
秋山くんと心のパンツ
「は?!勝手に話しかけんな。お前キモイんだよ。殺すぞ!!」
これは今からもうだいぶ前、
私が初めて教員になった年に当時中学3年生の秋山くん(仮)に初対面で言われた言葉。
当時の私は、多分相当にいけすかない教員だったと思う。
元々「先生」という職業が好きではなかったので、自分が嫌いだった先生のようにはなるまいと意気込んで学校現場に入ったものの、教員として自分に自信もなく、不安だらけの毎日。
ゴリゴリのバキバキに「先生」という鎧を纏ったまま生徒に関わっていた。
当時、大半の心優しい生徒たちは受け入れてくれたけれど、秋山くんは出会って数秒で私の「胡散臭さ」を見抜いた。
あれから時は流れ、
今年、息子が小学生になった。
今私は息子を通して
学校の「先生たち」を見ている。
当然のことながら、保護者の立場から見て
「おや?」と思う先生も中にはいる。
大人からすれば人当たりもいいし、
とても感じがいいけど、
なんとなくしっくりこない、違和感がある。
息子はそういうことにとても敏感なので、
大概そんな先生に対しては渋い顔をする。
「うーん、あの先生は苦手。(っていうか嫌い)」
先日、ママ同士のランチ会の際に、他の子達も息子と全く同じ評価をしていると聞き、
「やっぱり子ども達は同じ感覚なんだ」
と納得した。
子どもから好かれない先生には共通点がある。
私は「心のパンツ」と呼んでいるのだけど、
このパンツが脱げない人たちだ。
「先生」というパンツを履いたまま
「先生」の立場で関わろうとする。
立場で喋っていることを子どもは一瞬で見抜く。
当然子どもには響かないし、心を通じ合わせることは難しいので、信頼関係を築くのが難しくなる。
特に、生徒指導困難校と呼ばれるような学校や、特別支援学校にいる子どもたちは丸裸。
だからこちらもパンツを脱いで裸一貫で勝負しなければならない。
パンツを脱ぐというのは、すなわち、
「先生」ではなくひとりの人間として目の前の子どもと相対すること。
こういう学校では起きる事件もスケールが大きい。
対教師暴力も多かった。
先生でいたらやってられない。
こちらも人として、言うことは言わねばならない。
前出の秋山くんも在学中に2度ほど鑑別所へ送られてしまった。
ちなみに、この学校では1年間で10名を超す生徒が鑑別所・少年院送致になった(過去最高記録)
一方で、パンツを履いたままの先生が好まれる学校もある。
子どもたちもみんな「生徒」のパンツを履いている場合だ。
この場合、子どももパンツを脱ぎたくないので、先生にも脱ぐことを求めない。
お互いに学校の中ではパンツ履いたまま、
それなりにうまいことやりましょう、という暗黙の了解が得られている。
先生は先生然としていればいいし、
子どもの方も人間ではなくとことん「生徒」として振る舞う。
子どもの側は「生徒」でいられなくなると困るので、そこのギリギリを狙った、ひたすら幼稚で陰湿な悪事を働く。
こんな生徒がモグラ叩きのように出続ける(例えば暴力事件は起こさないけど、トイレの便器にトイレットペーパー詰めるとか、牛乳を窓から捨てるとか、電源スイッチ押し込むとか…)
そういうことが卒業間際まで繰り返され、卒業式の感動もあったもんじゃない。
この手の学校に赴任したときも、頑張って子どもの心のパンツは脱がして卒業させるがモットーだったけれど、恥ずかしがって最後まで脱げない子もまあまあいた。
さてさて話を息子の学校に戻す。
心のパンツを履いたままの先生がこれからどうなっていくのか。
理想は、
子どもたちが脱がせてあげることだと思う。
息子の通う学校は、子どもたちは基本裸族。
そもそも心のパンツ履けない子、履きたくない子。都会の学校で重ねばきの生活にしんどくなりこっちへきてからようやく解放された子。
そんなありのままの姿で学校生活を送る彼らを目の前に、先生はいつまでパンツを履いたままでいられるのか…。
今の私はちょっと意地悪な保護者目線で、この状況を少しワクワクしながら見守っている。
さぁ子ども達、頼んだぞ!
脱がせにいくんだ!
優しくね。
「先生」のパンツは
そのまま「親」のパンツにも置き換えられる。
ひとりの人間として子どもに向き合うこと。
これが出来ないと越えられない親子の壁みたいなのが、子育てシーンにおいては何度かくる。
親がモジモジして脱ぐのをためらったりすると
子どもは
「あっそ。そっちが脱ぐ気ないならもういいよ」
とどっかへ行ってしまうので、
時には大胆に思い切って脱いでみたほうがいい。
あの時
私の心のパンツを
手荒に脱がせた秋山くん。
そういえば、
秋山くんは卒業する時に
それまでの感謝の気持ちを込めて私に
貧乳ババア
というちっとも嬉しくないあだ名をプレゼントしてくれたんだった。
(よく見てんな。チッ)
でも私のそのあだ名を連呼しながら
秋山くんはメッチャ楽しそうに笑っていた。
10年前の成人式で会ったとき
すっかり好青年になっていて
「えー!?オレそんな失礼なこと言ってましたっけ!覚えてないっす」
なんて、すっとぼけていたけども。
彼のおかげで今がある。
ありがとう。
貧乳ババアは今日も元気だよ。