
神様にもらった才能が、刻み海苔だった件
サッカーにバレーボール。最近はスポーツが賑わっていますね。
私は正直、スポーツを熱心に観るタイプではありません。
でも夫はサッカーを始め、スポーツ全般大好き。
その影響で息子も一緒になって観戦するようになり、ワールドカップが始まると世界中のお仲間たちとともに寝不足と謎のハイテンションが続いています。
そんな息子たちの横で、画面の中を華麗に駆け回るサッカー選手を眺めながら、ふと昔読んだ本を思い出しました。
その本にはこんなことが書かれていました。
人は生まれる前に神様から一人ひとつ、誰にも負けない才能をもらって生まれてくる。
でも、生まれてくる時に何をもらったのか忘れてしまう。
だから人生をかけて、その才能を探していくのだと。
本当だとしたら、このサッカー選手たちは早いうちに神様からもらった才能に気づいた人たちなんだろうなと思う。
サッカーの才能かもしれない。
先を読む力かもしれない。
並外れた運動神経かもしれない。
好きなことを何年も頑張り続けられる力だったのかもしれない。
何にせよ、自分が持っているものに気づいて、それを磨き続けてきた人たちなんだろう。
じゃあ私は?
四十数年生きてきたけれど、今のところ思い当たるものがない。
文章を書くのは嫌いじゃない。
でも新聞記者さんや作家さんみたいに、人の心をわしづかみにする文章が書けるわけでもない。
今の仕事も嫌いじゃない。
でも特別な能力を発揮している気もしない。
学生時代は楽器もやっていた。
これは割と早い段階で「趣味だな」と気づいた。
神様、一体何をくれたんだろう。
そう考えていた時、学生時代のアルバイトのことを思い出した。
うどん屋さんで働いていた頃のこと。
ある日、発注ミスで冷やしうどんに欠かせない刻み海苔がない。
「板海苔切るしかない!」
みんなでキッチンばさみを持って、一斉にチョキチョキ切り始めた。
その時だった。
私、誰よりも速く、誰よりもきれいに刻める。
自分でもびっくりするくらい均一。
その日はホールにほとんど出ることもなく、キッチンの片隅で延々と刻み海苔を作り続けた。
営業が終わった頃には、
「助かった!」
「ありがとう!」
と、その日一番感謝されていた。
そういえば今でも、郵便物の宛名をシュレッダーにかけるのが面倒な時は、ハサミで細かく刻む。
早い。
しかも均一。
……
もしかして。
神様が私にくれた才能って、
「美しい刻み海苔を素早く作ること」だったのでは?
何をしてるんだ私。
四十数年生きてたどり着いた答えが刻み海苔。
でも、しばらくして妙に納得もした。
サッカー選手も、女優さんも、歌手も。
大きな才能を持っている人ほど、人から妬まれたり、期待されたり、想像もつかない努力を続けたり。
きっと光が強い分、影も濃い。
本には書いていなかったけれど、神様は才能を渡す時、ちゃんと注意書きも付けていたんじゃないだろうか。
※人生前半、苦労多めです。
※華やかな世界ですが、人間関係は少々ドロドロしています。
※報われる保証はありませんが、頑張ってください。
……みたいな。
きっと小心者の私は、その注意書きを見てビビった。
「もっと平和なのありませんか?」
そうお願いした結果、
「じゃあ、美しい刻み海苔を素早く作る才能を。」
となったのかもしれない。
このサッカー選手のように、誰かを熱狂させることはない。
でも、もう一度くらい。
どこかで誰かに
「助かった!」
「ありがとう!」
と言ってもらえる日が来たらいいな。
私は今日も、キッチンばさみを磨いて待っています。