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第1回 子どものためを思って「境界線」を越えている?―依存と自立の分かれ道①

    「わが子のために、できる限りのことをしてあげたい」

    親として自分の子を想うその気持ちが、
    気づかないうちに子どもの「領域」に
    土足で踏み込んでしまっているとしたら……。

    中学校で教員をしていた頃も伴走支援をしている今も、子育てにおける課題の根源にはいつも「境界線(バウンダリー)」の問題があります。

    この問題は、
    時に子どもの生命に関わる重大なテーマです。


    連載の第1回目は、
    境界線とはなにか?
    曖昧さがもたらす弊害

    について私の体験もご紹介しながらお伝えします。

    子どもとの境界線引けてますか?


    まずは、親子間の境界線が曖昧になっているというのはどういう状態のことを指すのか、いくつか例を挙げます。

    【感情】

    1. 子どもの感情を自分が引き受けなければいけないと思う。(泣いたり怒ったりしている時に放っておけない。)

    2. 子どもが自分と違う意見(「嫌だ」「こっちがいい」)を言うと、否定されたように感じてイラッとする。

    【行動や責任】

    1. 子どもの失敗や忘れ物を自分の「しつけ不足」や「管理不足」のせいだと思う。

    2. 子どもが自分でやるべきことを、先回りしてやってしまうことが多い

    3. 「あなたのためにやっているのに」という言葉が、つい口から出る、または、頭をよぎることが多い。

    【アイデンティティ】

    1. 子どもの成績や成功を自分の手柄や価値のように感じて誇らしく思う。

    2. 自分が過去に諦めた夢や希望を子どもに託して叶えてほしいと願う。

    3. 子どもに嫌われるのが怖くて必要な場面でもはっきりNOが言えない。

    👉私自身は特に行動・責任面での線引きが曖昧になりやすいという自覚があります。特に公共の場など、誰に何を言われたわけでもないのに、子どもに対して「これは他の人に迷惑になるからダメ!」と過剰に声をかけてしまうことがあります…。

    親子の境界線が曖昧な日本


    境界線やバウンダリーの概念は人権感覚と密接に関係するので、子供の人権が軽視されがちな日本では、親と子の間の境界線は曖昧になりやすいというそもそもの土壌があります。

    子どもを誰からも好かれる人格者に育てなければ
    親の社会的評価が下がる。


    子育てしていれば、誰しも一度はこんなプレッシャーを感じたことがあるのではないでしょうか。

    たまたま素直で親の指示が通りやすい子ならいいですが、
    発達特性があったり、そもそも自立心旺盛で「きかない」タイプの子だったりすると、
    「子どもに言うことも聞かせられない親」
    「子どもを甘やかしているダメな親だ」

    といった批判を受けたり、そんな気持ちになって
    親の人格ごと否定されたように感じることも少なくありません。(ここが苦しい…)

    親子の境界線が試される最も難しい場面


    境界線がもつれて対応が難しい場面のひとつに、
    子どもの自傷行為 があります。

    これまで入った支援の現場でも、
    我が子の自傷行為と向き合わねばならない親の苦しみは想像を絶するものがありました。

    目の前で我が子が自分を傷つけている。
    時にその身体からは血が流れている。
    このままではこの子は死んでしまうかもしれない。

    もしあなたがこんな場面に遭遇したら、
    どう対応するでしょうか。

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