でお客を取ったであろうような色気を、身に纏った衣装などからも伺い知れた。
 譚はその女となにやら土地の言葉でペラペラと喋りはじめた。北京官語のマンダーリンなら私も少しは理解できるのだけれど、譚と女の方言はさっぱり聴不懂(わからない)。
 言語は百以上あると聞く。それでも言語をマジョリティに大きく分ければ北京語と広東語になる。日本語は中国の各地で話される発音をごっちゃに輸入している感じがする。
 たとえば、〈結婚〉は福建語とほぼおなじ発音。〈りんご〉は北京語と似た発音。〈解散〉はまったく広東語‥など。
 女は馴染みの上客を相手にするような愛想のいい表情と物腰で応じている。
 所在なく待たされていた芥川と私は交渉を終えた女の手招きで奥の部屋に通された。
 大きな紅木の丸テーブルが置かれてあり、促されて芥川も私も席のひとつにそろりと腰を下ろした。
 部屋の中はどれもこれも調度品からしてすべてが時代がかっている。椅子にしろ痰壷にしろ衣装箪笥にしろ、天井といい壁といい柱といい衝立やらが、顔料や漆で朱や黄や青の原色に、天女や官女や随臣や唐草模様などをゴテゴテといかにも中国らしい装飾が施されてある。
 ほかにも芥川の表現をそっくり借りれば、部屋の天井の隅には針金細工の鳥籠がひとつ、ガラス窓のそばにぶら下げてあって、他にもリスが二匹入った籠がぶら下げてあった。
 ここでは見かけなかったが日本の「かごめ」の悲哀と通じる見せ物があると聞く。歓楽を生業とする界隈には小男(成人)を小さな籠に入れて、客をもてなすための見せ物にしている店があった。この可哀想なひとはたいてい幼いときにどこからか連れさらわれてきて小さな箱の中で育てられる。しぜん成長は止められ足は萎え身体ぜんたいが歪に曲がったままだ。禽獣ばかりでなくこういう見せ物を天井からぶら下げて客を喜ばせるという看過できない道徳倫理の欠如がこの時代にはあった。
 ほどなく婆さんがゆっくりした足取りで局票と呼ばれる芸者の源氏名?が記載されているメニュー表を持って来た。
 慣れた様子の譚が、張湘娥、王巧雲、含芳、酔玉楼、愛媛々の名まで書いて、芥川に聞いた。
「玉蘭も呼ぼうか?」
 ちょうど芥川は巻き煙草を咥えて婆さんからマッチで火を擦ってもらっていた最中だったから、私が咄嗟に返事をしてあげた。
「呼びましょう。」
 芥川は小説のこの場面で、煙草をすいつけていることを口実に、譚が勝手無頓着に筆を揮ったなどとしているが、芥川自身それを望んでいたのは疑いない。
 玉蘭のことは私が説明するより、この日の日昼に譚と芥川が交わした会話をみれば素性がわかるので、小説〈湖南の扇〉から抜き出してみよう。
 場面は譚に連れられた芥川が、湘江をこの時代としてはハイカラなモーターボートに乗って河から見る街の風景を楽しんでいたところから始まる‥

「あの女を見たまえ。あの艗に坐っている女を」
 僕は誰にでも急っつかれると、いっそう何かとこだわりやすい親譲りの片意地を持ち合わせていた。のみならずそのボオトの残した浪はこちらの舟ばたを洗いながら、僕の手をカフスまでずぶ濡れにしていた。
「なぜ?」
「まあ、なぜでもいいから、あの女を見たまえ」
「美人かい?」
「ああ、美人だ。美人だ」
 彼らを乗せたモオタア・ボオトはいつかもう十間ほど離されていた。僕はやっと体を捻じまげ、オペラ・グラスの度を調節した。同時にまた突然向こうのボオトのぐいとあとずさりをする錯覚を感じた。「あの」女は丸い風景の中にちょっと顔を横にしたまま、誰かの話を聞いていると見え、時々微笑を洩らしていた。顎の四角い彼女の顔はただ目の大きいという以外に格別美しいとは思われなかった。が、彼女の前髪や薄い黄色の夏衣装の川風に波を打っているのは遠目にもきれいに違いなかった。
「見えたか?」
「うん、睫毛まで見える。しかしあんまり美人じゃないな」
 僕は何か得意らしい譚ともう一度顔を向かい合わせた。
「あの女がどうかしたのかい?」
 譚はふだんのおしゃべりにも似ず、悠々と巻き煙草に火をつけてから、あべこべに僕に問い返した。
「きのう僕はそう言ったね、ーーあの桟橋の前の空き地で五人ばかり土匪の首を斬ったって?」
「うん、それは覚えている」
「その仲間の頭目は黄六一と言ってね。ーーああ、そいつも斬られたんだ。ーーこれがまた右の手には小銃を持ち、左の手にはピストルを持って一時に二人射殺すという、湖南でも評判の悪党だったんだがね。‥‥」
 譚はたちまち黄六一の一生の悪業を話しだした。彼の話は大部分新聞記事の受け売りらしかった。しかし幸い血の匂いよりもロマンチックな色彩に富んだものだった。黄の平生密輸入者たちに黄老爺と呼ばれていた話、また湘潭のある商人から三千元を強奪した話、また腿に弾丸を受けた樊阿七という副頭目を肩に蘆林潭を泳ぎ越した話、また岳州のある山道に十二人の歩兵を射倒した話、‥‥譚はほとんど黄六一を崇拝しているのかと思うくらい、熱心にそんなことを話しつづけた。
「なにしろ君、そいつは殺人虜人百十七件というんだからね」
 彼は時々話の合い間にこういう註釈も加えたりした。僕ももちろん僕自身に何の損害も受けない限り、決して土匪はきらいではなかった。が、いずれも大差のない武勇談ばかりきかされるのには多少の退屈を感じだした。
「そこであの女はどうしたんだね?」
 譚はやっとにやにやしながら、内心僕の予想したのとあまり変わらない返事をした。
「あの女は黄の情婦だったんだよ」
 僕は彼の註文どおり、驚嘆するわけにはゆかなかった。けれども浮かない顔をしたまま、葉巻を啣えているのもきのどくだった。
「ふん、土匪も洒落たもんだね」
「なに、黄などは知れたものさ。なにしろ前清の末年にいた強盗蔡などというやつは月収一万元を越していたんだからね。こいつは上海の租界の外に堂々たる洋館を構えていたんだ。細君はもちろん、妾までも、‥‥」
「じゃあの女は芸者か何かかい?」
「うん、玉蘭という芸者でね、あれでも黄の生きていた時にはなかなか幅を利かしていたんだよ。‥‥」

 ざっとこんな感じで玉蘭という人物が紹介されている。このやりとりのなかで芥川は、僕ももちろん僕自身に何の損害も受けない限り、決して土匪はきらいではなかった、と表白してあるところに注目してほしい。芥川もこういう話が決して嫌いなわけでもなかったのだ。
 土匪とは別者かもしれないが、私は伊達順之助、これは芥川と同い年で、大正十年のいまごろは満州の荒漠とした大平原で暴れはじめている、の馬賊や川島芳子これは芥川より十五歳ほど若いのでこのときはまだ処子、の男装して日本と満州国の政界を勝手気ままに出入りしたり、これから実際に事を起こしはじめるアウトローな人物たちになぜか惹かれる。ただし、芥川が言うように、私も私自身が何の損害も受けない限り、においてである。おおかたこれらのひとたちの末路は黄六一のような破滅と悲惨が待っている。だから私や芥川のような肝っ玉のすわってない人間はその世界を生きてゆけないのだと通牒されているのであった。
 玉蘭をこの席に呼ぶことはドラスティックな花を一輪添えた宴会になるだろう。
 さっそく細い金縁の眼鏡をかけた芸者が勢いよく入ってきた。
「家にいた芸者でね、林大嬌ていうんだ。」
 譚の家庭はきっと超大国大統領の花札かなにかだ。芸者を何人囲っているのだろう。
 すぐに大層美味そうな料理が円形のテーブルにつぎからつぎへと出されてきた。部屋の壁面に描かれた天女や官女や随臣たちの顔が和んだように見えたのは気のせいか。
 魚を唐辛子に漬け込んで蒸し焼きにしたもの、鴨血という具材の入った鍋物、青唐辛子と豚肉の炒め物、ビーフンの炒め物、ピータン、臭豆腐などなど食べきれないほど次から次へと出してくれるから遠慮なくいただくことにした。
 そのころすでに指名した芸者らも私たちに加わって、みんな忙しく箸を動かしている。譚がいうには、玉蘭だけ遅れてくるとの説明があった。
 なんていうのか変ちょこりんな帽子をかぶった楽器演奏者らもやってきて胡弓を引き始めた。その楽団のひとりに見覚えがあった。思い出すのに苦労はなかった。来るとちゅうに見かけた背が高く棒のように立ってジッと私を見てきたあの支那服だった。私のことに気づいている様子もない。仕事の掛け持ちかな、その男が演奏している。演奏に合わせて芸者のひとりが古風な唄を披露しはじめた。
 耳に心地よいバックグラウンドミュージックが私を古き良き唐時代の幻想へと誘う。ここに李白でもいたならまさに桃源郷。
 両人対酌山花開 一杯一杯復一杯
 我酔欲眠卿且去 明朝有意抱琴来
 香りと酒精度数のきつい老酒を「請喝一杯(おひとつどうぞ)。」なぞと旗袍に身を包んだ支那美人らに注がれるのだから、舞い上がらないわけにはいかない。ちなみに老酒は京荘花雕という銘酒だそうだ。
 唄と演奏が一段落した頃合いをみて、私は改めてふたりに自己紹介をはじめた。
「私はサエグサという者です。西暦2025年の日本からやってきました。いまから百四年後です。」
「真的(ほんとに?)。遥かな宇宙からくる流星群みたいだな。」
 譚は芝居がかった大仰な身振り手振りで場を盛りあげ、芸者たちに愉快そうな顔で通訳した。案の定反応は想像したとおりのものだった。いっせいにカラッカラッと笑った。つられた芥川もちょっと口元に笑みを浮かべながら譚を向いた。そらねおもしろいひとだろ?という顔つきで。
 譚というひとは医者らしいのだが、エンターテイメントの司会でもやらせたらきっと一流だろう。このジョークとどのように付き合って今宵の宴会を楽しいものにしようかな、という心づかいなど素地はある。医者などという吝嗇な商売はやめて、中国人の意識改造に取り組んだ魯迅を見習い、エンターテイメントでもすればチャップリンのように名を残せるかもしれない。
 よし、太鼓持ちの役を引き受けよう。おもいっきり飲みあかそう楽しい会話もできそうだ。気分がウキウキしてきた。
 自己紹介で私は年齢を三十五と告げた。都合いいと考えたからだ。タイムスリップした先では、自分の年齢は自由に決めることができる。十歳に設定すれば十歳になれる、九十歳と設定したなら皺くちゃな九十歳にふさわしい風貌になる。ドラえもんのように、何かのスイッチをいじったり操作する必要も造作もなく年齢は決められる。年齢を三十五にしたのは、二十九歳の彼らより幾分か兄貴ぐらいな年齢が胸襟を開いてばらんざっくな会話ができると考えた。
「ちょっと失敬、芥川くん、私にもそのゴルデンバット、それ一本頂戴してもいいかな。」
 私は芥川龍之介の名前をいちどでいいから、くんづけで呼んでみたかった。ある意味タイムスリップしてきた目的のひとつにこのことも含まれていた。なんなら龍之介をくんづけで呼んでいた夏目漱石も、「夏目くん」と呼んでみたい欲がある。さらには漱石をくんづけで呼んでいた森鴎外も、本人にむかって「森くん」と呼んでみたい。鴎外をくんづけで呼んだのは乃木希典? 行き着く先はネアンデルタール人‥
「あいにく日本の煙草は切らしてまして、哈徳門 (ハーダーメン)ですが、これで良ければ吸われますか?」
 芥川から敬語で応対してもらいながら、私はタメ語でしゃべる、なんともこそばゆい。
 いただいて咥えると、となりに腰掛けている酔玉楼という名の芸者が気を利かしマッチで火をつけてくれた。漂う匂いがちょいと現代人の鼻にはきついパフューム。大正十年だから善しとしよう。
「謝謝。」
 いい感じでスタートした。宴会は芸者も料理も申し分ない。煙草はしばらく吸ってなかったのでクラッと眩暈を感じながら深く吸い込んだ煙をフーと排気した。
「芥川くん、あなたは私を信じてないようですね。」
 ちょっと間があった。英国人で国際通信社のジョオンズや友人の島津四十起氏とケンカも厭わない気質のことは知っている。
 芥川は残り少なくなった煙草をいっぷく吸いこんでから揉み消すと、落とした声色で聞いてきた。
「ここで飲んだり食べたり僕の煙草を吸ったり、あなたが何者かほんとうのところは知らない。西暦2025年の日本からやって来たというのなら、是非ともエビデンスをご披露して欲しいものです。」
 肝心な場面がやってきた。ここでしくじったらお払い箱される。
「承知仕りました、あなたが欲されるようなエビデンスを、ご納得頂ける エビデンスをお見せ叶いますこと、しかとお請けいたしました。」
 芥川はおもむろにノートを取り出した。礼儀正しいひとで、メモしても構わないかと許可を確認してきた。
 疑念を晴らすには、男子は政談が好きだから、芥川たちがまだ知らない大正十年から以降に起きてくる主な歴史的大事件をかいつまんでざっくりと語りはじめることにした。
 そのとき、壁に描かれた天女や官女や随臣たちの表情が神妙になった気がした。
「まずは世界が注視するロシア内戦についてお話しするのがよろしいかと思われます。四年前に起きたボリシェベキ(急進的社会主義勢力)による十月革命については言うまでもなくロシア・ソビエト(評議会)の誕生をもたらしたわけですが、ロシア共産党と名称も改められたプロレタリア政権はご存知のとおりできたばかりで、いま現在のところ予断の許されない状況にあるように見えます。レーニン率いるボリシェベキの赤軍は国内平定にむかうのですが、共産勢力の火の延焼を危ぶむ白軍と泥沼の死闘をしていること、これも説明不用ですね。芥川くん知ってますか、いままさに赤軍と戦っている白軍に日本が加勢していることは?」
「昨年から大きく報道されてますから知らない者はないと思います。尼港(ニコラエフスク)で日本の守備隊や居留民六000人以上が赤軍によって殺されたとか。」
「まだまだ犠牲者は増えますよ。日本政府の大命題が共産主義を抑え込むのかどうかは知りませんが、本音のところは混乱をきわめるロシアで権益の拡大を狙っているんです。虎穴に入らずんば虎子を得ず、とはいえ冬の零下三十度にもなるようなシベリアに居座るなんて私には考えられません。虎の穴はもっと温いでしょ。」
 芥川はどうぞ先をというジェスチャー。
「権益の拡大を狙っているのは日本だけじゃありません。また白軍ばかりではなく赤軍に加勢しようとする諸外国も参戦するだの、ロシア農民も一枚岩ではなく、皇帝好きでレーニン嫌いな農民は白、レーニンを支持する者は赤、どっちも嫌いな者はどっちにも剣を振るうというように入り乱れた戦いです。しかしいくら共産主義の広がりを食い止めようとしても、ロシアの潮流は勢いを増すばかりで、あっけなくそのまま赤軍が勝利します。来年の暮れを見ればきっとわかりますよ。ロシア、ウクライナ、白ロシア、ザカフカスなどが、ソビエト社会主義共和国連邦創設の条約に調印することとなってますから。略してソ連邦が誕生して、プロレタリアの一党独裁政権ができるのです。」
「いまの勢いならまぁありえなくもないだろうな。それぐらいの予想なら‥」
 中華民国の報道がどのていど老百姓(いっぱん市民)に知られているのだろうかと思っていたので、いまの譚の口ぶりからそれは知られた。
 壁に描かれた天女や官女や随臣の顔が神妙なものからいくぶん厳かな表情に変化したようにも見えた。
「ロシアで起きていることはここでひとまず置いて、つぎは中華民国のことを話しましょう。いま支那を取りまく政治情勢は、北京の軍閥政権で実権をにぎる直隷派の曹錕と呉佩孚の一派がありますね?そして南方には三民主義を唱える孫文の率いる一派もあります。いまこの二大勢力が、全国統一を争っている感がありますが、状況が変わります。ちかい将来に曹錕と呉佩孚との間に権力争いがはじまります。その機を突いて力を増すのが東北に蟠踞している張作霖です。でも張作霖はしばらくして列車に乗っているところを爆殺されます。支那では皇姑屯事件と呼ばれるもので今から七年後に起きます。孫文も革命が未完のまま病死します。時間が前後しますが孫文の死は四年後です。これら第一世代に続いて出てくる人物は、いまはまだ名声もさほどない蔣介石、この人は孫文に仕えた人で軍事に長けている人物とされています。まぁこの国において、皇帝を除けば上に立つ者はおおかた軍閥なんですけどね。いい例は、軍閥でない孫文が袁世凱に大統領の席を譲ったのもそういう事情じゃないですか。なんと言ったって暴力が物を言います。孫文はその意味で稀有な存在ですね。私の暮らす時代は文民統制が原則だから制服組のだれそれがどうのこうのと個人名が語られることはまずありません。話しをもどして、蔣介石とおなじく第二世代にでてくるのが張作霖の息子の張学良、父を亡くしたとき二十七歳ぐらいでした。それから説明を要しますが毛沢東というひと。これで役者がそろうわけです‥」
 そこまで私がしゃべったとき、譚永年が何かを思い出そうとするかのようにボソリと言った。
「MaoZaDong? どこかで聞いた名だなぁ。」
「譚さんなら耳にしているかもしれません毛沢東はここ湖南省の人ですから。まだ無名ともいえるひとですが、共産党の設立に参加したメンバーのひとりです。」
「共産主義者か。そのMaoZaDongってひとがこれから中華民国の歴史に関わってくるというのかい。」
「是的(さようです)。重要に関わってきます。三国志でいう曹操か劉備ってところでしょう。ゴメン、もうひとりの名は思いだせない。」
「孫権です。マオザードンとは、どんな字を書くんですか?」
 芥川が万年筆を指にくるくる回しながら聞いてきた。
「マオは毛髪の毛、ザーは水が流れ落ちる滝沢の沢の字、ドンは東西南北の東という字です。」
 芥川がノートに目を落としたので、私は続けた。
「蔣介石と張学良と毛沢東、この三つどもえに第四勢力として深く関わってくるのが、我が帝国ニッポンです。もともと親日派だった張作霖は、日本の軍事力をバックに東北で勢力を伸ばしたわけですが、彼はいまから七年後、さきほど言ったように列車ごと爆破されて殺されます。犯行におよんだのが日本陸軍です。詳しくいえば関東軍ですが、陸軍の中枢部から指示されたのではなく、満州にいた関東軍の暴走だったと言われています。そもそも日本は張作霖を利用して満州支配を目論んでいたのですが、張作霖はいう事を聞かない態度をとりはじめたのです。それが命取りとなったわけですが。とうしょ、事件の真相ははっきりわかりませんでした、わかるのは日中戦争が終わる二十年後に、おこなわれた裁判で証言が取れたことによってはじめて公けにされました。殺害事件後そっこく息子の学良が動きます‥ちょっと譚さん待ってください。戦争の決着については後にしておかないと話しが混乱しますから。」
 さきを急ごうとするので、断りをいれなければならなかった。
「まぁだいたいは関東軍がやったであろうという憶測が流れてはいたのですが‥ああ謝謝謝謝(芸者から酒を注がれたので礼を言っている)つまり張作霖の暗殺の真相です。息子の学良が態度を硬化するのはなりゆき、状況は一変します。」
 事件があったのが1928年六月四日で半年後の十二月二十九日に、学良は国民政府に服従すると発表したほどその転換は早かった。
「張作霖の死から八年後、1936年のことですが学良はもともと敵対関係にあった蔣介石との会談が実現し、手を組むことを提案しました。抗日へと舵がきられたわけですね。歴史の潮目が変わった瞬間です。ところが会談がおこなわれた直後に学良は蔣介石を監禁するという事件を起こします。これは西安事件と呼ばれるものです。その背景は、蔣介石が頑なまでに毛沢東ら共産主義者と戦うことにこだわろうとしたからです。」
「会談は不成功だったわけだ。」
「ここで張学良と蔣介石のことはいったん置きます。」
「為什麼(なぜ)?」
「時間が流れるのはふたりだけのことではないからです。ほかの動きやらも進めていかないと、話しが混乱します。」
「就是(たしかに)。」
「ではまず日本の計略から申しますと、万里の長城から外の満蒙と呼ばれる大平原を張作霖、長城の内側を蔣介石に支配させるつもりがあったようです。あくまで境界線はザックリですが。このように中華民国を二分割しておく方が日本の国益にかなうからです。張作霖はそれぐらいのことは知っていたと思いますよ。かれは鼻っから日本を信用してない、統一したい野望と相容れない納得いかない、ないないづくし。それで日本にそっぽを向こうとした。でもまだ蔣介石らと互角に戦うには後ろ楯も必要、ジレンマですね。いうことを聞くような聞かないような素ぶりで時間かせぎをしておいて、自分の力をつけてから、日本なしでやってゆこう‥と考えていた矢先。結果あのようなことに‥」
「張作霖と蔣介石ふたりを対立させると日本にどんな利益があるというんだい?」
 譚の質問に芥川が答えてくれた。
「それは君、広大な支那にはあらゆる地下資源があるからに決まってるからだよ。」
「どうも腑に落ちないなぁ。」
「考えてもみたまえ、支那がひとつに統一されるより国内でもめてくれているほうがなにかとつけ込むチャンスができるぢゃないか。」
 あとは私がひきとった。
「日本にかぎらず外国はみんなそのように考えます。古来からの常套手段です。ロシア内戦の例もそうですし、幕末の日本の状況がまさにそれでした。イギリスが薩長に武器を提供し、フランスは幕府に提供しました。ドイツ、ロシア、アメリカなどは特定の肩入れをしなかったということですが、成り行きを見ながらつねに食指を動かしていたのはたしかです。外交官どうしはチェスの駒を動かしながら、おぬしできるな、ぐらいな暗黙の了解です。土佐の坂本龍馬というひとはアーネストサトウという外交官に会ったり、グラバーという人物に接近して武器を流してもらってました。とうじのイギリスは世界でもこういう権謀術策において群鶏の一鶴、いちばんしたたかなチェスプレイヤーです。」
「阿片戦争にしろ、印度が英国の手に落ちたのも。」
 酩酊が芥川を包みこもうとしていた。杯をゆらしながら透明な液体をみつめている。
「まったくそのとおりです。それを学んだ日本はいま中華民国で似たことをしているのです。」
「おい芥川、職業作家としてどう思う?このひとの言ってること、君以上にプロットはすばらしいように思うが。」
 譚の問いかけに、芥川は苦笑して老酒をクッとあけた。
「もうひとりの主役について話さねばなりませんね。毛沢東は共産主義を掲げておもに農村を味方につけてゆく活動をしていました。大都市を一歩でれば農村です。兵士を募るのに銅羅や太鼓を鳴らしながら農村を賑やかに歩いたそうです。その音を聞いた農夫たちが我も我もと集まったというから、のどかじゃありませんか。思想の云々なんていりません、銅鑼の音で歴史は動きはじめます。」
「痛快だね。」
「マルクスを読んだことありますか?あんな分厚い本を読んだ日には首が曲がります。」
「国内でバタバタ騒乱がおきているときに落ちついて読めるかい。」
「でしょ、支那でさえそうなんだから、ロシア人で読んだのはレーニンだけですよ。ほかはみなウォッカ飲んで鯡の尻尾を齧ってるだけです。」
「それはまた言い過ぎ。」
「芥川くん、あなたの交流する作家たちでさえ源氏物語を完読理解した者は谷崎潤一郎と明石敏夫のふたりしかいないはずですよ確認してみてください。」
「あなたごじしん源氏物語を読まれましたか。」 
「もちろん読んでません。」
 芥川は苦笑した。なぜだか壁に描かれた天女や官女や随臣の目尻までもが下がった。それはあくまで私に感じるだけなのかも知れない。
「三国演義、水滸伝、金瓶梅、過去にはこれらの古典に手をだしたことがありましたが、どれもこれも腹立って途中で投げ捨てました。」
「腹が立った!あれらは大衆の読み物よ。知識分子のものじゃない。読んでないの?」
 知識分子はエリートの意味で、1990年前後に中国で出会ったおおかたのエリートたちは一般大衆と自身をはっきり線引きする方が多く見られた。もっとも当時は大学に通うひとが万人に一人ぐらいしかいなかった背景もあるが、大正十年のいまはなおさら意識は強い。
「暇してないですからね。だいいち人物の数や聞き慣れない名前が多すぎ。」
「芥川龍之介なんて名は、われわれ支那人にも聞き慣れないよ。」
「言いたいのはマルクス理論なんて知りません、私はね。」
「このひとじぶんに腹立ててる。」
 譚が芥川を見ながら苦笑する。
「肝要なのは、理知的にではなく空気というのか五感で感じとれるもの。ガツン!と突き通してくる単純明白なスローガン。たとえば、打倒カネ持ち!とか賃金あげろ!とかなんとか言えばいいんです。」
「啊呀。めちゃくちゃ。」
「めちゃくちゃでもないさ。政治スローガンなんてものは、このひとの言ってることのだいたいそのとおりだよ。」
「あるひとが毛沢東は詩人だとか言ってました。なるほどと思ったことでした。薄っぺらい冊子でポケットにも入るぐらいだから、畑仕事でもしながら読めるよう一行一行が簡潔に書かれてあるんだと思います。かれの〈毛沢東語録〉は阿片のように広まって読まれたそうです。羨ましいでしょ?」
 芥川に目を向けると意外にもあっさりした返答だった。
「僕も読んでみたい。」
「歳は芥川くんよりひとつ若い二十八ぐらいです。それこそ今年の十月に上海で第一回共産党大会が開かれる予定ですが、毛沢東は湖南省代表として出ることになっています。彼にとって実質のdebut となります。これ以降カリスマ性もあるんでしょうどんどん頭角を表してゆきます。」
「共産主義ガ、コノ中華民国デ広マルッテ?ソノシナリオハカナリ危険ダナ。」
 譚の日本語があやしくなってきた。芥川は美人の芸者から勧められて杯を重ねている。いつまで紳士然としていられるのか見ものだ。私も注がれて京荘花雕をちびちびひっかけながら話しつづけた。
「譚さんが恐れるほどのシナリオをもし私が創作したんだとすれば一級品ですね。でも残念ながら私が述べているのは創作じゃありません。ほぼ事実です。ほぼ、というのは私の憶測も含んでいるからウッイー‥」
 しゃっくりがでた。老酒は美味いが度数がきつい。
「ちょ‥張作霖が、あるいは学良が、胸の内で考えたことなんて本人以外わかりっこありませんからねウッイー‥そうそう芥川賞という権威ある文学賞があるんですよ。」
 話しが飛んだように思えるのはシナリオと創作という言葉がでてきたからだ。
「芥川賞?僕にちなんでのかい。」
「ウッイー‥もちろんですとも。芥川くんの功績は日本の文学界に不倒のウッイー‥不倒の金字塔を打ちたててますからね。」
「それは光栄です。」
「どこまで話しましたっけ?」
「毛沢東語録です。」
「そうそう語録だ、いやちがう。毛沢東語録が読まれたのはずーっと後の1960年代になってからのことですから、いったん忘れましょウッイー‥時間軸にそって進めますと、日本と中華民国の関係は目に見えて険悪になるのはとうぜんです。日中戦争へと突入することになりますが、その端緒となるのがウッイー‥端緒となるのが今から十年後に勃発する満州事変と呼ばれる事件です。関東軍の自作自演による満州鉄道の爆破事件ですウッイー‥これをきっかけに日本は満州一帯に軍隊を出動する口実が作れたわけです。そして迅速かつ強行に愛新覚羅溥儀、かれはいま北京の紫禁城に幽閉された状態にありますが、この溥儀をかつぎ出し擁立してとうとう満州国という日本の傀儡政権を樹立するんです。ウッイー‥でもそれらの動き、工作は全て世界から見透かされていました。とウッイー‥とくにアメリカは日本に対し、満州から軍を撤退するよう強く抗議や要求などをしてきます。経済封鎖という実力行使もつかって日本を脅しにかかります。圧力はそうとうなものでした。いっぽう、さきにも述べたように、父親の張作霖を殺害された張学良は、蔣介石といったん手を結んだわけですが、が学良としては、いまは中国人同士がウッイー‥戦っている場合ではなく、不退転の敵たる日本に、学良と蔣介石と毛沢東が糾合して戦うべきであると訴えたわけですがウッイー‥蔣介石はなかなか頭を縦に振りません。かれはもともと〈安内攘外〉といって、共産党軍をやっつけておいてから後で外敵の日本と戦おうと考えていたからです。そこへ、学良の提案を聞きつけた当の共産党側から周ウッイー‥周恩来という人が蔣介石にじきじきの説得にやって来たのです。周恩来は毛沢東の番頭役のような側近中の側近です。」
「是嗎、然後呢(そうか、それから)?」
「巧を奏してか、蔣介石はとうとうこれに同意し監禁から解放されます。これら三者は互いの戦いをいったんウッイー‥中断し、打倒日本という呼号 (スローガン)で日中は八年にも及ぶ泥沼の戦争となってゆきます。」
「ナカナカ複雑アルネ。」
「複雑あるよ。しかし張学良は西安事件を起こした罪ウッイー‥罪で軍法会議にかけられ身柄を拘束され、呆気なく歴史の表舞台から転げます。」
「為什麼(なぜ)?その、ウッイー、ナントカナラナイカ」
 日本語がわからないにもかかわらず、われわれのやりとりから芸者が気を利かして白湯を運んでくれた。形象文字を発明した中国人の作法で、手の指を折り曲げると人が膝まづいた形にみえ、それで卓子をコツコツ叩けば謝謝の意味になる。そうして白湯をひと口飲んだ。しゃっくりはぴたりとやまった。
「為什麼?そこがまた歴史の妙というわけです。ちょっとした判断ミスであっちにもこっちにも転がり始めるんですね。手を加えなくとも歴史はそのまま一級のシナリオです。学良としては大きな誤算だったでしょうね。歳が若いだけにみずから責任を果たす清廉なところが仇になったというか、蔣介石が劉邦なら学良はさながら項羽かな?勝手な想像ですが、学良は蔣介石と互角に戦える軍団をひきいていたぐらいですから、いずれ恩赦があり復帰する日がくるとみてのことだと思うのですが、振った賽の目は豚だった。」
「豚?」
 譚と芥川が同時に反応した。
「さぞかし無念でしょう。それを2025年の日本では豚と言います。」
 殊勝にも芥川はノートに書き取っている。
「蔣介石は総大将で学良よりも上にある立場のひとだから、その人物に対してクーデターまがいなことをすれば重罪です。ここに宗美齢という蔣介石の妻が登場してきます。名のとおり美しいひとです。三姉妹の末っ子で、この三姉妹はともに中国では〈超〉の字がつくほど有名かつ政治的影響力のある女史たちです。譚さんならご存知でしょ?」
「宗という名の有名な女性?政治的影響力のあるひと‥あぁハイハイ、宋慶齢なら知ってるね。孫文の太太(マダム)なら有名ね。」
「そのひとは姉にあたる次女で、その下の三女になるのが宗美齢です。十五年後に起きることなので、いまのこの時点ではそれほど有名にはなってないかもしれません。その宗美齢が学良の助命をするため夫、蔣介石の説得にあたりました。処刑は免れましたが、学良は生涯にわたって軟禁状態におかれることになります。歴史の表舞台に返り咲くことはありませんでした。蔣介石としても張学良を自由にさせるわけにいきません。日中戦争が片づけば再び剣を交えるなんてまっぴらごめんですからね。蔣介石は難を逃れた上に、ライバルも片づけられてホッとしたことでしょう。ちょっと待てよ‥」
 私はそこまで言いかけて、もういちど考えてみることにした。ひょっとして私の読みは間違っているかもしれない。学良は西安事件を起こす前から腹を決めていたんじゃないか、と。じつのところ大雑把な流れしか知らないから憶測でしゃべっている。
 父の仇討ちを晴らすため、おのれは身を引き、蔣介石に譲ったとも読める。じぶんは歳も若く、経験度や数でまさる兵士たちの信頼度も蔣介石が上。じぶんが立つより蔣介石がふさわしい。だから身を引こう。そうして毛沢東と協力して日本と戦ってほしい。そう願いを託して表舞台から降りることに決めた‥ありえる。
 ひとり物思いにひたっているところへだれかが入ってきた。
「ほらほらおでましよ。ちっとは私たちの相手もしてくださいましな。」
 とでも言ったのだろう。あの仕切り役の女が譚の杯に老酒を注ぎ足した。
 みんながいっそう賑やかに迎え始めているなか、入り口に背を向けて座っていた私は身体を雑巾のようにねじる必要があった。
 室内や調度品すべてがゆらゆら揺れている。
 女の顔は輪郭から目鼻立ちまでぼやけてはっきりしない。焦点が合わないので目をようく凝らして見なければならなかった。ようやく詳細が知れて了解したとき、とつぜんの仰天に床がぐにゃりと傾いた。と思ったせつな椅子から落ちていた。
「だいじょぶですか?」
 言葉とは裏腹に芥川は憐み一分、好奇二分、残り七分を滑稽そうな笑いで私の脇を支えた。この方は酔ってる?
「ずいぶん待たせたじゃねぇか、来ねぇと思ったよ。」
 譚は入り口に立つ新来の芸者にそのような抑揚で言ったようだ。手のひらで私らが日本人であることを紹介して、とくに私を露骨に指さした。そして譚がカラッカラッ笑うとみんなもカラッカラッ笑う。
 その芸者が空き椅子に座るまでの間とろ〜んとした時間が流れた。彼女はちょうど私の正面に腰掛けてほかの芸者から杯をもらっている。私の驚きはまだ収まらない。
 なんでヨーコが、別れた女房がここに来た?
 どこからどう見てもヨーコにちがいない。知り合った初対面のときのまんまだ。よしんば別人だというのなら目、眉、鼻、耳、口が定位置では無限に容貌を創造できない神さまの、忸怩たる気持ちが不憫でならない。
 待てよ、もしかして目の前にいるのは、ヨーコの一卵双生児?いやいや時代がちがうからありえない。ヨーコのご先祖と玉蘭のご先祖につながりがあるとみるほうが、百歩ゆずって現実的だ。
 芥川は例の〈湖南の扇〉で、「あの」女は円い風景の中にちょっと顔を横にしたまま、誰かの話を聞いていると見え、時々微笑を洩らしていた。頷の四角い彼女の顔はただ目の大きいという以外に格別美しいとは思われなかった云々‥、と述べている。
 何がそんなにおかしいのか。いまだに笑い続ける芥川をみて少々腹が立ってきた。縁が切れたとはいえ、元の女房を「格別美しいとは思わなかった」だなんてよくもしゃあしゃあと書けたもんだな。だいいちバッシャンバッシャン揺れるモーターボートの上からオペラグラス使って、やはりバッシャンバッシャン揺れるモーターボート上の玉蘭の顔を、睫毛が見えるほど鮮明な画像で見れるわけがない。しかも互いのボートはすれ違ったのだ。オペラグラスの度の調整をしてる間なんてあるもんか!。
「どうかしましたか。」
 私の視線に気づいた芥川が話しかけてきた。
「いえ、ちょっと酔っただけです。」
 私がいっとき張学良のことで物思いに沈没していた間、というよりおそらく「豚」あたりからふたりは私の話しなどろくすっぽ聞いてない気がする。聞いていない間ふたりは何をしていたかというと、つぎのようなやりとりが交わされていた。やはり例の〈湖南の扇〉を借用してみる。

「ばか!何を話しているんだ?」
「なに、きょう嶽麓へ出かける途中、玉蘭に遇ったことを話しているんだ。それから‥‥」
 譚は上脣を嘗めながら、前よりも上きげんにつけ加えた。
「それから君は斬罪というものを見たがっていることを話しているんだ」
「なんだ、つまらない」
「じゃこれもつまらないか?」
 譚は後ろにいた仕切り役の女の手から小さい紙包みを一つ受け取り、得々とそれをひろげだした。そのまた紙の中には煎餅くらい大きい、チョコレートの色にひからびた、妙なものが一枚包んであった。
「なんだ、それは?」
「これか?これはただのビスケットだがね。‥‥そら、さっき黄六一という土匪の頭目の話をしたろう?あの黄の首の血をしみこませてあるんだ。これこそ日本じゃ見ることはできない」
「そんなものをまた何にするんだ?」
「何にするもんか?食うだけだよ。この辺じゃいまだにこれを食えば、無病息災になると思っているんだ。こんな迷信こそ国辱だね。僕などは医者という職業上、ずいぶんやかましくも言っているんだが‥‥」
「それは斬罪があるからだけさ。脳味噌の黒焼きなどは日本でも嚥んでいる」
「まさか」
「いや、まさかじゃない。僕も嚥んだ。もっとも子供のうちだったが。‥‥」

 会話の口調は、じっさいのところ老酒がまわって呂律のままならないものであったのはたしかだ。リアルさには欠けるが、小説の技巧上あのような表現がとられている。
 そこへヨーコが‥、玉蘭が入ってきたわけである。そしておったまげた私は芥川に助けおこしてもらった。
「だいじょぶですか、どうかしましたか。」
「いえ、ちょっと酔っただけです。」
「じゃひとつこれはどうだ?」
 譚が黄六一の血をしみ込ませてあるというあのビスケットを半分に折って黒ずんだ中身をみせてくれた。
「バカな。」
 芥川は横に首をふった。譚はカラッカラっと笑って、家に囲ったことのあるという林大嬌へも食べてみろよと促したが嫌がった。ひととおりほかの芸者らにもおなじことをした。いくら酔狂がさせることとはいえ、ひとの悪いことに玉蘭の目の前に差し出した。助けてやりたい気持ちになった。場合によっては譚を殴ろうと腹もくくった。
「私に見せてくれませんか。」
「じゃ半分。」
 投げて寄こされたビスケットが卓子の上で何分割かにわれた。伸ばしてそのひとかけらを手にしているときに、譚とひと言ふた言交わした玉蘭はビスケットを受け取ると、見守るみんなに静かな様子で語りはじめた。
「どうだ、通訳しようか?」
「頼む。」
 譚は逐語的に訳すから拙い日本語になるかもしれないと前もってことわりをしてから始めてくれた。
「わたしは喜んでわたしの愛する‥‥黄老爺の血を味わいます。‥‥あなたがたもどうかわたしのように、‥‥あなたがたの愛する人を、‥‥」
 このとき芥川は自身の体が震えるのを感じた。それは含芳という名の芸者が震える手で膝をおさえていたからだと述べたあと、玉蘭が美しい歯でビスケットを噛みはじめた‥‥
 小説はこの場面で終わっている。私は幕を下ろすわけにゆかない。仕切り役の女が玉蘭の背をさすり目配せで合図をおくると、楽器奏者らが胡弓の軽妙な曲を披露しはじめた。
「おい、酔ったか?」
「少しな。」
「サエグサさん、僕は医者だ。こんどは融通無碍の想像力で百年後の医学はどうなってるか占ってもらいたいな。」
 占いかぁ、‥ヨッシャ!
 譚は殺気を感じとってたはずなのに、さっぱり忘れたかのようにエビをぱくりと口にいれた。
 いっときの感情とはいえ、このひとを殴ろうとしたじぶんが恥ずかしく思えた。ひときわ大きな目玉と目が会えばいまだに気圧されもするが、淡白な譚の性格が気に入ったし、感情的になったことの償いの気持ちもある。なによりその一幕があったればこそ、互いがうち解けあう雰囲気もでてきたようにも思う。
「それでは融通無碍に医学を占ってみましょうか。もちろん癌治療や心臓、脳外科などはいまより格段の進歩があります。ながい経験の蓄積と数据(データ)から導かれた知識や理論にくわえて、開発された医療器具や医薬品が医者の技術を助けたり押しあげますからね。臓器移植なんてことも新聞(ニュース)になります。もっと未来にゆけば、栄養や酸素を補充できるような技術ができて、人間の存在はフラスコのなかに液体で満たされた脳だけ、という日がきっとくるでしょう。」
 私たち現代人が百年後の未来人から、フラスコ脳が実現化されたと聞かされたならば、ありえるかも、と思ったりもする。しかしいま目の前にいる芥川らの感覚は、ジェット推進力で人間が空中を飛んだり、人間に代わってロボットどうしの戦争などというものは単なる荒唐無稽にしか聞こえない。
「2025年日本国民の平均寿命は男女とも八十歳を越えてます。だれだったか、芥川くんと同時代ぐらいな作家が、四十過ぎの老人が云々‥などと書いてありましたが、四十過ぎなんて鼻垂れ小僧ですよ。」
「鼻垂れ老人?」
「老人じゃなくて、小僧です。ポンチ絵しか読んでませんから。日本が世界に向けて自慢できることのなかでも筆頭です。」
 二十九歳の芥川には新鮮な驚きだったかどうかわからない。そもそも私がこれから書こうとする未来小説の構想と青写真を聞かされているという態度なのだから。
「ポンチ絵だろうが文字が読めるだけでもめっけもんさ。この国は文盲がまだまだたくさんあるからな。」
 譚は杯をグッと空けて芸者に注げとばかり突き出した。
「そんなに憤ることもないさ。識字率をあげる最大の功績が哪辺にあるのか?の意識の持ちようだからな。悟性も定見も身に添わなきゃ文盲となんら変わりはない。」
「だれかが本に書いてありました、啓蒙とは未成年状態からの脱出である云々と。幼児のように他人の指導を受けないとじぶんの生くべき道が不知道(わからない)では、文字が読めたところで点点点ですからね。ポンチ絵ばかり読むひとみんながそうだと言うつもりもないけど、芥川くんがいま言った意味をよくよく理解すれば、ポンチ絵を読む時間なんてありません。」
「でも考えてみるあるよ。悟性や定見などというものは、君のように小説書く人種ならまだしもだよ、生活の役にたたなけりゃ十中八九だれも関心を払いっこないあるよ。このひとがさっきも言ったばかりじゃないか、小難しい書物なんていらない、みたいなことを、忘れたか?」
「マルクス理論ね。あれはよっぽど暇がなければ読めないし、難しそうだから。ひとびとが求めるものはパンと仕事です。そこだけ押さえればいいんじゃないんですか、と。」
「あと博打と娯楽だね。我們 がここにこうしてくだを巻いているのは何だ?」
 たしかにガス抜きは大事。芸者たちもカードゲームを始めている。
「とやかく他人のやることに言えた義理じゃないから止めにして、医学の話しにもどしましょう。2025年の未来では肺結核やマラリアや黒死病や梅毒などは根絶したか抗生物質で対処できていて大きな報道にもなりません。らい病患者はながらく偏見の目に晒されて隔離病棟に強制収容された時代がありました。このかたがたは社会の理解が進んでふつうに暮らしています。」
「ふつうに?」
 医者としては驚きかもしれない。
「ふつうです。このことは優性思想にも関連してきます。いまこの時代は優性主義が潮流かもしれませんけど、百年後の世界は正反対です。」
「真逆か。」
「言葉じたい死語です。そうなるには多くの血と涙が流れました。第二次世界大戦から人類が学んだ教訓のひとつにジェノサイドがあります。」
「ジェノサイド?初めて聞くが。」
「わかりやすくいえば虐殺のことです。優性思想と大きく関わりがありました。人間とはなんぞ、平等とはなんぞ、人間の尊厳は?、こういったことを再度ふかく考えることのきっかけになり、優性思想にも目を向けられました。」
「不錯(すばらしい)。ほかには?」
「ほかにはそうですね、新たな病原が発生してます。」
「新たな?」
「スペイン風邪にも似た流行性感冒です。鳥や豚やコウモリを病原とするもので、エイズと妙名された性病はアフリカの猿から由来していると聞きました。」
 大正のこの時代はまだインフルエンザという言葉はいっぱんに普及していなかった。スペイン風邪は大正七年から九年にかけて猛威をふるったばかりらしい。
「性病といえば僕がここに来るまえ、鎮江というところの金山寺に立ち寄ったとき全身体毛のない犬を見たよ。なんでも人間から移された梅毒犬だそうだ。」
「ほんとに!人間から移された梅毒犬?初耳です。」
「いやいや、獣姦なんて珍しくもないあるよ。コロンブスの船には牝豚を積んでたという話もあるくらいだからね。バイブルにもそういったことの禁止などという記述があるって聞いたよ。ってことは実際に行うひとがいた証拠だね。」
 医者だけあってネタは博学だ。このあと芥川が上海で耳にしたというくだりは文字にするのも憚れる内容だった。
「‥それがほんとうなら、おぞましくエグイですね。エグイからこの話はそれで〆にしましょう。とにかく新規な病気はあっという間に世界中へ広がりました。研究はされますが、新規ゆえにそのつどひっきりなしに取り組まねばなりません。動物由来の病原体以外にも、おふたりには想像もできない問題が持ちあがってきました。」
「それは?」
 筆まめな芥川はまた熱心にノートへ書きこんでいる。
「地球温暖化と呼ばれています。人類は産業の発展とともに膨大な酸素を消費してゆく過程で二酸化炭素を排出しつづけているので、地球全体が暖かくなっているんだそうです。発展に必要あるいは邪魔な理由から、南米の密林などで緑が伐り倒され温暖化に拍車がかかっているのも要因らしいです。それで北極南極の氷が解けはじめ、シベリアの凍土もチョモランマのような高山も雪氷が解けはじめています。それでどういうことが起こるでしょうか、ハイ問題。」
「わからない。」
 聡明な頭の持ちぬし芥川をして、即わからないと白状するところなどは素直だ。
「新規な病原体の発生です。」
「また新規か。新規の隊列行進だな。」
「事情がちがいます。何万年もの過去に閉じ込められた菌や微生物が、ながい眠りから目を覚ますのです。」
「パンドラの箱の開封。」
「まさしくパンドラの箱です。これらが私の住む時代から以降どう影響してくるのかは不明です。人類が亡びるかも。」
「滅亡論はいつの時代も必須の道具立てだね。それだからこそ人間は考えようとする。」
「過去におきてきた黒死病にしろ結核にしろ、これからおきようとする未知なる病気にしろ、自然界の摂理が働いています。」
「言われなくてもそうだね。」
「戦争はどうですか。」
「どうですかって、どうなんだい?」
「私が思うに、戦争も人間は自覚してないだけで摂理が働いていると考えてます。病原体だけでは人間の知恵によるワクチンなどの抵抗で数が減らないから。」
「戦争も人間の知恵でなくせるんじゃないか?」
「人間には病原体以上にやっかいなエゴがあるから無理でしょ。こればかりはワクチンも効きません。エゴと繁栄は一双鞋子(一対の靴)だと私は思ってます。」
「一双鞋子!」
「エゴを取除くことは人間の死を意味しませんか?、取除いたなら他の動物とおなじですよ。知恵の源はエゴからきてます。ライオンが人間を恐れるのは、力ではなく、その〈狡智〉。」
「ニーチェだな。」
「私はニーチェ信奉者ではないつもりだけど、正義の味方とは、つまるところ強い者が弱い者をやっつけるの意である、なんて面食らわされたら顎がはずれて茫然硬直‥」
「あんたの顎は健啖だよ。そもそも正義とはなんぞ?」
「いま言ったでしょ、強い者が弱い者をやっつけるって。ヒーローが負けたんじゃ話にならんでしょ。ニーチェの言では腕力暴力の強い者が、負かされてぐったり寝転ぶ相手へ片足あげて踏み台に、みずから筆を持ち歴史を書く。さらにはより高みへと登るためなのだ、と。いま譚さんのおっしゃった、そもそも正義とはなんですか?と、こちらから問い返したいぐらいです。なにが善なにが悪?、私の理解度はけっして高くないですが、ニーチェはそのようなニュアンスで言ってるように聞こえます。言葉尻の切り取りだけど、毛沢東が「革命とは暴力」、マックスヴェバーが「権力は暴力」とか言ってました。ました?」
 時間的にまだ未然形かもしれない。
「‥と、かれらは近い将来に言う予定になってます、あーしんど。切り取りだから前後に文章があるので、ひっくるめて読まないと理解はできないでしょうけどね。」
「暴力が正義だなんて、人間として悲しい情けないよ。ワクチン作ろうよ。」
「譚さんのその気持ちが正義です。ワクチンを作ろうと模索してます。でもさ出来上がるまで現実をみなきゃ。古今東西の歴史ってあらゆる国家にしろ王朝にしろ、それらの始まりは暴力によるものじゃないですか。人徳で王朝をつくれたなら、草分けの孔子みずから大王になれてたでしょ。でも事実は、暴君かもしれない王様たちに、面倒みてくれませんか、って就職先を訪ね歩いてたってんだから、‥‥だいたい人格者には貧乏が多い。」
「それはしかし歴史と正義は分ける必要があるよ。いま言った孔子の例がいい提示(ヒント)じゃないか。阿片戦争をどう思う。英国は植民地の印度から阿片をいっぱい清国へ持ち込んで金儲けしてだね、清国は中毒者が人民に広がるのをおそれて阻止しようとしたら戦争になって負けた。勝利した英国に正義があったと言うんかい?」
「賛成ではありますが、英国を非難したり誹ったり諌めたり、言葉だけじゃなくて身体を張って立ち塞がった国がありましたか?清国を助け起こしてくれた国はありましたか?」
「それはないようだが‥」
 押しでの強いひときわ大きな目玉が、心もちショボンとした。
「振り出しに戻って、では正義とは何ぞ?」
「サエグサさんのいうように、知恵も悪知恵も同根のエゴから派生していると仮定してみれば、エゴを攻撃しようと試みる正義なるものは、悪もだが、存在自体成り立たなくなるんぢゃないかな。それらを取り除けば、やはり言われたように、人間の死を意味して、他の動物とおなじになる。」
 言われてみればたしかに‥‥エゴと正義と悪は三位一体。だから、なにが善?なにが悪?と考えようとするたびに混乱を招いてきた。
 ひとつのものを、我々は正義だの悪だのエゴだのと個別に解き明かそうとしたところに困難が生じた。
 〈ひとつ〉なるものは言いかえれば、つまり人間。
 これは大なる発見ではないだろうか。
 結論は平凡、しかしそこに至るプロセスが大事。
 私はニーチェを読み落としていたかもしれない。日本語に訳された本でも、難読に書かれてある。他のだれか哲学者でこんなことを言っているひといたかしらん?
 しばし沈黙が流れた。
「芥川くんのご意見はしかと承りました。尊重いたします。しかし、それでは話がすべてストップしてしまいます。知恵も悪知恵も同根のエゴから派生しているという仮定はチョンボにしておきましょう。では悪とは何ぞ、から始めてみましょうか。」
 議論等を進めるときに、場の空気を読まない方の意見のなかに〈それを言っちゃぁお終いよ〉というのがままある。
「そりゃあ秩序を乱す者に決まってるだろ。黄六一がいい例だ。」
「張作霖はどうだ、貧しい農家に生まれて博打に明け暮れ成人してから馬賊の親玉になったと聞く。つまり匪賊あがりだ。黄六一の何処と違いがある?」
「黄は秩序を乱した、張は秩序を築こうとした。」
「秩序を管理監督する者は誰だ?」
「国家や王朝だ。」
「秩序を具体的に実行するには?」
「力と道徳だろう。」
「力とはすなわち暴力と認めるか?」
「相手が暴力なら、こちらも暴力にでるからそうなるな、是的(イエスだ)。」
「もし暴力が互角なら、さきほどサエグサさんが言われたライオンが恐れる〈狡智〉の意味が見えはしないか。そして狡智はエゴイズムから来ている。勘定は合う。」
「それが方程式か。」
「言ったのは私じゃありませんけどね。いま道徳が出たけどニーチェは君主道徳と奴隷道徳のことを述べてます。」
「どういう意味だい。」
 芥川は口をださずにいる態だ。
「キリスト教圏のひとだから、日曜礼拝を引き合いにだして、そこで行われる教説はすべて社会の底辺にいるひとびと向け用のものであるというんです。」
「社会の底辺にいるひと向け?」
「そういう従うべき人が身につけりゃいい道徳なのだと、ニーチェはこれを名付けて奴隷道徳と‥」
「等一下(ちょっと待って)。宗教は道徳か?」
「道徳でもあり、政治でもあり、哲学でもある、と思ってますよ私はね。道徳倫理と因果応報など私も〈支持〉します。でもいま語ろうとするのは、そういった個人の思いとは別個の視点から眺めようと試みているのです。お間違いないように。」
 そう答えると、譚は目玉をギョロリとさせて腕組みした。
 中国には仏教はもちろん回教、キリスト教等々あるが、私の見るところ道祖神を祀るものが圧倒的に多い。
 安全と健康とお金、それらを人間が望むことはけっして悪くはないと思っている。日照りが続けば雨の一滴でも降ってほしいと願う農家の気持ちはとうぜんだ。。
「ひとつに奴隷道徳あれば、もういっぽうには絶対的存在としての自己中心的な君主がいて、大勢のひとびとに命令などする。これを君主道徳と呼んでいます。そしてニーチェは、じぶん以外の人民は奴隷道徳を学ぶがいい、しかしじぶんは君主道徳を身に纏う、と。ふたつの道徳を合体させたら全体像が見えてきます。」
「人民は君主好きっていうひとが意外と多いからなぁ。」
「仰ぐ存在がないと安心できないように学習させられて育つからだ。僕もニーチェを読んでるから知っているんだが、そこにはこう書いてある。奴隷は君主を必要とする。」
〈学習させられて〉のところに芥川の悲哀と腹立たしさが滲みでているように聞こえた。。まさに大正十年という時代を、言葉のなかに見た気がした。
「奴隷になるよう仕向けるってことか。しかしさ、欧州じゃ国家君主はひっきりなしに入れ替わるよな。」
「イエスキリストは不滅ですから、新たな君主はときどき教会と摩擦することもありますが、ほぼそのままキリストを温存します。君主は構造的なその役割り、奴隷道徳教育を担ってくれているキリスト教を保護したいと考えるからです。ただし、歴代の君主たちがどこまでその構造なるものを理解していたかどうかは、ニーチェの知るところではありません。」
「サエグサさんの言う意味、とりあえず理解したことにするよ。」
「片棒を担ぐキリスト教を、ニーチェは大胆にも否定しているのです、神は死んだ、と。本人はキリスト教社会の真っ只中で生きながらです。」
「そのひと猶太人(ユダヤ人)?」
「いいえ、関係はないようですが、ヨーロッパ人が眉をひそめたり目を背けたりするユダヤ人を、ニーチェは礼賛してます。バイブルにしても旧約を誉めたたえ、新訳を冷笑するなどして、度胸の座った哲学者ですね。」
「真の学者とはそう来なくっちゃいけない。大衆に媚びたり権威になびいたり追従するのは二流だね。」
「おいおい、それぢゃあ僕みたいな売文家は二流とでも言ってるように聞こえるぢゃないか。」
「聞かせたんだ。君は大衆に媚びてるのかい。ならば辞めちまえ。」
 譚はまたあの調子の大きな目玉で愉快そうにカラッカラッと笑った。
「媚びてはいないつもりだが、出版社にはそれに近いものがないとも言えない。脱稿するのに手間取ったりしたらいい顔はされない。あちらにはスポンサーがついたりもするからな。新聞社などはなおさらだ。」
 芥川は注がれた杯に口もつけず、膝の上に置かれた含芳の手と、手のひらを重ね合わせた。
「金を出すが口も出すってことだな。スポンサーと政府は持ちつ持たれつの関係だし、意向をまるっきり無視するわけにもいくまい。気の毒な芥川龍之介くんに、カンパーイ!」
 ヘミングウェイのNo man is an island(なんぴとも孤島では〈生きられ〉ない)の一節が頭に浮かぶ。畢竟ニーチェは発狂して死んだ。
「ひとは牢獄、これも秩序の一断面ですね。それらのことも含めて、こういった先人らの考えたことを咀嚼して消化し血や肉にしてから、つぎは他力でなく自力で、グロテスクでもいいからひり出せないものかな?などと日ごろ模索するんですが。」
「臭くても、自力でそれが出せたら立派な哲学家だ。」
「知恵で戦争をなくせるんじゃないかとおっしゃったようなことも、障壁のニーチェを乗り越え、むこう側に飛び降り、きちんとした鞋子に履き変えたなら、じぶんもきっと歩けるようになる。」
「言葉あそびしてるようだな。でもさ、かりにあんたが言うようなエゴが知恵の産みの親としてもだよ、だからといって戦争を食い止められないと諦めてはダメじゃないか。ボクは医者の端くれだから言うんだが、諦めないことこそ人間だ、希望を持ちたいあるよ。子がいずれ親を乗り越えるときが来るみたいに、だ。」
「おっしゃるとおり。私はニヒリズムですから、現実を冷めた目で突っぱねるのが信条なので‥。」
 話をもどすようだが、と前置きした芥川が言う。
「自然の法則はなにも淘汰とかぎるものでもないともいえないのでは。」
 ないともいえない、などという言い回しは、実に紛らわしい。
「つまり摂理とは、必ずしも人口を減少させることだけではないってこと?」
「諸行無常といえば詭弁に聞こえるかもしれないが、人頭の増減も依拠摂理。」
 さすが芥川くん、みごとな体言止め。柔の一本背負い。つまりどっちに転ぼうが摂理?、諸行無常だの人頭だの依拠だのといわれても酔った頭には言葉それじたいむずかしい。
「解読失敗!つぎ行きましょう。」
 どこまで話してたっけ、そうだ!
「地球温暖化のいっぽうで興味深い発見もありました。ハイなんでしょう。」
 小学校の先生になった気分がした。どうじに、こういうやりとりは相手に失礼だ。考える時間を待たずに続けたほうがいい。
「それはヨーロッパのスイスとイタリアの国境あたり、万年雪を冠るアルプス山脈の高山で五000年前の原始人が保存のいい状態で発見されました。またシベリアの凍土では絶滅した四、五万年前のマンモスがやはり凍結した状態で発見されています。遺伝子の研究が進んでこれらの遺体からおなじ生き物を複製することも可能となりました。すごいでしょ。」
 このふたりなら私の語ることはだいたい理解するだろう。
「生物を複製するというアイデアはおもしろいです。医学の方面はおおよそわかりました。社会の様相はどうですか。」
 そろそろ飽きたかな?、たしかに文筆家なら社会のことに関心があるだろう。
「そうですね‥世界の人口は八十億を越えてます。支那は四億の民などと呼ばれているようですが、百年後には三倍の約十二億、印度もほぼおなじぐらいで日本はその‥‥東京大阪北京上海のような大都会では世界中どこも超高層ビルヂングが‥‥馬や牛や豚や駱駝や人力車や乞食は街角から消えて、電車地下鉄自家用車‥‥農場や水産業は機械化がすすみ食糧はふんだんに手に入り‥‥電視(テレビ)なる活動写真箱が各家庭の茶の間に‥‥月面に人類が降り立ち、宇宙基地が地球を周回し‥‥雪隠はお尻を洗い‥‥Open Sesameなどと呪文を唱えずとも扉は勝手に‥‥押し鈴ひとつで湯のでる水道、風呂、室内冷暖房‥‥歩きながら地球の裏側にいる恋人と電話し‥‥電脳(コンピューター)なるものが人間の代わりに考えたり働いて、工場労働者はいなくなりホワイトカラーも‥‥人型機器人(人型ロボット)が街なかや家庭のなかで活躍し始めようとして‥‥サイフは垃圾桶(ゴミばこ)へ投げすて、お金の流通は紙幣や硬貨という現物が姿を消そうというありようで‥‥とにかくすべてが便利極まりなくなりました。おふたりとも話聞いてますか?」
 譚と芥川のフーッというため息は、私が未来からやってきたことをようやく信じてくれるようになったなによりもの明かしだ。
「おい、芥川。このひとを一番弟子にしてやれ。尻を洗う雪隠なんて愉快な妙案じゃないか。でもこういう発明は人類が月面に降り立つより後というのはヘンテコリンだから、時間軸の順序を逆にしたほうがいいってことを指摘しておくあるよ。それにしても芥川、こういった発想がお前にもあればぐっと評価はあがるぜ。サエグサさん、百年後なんてボクらは生きてないよ。たしか張学良が豚をどうとか言ったね。」
「あ〜あれ、豚ね。」
 私がため息をつく番だった。
「張学良の振った賽の目は豚でした。が、蔣介石と毛沢東は停戦し、抗日で戦うことになります。が、そのまえに日本はアメリカと事を構えようとします。満州事変のことはさきに言いましたね覚えてます?日本の関東軍の自作自演による満州鉄道の爆破事件のことです、これを口実に、日本が満州へ軍の派遣をしました、いまから十年後の1931年のことです。」
 濫觴はこのころと見ていいだろう。
「日本のそれへの対応をめぐって国際連盟、おもに英米だと思いますが、とくにアメリカは日本を経済封鎖で追い込んでゆきます‥」
 理由は日本が中国に進出して勝手放題することが面白くなかった。
「でもね、アメリカは日本が中国大陸で展開しているのとおなじようなことを南米でもしてるでしょ?」
「モンロー政策のことですか。」
 芥川が煙そうな顔して煙草の煙を吐き出した。
「おい、さっきからケチなもの吸ってないで、これを吸え。」
 譚が支那服の隠しから手品のようにハバナ葉巻をだして見せ、私にも呉れた。
 いつの間にか卓子の上は杯とツマミを残してあらかた片づけられていた。三人ともすでに胃袋がいっぱいで老酒もひと休みしている。
 芸者たちはおしゃべりに夢中で、胡弓の楽団もおすそ分けの杯と料理を食べながら雑談をしている。芸者から火をもらい、ハバナとやらを燻らした。
「アメリカはだいたいそういう体質の国のようですね‥」
 否、日本も他国のことを言えた義理じゃないな。
「譚さんには不快な歴史かもしれませんが、朝鮮半島で農民動乱がおきたとき、伝統的な宗主国として清国が内政干渉しようとしたところへ、日本も朝鮮に影響力を持ちたい一念に干渉して日清戦争になった。けっかはいまあるように台湾島を賠償金といっしょに日本がもらい受けたんですからね。」
「いまの中華民国は政治がいちばんの問題だな。人口も多いからね。解決は不容易(よういでない)。」
 かれのなかにはいろいろ思うこともあろう。政治は国民感情を刺激する。日本人とこのように飲食することを嫌う中国人は少なからずいる。反日のスローガンが叫ばれデモ活動もあると聞く。日本国内でも中国、朝鮮のひとびとを蔑む目で見るひとたちはいる。似た顔つき似た文化だけどどこがそうさせるのか。
 体内に異物が侵入すると白血球やらが貪食するように、脳思考もおなじような働きをするものなのか。でも不思議と日本を含めアジア全体はおおむねアングロサクソンのようなまるっきり容貌の違う人種や国家に対して許容する態度を示す。
 中国の日本に対する感情は歴史的背景をみればわからなくもない。が、阿片戦争の相手国イギリスには声高に叫ばないのはなぜだろう。
「たしかに、でも譚さんの国にかぎったことじゃない。世界中どこも政治は多くの問題を抱えていますよ。アメリカをご覧ください、奴隷解放から六十年たったというのに、いまだに有色は経済的、制度的に不当なあつかいを受けている有り様じゃないですか。話をもどしましょう。アメリカの統治者連は〈生理的〉に日本の存在は目障りで邪魔です。かつ自らアジアに進出して権益を確保したい思惑もあります。そこでペリーが徳川幕府にやったような一方的な要求を押しつけます。目的は日本の軍事力を削ぐこと。この時点からアメリカは、先のことを見越していました。みずから肩をぶつけて来てるわけですから。二度にわたる日米軍縮会議で、思惑どおり日本は軍備面で不利な条件を呑まされます。軍艦の規模やら数、砲弾の口径や数量とかいった細々したことを。そういう難癖つけられた日本はフラストレーションが溜まります。苛立つわけです。また国内世論がどんどん右傾化して国民から突き上げられるなか、もちろんこの右傾化は政府みずからしてきたことですが、おかしなことに刀の鍔に親指をかけたまま棒立ちの状態だったのです。」
 この前後の数年間は世界恐慌が吹き荒れて、深刻な状況に見舞われるという大変困窮した時代だった。東北や北陸のような寒村では、娘を借金のカタに遊郭などへ売ったなどの記事が新聞紙に載せられたりしたほどだ。
「加えて政治家らの腐敗やら汚職やらもあって国民の不満は発火点に達していました。芥川くん、犬養毅をご存知でしょ?」
「立憲国民党の党首ですね。」
「いまはそうです。が、十年後の1931年の暮れに首相になります。そのわずか五ヶ月後の翌年五月十五日に犬養は海軍の青年将校らによって暗殺されます。」
「暗殺される?」
「五・一五事件と呼ばれてます。犬養は国際協調路線派の中心的リーダーで、護憲派でもありました。その人物が暗殺された意味はその後の日本の行末を決定づけたのです。翌年の1933年に国際連盟から日本はとうとう脱退します。脱退後の国内は急速度に不穏な雲行きとなってゆきます。政党政治は否定され、政治の中枢からしりぞけられ超党派の大翼賛会というものが結成されます。」
「大翼賛会?」
「天皇が軍権を握る天皇中心の国家社会主義体制がつくりあげられるんです。ご一新以降の富国強兵路線が産み落とした卵からやっとこさ孵化したファシスト政権です。そこから日本はおなじファシスト政権のドイツ、イタリーと軍事同盟を結びます。この三ヵ国をだれが名づけたか枢軸国と呼ぶようになりました。いよいよ英米仏ソ連邦らを相手に第二次世界大戦の時代をむかえるわけです。」
「よく考えたねぇ。こんな未来小説だれも書けやしないあるよ。微に入り細に入り筋書きが複雑濃霧な感じがしてだね、你真是個奇才(あんたはあるしゅのてんさいだ)。」
 奇才とは畏れいる。
「私は作家じゃないし、才能があるとも思ってない。もしだれかがそんな希望に燃えて、芥川龍之介くんの作品を読んだりすれば、瀑布のような圧力で凹まされるのが落ちですよ。」
「それを誉め殺しといいます。」
「ずーっと後の時代に、黒澤明という映画監督が、芥川くんの書いた〈羅生門〉と〈藪の中〉をすばらしく混合再編して、羅生門というタイトル名の映画を作りました。世界的にも傑作と評価されたほどです。」
「〈羅生門〉は書いてるが、〈藪の中〉という作品は書いた覚えはない。」
「エッ、書いてない?、是非ともそれ書いてください傑作間違いないですから。もし書いてくれなきゃ黒澤明が困ります。」
「それはまた、でも‥」
「他にもですね、〈俊寛〉など良かったですよ。ご友人の菊池寛もおなじタイトル名の作品を書いてますけど、ここだけの話し、褒めちぎってばかりでこそばゆいかしりませんが、芥川くんのは人間心理を葉脈の細部まで描き込んであるようなところなど流石だなぁって好きです。菊池寛は〈忠直卿行状記〉が良かったなぁ。」
「何か勘違いされてるようです。」
「勘違い?」
「菊池はたしかに〈忠直卿行状記〉を何年か前に書いてます。しかしながら〈俊寛〉は僕じしん書いてないし、菊池の作品にも見た覚えはない。」
 ほぉ〜、ってことは、まだ先のことか?
「芥川くん、〈アグニの神〉、読ませてもらいましたよ。」
「それはありがとう。どうでしたか感想は。」
「ご本人を前に、私なぞが感想述べる輩じゃごさいません。しかし、たってのご希望とあれば致し方ありません。あの作品はちょっと毛色の違った感じがして、何か果敢な試みをされたかのようでした。チャンドラーっぽい犯罪物とサスペンスというのか、こう言っちゃ失礼ですが、平凡でした。芥川くんの作品にしてはという意味です。が、その冒頭のあたりで亜米利加人が‥」
「亜米利加人が、一体日米戦争はいつあるか、ということを印度人の婆さんに占ってもらう。そのことですね。」
 私の言い終わらないうちに芥川は、かれじしんの機微な想念に触れてきた。
「芥川くんの杞憂は現実のものとなりました。」
「しかも‥‥」
 壁面に描かれた天女や官女や随臣が元どおりの厳かな顔になっている。やはり気のせいか。
「日本はたいへんな戦争を強いられることになります。1937年からすでにアジア大陸で蔣介石や毛沢東らと泥沼の死闘をしているさなか、1941年には太平洋の南方でアメリカと、アジア南方では豪州や英仏など複数国家とも剣を交えるわけです。ソ連とは中立条約を結んであったのですが、いずれ戦うことは覚悟しなければならない相手です。」
「四面楚歌だな。」
「なかでも強力強大なアメリカがいちばん恐ろしい。」
「現実をみれば、日本がアメリカと戦争をするなんてシナリオはどうみても考えられないよ。そこは作家の作家たる異想だ、腕のみせどころだな。でもあんたならできるよ。」
「ありがとう。序二段あたりが横綱あいてに正攻法で相撲取ろうなんてできません。私は日本に猫だましの戦法を取らせます。」
「ネコダマ?」
「ハワイの真珠湾にある軍港へだしぬけに奇襲攻撃をします。だまし討ちの開戦です。」
「そうきたか!奇襲攻撃は孫子の兵法に書いてあるから中国人にはよく理解できる感覚あるよ。」
 支那ではすでにそれが日常茶飯になりつつある。
「でも地球規模の作法では禁じ手です。ほんらい作法にこだわる国民性ではあるんだけれど、禁じ手をつかわらざるを得なかった。」
「いいね、その窮屈そうな心理じつにいい。」
「いくら日本が奇襲直前に宣戦布告の電報を打ったと主張をしたところで、卑劣のそしりはまぬがれません。アメリカの国務長官が受け取ったときすでに攻撃がおこなわれてましたから。」
「うんうんそれで、日独伊の同盟国がなんだかんだとガンバリ見せて、めでたく大戦に勝ってだね、ユートピアがおとずれて終幕って?」
 急っつかせる譚を一瞥して、芥川へ向けて言った。
「敗北します。」
「敗北?日本が。」
 言われても芥川はピンとこないだろうけれど、翌年に生まれるまだ顔も見ぬ次男の多加志は学徒出陣でビルマに没している。もちろん本人に言うべくもない。
「ヨーロッパもアジアも酸鼻極める死闘がつづきました。序盤は日独伊が有利な戦況にありました。とくにドイツは破竹の勢いでほぼヨーロッパ全土、西はドーバー海峡、北はノルーウェイ、ロシアのモスクワ近郊まで、東はソ連邦スターリングバード、南はギリシャ、アフリカ北部領域へと侵攻しました。その戦況が急転するのは冬期にソ連との戦闘で深追いしすぎて、酷寒のなか兵士らが自滅したのと、フランスのノルマンディで連合軍に敗れたことといわれています。いっきに体勢をくずされた独伊は連合軍に降参します1945年のことです。とおく離れた日本だけ徹底抗戦をつづけました。ミッドウェイ、ガダルカナル、サイパン、レイテ、と移動をつづけながら強靭な日本人精神で斬り込みをかけましたが、物質で圧倒する巨体のアメリカに土俵際まで突き飛ばされます。爛々としたその目には、不意打ちの猫騙しにアメリカは本気で日本人の殲滅を狙うほどの恨みと復讐に燃えていました‥」
「これはリアルだ。アメリカの心理が如実に語られて好好(グッド)」
 窓ぎわに吊るされた鳥籠の鳥が、ひっきりなしに、渡した止まり木と金網の狭い空間を行ったり来たりしている。
「いっぱん市民に焼夷弾を落とします。無差別殺戮です。東京が焼け野原に、そのほかほぼ全域の主要都市も破壊され、沖縄本島に米軍が上陸したのは1945年四月一日、その四ヶ月後八月六日に広島、九日には長崎に人類史上はじめて放射能爆弾を投下します。それはそれは言葉にいい尽くせない破壊力がありました。焦熱の地獄絵だったそうです。たった二発で21万人ほどの市民が命を落とします。放射能爆弾にはA second kiss for Hirohito!とペイントしてありました。無礼にもほどがあります。とうとう日本は直後の十五日に無条件降伏します。降伏に至るにはこの強烈破壊兵器の投下が決定的だったと言われてはいますけれど、それより以前から勝敗は明白でした。あらゆる都市が焼け野原にされてたんですからね。民間人死者の数だけでも五0〜七0万人いたとされていて‥」
「等一下(ちょと待って)、そのシナリオおかしくないか。そこまで破壊されて人も大勢殺されて降伏しないという筋書きはリアルに欠けるあるよ。」
「リアル?じゃあ、こういうのはどうです、一億総玉砕。」
「イチオクソウギョクサイ?どういう意味だ。」
「日本人全員の最後の命が尽きるまで戦うってことです。」
「愚蠢的(バカな)!それこそリアルに欠けるじゃないか。」
「いやいやプロットは見事。このひとは反ユートピア小説として描こうとしてるんだ。」
 本腰いれて私の創作する未来小説なのだ、という立場から語り合うしかなさそうだ。
「反ユートピア?でも最終的には先にも述べたように、いま現在より遥かに豊かで高度に発展を遂げた未来社会に私たちは暮らすことになるので、むしろユートピア小説じゃないでしょうか。」
 言っているさなかからじぶんでもどこかしっくりこないものを感じている。
 芥川から私が2025年の未来からやってきたエビデンスを見せてくれと言われたとき、物的証拠品が手元になかったからこうして語りはじめたわけだが、どうしてあのときじぶんが身に着けている皮のライダーズジャケットやバットマンのロゴが印刷されたロングスリーブのTシャツにジーンズ、NIKEのシューズ、それらで確認させなかったのだろう。現にいまかれらの眼の網膜に映っているではないか。大正時代にバットマンのポンチ絵などはない。いまになって気づいたじぶんもどうかしている。
「私が未来からきた人間でなかったら、どうしてこのような服装してます?おかしいでしょ。」
 芥川と譚はきょとんとして互いを見合っている。
「わからないの?みえてないの。エッ!」
 私は嫌な予感に襲われて怖ぢ恐れながらじぶんの着ている服をみた。なんじゃこれ!支那服だ。長い支那服の裾からちらりと見えた素足は日本の下駄をつっかけている。チンドン屋か!
 私は目の端に、壁面の天女や官女や随臣たちが大口開けて笑ったように見えたから、なにか仕掛けでもあるのか確かめようとツカツカ歩いて壁の前に立ってしげしげ見た。だが仕掛けなどどこにも見当たらない。やはり私の気のせいだ、さいしょに見た絵となんら変わるところもない。
「じゃあ先を続けてよ。あんたの描くユートピアとやらを聞こうじゃないか。」
 私の心はユートピアどころの騒ぎではなかった。タイムスリップとはこういう妙チクリンな事が起きるのか?酔った勢いで支那服に着替えた覚えはない。
 ハッとして恐る恐る頭を触ってみた。大丈夫だ、ちゃんとある、弁髪だけは勘弁してくれ。
 心の動揺に整理がつくまで少々かかったが、実際の経過は数秒もたってない。まるでそのために用意された時間のよう。
「じゃぁ続けましょうか。」
 一連の数コマは譚も芥川にも白紙だったかのように流れる。
「中華民国の話がまだ済んでないですね。時間をまた1937年に戻します。西安事件が一段落してから支那は抗日機運がいっきに高まります。その年に盧溝橋事件なるものが勃発して日中は本格的な戦争がはじまりました。張作霖が爆殺されてから九年後で、学良としては父の無念を晴らすはじまりでもありました。毛沢東の共産党軍は蔣介石の国民革命軍に合体して八路軍と称され日本と戦います。じつは私の父が一兵卒としてこの八路軍を相手に戦っています。それからずっと前に別れた老婆(にょうぼう)、これは中国人でしたが、その父親がじつは八路軍の元兵士で、つまり父親どうしは敵と味方で戦っていたんです。」
 別れた元妻ヨーコといっとき神奈川に住んでいた。姓は楊といい、港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ、歌の文句ではないが韻を踏むから楊ヨーコと名乗らせた。
「じゃあんたはじぶんの父親と、別れた老婆を小説に登場させるつもりか?」
「構想のなかにはないけれど、いれるのも有りかな、跑龍套(エキストラ)でちょいとでる、どう?」
 しぜん私は玉蘭の美しい横顔に目がいった。透かして見えるほど薄い耳朶といい、揺れるトルコ石を嵌め込んだ銀の耳輪が凛として冷たく冴えるのは、笄を差し込んだアップの黒髪と白磁のような頸、その頸に触れたくても触れることの許されない息苦しい官能を誘っているからだ。

「どうしても行くんだな?」
「別管我 (ほっといて)。」
「なにが気にいらないんだ。行くのは止せ。」
「讓我自由(じゆうにさせて)!」

「自由さ。おい、あんただいじょぶか?」
 譚の声に意識が転びあがり私は現実にひきもどされた。
「だいじょうぶです。白湯をいただけますか。」
 譚が芸者らに伝えると、玉蘭が席から立ち上がって私のために白湯を用意してくれようとしている。
 この時代に魔法瓶でもあるのだろうか、伏せてあった湯呑みを手にして衝立の向こうへ消えた。容器を開閉するときの音や湯呑みのカタコトぶつかる小さな音だけがまわりの雑音を消して私の耳にはいる。
 やがて薄い珊瑚色の柔らかそうな手に湯呑みが握られてでてきた。
 あぁ湯呑みよ、湯呑みに私はなりたい。
 玉蘭はにっこり笑い、ハイお待たせ、と日本語ではない心の声で手渡してくれた。
 私は相手に気づかれないよう自然な手つきで軽く触れてみた。ヨーコあぁヨーコ!
「我好像在哪裡見過你(あなたとどこかで会ったことがある)。」
 エッ!どこでかしら?思いだそうとするあの懐かしい面影をやどして私を見てくれた。
 名前にたがわない峨眉、食虫植物を連想させる切長の目。なにかを探そうとしてもこの場を長引かせる言葉が見つからない。
「開玩笑啦(冗談でした)。」
 現実は皮肉にできている。心は空虚、顔に破顔してみせると玉蘭はくすりと笑い背を向けた。
 あぁ行かないでくれ!
 また私から離れてゆくのか‥‥
 エッ!
 玉蘭は胡弓を弾いていた演奏者のひとり、背の高い支那服の、棒のように立ってジッと私を見ていたあの男と、手に手を取って部屋から出て行こうとしている。
 どういうことだ。
「あれは玉蘭の新しい情夫さ、帰るというから帰らせた。」
 私の様子が情緒低落に見えたのか、譚が話しかけてきた。
 私はふたたび席を離れツカツカと壁面の前に立って、描かれてある天女や官女や随臣たちを見つめながら、頭の整理をするのに忙しかった。
 玉蘭はつい先日まで黄六一の情婦だったのではないのか?
 ビスケットは、黄の斬首にまつわるあの血のビスケットは、みんなを前に玉蘭の美しい歯で齧られた。新たな情夫というあの男もその一部始終を見ていた。
「わたしは喜んでわたしの愛する‥‥黄老爺の血を味わいます。」
 あの一場はいったい、
 あッ!
「先生先生、続きはどうなる。」
 譚は屈託ないようすで葉巻の煙をすぱすぱ天井に噴き上げている。
 玉蘭の新たな情夫とかいうあの男、さっきまで胡弓を演奏していたあの男、あの男とそっくりな人物の記憶が突如湧いてでた!‥‥
 
 神奈川に住んでいたころだからかなり歳月は経つ。
 ある土曜日の午後、妻のヨーコと港の見える丘公園近くのカフェで落ち合う約束がしてあった。ほんらい私の会社は休みなのだが、ちょいとした仕事を済ませに午前だけ職場へ行ってみると部下もいて、処理してくれるというので、それならばと時間は早いがカフェで本でも読みながらヨーコを待つことにしようと思い、向かうことにした。
 到着して店のドアを開けると、いつもよりめかし込んだヨーコの姿がもうあった。約束の時間より二時間も前だ。
「ずいぶん早いじゃないか。」
 そう言いながらヨーコのテーブルにつこうすると向かい合わせに知らない男性が座っていた。入り口からは死角の位置にあるので私からは見えなかったのだ。
 びっくりした様子のヨーコが取り繕うかのようにその人物を紹介してくれた。ヨーコの勤める派遣会社の関係先のどこかで働いている顔見知りの方だという。たまたまこの店で出くわして、しゃべっていたと弁明された。
 港の見える丘公園の近辺は散歩するひとも多く、カフェで知り合いとバッタリ会うのはままある話でもある。私は気にもかけなかった。
 その紹介された男性が、いま玉蘭と連れ立ったあの男と瓜二つなのだ。
 
「先生、続きは。」
 そりゃさ、この場を設けてくれたことはありがたいよ。玉蘭を呼んでくれたことにも感謝するよ。でもさ‥
 私は席にもどるとちゅう不意打ちを狙いサッと壁面の絵に振り返ったりしてみた。動いたような気配もあった気がしたが、気がするだけで、やはり酔っているんだと私じしんを納得させた。
「とうしょ日本は「対支一撃論」が謳われて、軍備で劣る八路軍を侮っていました。」
 でもさ、センシティブというかデリカシーというか欲しいよね‥
「思惑どおり主要都市は陥落しました。アメリカが日本に焼夷弾を落としたように日本も重慶、南京、広東、杭州などの都市部に無差別空爆します。」
 料理も酒も芸者もなにもかも申し分ない。予想外なのが玉蘭だ。それから‥
「しかし蔣介石らは拠点の移動をしながら、英米ソ連などの支援で抵抗をつづけ戦争は長期化しました。それと並行して日本はアメリカとも戦わねばならなくなったので、物資も人もなにもかも足りないから、勉学途上の大学生はもちろん、支配下にある朝鮮半島や台湾やその他のひとびとまで巻き込みながら適用適所に動員します。」
 それから‥
「国内では私の母が四国の田舎から岡山の軍需工場に行かされて兵隊さんの靴下かなんかを縫わされたそうです。食べざかりの十代後半にあった母は、食べるものもなくてひもじかった、なんて当時のことをよく聞かされて私は育ちました。」
「あんた母親まで動員してるよ。」
「なにもかも物語りの具材に投げ込むしかありません。それぐらい必死なわけです。」
 そ‥
「それから?」
「エッ?」
「あなたのお母様を毛沢東と結婚させますか、それとも蔣介石の第二婦人になさるおつもり?」
 なるほどそういう展開もおもしろいが。
「そのようなわけで日本が連合国にsurrenderして‥」
 世界にはおなじ顔をしたひとが五人いると聞く。あちこち遠出すればたしかにいた、というだけの話だ、玉蘭のことは金輪際忘れよう。
「‥武装解除されたのとどうじに日中戦争も終わります。それはまた蔣介石と毛沢東のカーン!、対戦ゴングでもありました。」
「なんだそのカーンてのは。」
 口が淋しいのか、譚は葉巻のつぎにひまわりの種を噛んでは皮をペッペッと床に吐いている。
「私の子供時代はプロレスという格闘技に人気があって、はじまりの合図に鐘を鳴らすんです。」
「嚆矢ってことか?未来社会はカーンと鐘の音が鳴って内戦がはじまるわけだ。ここんところもうちょっと創意(アイデア)の工夫が欲しいね。」
「そういうことです。呉越同舟で日本と戦っていたのが、嵐も去って陸地にあがればまた戦うわけです。」
「おなじ舟の上で戦ってたんでは転覆するわな。手っ取り早くいこう、蔣と毛どっちが勝つ?」
「行司軍配は〜〜赤でした!」
 芥川が飲みかけの酒といっしょにプッと吹き出した。ゲホゲホ息を整えるのもやっとのようだ。芸者の含芳がやわらかそうな手で甲斐甲斐しく背中をさすっている。芥川は既婚者だよな?いいのだろうか‥
「おい、大丈夫か。」
「なに、むせただけだ。」
「毛沢東に敗れた蔣介石らの一派は、日本の占領が解けた台湾島へ後退します。しかし毛沢東軍は追討することを諦めることにしました。」
「這裡終究是美國嗎?(やはりアメリカか?)」
「就是(さようです)。アメリカが大陸と台湾島を隔てる海峡に艦隊を張り付かせたからです。目的は共産主義の拡大を防ぐためと、朝鮮戦争が勃発したのが理由です。すぐさま蔣介石はアメリカと保険契約します。」
「いきなり商業めいたな、なんだそれ。」
「虎の威を借りるため相互防衛条約を結ぶんです。いっぽう朝鮮半島はコミニズムとキャピタリズムの代理戦争の様相となり毛沢東はそちらへ兵力を注ぎ込むことにしました。長年の戦争で疲れているうえに、まっすぐアメリカと戦う余力も、海空の軍事力もありませんから。」
「毛と蔣の戦いは止んだのかな?」
「是的(さようです)。戦争に明け暮れたのでみな疲れきってます。休ませておきましょう。日本はこの朝鮮戦争で特需がわいて、疲弊していた経済がよみがえりました。」
「火中の栗を拾えたわけだ。」
「アメリカさまさまです。戦争に直接関係しなければ、おいしい栗にありつけることを日本は学びました。」
「学ぶ姿勢だいじあるよ。」
 私は世界大戦後のことを滔々としゃべり続けた。朝鮮半島のこと、ベトナム戦争のこと、1989年にソ連邦が崩壊してから、世界で社会主義国を自認する国はひと握りしかなくなったことなど。
「ふりかえれば、二十世紀はマルクス理論からはじまった共産主義や社会主義の実践と実験そして失敗の百年だったと思います。」
「コミニズムにとっちゃ理想どおりにゆかず破綻に至ったわけだ。」
「人間は欲望というものがありますから、人よりも豊かになりたい、イデオロギー云々よりそっちのほうが優先します。大多数は理知より本能、資本主義は本能を燃料にして走ります。」
「利己主義というか、功利主義というか、まあそうだろうな。」
「ウォッカ飲んで鯡を食ってたロシア民衆や、銅鑼や太鼓の音を聞きつけて駆け寄った中国農民らはそれと知らず、よく考えず参加した。ブルジョアがプロレタリアに勝つのは当然かもしれません。」
「だから言わんこっちゃない、ちゃんとマルクスを読んでおけよ、ってあんた言いたいんだよね。そうしてあんたが読み解く未来はブルジョアが勝利するわけだ。してみるとボクは無産階級が圧倒的に数も多いから、未来予想するならばの話として、プロレタリアが勝利すると読むんだが、でもあんたは違ったな。」
「譚さんがどう思うか知りませんが、毛沢東の出現は中国の古い伝統文化を良くも悪くも破壊したという点で私は評価します。孫文が長生きするなら中国はどうなってたかわかりませんが。でも四年後に亡くなる方です。」
「良くも悪くも伝統文化を破壊した評価、というところを聞かせてもらえますか。」
「私の思うのは、共産主義というのは宗教を否定します。唯物論の立場にありますから。」
 マルクスを知らなくてもそれぐらいは常識。
「毛沢東が旧来の宗教を徹底的に批判、あるいは実際に神社仏閣を破壊したかどうかは知るところではありません。が、国家権力としてそういう意思を中国が持ったということに意味があります。国民の意識改革に、唯物論はたいへんな起爆材になったことでしょう。」
「でもさ、民衆に深く根づいた宗教はまず無くならないよ。良くも悪くも宗教のもつ精神的な縛りに安心するひとは多勢だからね。」
「譚さんのいうとおりでしょうね。でも聞いて、毛沢東の特筆は中国四千年の歴史上はじめてのことだということなんです。考えてもみてください、かつて古代文明の栄えた中国、印度、いまイギリスの統治下にあるメソポタミア(現イラク)、エジプト、これらの国々がなぜこの現代において、他の覇権国らに対して芳しくないか?」
 急な質問に頭のなかを整理しているのかふたりは黙ったままなので続けることにした。
「私の思うに、良くも悪くも偉大なる古代人の思考や栄光にいつまでもぶら下がっているからじゃないでしょうか。そのさいたるひとつが言ったとおり宗教です。願かけさえすればことごとくなんとやらと説く宗教家が、民衆の思考の発展を阻害して時間まで無駄にしてませんか?意識改革はまずそこからと私は思うのです。」
 異論があるかもしれない。宗教とともに哲学も発展してきたことも事実であろう。しかし宗教の頑固な教えは千年昔のひとも現代人も、教えのなかを一歩も外に出ることなく堂々めぐりしてはいないか?
 ちなみにエマニエルカントは、神仏に祈って御利益や何かを〈神に期待する〉者を〈唯心〉論者から除外して唯物論者の仲間に投げこんでいるが、それをすればほとんど残らないと思われる。イエスの生きた時代、イエスを取り巻く人口は数百万人いたとされる。そのなかでイエスに付き従った者はわずかに数十人。そういうパーセンテージが〈真に帰依する者〉の妥当な数字のよう。信仰はほんらい生やさしいものではない、ある種の狂気性を伴う。モーゼやイエスやムハンマドなどはそうした方々なのであって、信仰者の目をみてその目の中に狂気性が感じられなければ真の帰依者でないことを知るべきだ。ふつうの生活を営むような我々の、ポピュリズムの手垢をつけてゆけばゆくほど純粋性(狂気)は失われてゆく。
 神は〈人知を超えた存在〉と人は言う。気持ちはわからなくもない。ならば字義どおり、人間がどうやって神の考えていることを知ったのか理解したのか? 
 バイブルに書かれてあるような、救世主にお告げがあったと言われればそれまでだが、あなたにお告げはあったのか?あれば本物だ。
 古代ギリシャの神々は、おしゃべりしたり、ぶったり、人間のやるような立ち居振舞いなどして、人類が地球に産声をあげる以前のことをどうやって人間が知り得たか?
 取り組まねばならない謎は残されたまま。個人的には宇宙人の関与説に興味がある。
「四千年続いてきたそれを毛沢東はバッサリ断ち斬った。唯物論という青龍刀で。」
「大国アメリカはどうなんだい?キリスト教だよな。大統領が就任するときバイブルに手をおくじゃないか。」
「欧米人はご存知のとおり、ルネッサンスを経験してきてます。殻を破り、天動説を否定し、進化論を推してます。」
 欧州で展開されてきたルネッサンスの総体はそもそもが唯物論だ。現代を生きる我々はその湯船にどっぷり浸っているわけで、唯物論だの唯心論だのと議論じたいおかしな話ではある。歯が疼いて歯医者に駆け込むのは唯物論者で、南米の密林へ飛んで行ってタバコの煙を吹きかけてもらおうと考えるのは唯心論者。
「するとキリスト教は建前か?」
「就任式はセレモニーだからな。なんらかしらの形をとらなきゃってことだろ。大統領よりも偉い神さまにお出まし願い一役買っていただこうって寸法だ。」
 戦後の日本は畏れ多くも陛下がそれを御務めされている。
「それと政教分離の考えはまだ日も浅いでしょ。信教の自由という抜け道を用意してあるのはそのためじゃないでしょうか。宗教勢力は侮れないほどの力があるのは事実だし、言うまでもなくひとびとを統合しますから。」
 信者のひとりひとりは政治をしていないつもりでも、ひとつの価値観に大勢集えば、その状況自体が政治化するとみなすことはできる。スポーツや音楽イベントは例外。しかし芥川らの時代にこういう娯楽文化はまだない。
「とにかく毛沢東は古代思考を断ち斬った。それがあったればこそ、中国は他の古代文明国を差し置いて、たった数十年のちには世界の覇権国と堂々渡り合う国家に蘇ります。こんなことは芥川くんほどの秀才でさえできませんよ。」
 口数の多い譚に比べて黙りこみがちな芥川をもっと話しのなかへ引きずりこみたかった。
「良くも悪くも頭だけの問題いぜんに、支那のおかれた混沌とした時代状況へマルクス理論がでてきた、そういう条件の偶然性もありはしないだろうか。」
「時代が欲っしたってところでしょうか。もうひとつ毛の功績をあげれば、広大な土地所有者と、土地を持てない小作農とのあいだにある経済的縛りですね。それを解放したという点です。」
「地主と小作農の経済的縛りというのは日本もおなじではないかな?」
「おっしゃるとおり、日本もおなじように地主と小作農の状況があります。毛沢東のしたこととは、細かい点では相違もありますが、戦後の日本をアメリカが農地法改革するのと似ています。どちらも大規模な農地所有者がひだり団扇でいられなくなったという観点からみるならば。」
 未来からやってきた私が、大正時代という過去に生きている芥川らへ、これから起ころうとする出来事を伝えようとするときの時制文脈がややこしい。
「似たような社会か。」
「似て非なるものです。中国は農地を集団所有、日本は農地を小規模な個人所有にしたといったところです。中国の場合、国は個人の土地所有を認めません。そのかわり土地使用権を七十年とかに区切って売ります。使用権です。そういったところは共産のカラーをだしてます。でもね、ひとつだけまったくおなじ点があります。」
「なんだいそれは?」 
「暴力です。戦争という暴力が、これらを実行実現に至らせたという点です。」
「体制や制度を変えるというのはたいへんだよな。」
 そのためにひとは血を流したり、涙し苦しみ心ずたずたになりながら耐えなければならなかった。
「毛沢東は、そういう革命をした割には経済は行き詰まりました。大鍋飯といって、仕事の能力や貢献度に関係なくみんなでおなじ釜の飯を食うんです。だから努力するひとが損した気持ちになる。そういったことが共産主義の行き詰まった要因とも言われてます。」
 1991年の七月ごろ、私は西安にいた。知り合いと待ち合わせの時刻までぶらぶらと街を時間つぶしに歩いていた。が、あまりにもの猛暑で耐えきれず、空調の効いた大きなホテルのロビーへ逃げ込んだ。そしてソファに寛ぎながら涼をとっていた。目の前では三人の清掃係りらしきおばさんたちが等間隔で小さな椅子に腰掛け、タイル張りの壁面を雑巾がけしている。おのおの持参のガラス瓶に入ったお茶を飲んでは、なにかおしゃべりしながら作業をしている。終えるのに一時間を要し、腹でも減ったのか三人はのっそり立ちあがると連れ立って去った。労働嫌いな私でさえ一人で任されたなら五分もかからない作業だ。
「共産、社会主義がゆき詰まったとはいえ、2025年の中国は共産党がまだ政権をやってます。鄧小平というひとが、いまはフランスに苦学留学している二十歳前の青年です、パリにゆけば中華屋さんで餃子つくってるかもしませんよ、この方がずうーっとのちに最高実力者へ登りつめます。毛沢東の亡きあとです。かれは毛沢東のゆき詰まった共産主義路線を大きく修正します。言った言葉が名言でした。不管黑貓白貓,捉到老鼠就是好貓(黒猫だろうが白猫だろうが鼠を捕まえる猫が良い猫だ)と鶴の一声で、中国は変貌します。」
「不管黑貓白貓,捉到老鼠就是好貓。鶴の一声か、おもしろいこというね。餃子つくってるのかい?」
「さぁ知りません。ひとりの人物の一存で十億の国民が従う全体主義の驚嘆です。それ以降の中国は社会主義と資本主義の一国二制度を歩きます。政治は有無を言わせぬ一党独裁、経済は富める者から先に富め、そしてあとから追いつけ追い越せ、てなぐあい。」
「餃子の皇帝か。一国二制度ね、あんたうまい着地点こしらえたね。」
「ありがとう。2025年の中国は電脳(コンピューター)方面でアメリカ、日本、ロシア、印度、ヨーロッパ諸国と熾烈な技術競走をしてます。印度もそうですが、中国はなにしろ人口が多いから理系のひとの数も多いし、地下資源も豊富なので有利じゃないですか。」
「敗戦した日本をどう描くつもりです。」
「やはりまず憲法でしょう。リアル感をだすにはそこに手をつけないと。私の構想はこうです。戦争に勝利したアメリカは、みずから筆を持って打ち負かした相手国の秩序を描く権利を得たわけですから、ここにMという司令官を登場させます。まず新生の日本政府に骨格となる素案を書かせます。それを元に、M司令官は赤鉛筆をなめなめ加筆修正します。そうして出来上がった憲法を議会に通させます。日本国民がなんと言おうと呑まします。中身ですか?憲法は一条から八条を天皇について述べ、つづく九条に‥、もし芥川くんが未来小説作家としてユートピアを書くなら九条になにを書きますか?」
「僕なら‥、やはり作家の使命としては、平和を描きたいから、戦争放棄、いやいや、軍はやはり捨てるわけにもゆくまい、リアルさをだすなら‥‥」
「悩むところでしょう。でも日本国憲法を書くのはアメリカという想定であることをお忘れなく。おっしゃったように戦争放棄です。陸海空軍の不保持、交戦権の否認などと書かせます。アメリカとしては日本の軍事力を削いだままで置きたい。削がれた側は依存するしかない。一石二鳥です。これでなにが起こりますか?一から八条に天皇のことを書かせてますよ、意味は戦争に破れても皇統は存続する保障です。現人神とまで崇められた方ですから、日本国民が歓喜しないはずはありません。では九条はどうですか?戦争放棄で喜ぶのは革新派と呼ばれるひとたちですよね‥」
 語るうちに、大岡信の詩の一節が浮かんできた。
 
 大佐 大佐 大佐
 爆弾をつくるのはなぜですか?
 ピッ ピッ ピッ ピ
 そんなことがわからんのか諸君
 爆弾をつくるのは
 それを捨てるためにほかならん
 平和のために爆弾を捨てる
 爆弾はいつも足らんのだ
 平和がいつも足らんからな
 爆弾をつくれ!
 ピッ ピッ ピッ ピ
 おう大佐 大佐 大佐
 わたしがあなたの娘さんと
 暗いホテルで抱きあったのも
 彼女を捨てるためだったのか
 大佐 大佐 大佐
 あなたを愛しているのはわたしです
 それはあなたが爆弾にすぎないからである
 わたしはあなたを捨てねばならぬ
 それはサンスクリットの詩にも
 わたしの詩にも書いてある
 命令である
 
「‥覚えてますか、日本が中華民国で万里の長城からザックリ外側を張作霖、ザックリ内側を蔣介石に統治させようと目論んでいたことを。対立を煽って二分割してあるほうが軍基地を置いたりするのに都合いいからです。M司令官に、この統治する手法を応用させて日本国憲法を書かせない手はないですよね。保守の喜ぶこと、革新派の喜ぶこと、このふたつは外せないセット。そうして戦後の日本国内はこの左右二派閥が‥‥おとうさん、おとうさん‥‥」

「‥おとうさん、おきて、りんごむいて。」
 小学一年生の娘が胸にしがみついていた。私はソファに腰かけたままいつの間にか眠っていたらしい。
「ねぇってば、さっさとりんご。」
「わかったから、どいてくれなきゃ起きられないよ。」
 ようやく娘が離れてくれたのでソファから立ちあがることができた。同時にバサッとなにかが床に落ちた。かがんで拾いあげると太平広記の翻訳本だった。
「あっそうか。」。
「あっそうかじゃない、はやくして!」。
 私はこの翻訳本のなかに収録されている〈黄粱一睡の夢〉を途中のところまで読んでいるうちコトッと眠ってしまったらしい。しかもその物語どうように眠っていたのはわずかな時間だった。
 娘が学校からスクールバスで帰宅するのがほぼ毎日夕方の四時四十四、五分あたりで「ただいま!」の元気な声を耳にしている。帰ってきたなという朧げな意識を記憶して眠ったらしい。そしていま時計の針をみると五時を二、三分越したばかりで外はまだ夕陽が家をあかるく照らしていた。
 もう一冊見つけた。低いつくりのガラステーブルに、芥川龍之介の短篇ばかりが収められた読みかけの文庫本。挟みこんだ栞の箇所をひらいた。〈年末の一日〉の第一ページ目だ。それは〈湖南の扇〉の末尾からつづく数ページにしかならない小作品だった。
「もう、おとうさん、はやくりんご、は や く!」
 私はせっつかれるように台所へ向かった‥‥
 
 大正十四年某月某日、東京府北豊島郡滝野川町大字田端(現在の東京都北区田端)。
  あなた‥あなた‥
「‥あなたそろそろ起きてくださいまし。」
 妻、文の声に起こされた芥川龍之介はいつの間にか、じぶんが文机にもたげた様子で眠っていたことに気づいた。肩には半纏が掛けられている。
「菊池(寛)さんからお電話頂いてましたわよ。」
「菊池から、なんだって。」
「起こすのもなんだと思って、これこれこうなので、あとで伝えますのでと申しあげ、わたくしがご用件を伺っておきました。」
「だから、用件は?」
 文は背に背負った三男の也寸志を肩越しにあやしながら身体を揺らした。
「あなたってちっともおっしゃらないものですから、あたくしせっかく夕飯の支度まで済ませてしまいましたのに。」
 最近の芥川は男の子ばかり三人生まれてから少々倦怠気味だった。それは男の子が生まれたのが原因ではない。子育て中のだれもが経験する病気とまでいかない軽微なノイローゼといえた。長い観察から知るところでは、妻が一人称をわたくし、から、あたくし、に変わるのはナーバスな感情がこもっている。
「そうだった。あれと飲む約束がしてあった。いま何時だい?」
 問いながら目をこすり、文机にあるこれから取り掛かろうとする小説用の創作ノウトをぱらぱらめくった。
「店を変更するそうです。あなたに伝えてくれって。」
「変更、どこへ?」
「いま五時を過ぎたところよ。」
「君はなんだってそうトンチンカンな答えばかりするんだい。」
「時間を聞いたんでしょ。」
「それはふたつほど先に聞いたやつだ。」
「あらそうでしたわね、ぢゃあいまのはトンチンカンのことね‥エッ、ひとつ前?、そうそう場所のことでしたわ。菊池さんは、例のいつもの店で待ってる、と言えばわかるって、どうせ銀座のどこかでしょ。」
 妻のそれには答えず、芥川は五時過ぎならそろそろ腰をあげようか、と思ったところ、ノウトブックに記憶の定かでない文字があるのをみつけてハテ?と首を傾げた。
「どうかなさいましたか。」
「いやなに、新作の執筆をはじめようとしているんだが、創作ノウトをめくっていると、覚えのない文字があるんだ。でも筆跡は僕のだ。」
 書斎では子供たちに遊ばないよう言いきかせてあるし、妻にも子供たちを部屋に入れないよう口を酸っぱく言ってある。いたずら書きされたとしても長男はまだ五歳で、疑うまでもなくこの字はじぶんだとわかる。わからないのは書いた文字の記憶だ。
「見せてくだすってもよろしいかしら。」
 持ち歩いたせいで表紙のあちこちが傷んだA四ほどの創作ノウトは、四年前に中国を旅行したさいに、行く先々で目にした詩を写し取ったり、みずからも詩を書いたり、出来事や建物の構造とか由来とか拙い絵を描いたり、乗車券を糊付けたりして、備忘録といってもいい。
 これから書こうとしている新たな小説の舞台は長沙に滞在中の見聞したものを元に構想を練ろうとしていた。ページには日付、場所、人物名、訪問先等々が書いてある。移動しながらの書き付けなので乱雑な殴り書きもあれば文字だけ断片的に書いたりしている。あとで何のことかわかればいいのだ。が、このページだけはほとんどが白紙で、数字を入れても文字数は十二文字しかなく、ばらばらに互いが離れている。まるでパズルのようだ。覚えはまったくない。
 文が背中の也寸志を小刻みに揺らしながら上から覗きこむような格好で声にだして読んだ。
「豚、二、零、二、五、張、蔣、毛、チョンボ、‥‥あぁ、あのことね。」
「なんだいあのことって。まるで君は支那を旅行でもしたかのようだ。」
「ほら、いつだったか薬研堀に市が立ったときみんなで連れ立って行ったでしょ、願掛けしに。」
「薬研堀?それとこれとどんな関係があるって言うんだい。」
「あなたはいつもの不眠症だし、あたくしはあたくしで毎日毎日子の世話ばかりで家のなかにいるから、ちっとは息抜きもしたいぢゃありませんか。」
「それはそうだが、薬研堀がどうしたんだい。」
「あのときお店がいっぱい立ってたでしょ。覚えていらっしゃらないの?」
「あぁもちろん覚えているさ。それとこれとどういう関係か教えてくれないか。」
 もう、文は不平がましい嘆息を洩らしながら芥川の記憶を呼び戻そうとする。
「年が暮れようって季節なのに、めずらしく蜻蛉が飛んでたのを比呂志が指さして〈チョンボが飛んでる〉って言ったのがおかしくって、あなたはいつもの癖で書きとってたわ。そのあと、お爺さんが筵を敷いて豚の張りぼてを売ってるのを、これもまた比呂志が見て、きゅうに欲しがったのよ。駄々をこねられて往生したわ。高いものぢゃないけれど、物が大きくて人混みのなかぶつかったりしたらすぐ壊れるとおもったりもして、確か二〇銭から二五銭て大小あったわね。それでお仕舞いですことよ。」
 たしかに豚、二〇、二五、張、チョンボ、断片的に合っている。蔣の字の意味は筵だし納得はいった。ただひとつだけ不明な字がある。
「毛ってなんだろう。」
 文はいつもの相手を労わる優しい声を夫にかけた。
「あなたは毎朝ぼんやり不安そうな顔で、鏡見ながら、ちかごろ額の帝国が天辺へ勢力を広げている、って盛んに気にしてたんぢゃございませんこと。」
 芥川龍之介はスッくと立ち上がって菊池の待つ銀座のバーへ向かうことにした。
 
     終劇

 二千二十六年二月    藤村幸弘

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