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劻を愛する理由〜僕たちの100個の倱敗ずひず぀のしあわせ〜


    劻

    野球、倧䌁業、芞人、AD、倖資系䌁業。その党おが倱敗に終わっおいる僕の人生。ただ䞀぀だけ誇れるこずがある。

    劻ず出䌚えたこずだ。

    そんな劻のこずを心の底から、愛しおいる。
    至極圓然のこずなのだが、その愛は呚りからするず異様に芋えるらしい。

    仕事が終わればたっすぐ垰宅する。䌑みの日には個人的な予定は出来る限り入れずに家族ず過ごす。劻が産んお゙くれた倩䜿のような二人の嚘もいるの お゙、家族お゙過ごす時間は䜕事にも倉えられない至犏の時お゙ある。

    友達ず飲むこずは幎末幎始ずお盆の二回のみ。それも必ず䞀次䌚お゙垰るこずを決めおいる。青春時代ず倉わらぬギラ぀いた目をする友を暪目に、二十䞀時過ぎにはいそいそず準備を進めお垰路に着く。か぀おは朝たお゙飲んお゙いた僕の倉貌ぶりに、地元の友達たちからは「裏切り者」「腰抜け」「お前はおかしい」ずの声をいただいおいる。

    なんず蚀われようず僕は䞀秒でも早く家族に䌚いたいのだ。
    もちろん友達のこずも倧奜きだ。生涯の友だず思っおいる。しかしそれ以䞊に劻ぞの愛が勝っおいる。みんな、ごめん。

    たた、僕は元々现身だったが、劻ず嚘たちのために十キロ増量しお䜓を倧きくした。「誰お゙も良かった」ず突然タヌゲットになりうる珟代。昔の僕だったら真っ先に暙的ずなっおいたはず。そんな時に家族を守れるようにたくさん米を食ぞ゙お、たくさん重いものを持っお䜓を倧きくした。地元の友達からは「䌚うたびに倧きくなっおいる」「違和感がすごい」「お前はおかしい」ずの声をいただいおいる。

    お小遣い制なず゙も導入はしおおらず、基本的には自分のためにお金は䜿わないように心がけおいる。そもそも毎日劻がお匁圓を䜜っおくれ、氎筒も甚意しおくれるのお゙お金を䜿う機䌚はなかなか蚪れない。
    散髪も近所の床屋さんが千円お゙切っおくれるのお゙助かっおいる。ず゙うしおも芋たい本があるずきはポむントを駆䜿しお買っおいる。劻は「もっず自分のために䜿いなよ」ず 蚀うがその勇気はない。お金がなくなる恐怖を知っおいるからこそ、自分のためなず゙に浪費する気はサラサラ起きない。
    ただ、劻ず嚘たちのためには積極的に散財しおいる。

    そしお結婚埌、劻の実家をリフォヌムしお二䞖垯䜏宅にもした。
    劻は唯䞀の姉が遠方お゙暮らしおいるため、このたたお゙は実家がなくなるこずに心を痛めおいた。‚
    なのお゙迷わず二䞖垯にした。
    劻は䜕床も「本圓にいいの?」ず聞いおきたのお゙、僕は䜕床も「本圓にいいよ」ず答えおきた。
    その結果、家族四人、劻の生たれ育った町お゙暮らしおいる。‚すべおは劻のためだ。

    「なんお゙そんなに奜きなの?」ずよく聞かれるこずがある。
    垞に僕のこずを考えおくれるその優しさ。‚ 毎日お匁圓やご飯を䜜っおくれるその思いやり。‚
    嚘たちのこずを考えお動くその行動力。‚
    䞀緒に飲むずたくさん話しおくれるそのサヌビス粟神。‚
    ゚キ゜゙チックな顔立ちお゙あるその矎貌。
    蚀い出したらキリがない。ずにもかくにも劻のこずを愛しおいる䞊に、尊敬しおいる。そんな劻の凄さを䞖界䞭に広めたく、SNSお゙劻のご飯を投皿し続けおいる。2018幎から始めたのお゙かれこれ8幎ほず゙経過しおいる。


    特にバズるこずもないが飜きずに粛々ず続けおいる。
    それは他ならぬ劻ぞの愛がそうさせるのだ。
    以前、「劻よりも可愛くお性栌の良い子が迫っおきたらず゙うする?」ずいう質問を受けたこずがある。解答の必芁すらない愚問だが、䞀䞇歩譲っお回答しおあげた。
    「そんな人はいないけず゙仮に珟れたずしよう。それお゙も揺らぐこずはない。䜕故なら、これたお゙蓄積された膚倧な量の感謝や思い出がある。良い時も悪い時も俺のそばにいおくれた劻ちゃんに叶う芁玠はなにもない。ぽっず出の人が珟れお良い所取りしようずしたっおそうはいかない」
    そう力説するず完党に堎が癜けたが構うこずはない。これたお゙幟床ずなくこの空気を味わっおいるのお゙痛くも痒くもなかった。

    「だから結局なんでそんなに奜きなの」

    想いが昂りすぎお脱線するず、改めお聞かれるこずもよくある。
    蚀いたいこずは山ほず゙あるが、想いをぎゅっず蟌めるずこうなる。

    「ず゙ん底だった僕を芋぀けおくれお、地獄に堕ちかけた僕を救っおくれたその心」

    幌少期、小孊校、䞭孊校、高校、超䞀流䌁業、芞人、AD、倖資系䌁業。
    これたお゙の人生、それぞれの堎面お゙おびただしいほず゙の倱敗をしおきた。数々の経隓から埗た教蚓を忘れ、性懲りも無く倱敗を繰り返しおきた。

    誰からも芋攟された時、劻が芋぀けおくれた。
    ‹
    そこから僕の人生は倧きく倉わった。 今の僕があるのは間違いなく劻のおかげなのだ。
    ずは蚀うものの、この愛や感謝を事现かに蚀い衚せないもず゙かしさもある。可愛い、優しい、ず蚀っおも月䞊み皋床の蚀葉になっお真意は届かない。

    「なんお゙そんなに奜きなの?」

    再びそう聞かれた時のために僕がず゙んなに愚かな人間が曞き残しおおこう。
    タむミングがいいこずにその数々の倱敗を鮮明に思い返す機䌚があった。
    それをよなよな曞き残しおいくず、その数は100個に到達した。
    これを芋返せば、愚かな僕を受け入れおくれお、深く深く愛しおくれる劻の偉倧さが䌝わるはず。

    僕が巻き起こしおきたひず぀ひず぀の倱敗が、劻を愛する理由に繋がるのだ。

    僕たちの個の倱敗

    幌少期

    1.隔䞖遺䌝

    父芪も母芪も兄も、みんな小顔で割ずスタむルがいい。
    そんな䞭、僕の情報はこのようなものだ。

    頭デカむ
    顔長い
    目小さい
    胎長い
    手小さい
    腕短い
    尻デカむ
    足短い

    神様はいない。
    そしお䞊蚘の原因も分かっおいる。
    母の祖父、僕からしたらひいじいちゃんの顔がずにかく長くお頭がデカい。目もしじみのように小さい。
    母の実家に遺圱が䞊べられおいるのだが、ひず目で「これがひいじいちゃんだ」ず分かるほど際立っおいる。悲しいほど僕に䌌おいるのだから。
    さらに話を聞くずころによるずスタむルも悪かったらしい。これはどう考えおも隔䞖遺䌝だ。
    このように、僕は生たれた瞬間から倱敗しおいるのだから、この先の苊難も容易に想像぀くだろう。ひいじいちゃん、蚱さん。
    ちなみにひいじいちゃんは薄毛だ。頌む、勘匁しおくれ。

    ・教蚓
    母方の血筋に気を぀けた方がいい。

    2.花火で北海道

    物心が぀く前のずある倏、芪戚䞀同集たっお花火をやっおいた時のこず。
    みんなでワむワむ手持ち花火を楜しんでいるず、圓時二十歳前埌の埓兄匟が僕を抱っこしながら花火をしおいたそうなのだ。
    この時点でだいぶ怪しいが、予想通り埓兄匟は手を滑らせお花火を萜䞋。
    火の぀いた花火は僕の足に萜ち、骚たで芋えるほどの倧怪我を負っおしたったらしい。党く蚘憶にないが、やけど跡は巊足に鮮明に残されおいる。
    その跡は北海道みたいな圢をしおいるので、僕は花火をやるずきは䜕故か脳裏に北の倧地が思い浮かぶようになっおしたった。

    ・教蚓
    抱っこしながら花火はダメ。

    3.眩しい

    こちらも物心ない頃、僕は倪陜を芋るず眩しそうな顔をしお「!」ず蚀っおいたらしい。䞡芪が「そういうずきは眩しいだよ」ず䜕床教えおも「!」ず繰り返しおいたそうだ。
    もちろん蚘憶にないが、その姿がさぞ可愛かったらしく、母はこずあるごずにそれを蚀っおくる。
    ああ、恥ずかしい。

    ・教蚓
    芪は子䟛の頃の話をい぀たでも芚えおいる。

    4.セヌラヌムヌン

    ここからは物心が぀いおからの゚ピ゜ヌドである。たずは幌皚園幎長の頃の話。
    クラスでダンスの発衚䌚があり、男女に別れお緎習をしおいた。男子は忍たた乱倪郎、女子はセヌラヌムヌンの曲。男子の緎習を終えるず、すぐに女子の曲が始たるのだが、圓時から無駄な自意識が匷かった僕は女の子が奜きなセヌラヌムヌンずいう存圚がずにかく恥ずかしかった。それを隠すため、「女の歌なんか聞いおられないよな」ず蚀い攟ち友達数人ず教宀を飛び出しおしたった。
    初日は先生も優しく泚意しおくれおいたのだが、翌日も翌々日もそれを繰り返しおいるず先生の様子が倉わった。
    「女の子たちが䞀生懞呜緎習しおいるのだから、しっかり芋なさい」
    恥ずかしがっおいる自分を芋透かされたようで、すごく情けない気持ちになったこずを鮮明に芚えおいる。初めお芪以倖の倧人に怒られた蚘念すべき倱敗である。
    奇しくもその先生の名前は、忍たた乱倪郎ず同じく土井先生だった。土井先生、ありがずうございたした。感謝100。

    ・教蚓
    人の頑匵っおいる姿はちゃんず芋た方がいい。

    5.絵本ず週刊プロレス

    小さな子䟛が芋る本ずいったら、絵本だろう。
    しかし我が家は違った。僕の愛読曞は週間プロレスだった。それは他ならぬ父芪の圱響である。
    角刈り、ティアドロップのサングラス、ヒゲ、マッチョな父芪は偎から芋るずそっちの人に芋えるほどの存圚感だった。事実、「そっちなの」ず聞かれたこずも倚々ある。
    そんな父はプロレスが倧奜きだった。特に長州力の倧ファンだったので、家には長州が衚玙の週刊プロレスがたくさんあった。絵本よりも圚庫があったので自然ずそれを読むようになったらしく、気が぀けば父の膝の䞊でペヌゞをめくっおいたらしい。
    あの頃、しっかり絵本を読んで正しい感受性などを磚いおおけば、こんな拗らせた人間性にはなっおいなかったはずだ。
    父よ、あの頃の僕に長州は早いよ。
    そしお母よ、止めなさいよ。

    ・教蚓
    長州よりも、ノンタン。

    6.おい

    前々項で芪以倖に初めお怒られた蚘憶を曞いたが、芪に初めお怒られた蚘憶も鮮明に残っおいる。
    それは母の実家で遊んでいた時のこず。祖母や兄ず戯れ、倧満足で家に垰り眠りに぀いた。するず倜䞭、突然父に起こされお窓蟺で正座をさせられた。眠気たなこで父を芋るずそれはもう怒っおいた。激怒だ。その理由はこの通りだ。

    「さっきお兄ちゃんに「おい」っお蚀っただろ」

    正盎蚘憶にはなかったが、遊びの延長で調子に乗っお蚀っおしたったのだろう。なんお蚀えばいいか分からずモゎモゎしおいるず、頬に衝撃が走った。
    フルスむングのビンタである。

    「お兄ちゃんにそんな口の聞き方をするな」

    この日から、僕は歳䞊に察しお異垞なたでの敬いを芋せるようになっおしたった。

    ・教蚓
    子䟛の頃から蚀葉遣いには気を぀けた方がいい。

    7.SMAP

    幎長の頃、テレビで初めおSMAPを芋た。ずおもカッコ良く茝いお芋えた。その䞭でも特に森くんが奜きになった僕は、翌日の幌皚園で土井先生に「僕はSMAPの䞭で森くんが奜きなんだ」ず䌝えた。土井先生もSMAPが奜きだったそうで、子䟛ながらに䌚話が盛り䞊がったこずを嬉しく感じた蚘憶がある。
    その日の倜、父に䞊蚘の内容を報告するずこう返っおきた。

    「そんな軟掟なもの奜きになるんじゃねえ」

    䞀喝された僕は翌日「ごめんなさい、僕はやっぱりSMAPが奜きじゃありたせん」ず土井先生に䌝えた。反応は芚えおいないがさぞ困ったこずだろう。土井先生、改めおごめんなさい。100%謝意。

    ・教蚓
    䜙蚈な報告はしない方がいい。

    8.怖すぎる父芪

    お気づきの通り、父は怖すぎるのだ。
    平成ずは思えない゚ピ゜ヌドが山のようにある䞊に、数えきれないほど頬や
    頭を叩かれおいる。
    父の怒りを察した時は、小さくなっお震えるしかできなくなる。
    皀に、父が顔をこわばらせた埌、笑顔になっお「なヌんちゃっお」ず冗談を飛ばすこずもあった。本人は楜しいかもしれないが、こちらからすれば生きるか死ぬかの瀬戞際である。冗談だった堎合ず本気だった堎合の差が倧きすぎるため、気が気でないのだ。

    ちなみに本気で怒っおる堎合は、顔をこわばらせた埌に箞が飛んでくる。そうなるず「終わった 」ず心から萜胆さざるを埗ない。
    この圱響で僕は「箞が転がるだけで笑う幎頃」どころか、「箞が転がるだけで怯える人間」になっおしたったのだ。それは今も倉わらない。

    圱響は他にもある。二階の子䟛郚屋で寝おいるず、䞀階からうっすら父の怒鳎り声が聞こえおくるこずがあった。「あぁ怒っおる 」ず思うず心臓の錓動が早くなるので、震えお垃団にくるたっお無理やり眠りに぀いた。

    そのため今でも寝宀にいる際、居間や他の郚屋から声が聞こえおるくるずがんやりずした恐怖心に襲われおしたうのだ。

    父の圱響、匷すぎる。


    その匷すぎる圱響により、幌い頃から父の顔色を䌺いながら生き始めおいた。
    面癜いこずをすれば父が笑うし、甘えれば喜ぶ。その姿を芋るこずがずおも嬉しかった。だからこそ、その党おを党力でおこなった。
    それは今でも僕の䞭で根匷く生きおおり、良く蚀えば誰に察しおもサヌビス粟神旺盛、悪く蚀えば八方矎人である。元来そういう性栌だったのか、父の圱響でこうなったのか。さたざたな圱響があるこずは間違いない。
    ちなみに「タバコずバむクは絶察にやるな」ずいう父の蚀い぀けもいただに守っおいる。

    そんな僕が初めお抱いた将来の倢は「プロ野球遞手」だった。もちろん、野球が倧奜きな父が喜ぶからだ。
    そしおもう䞀぀の倢は「倧きな男になる」こずだ。これも父の匷い願いである。父の故郷である北海道の離島ぞフェリヌで向かう際、海を芋ながら蚀われた蚀葉を忘れたこずはない。

    「この海のように倧きな男になれ」

    この蚀葉がのちに僕を苊しめるこずになるずは父も党く予想しおいなかっただろう。

    そんな父に歯向かうこずは䞀床も考えたこずはない。その理由の䞀぀は幌皚園幎長の頃の話。䞉぀䞊の兄が怒られおいたのだが、父にあたりいい感情を抱いおいなかった兄は我慢の限界が蚪れたのか、勇敢にも父に立ち向かっおいったのだ。
    その衝撃的な光景に䞀瞬目をそらすず、次の瞬間には父が兄を片手で持ち䞊げおいた。そしおそのたた゜ファに投げられおいた。
    䞀郚始終を芋終えお、「ああ、こりゃ敵わん」ず思った僕は父に完党降䌏した。

    ・教蚓
    優しいパパがいい。

    9.愛しすぎる父芪


    その䞀方で、父は倧きな深い愛も持っおいた。
    こずあるごずに「生たれおきおくれおありがずうな」ず蚀いながら抱きしめおくれた。この時間がずおも幞せだった。
    このように父は激情的なずころもあれば、家族に察する愛も持ち合わせおいた。
    その振れ幅が倧きすぎお、僕は「怒られる」ずいうこずに異垞に怯え、「愛される」こずを異垞に喜ぶ人間になっおしたった。

    そんな僕に倧きな圱響を䞎えた父の人栌圢成には、その波瀟䞇䞈な人生が圱響しおいるず考えおいる。

    北海道の離島で生たれ育った父は厳しい䞡芪のもずで、幌い頃から家業である蟲家の手䌝いをしおいた。母から聞いた話によるず、䞡芪ず甘くお優しい時間を過ごした頃は䞀床もないそうだ。
    さらに、䞉人の兄を早くに亡くしおいる。その䞭でも䞉男のこずを尊敬し慕っおいた父は垞に背䞭を远っおいた。だが、父が䞭孊生の頃、既に䞊京しおた䞉男は居酒屋で喧嘩に巻き蟌たれお亡くなっおしたった。
    そしお䞭孊卒業埌は兄同様に䞊京し、高校は行かずに働き始め、䞀人で瀟䌚を生き抜いおいた。

    その結果、自分にも他人にも厳しい性栌になったようだ。

    ちなみに母曰く、僕の性栌は「お父さんが北海道にいた頃の優しい郚分」を匕き継いでいるのではないかずのこずだ。

    さたざたな出来事が重なった結果、良く蚀えば人間臭く、悪く蚀えば感情のコントロヌルが䞊手にできない父が出来䞊がったのだ。

    その父から匷い圱響を受けた僕が、人生を䞊手く生きおいけないのは圓然のこずだろう。

    ・教蚓
    家族ずの時間は倧切にした方がいい。

    小孊生

    10.ミュりのシヌル 

    小孊校䞀幎生の頃、すごく意気投合した友達がいた。毎日仲良く遊び、䜕をするにしおも䞀緒だった。攟課埌もお互いの家で遊ぶこずも頻繁にあった。そんなある日、我が家で遊んでいた友達は僕に「ずっず友達でいような」ず蚀っおきた。突然の蚀葉に嬉しくなった僕は、机の䞭からポケモンのシヌルを取り出した。
    このシヌル、ただのシヌルではない。キラッキラの金ピカのりルトラレアなシヌルなのだ。そしお描かれおいるのはミュりだ。
    たごうこずなき、僕の宝物だった。

    その宝物をなんず友達にあげおしたったのだ。「ずっず友達でいような」の蚀葉が本圓に嬉しかったから。

    しかし次の日、ひょんなこずから倧喧嘩になった。
    悲しくなった僕は「ミュりのシヌル返しお」ず蚀ったが埌の祭りだ。
    家に垰っお泣いおいるずタむミング悪く父が垰っおきたので、事情が党おバレるず「男がそんなこずで泣いおるんじゃねえ」ず頬を叩かれおたた泣いた。
    結果、その友達ずはそれっきり話すこずもなくなり、翌幎芪の仕事の郜合でその友達は転校した。倧事な友達も宝物も瞬く間に倱った。
    螏んだり蹎ったりずはこういうこずだず、身をもっお知っおしたったのだ。

    ・教蚓
    倧切なものは簡単にあげない方がいい

    11.センコヌ


    小孊校二幎生の頃、孊校の䌁画で六幎生ず遊ぶ機䌚があった。おそらく亀流䌚的な雰囲気だったず思うが、その際にやんちゃそうな男子から「埌で先生にセンコヌっお蚀っおみな。すごい喜ぶから」ずこっそり蚀われた。
    なんの疑いもせずにその蚀葉を信じた僕は、次の時間に担任であった女性の先生ぞ元気よく「センコヌ」ず話しかけた。
    するず先生はみるみる衚情が匷匵り、「ちょっずこちらぞ来なさい」ず廊䞋ぞ連れ出された。

    「意味を分かっお蚀っおいるの」ず詰められた僕は䜕も蚀えなくなっおしたった。「䞊玚生のお兄さんに教えられたした」ず蚀ったら、告げ口になっおしたうず思ったのだ。なんお健気な 。

    するず先生は廊䞋䞭に響き枡る声で「倧人を銬鹿にするんじゃない」ず蚀った埌、教宀に戻った。
    䞀人廊䞋に残された僕は「先生が喜ぶず思ったのに 」ず肩を萜ずした。
    なんおなんお健気な 。

    ・教蚓
    䜕でもかんでも人の蚀葉を信じない方がいい。

    12.鬌ノック

    小孊校䞉幎生の頃、近所の野球チヌムに加入した。前述の通り、父の圱響だ。父は䞊京埌に就職した䌚瀟で野球郚に入っおいたらしく、なかなかの腕前だったそうだ。実際、バッティングセンタヌにいくず豪速球を簡単にホヌムラン玚で打ち返しおいたので、珟圹時代は盞圓なものだったはずだ。

    そんな父の願いは僕がプロ野球遞手になるこずだった。
    毎日野球䞭継は䞀緒に芋おいたし、仕事垰りに買っおくるスポヌツ新聞も父の膝の䞊で眺めおいた。
    野球チヌムに入っおからは共に緎習するようになったのだが、それがもう厳しいのなんの 。簡単に蚀えば「平成版巚人の星」である。

    キャッチボヌルは胞に返さないず取っおくれないどころか、わざわざ近づいおきお平手打ちが飛んでくる。アドバむス通りにスむングできないず、平手打ちが飛んでくる。゚ラヌをすれば、もちろん平手打ちが飛んでくる。

    そう、僕にずっお「野球地獄の時間」だったのだ。

    それを匷く感じたのは、小孊校䞉幎生の秋。圓時の六幎生たちは有望な遞手が倚かったのだが、ある倧䌚で䞀回戊負けをしおしたったのだ。萜ち蟌んだ六幎生の䞀郚遞手は坊䞻にしお気合いを入れ盎した。
    その姿を芋た父の昭和魂に火が぀いおしたった。䜙蚈なこずを 。
    土曜日の午前緎習を終えた埌、垰る準備をしおいるず父に銖根っこを捕たれ匷制的にグランドぞ連れお行かれた。
    「六幎生を芋たか坊䞻にしお気合いを芋せおいるぞそれに比べおお前はなんだ。ヘラヘラしやがっお。倖野にいけ」ず蚀い、ノックが始たった。

    結果、どれくらいの時間費やしたか定かではないが、氞遠のように感じた。このたた䞀生続くのではないかず思った。もちろんそんな蚳はない。
    ただ、父が䞎える恐怖は気持ちや感芚を簡単に厩壊させた。
    嗚咜を䞊げお泣きながらノックを受け続け、涙か錻氎か汗か分からなくなる。声も出なければ足も回らなくなる。段々ず父の怒号も聞こえなくなっおくる。最埌に芋えた景色は鬌のような衚情でこちらに向かっお䜕かを蚀っおいる父だった。

    目を芚たすず頭から氎をかけられおいた。意識を取り戻した僕を芋た父はポカリス゚ットを差し出した。それを急いで開けお飲むず、「生き返るっおこういうこずか 」ず思うほど身䜓䞭に染み枡っおいくのが分かった。
    最終的には「よくぞこのノックを受け切ったな」ず父が頭を撫でおくれたこずがずおも嬉しかったが、冷静になった今はこう思う。

    やりすぎですね。

    ・教蚓
    氎分補絊はこためにずった方がいい。

    13.転倒

    昔から足が速かった。なので小孊校䞀幎生の頃からリレヌの遞手に遞ばれおいた。ただ䞀床だけ苊い思い出がある。

    それは運動䌚で小孊校䞉〜四幎生が集たるリレヌでの出来事。二䜍でバトンを受け、快速を飛ばしお前の女子を远い抜こうずした。その際、むンコヌナヌから飛び出そうずするず、女子も䞭に距離を詰めおきたのだ。そこでバランスを厩した僕は掟手に転倒しおしたい、順䜍も最䞋䜍に転萜。

    家族も芋おいる䞭で恥ずかしい思いをしたこずを今でもたたに思い出すこずがある。
    なぜかず蚀えば、その女子はテレビや映画にたくさん出おいる立掟な俳優さんになったからである。

    ・教蚓
    抜くのはアりトコヌスがいい。

    14.ボむコット

    小孊校五幎生の頃、担任の男の先生はオブラヌトに包めば個性的な方だった。それを剥がしお蚀えば、本圓に嫌な奎だった。

    えこひいきがずおも匷く、女子には優しく男子に厳しかった。女子ず男子で喧嘩をした時も蚀い分は䜕も聞かず「女子が正しく、男子が間違っおいる」ずいうスタンスで、「男たちは早く謝りなさい」ず僕たちの蚀葉は䜕も聞いおくれなかった。
    䌌たような゚ピ゜ヌドが数々あるが、特に印象的なものは林間孊校でのカレヌ䜜りだ。
    男子、女子でそれぞれ分かれカレヌ䜜りに挑戊した。
    男子チヌムでは詊行錯誀の末、矎味しいカレヌが出来䞊がった。皆で手をあげお喜んでいるず、担任は勝手にルヌを味芋した。するずその䞀瞬、バツの悪そうな衚情をしたこずを僕は芋逃さなかった。矎味しくできたこずが気に食わなかったのだろう。
    次の瞬間、担任は驚く行動に出た。
    「コクが足りねえなあ」ずりスタヌ゜ヌスを手に取り勝手にドバドバず入れおきたのだ。
    その埌味芋もせずに立ち去った姿を呆然ず眺める他なかった。

    そんな担任はある䞀人の男子をタヌゲットにしおいた。
    優しいその男子はこずあるごずに担任から匷く叱られ、子䟛ながらに「八぀圓たりしおるだけじゃん」ず思っおいた。
    ある日、たたもや担任に叱られおいた男子は涙を流しおいた。その光景を芋お、いおもたっおもいられなくなった僕を含む男子数名は「もうこんな担任嫌です◯◯君が可哀想です」ず蚀い攟ち、授業をボむコットし孊校を飛び出した。その男子を救いたい䞀心だった。

    近隣䜏民の協力もあり、もちろんすぐに捕たり孊校に戻されたのだが、結末は悲しいものずなった。
    なんず、事情を聞かれたその男子が「担任の先生は悪くありたせん。良い先生です。みんなが勝手に授業を抜け出した」ず蚀っおいたのだ。
    最終的には倧量の反省文を曞かされ、教頭先生から長時間のお説教をいただいたのでボむコットは倧倱敗に終わったず蚀える。

    ただ皮肉なこずに、ボむコット翌日から担任はその男子に優しくなったのである。もちろんその反動で僕たちに察する圓たりはより匷いものになったのだが。通信簿でも「このたたでは将来が心配です」ず酷評されたのだが。

    ・教蚓
    人のために動くのはリスクがある。

    15.担任にボコボコ

    小孊六幎生になり担任が倉わった。
    今床の先生は䞉十代の若い男性で、ずおもひょうきんな方だった。薄毛であるこずも自らネタにしお垞に笑いを取っおいた。もちろんえこひいきをするこずもなく、男子からも女子からも慕われおいた。䟋倖なく僕も担任のこずを奜きになっおいた。
    五幎生の頃ずは違う環境に喜びを感じおいたのだが、そのような油断が倱敗を招くのだ。
    担任は遠方ぞの出匵か䜕かで䞀日䞍圚だったこずがあった。その日は教宀䞭が寂しさに包たれおいたこずを芚えおいる。
    その反動か、翌日の朝に登堎しおきた担任に察しお、みんなは愛のある眵声を济びせた。

    「どこ行っおたんだヌ」
    「ハゲヌ」
    「遊んでたのかヌ」

    今考えるず倱瀌極たりないが、これも普段の関係性があっおのものだ。
    このような時、人をいじり慣れおいない僕はダンマリを決め蟌むこずが倧半なのだが、䜕故かこの時は䞀歩螏み出しおみようず考えた。俺もみんなのように担任をむゞっおみたいそう考えた僕は勇気を出しおこう叫んだ。

    「早くお土産よこせヌ」

    するずどうだろう。
    担任は教卓の怅子を蹎っ飛ばし、僕に向かっおたっすぐ向かっおきた。
    そしお手に持っおいた曞類で僕の頭をフルスむングした。
    䞀床ならず、二床䞉床四床五床 。いわゆるボコボコである。
    ボコボコにされながらも、この時に蚀われた蚀葉は今でもはっきりず芚えおいる。

    「お前みたいなや぀がいるから枡したくないんだよ」

    クラスのみんなの前でボコボコにされた恥ずかしさは、それはもうずお぀もないものだった。涙が頬を䌝ったが、それは痛みが起因でないこずは子䟛ながらに分かっおいた。

    その埌、担任からは二人っきりで謝眪を受け、関係が拗れるこずはなかった。誀解のないように蚘しおおくが、本圓に玠晎らしい担任だったので僕はいただに感謝をしおいる。恚み぀らみは䞀切ない。
    ただ、あの時は歯車が噛み合わなかったのだろう。絶劙に人をむラ぀かせるむゞりをしおしたったこちら偎に原因がある。

    僕は十二歳で、自分が人をむゞる偎の人間ではないこずを悟ったのだ。

    ・教蚓
    慣れないこずはしない方がいい。

    16.䞀察䞀

    小孊校六幎生の倏、近隣の小孊校を亀えたボヌル倧䌚が開催された。
    僕たちのクラスはサッカヌのトヌナメントに参加したのだが、あれよあれよず決勝戊にコマを進めた。
    決勝戊ではスコアレスの展開が続く䞭、埌半終了間際、前線にボヌルが飛び出した。いち早く反応した僕はなんずかボヌルに远い぀くず、キヌパヌず䞀察䞀になった。
    するずその瞬間、脳裏ではこんなこずを考えおいた。

    「あっ、䞀察䞀になっちゃった」
    「倖したらどうしよう」
    「倖したらカッコ悪いな」

    こんなマむナスなや぀がゎヌルを決められるわけがない。腰が入らないたた蹎ったシュヌトは簡単にキヌパヌにずられた。その時のみんなのため息は今でも芚えおいる。
    そのミスを匕きずったチヌムは詊合終了間際にあっさり点を取られるずそのたた負けおしたった。

    あの頃の僕ぞ。
    「次からは「俺が決めおやるぜ」ずポゞティブに考えよう」ずこの時思っおいるけど、䞉十五幎の人生の䞭でそんなふうに思えたこずは残念ながら䞀床もないぜ

    ・教蚓
    人生は勝ち気な方がいい。

    17.移籍


    サッカヌでは䞀察䞀を倖しおいたが、野球の方は倉わらずに父ず共に情熱を泚ぎ蟌んでいた。
    䜏んでいる垂は野球が盛んな地域だったので、どのチヌムも他に負けじず日頃から熱心に緎習をおこなっおいた。昔ながらの昭和気質な指導者もただ残っおいたのだが、それすなわち䜕が起こるか。

    そう、父ずの軋蜢だ。

    同族嫌悪ずはよく蚀ったもので、同じような人間が集たるず争いは起こる。そしお同族ず蚀っおも濃さで蚀ったら䜕千倍もその芁玠が濃い父は、自チヌムの監督ずいずも簡単に揉めた。

    揉めた理由は指導方針の違いだ。子䟛たちに察しお厳しい緎習や指導を行う監督に察し、「䜓が成長しおいない子䟛たちにはただ早い。怪我をさせたらどうするんだ」ずいう父の䞻匵がぶ぀かりあった。
    「じゃあ僕ぞの指導はどうなんだ」ずいう疑問はさおおき、父はい぀も僕だけではなく他の子䟛たちのこずも考えおいた。正矩感が匷すぎるのだ。
    話は平行線のたたずなり、結果的にチヌム以䞋Aチヌムを蟞め、他の小孊校のチヌムBチヌムに移籍するこずになった。
    小孊生からしたら䞭々の倧事件である。Aチヌムの仲間ずはずおも仲良かったのでずにかく悲しかったし嫌だった。しかし、父には逆らえない。甘んじお受け入れる他なかった。

    そんな䞍安定な状況ではBチヌムに銎染むこずも難しかった。それもそのはず、普通は同じ小孊校の生埒で集たるチヌムの䞭に、䜕故か他の小孊校の奎が玛れおいるのだから。腫れ物扱いをされおいるこずは䜕ずなく理解しおいた。
    平日に小孊校内でAチヌムの話題に入れず気たずい思いをしたこずや、土日に遠くの小孊校たで䞀人で歩きながら「行きたくないなあ 」ず肩を萜ずしたこずは今でも簡単に思い出すこずができるので胞が少し締め付けられる。

    しかし、この問題は意倖な圢で萜ち着いた。

    父がBチヌムでも、たたもや監督ず揉めたのだ。
    もうなんのこっちゃ分からない。たすたすBチヌムで肩身の狭くなった状況の䞭、Aチヌムの監督が倉わったずいうニュヌスが飛び蟌んできた。
    それを知った父は早速その新監督ず連絡を取り、出戻るこずを決めたのだ。

    Aチヌム→Bチヌム→Aチヌム。
    倧人の事情で小孊生にしお二床の移籍を経隓した僕は、トレヌド移籍をするプロスポヌツ遞手を無条件で応揎するようになっおいた。

    ・教蚓
    倧人のいざこざに子䟛を巻き蟌たない方がいい。 

    18.人生初スベり

    前項の通り、チヌムを行ったり来たりするこずができたのは理由がある。
    ずにかく野球が䞊手かったのだ。
    ラむトのポゞションでは俊足を飛ばしお広い守備範囲を芋せ、バッティングでは勝利に導く決勝打を幟床ずなく打っおいた。
    ある時、詊合を終えた察戊盞手の監督がわざわざこちらのベンチたで走っおきお「君のバッティングを芋おるず篠塚を思い出すよ」ず蚀われたこずもある。
    そんな遞手はどこでも重宝される。

    ではなぜ野球が䞊手かったのか。
    それは父の「平成版巚人の星」指導が功を奏しおしたったのだ。

    䞉振や゚ラヌをしたら殎られ、ホヌムランを打っおも笑顔を芋せたら殎られ、緎習で䞀瞬でも気を抜いたら殎られ。
    野球人生の倧半は泣きながらプレヌをしおいた。

    しかし皮肉なもので「怒られたくない 」「殎られたくない 」ずいう気持ちが奜成瞟に぀ながったのだ。
    チヌムの䞭心ずなった六幎生の頃には四番ラむトでその打棒を芋せ぀けた。のちに党囜優勝を遂げる垂の遞抜遞手にも遞ばれたこずもある送迎をめぐり、父が自チヌムの監督ず揉めたので結局蟞退。

    倏の県倧䌚前の前哚戊でも優勝を遂げ、チヌムはむケむケムヌドに包たれおいた。その倧䌚でも僕はチャンスで䜕床も打った。倧䌚終了埌、父に蚀われた䞀蚀が、䜕故か頭から離れなかった。

    「チャンスの時のお前は100信頌しおる」

    そしお迎えた県倧䌚。前評刀では優勝候補の䞀角ずしお挙げられおいた䞭迎えた䞀回戊。
    なんず初回から無死満塁で打垭が回っおきた。ベンチの盛り䞊がりが最高朮に達する䞭、あの時の父の蚀葉が頭の䞭でぐるぐるず回っおいた。そしお思考は迷宮に突入しおしたった。

    「100信頌っおこずはここで打おなかったらガッカリさせおしたう」
    「今たでは調子良かったけど今日はダメだったらどうしよう」
    「ここから党く打おなくなるかもしれない」

    完党にパニック状態ずなった初球。
    球は身長よりも高いずころにやっおきた。どっからどう芋おもボヌル球だ。野球を知らない人でも振らないだろう。

    僕はそれをフルスむング。

    その時のベンチの静たり具合は生涯忘れられない。
    だが、その埌の打垭も詊合展開も党く芚えおいない。おそらく父にも䞀撃食らっおいるが芚えおいない。䞀぀だけ分かっおいるこずは、僕の空振りをきっかけにチヌムは厩れあっさり䞀回戊負けしたこずだ。

    ボヌル倧䌚での䞀察䞀の時もそうだが、なぜ僕はチャンスで「俺に任せろ」「かかっおこいや」ず思えないのだろう。
    それどころか、䜙蚈なこずばかり考えお倱敗する。人生をやり盎せるのならたずはこの粟神を治しおみたいものである。

    それにしおもあの静たりは今思い出しおもゟッずする。
    あの雰囲気は完党に「スベる」ず党く同じものだった。
    これから幟床ずなく経隓するおスベリを初めお経隓した貎重な倏の出来事だった。

    ・教蚓
    人の蚀葉に巊右されない方がいい。

    19.運呜的な出䌚い

    県倧䌚での倧倱態はあったものの、その埌も結果を残し続け、最埌の垂倧䌚では優勝を成し遂げ、有終の矎を食るこずができた。
    しかし、ただ緎習詊合が䞀戊だけ残されおいた。それは隣の垂ずの友奜詊合的なもので、車で䞀時間以䞊かけお詊合䌚堎である小孊校に向かった。
    なんの倉哲もない緎習詊合だったのが、そこでホヌムラン打ったこずにより運呜の歯車が回り始めた。

    詊合終了埌、父の車に乗り蟌もうずするず、サングラスをした恰幅のいいおじさんが話しかけおきた。
    「突然すみたせん。私はこういうものでしお」
    名刺には、プロ野球遞手を䜕人も茩出しおいるシニアチヌムの監督であるこずが蚘されおいた。話を聞くず、以䞋のような内容だった。

    車でシニアの緎習に向かう途䞭、タむダがパンクしたので急遜車屋に立ち寄った。タむダ亀換の間、近くの小孊校で野球の詊合がやっおいたのでふず芋おみるず、玠晎らしい打撃ず守備を芋せおいる遞手が目に入った。
    「この子は䌞びる うちのチヌムに入れたい 」
    居おも立っおも居られなくなり、声をかけおきたそうだ。

    数々の偶然が招いた運呜的な出䌚い。
    今考えおも、プロ野球遞手になる人の゚ピ゜ヌドだ。
    この出䌚いが䌝説の始たりになるかもしれない。

    だが、僕はこの誘いを断った。

    理由は「チヌムメむトのみんなず離れたくなかったから」である。
    チヌムメむトは皆同じ䞭孊校の野球郚に所属するこずを決めおいた。そんな䞭、僕だけそれを裏切るこずはできなかった。倧切なチヌムメむト、友達を倱いたくない。倱っお分かる寂しさや悲しさは移籍の際に痛いほど味わっおいる。
    だが、「プロ野球遞手になる」ずいう倢を考えるず、この決断が正しかったのは分からない。䜕かを犠牲にしおでも芚悟を決める必芁があったのかもしれない。
    結局この頃から僕は甘ちゃんなのである。

    ちなみに僕が断るこずを最初に聞いた父はたず䞀撃食らわしおきたが、䞊蚘の理由を説明するず、矩理人情が倧奜き人間なので泣きながら僕を抱きしめおくれた。

    やっぱり極端すぎるっお。

    ・教蚓
    出䌚いは倧切にした方がいい。

    20.倒産

    父の勀める䌚瀟が倒産した。
    その衝撃的なニュヌスは小孊校六幎生の冬にやっおきた。
    事の重倧さを理解しおいなかった僕だったが、急いで䌚瀟から持っおきたであろう機材や備品を青ざめた顔で持っおきた父を芋お、ずんでもないこずが起きおいるこずはその瞬間に理解できた。

    倒産の理由など詳しい話は分からないが、どうやら瀟長が倜逃げをしたらしい。䌚瀟のバヌベキュヌなどで䜕床か䌚ったこずがあり、優しくしおもらった蚘憶があった僕は子䟛ながらに衝撃を受けた。

    そしおもう䞀぀衝撃的な話を埌日聞いた。
    それは父の同僚がわざわざ電話で教えおくれたのだが、なんず父は倜逃げ盎前の瀟長から「䞀緒に行動しないか」ず誘われおいたらしいのだ。
    瀟長は行動力のある父を評䟡しおいたらしく、ゆくゆくは右腕的存圚にしたかったそうだ。父も瀟長を尊敬しおいたので、同僚は「䞀緒に行くんじゃないか 」ず䞍安に思っおいたらしい。

    だが、父は家族を遞んだ。圓然ずいえばそれたでだが、もしこの時父がいなくなっおいたら、我が家は䞀生消えない傷が残っおいたかもしれない。
    もしあの時父が違う道を遞んでいたら 。

    そしお僕たちの生掻は父の遞択により倧きく倉わった。
    母の実家ぞ匕っ越し、祖母ず暮らすこずになった。
    包み隠さず蚀えば、祖母ず折り合いが悪かった父からするず居心地は悪かったはずだ。このような結果になった自分の遞択をどう評䟡しおいたのだろうか。

    人生は遞択の連続ずいうこずをこの時孊んだような気がした。そしお僕自身も、今埌その遞択を間違え続けるこずをこの時はただ知る由もない。

    ・教蚓
    人生の遞択は少ない方がいい。

    䞭孊生

    21.干される

    倒産埌、父は意気消沈するかず思いきやたすたすアグレッシブに動き回っおいた。すぐさた次の就職先を芋぀け働き出したず思ったら、䞭孊校に進んだ僕の野球の指導も熱を垯びおいった。
    だが、その熱は思わぬずころで発散されるこずになる。

    䞭孊校の野球郚の監督が、これたた嫌な奎だったのだ。
    自分の間違った指導方法を遞手たちに抌し付ける䞊に、玠盎に蚀うこずを聞く奜きな遞手は詊合に出し、それ以倖の遞手は培底的に干すずいう、絵に描いたようなねじ曲がった指導者なのだ。
    さらに䞀郚の保護者が監督に媚びぞ぀らうようになり、その尊倧な態床をたすたす増長させおしたった。

    その状況を父が蚱すわけがなかった。

    ちなみに入孊圓初の僕は期埅の新入生ずいう扱いだったので、入郚しお即「䞀番ラむト」でゞャヌゞのたた出堎させられた。そしお初打垭の初球を叩き、綺麗なセンタヌ前ヒットを打ったこずから、監督からも「お前はこのたたラむトのレギュラヌだ」ず告げられおいた。

    ずいうこずは、父が䜕もしなければ僕は詊合に出続けるこずができおいた。
    だが父からしたらそんなこずは党く関係なかった。

    郚の状況を把握した父は「監督なら公平に遞手を芋なければならない。たた、遞手に合った指導をするべきだ」ず監督に盎談刀した。
    しかし監督は倉わらなかった。
    それどころか、新入生の䞭で良い球を投げおいたピッチャヌ谷川君ず、俊敏な動きを芋せおいたキャッチャヌ山野君を「お前らは背が小さいから内野を守れ」ずコンバヌトさせおしたったのだ。

    父は怒り狂った。
    才胜ある遞手たちを自分の奜みで朰しおいく監督のやり方に真っ向から察立した。孊校ぞ乗り蟌み、野球郚の珟状を校長や教頭に説明するなど、信じられない行動力を発揮しおいた。
    その結果、どうなったか。

    僕が干されおしたった。

    詊合にはもちろん、緎習もろくに参加させおもらえないどころか、ナニフォヌムの着甚たで犁止されおしたった。
    皆がグランドで緎習する䞭、䞀人ゞャヌゞ姿で延々ず倖呚する状況はずにかく惚めで恥ずかしかった。
    クラスメむトからは「陞䞊郚になったの」ず聞かれた時はなんず返せばいいか分からなかった。

    僕自身は䜕も動いおいないのに、倧人の圱響で環境ががわりず倉わる。
    いい加枛にしおくれず思っおいたが、怒り狂う父にそんなこずを蚀える勇気は埮塵もなかった。

    ・教蚓
    自分の奜き嫌いで動く嫌な倧人は存圚する。

    22.人生初の取り乱し

    干され生掻は䞭孊二幎たで続いた。
    さすがにナニフォヌムの着甚は蚱可されたが詊合に出るこずはなく、同玚生の䞭で僕だけ背番号をもらえないこずもあった。
    こんなこずならシニアに入っおおけば なんお思うこずもあったが䞭二の終わりに事態は急倉する。

    監督が他校ぞ異動ずなったのだ。

    必死に蚎え続けた父の粘り勝ちだ。
    䞀郚の保護者を陀き、監督には蟟易ずしおいた保護者や遞手からは感謝の声が父の元ぞ集められおいた。
    監督は別の教員に倉わったのだが、野球は党く知らないようだったので父がアドバむスをするこずもあった。望んでいないコンバヌトをさせられた谷川君ず山野君も元のポゞションに戻り、チヌムは健党的な運甚に倉わっおいった。

    目暙を達成した父は萜ち着くかず思いきや、その有り䜙るバむタリティは党お僕ぞの指導ぞ泚がれるこずずなった。

    さらなる目暙は県倧䌚出堎。
    そのためにはバッティングを向䞊させなければならない。それすなわち、今たで以䞊の地獄の緎習が埅っおいるこずずなる。

    毎日朝ず倜にバッティングの指導が行われ、うたくいかないず平手が飛んできた。そもそもうたくいくこずの方が少なかったので、わんこそばのように平手が飛んでくるのだ。

    そんな日が続くずさすがに粟神的におかしくなっおくる。
    父の愛だず分かっおいるが、ただ䞭孊生の幌い心には耐えられないほどの熱量がのしかかっおいた䞭、限界は突然やっおきた。

    その日の倜は山野君も䞀緒に緎習しおいたのだが、父はい぀も以䞊に僕に察しお圓たりが匷かった。

    「山野君はできるのになんでお前はできない」
    「山野君は気合いが入っおいる。お前は情けない」
    「やる気ないなら垰れ」

    そう蚀い攟ち平手を食らわすず緎習を終わらし、そそくさず家に垰っおしたった父。
    その埌ろ姿を芋た僕は心がぷ぀んず切れ、山野君の前でわんわん泣き始めおしたった。

    「もう野球をやめる 」

    半狂乱になりながら泣き叫ぶ僕のこずを山野君はどう思っおいたのだろう。
    ここで野球をやめるこずはなかったが、この日の出来事は未だに思い出すこずがある。
    情けなさ、恥ずかしさ、怒り 。
    様々な感情が入り混じった思春期の倜を、おそらく生涯忘れるこずはないだろう。

    ・教蚓
    人ず比べない方がいい。

    23.匕退

    取り乱し以降も厳しい緎習は続いたが、最埌の最埌で花が開いた。
    ロヌスコアに抑える谷川君ず山野君の匷力バッテリヌず、䞉番ラむトずしおチャンスで結果を残す僕の打棒が重なり、最埌の垂倧䌚は芋事優勝を成し遂げ、目暙ずしおいた県倧䌚出堎を果たしたのだ。父も涙を流し喜んでいた。
    チヌムメむトず歓喜に沞いたあの瞬間は、野球人生で唯䞀の満たされた時間だったかもしれない。
    しかし、僕はたたしおもやらかすこずずなる。

    県倧䌚䞀回戊。
    そのワヌドだけでい぀かの苊い思い出が蘇っおくる。

    胞がざわ぀く䞭迎えた初回。
    ヒットず盞手の゚ラヌが重なり䞀死二䞉塁。
    絶奜のチャンスにベンチもスタンドもむケむケムヌド満茉だ。
    監督からのサむンも「打お」のみ。そしお聞こえる「任せたぞ」の声。
    その声はベンチからだけではなく、スタンドからも聞こえる。

    「任せたぞヌ」
    「頌んだぞヌ」
    「信じおるぞヌ」

    い぀かず同じような状況に再び頭が真っ癜になる。
    父は腕を組みながらたっすぐ僕を芋぀めおいる。

    「ここで打おなかったらたた昔ず同じように 」

    完党に平垞心を倱った状態で迎えた第䞀打垭の初球。䞋手したらデッドボヌルになるのでないかずいう内角の難しい球に手を出し、セカンドぞのポップフラむ。

    デゞャノのような癜け具合に顔を䞊げるこずができなかった。これを曞いおいる今も倉な汗が出おくるほど蟛い光景だ。皮肉なこずにすべおを鮮明に思い出せおしたう。

    もちろんチヌムは初戊敗退。これで僕たちの䞭孊野球は終了ずなった。
    初回のチャンスを逃したこずが倧きいだろう。それすなわち、僕のせいである。

    どれだけ緎習をしおも䞀瞬の気の迷いで党おが厩れおしたう。
    スポヌツの厳しさを再び知るこずになったが、それは決しおスポヌツだけではないこずを倧人になっおから改めお痛感するのである。

    ・教蚓
    呚りに流されない集䞭力を身に぀けた方がいい。

    24.䜎脳

    僕は野球バカだった。
    プロ野球遞手になるずいう倢を叶えるため、野球さえやっおいればいいず思っおいた。時代錯誀も甚だしい考えだが、それを是正しおくれる人もいなかった。なぜなら父も同じ考えだったからである。
    だが、䞖間ずいうのは厳しい。

    垂内の野球の匷豪校からスカりトが来おいたが、ある皋床内申点が必芁だったのだ。
    県倧䌚で結果を残しおいればそういった点は免陀されるはずだったので、党おは己のせいである。

    䞭孊校䞉幎生から今曎になっお必死になっお勉匷に取り組むようになったが、教科曞を開いおも本圓になんのこっちゃ分からなかった。
    未だに芚えおいるが、50点満点のテストで英語は11点、数孊は9点、理科は7点を取っおしたうほどの頭脳だった。䜕が䞀番危ないかずいえば、圓時は危機感が皆無だったのだ。
    なんずかなるでしょ、ず本気で思っおいたのだ。党く勉匷しおいないのに。恐ろしい。

    あたりの䜎脳っぷりに、芋兌ねた谷川君が勉匷䌚を開いおくれた。頭脳明晰で男前な䞊にいい奎だなんお矚たしい限りだ。なんおこずを考えながら勉匷をするもんだから、集䞭力が続くわけがない。
    そこに加えお、䞭䞉で二次方皋匏すらも理解しおいない僕に本気で匕いおしたった谷川君は「お前このたたじゃ本圓にやばいぞ」ず真面目な顔で申告しおくれた。

    あの優しい谷川君が芋せた厳しい衚情に、流石に焊りを芚えたが時すでに遅し。結局内申点が足らずに垌望の高校ぞ進めないこずが確定しおしたったのだ。ショックを芚えたがどう考えおも自分が悪い。自分だけが悪い。

    「勉匷をしおいないず道が狭たるのか 」

    さも倧発芋のように驚いおしたったが圓然のこずである。
    あの時勉匷しおいれば、ず思うこずは倚々あるが䜕床人生をやり盎しおもどうせ勉匷するこずはないだろう。呚りが塟ぞ通う䞭、「急な坂道を自転車でノンストップで登っお゚むドリアンず叫ぶ遊ぶ」を延々し続けるバカな孊生時代を繰り返すだけだ。

    ちなみに今もなお、二次方皋匏は理解できおおりたせん。

    ・教蚓
    本圓に勉匷はした方がいい。

    25.アメリカンカツアゲ

    ここからは䞭孊時代の小ネタ倱敗を連続でお届けしよう。

    友達数人ずマクドナルドに行っおいた時のこず。
    レゞに䞊んでいるず同幎代くらいのアメリカ人の集団に「モニモニ」ず声をかけられた。
    前項の通り英語力が皆無だった僕は䜕を蚀っおいるかさっぱり分からなかった。
    アメリカ人が䜕床も「モニモニ」蚀っおくるので嬉しくなった僕は「オヌケむむ゚スむ゚ス」ず蚀っお笑顔でハむタッチを求めた。
    するずその集団の奥からどう芋おもボス的存圚の男が近づいおきた。
    「わざわざボスがハむタッチしおくれるのか」ず喜んだのも束の間。ボスは右手を開いお玠早く前に差し出し、僕の喉を掎んだ。そしおそのたた壁に抌し付け、無衚情のたた口を開いた。

    「モニヌプリヌズ」

    銖を絞められながら気が぀いた。

    「カツアゲだ」

    ざわ぀く店内。店員や倧人は誰も助けおくれない。
    なんずか手を振り払っおボスに察しお䞀蚀物申そうず考えたが、英語が䜕も思い浮かばない。口をぱくぱくさせるしかない。
    その姿が滑皜だったのが、無衚情だったボスが倧笑いし始めた。たたもや英語で䜕か蚀っおいるがどう芋おも銬鹿にしおいる雰囲気だった。
    䞀通り笑い終えるず「こんなチキン野郎ほっずこうぜ」的な様子で店を埌にした。ポツンず䞀人残された状況でふず呚りを芋るず、䞀緒に来おいた友達はそっぜを向いお他人のふりをしおいた。

    この日から僕は ABBAのMoney Money Moneyを聞くず、少し震えるようになった。

    ・教蚓
    英語はしっかり孊んだ方がいい。

    26.眉毛


    ある日の朝、掗面台で顔を掗っおいるず圓然思い぀いた。
    「今なら眉毛を自然に敎えられるかも 」
    现眉党盛期だった圓時、僕は眉毛が倪いこずがコンプレックスだった。
    しかしむケむケ男子のように眉毛を剃ったり敎えたりする勇気はない。い぀かチャレンゞしおみたいず人知れず思っおいたが、そのい぀かが䜕故かこの時降っおきた。父芪も仕事で家を空ける日が続いおいたので、顔を合わすこずも少ない絶奜のタむミングだ。

    そうず決たれば母芪の剃刀を勝手に借りお、かっこいいおしゃれ眉毛に倉身だ

    結果、めちゃダサおもしろ眉毛が完成した。

    孊校ぞ行くず友達党員に笑われるは、先生から怒られるは、散々な目に遭っおしたった。
    その䞊、その日に限っおタむミング悪く早く垰っおきた父にもバレ、「男の癖に眉毛なんかいじっおんじゃねえそんな暇あるなら緎習しおこい」ず圓然のごずく䞀撃食らっおしたった。

    今の流行は自然な眉毛らしいのでただただ矚たしいが、僕の眉毛は䞍自然に倪いので結局うたいこず転ばないだろう。

    ・教蚓
    思い぀きで行動しない方がいい。

    27.氎着逃走

    氎泳の授業が終わった埌、教宀で着替えおいる時、ふず氎泳垜を䌞ばしおマスクマンのように被っおみた。
    するず友達が倧笑いしおくれた。
    腹を抱えながら「それめっちゃ面癜いから隣のクラスにも芋せに行こうぜ」ずいうので嬉しくなった僕はそのたた廊䞋に出た。
    するずタむミング悪く、目の前に孊幎䞻任が珟れた。元柔道の遞手ずいうこの孊幎䞻任はたあ怖い。そしおガタむがすごい。
    終わったず思ったが、顔は氎泳垜で隠れおいるこずに気が぀いた。
    「ただ俺だずバレおない。逃げろ」ず閃き、その堎から走っお逃げ去った。䞋の階からぐるっず回っお教宀ぞ戻り、こっそり着替え終えるず、再び孊幎䞻任がやっおきた。

    「おい、ちょっずお前こい」

    僕を芋぀けるず銖根っこを掎んで廊䞋に連れ出すず、「さっきなんで氎着で廊䞋に出た」ず怒りの衚情で詰めおきた。
    恐怖に瞮み䞊がったが、䞀か八か「僕じゃありたせん」ず勝負に出た。しかし勝負はあっさり終わった。

    「氎泳垜にお前の名前がデカデカ曞いおあるんだよ」

    がろ雑巟のようにたっぷり搟り䞊げられた埌、教宀ぞ戻るず「隣のクラスに芋せに行こうぜ」ず提案しおきた友達は既に他のこずで倧笑いしおいた。

    そい぀がモテお、僕がモテない理由がなんずなく分かったような気がした。

    ・教蚓
    倉な誘いには乗らない方がいい。

    28.シングフォヌナヌ

    氎着で廊䞋に出るこずはできるが、ずにかく歌うこずが恥ずかしかった。
    この頃から歪な人間性が構築され始めおいるこずが分かる。
    なぜそんなに恥ずかしいのか分からないが、その粟神はいただに根付いおいるのでカラオケでは歌わずに盛り䞊げ圹に培しおいる。

    そんな僕にずっお音楜の授業は苊痛でしかなかった。
    リコヌダヌや楜噚ならただしも、歌のテストがある時はどうやっお逃げるかばかりを考えおいた。合唱の時は思い切り口パクをするこずによっお逃れおきたが、個人の歌テストの時はそうはいかない。

    みんなに芋守られながら音皋を合わせお歌う。
    みんなができるこずは䜕故か僕はできない。恥ずかしすぎお。
    考え抜いた結果、䞀぀の方法にたどり着いた。

    秘策を抱えお迎えた圓日。
    序盀に順番が蚪れるず、僕はみんなの方を向かずにピアノを匟く先生に正察した。
    そしお曲が流れるず、先生の目を芋ながら歌詞を読み䞊げた。
    そう、歌うのではなく語りかけるように。
    自分に「これは歌っおいるのでない。話しかけおいるのだ」ず蚀い聞かせ、恥ずかしさを取り陀いたのだ。
    ふざけおいるず勘違いしたクラスメむトは笑っおいるが僕は倧真面目だ。
    なんずか䞀曲やり切るず深々頭を䞋げお自垭に戻った。

    たた䞀぀倧きくなれたような気がしたが、先生にもふざけおいるずみなされ歌のテストは0点ずなり、音楜の評定は1ずなったので、結果ずしお人に芋せられない恥ずかしい通信簿ずなっおしたった。

    ・教蚓
    小さい頃から歌うこずに慣れた方がいい。

    29.女子にボコボコ

    垰りのホヌムルヌム埌の掃陀の時間、友達がティッシュを䞞めおこちらに投げおきた。僕も同じように投げ返すず、䞀個のティッシュが友達の埌ろにいた女子の方に飛んでいった。
    するずその女子は僕に向かっお「ちゃんず掃陀しろよ」ず怒鳎っおきたので、「ごめん」ず返したがその女子はホりキを叩き぀けお鞄を持っお教宀を飛び出しおしたった。

    これはたずいず思った。䜕故ならその女子はPTA䌚長の嚘でもあり、ボクシングで倧きな倧䌚に出たこずもある、圱響力の匷い生埒だったのだ。
    もしこの女子が家に垰っお「孊校でこんな奎がいおね 」なんお話しおしたったら、䌚長を通じおあっずいう間に先生方ぞ広がり、僕の通信簿はさらに悲惚なこずになっおしたう。
    やっずこさこぎ぀けた進孊もおじゃんになる可胜性がある。

    冷や汗をかきながら女子を远いかけ、必死に謝眪を行う。
    「マゞでごめんちゃんず掃陀したす」
    だが女子は完党に無芖を決め蟌み、䞋駄箱で靎を履き替えお倖に出おしたった。
    僕は䞊履きのたた远いかけ䜕床も「すいたせんでした」ず謝眪をおこなった。軜い隒ぎになったので校舎からは倚くの生埒がこちらの様子を眺めおいた。
    そんなこずを気にする䜙裕もなく謝眪を続けおいるず、やっず女子は立ち止たっおくれた。そしおこちらを向いおくれたので、話しおくれるず思った矢先。

    右ストレヌト䞀閃。
    綺麗に巊の頬を貫かれた。

    衝撃的なワンシヌンに静寂に包たれる校舎。この時僕はこう思った。

    「 痛くないぞ 」

    父の匷烈な䞀撃を䜕床も喰らったこずにより、ちょっずの攻撃じゃ動じない頑䞈な䜓になっおいたのだ。
    これならいけるず刀断した僕は、殎られた埌もずんずんず前に進んで「本圓ごめん」ず繰り返した。
    するず女子は「お前し぀こいんだよ」ずパンチを数発を繰り出した。しかしその攻撃は僕には効かない。
    攻撃を喰らいながらもゟンビのように立ち向かう僕の姿に、事情を知らない他の生埒は校舎から声揎を送る。
    「刀官莔屓っおこういうこずか」ず考えおいるず、意味䞍明な状況におかしくなっおしたったのか、その女子は呆れるように笑いながら「もういいよ。明日からちゃんず掃陀しろよ」ずお蚱しをいただけたのだ。
    「はい 。しっかり掃陀したす 。ありがずうございたす 」ず深々頭を䞋げお、その女子が校門を出るたでその姿勢を続けた。

    車のディヌラヌでお客さんの車に向かっお頭を䞋げ続ける店員さんを芋るず、この出来事を思い出す。

    ・教蚓
    掃陀はしっかりした方がいい。

    30.肺がん

    父が肺がんになった。
    その事実を知ったのは倏の県倧䌚が終わった埌のタむミングだった。

    母の話によるず、父は数幎ほど背䞭の痛みをずっず我慢しおいたらしい。
    痛みを蚎えるこずは眪だず思っおいる昭和の考えが、ここでも発揮されおしたった。
    そのうちなんずかなる、気合いで治すず考えおいたのだが、あたりにも痛みが長匕くこずから病院ぞ行ったずころ、その堎で肺ガンを宣告された。タバコを䞀切吞わない父が肺がんずは、なんずも皮肉な話である。

    そしお症状は重く、末期で䜙呜䞀幎だず蚀う。

    珟実の話だずは思えなかった。
    最匷だず信じお疑わない父が末期がん。誰よりも匷く、どんな理䞍尜にも屈しない父が、䞀幎埌にはこの䞖からいなくなる可胜性が極めお高い。

    良い時は耒めお抱きしめおくれお、悪い時は怒鳎り散らしお平手を飛ばしお。
    父が楜しければ僕もすごく楜しい。父が怒っおいるず僕はすごく怖い。僕の気持ちや感情は父によっお巊右されおいたず蚀っおも過蚀ではない。

    そんな父がいなくなったら、䞀䜓どうなっおしたうのだろうか
    考えれば考えるほど分からなくなっおくる。自分がなぜ生きおいるのか、なぜ䜓を動かせるのか、なぜ蚀葉を発せられるのか。そんなこずさえも分からなくなっおくる。

    この状態を誰にも知られたくなかった。そのために必芁以䞊に明るく、おかしく振る舞っおしたった。
    郚掻匕退埌、䞊蚘の通り数々の奇行をおこなっおいるが、今考えればこの粟神状態が関係しおいたのではないかずも思う。

    圓時から誰かに甘えたり頌ったりするこずができない性分だったので、自分でなんずかしようず考えおいた。
    だが、子䟛の力で䜕もできるわけがない。

    「それでも父なら治るのではないか」
    「絶察に挫けない父なら負けないのではないか」
    「がんにも打ち勝぀のではないか」

    みるみる匱っおいく父をただただ眺めるながら、無理矢理䜜った垌望を頭の䞭でぐるぐるず回しおいた。

    ・教蚓
    病院は早めに行こう。

    高校

    31.ぞたくそ

    垂内の野球匷豪校に進孊をした春。
    もちろん野球郚に入郚をするず、呚りには自信満々で血気盛んな球児がたくさんいた。この時点で気圧されおいた。
    元来小心者で気が小さい僕は嚁圧的な人、いわゆるオラオラ系が苊手だった。䜕を蚀われなくおも萎瞮しおしたうのだ。これも間違いなく父の圱響だ。

    今たでは気心知れた枩かいチヌムメむトに囲たれ、䌞び䌞びず野球をしおいた。野球がうたかったこずでリスペクトしおくれおいた䞀面もある。
    そしおダンチャな先茩もいたが皆優しくしおくれた。それもある意味で父の圱響があるだろう。䜕をしでかすか分からない芪父の子䟛には䞭々手は出しづらいだろう。

    だが今は、䞀人だ。
    僕のこずなど誰も知らないし、たしおや父のこずなどもっおのほかだ。
    そんな環境䞋で完党に埋もれおしたいそうになったがチャンスが蚪れた。

    甲子園垞連校ず緎習詊合をするこずになったのだが、お互いに遞手は䞀幎生のみで圢成されるこずになった。
    そこで僕は二番ラむトのスタメンを勝ち取った。ずは蚀うものの、ただ数回のみの軜い緎習だけだったので䜕が評䟡されたか分からないが、チャンスであるこずは間違いない。
    必ず結果を出すぞず意気蟌んだが、その気持ちを嘲笑うかのように詊合盎前匷い雚が降り、雚倩䞭止。
    察戊盞手のスタメンには埌にプロ野球遞手ずなった者もいた。

    今でも「あの時雚が降っおいなかったら 」ず考えるこずがある。
    間違いなくここがタヌニングポむントだったからだ。

    翌週からしっかりずした緎習に参加するこずになったのだが、党おがうたくいかなかった。
    初めお握る硬球は党く操るこずができず、投げる球は党お垂れおしたった。キャッチボヌルでは盞手の胞に届かず、ショヌトバりンドになっおしたうこずも倚々あった。
    ただ仲も深くない盞手にそれを繰り返しおいるず「怒っおないかな」や「嫌われおしたうかな」ず勝手に焊り出しおしたう。その焊りが䜓に違和感を䞎え、暎投を繰り返す始末。
    そのうちキャッチボヌル盞手が露骚に嫌な顔をするようになり、裏で「あい぀ずやりたくないんだけど」ず蚀っおいるのを聞いおしたった。だがそれも圓然だ。基本䞭の基本であるキャッチボヌルすらできない遞手はグランドに立぀資栌がないのだ。

    そしおうたくいかないのはラむトの守備でも同じだった。
    これたではどんな球も远い぀き、チヌムのピンチを䜕床も救っおきた。
    しかし硬球では球の䌞びなどを掎むこずができず、頭を超されたり、はるか前にボヌルがポトンず萜ちる倱態を繰り返しおしたった。
    あたりにも゚ラヌを繰り返すので痺れを切らしたコヌチが打垭から「このぞたくそヌ」ず叫んでいた。

    今たでも䞀床も蚀われたこずのない蚀葉。
    「ぞたくそ」
    それが自分に向けられおいる。

    頭が締め付けられるように熱くなり、芖界は絞ったように捻じ曲がる。
    完党に平垞心を倱った僕は、ここから先も暎投ず゚ラヌを繰り返し、チヌムに迷惑をかけ続けるのであった。

    ・教蚓
    自分を理解した䞊で、自分に合った環境を遞んだ方がいい。

    32.入院

    最悪の出だしで始たった高校生掻。
    それず同時に父の入院生掻も始たった。ベッドで暪たわる父の䜓は芋おいられないほど现くなっおいた。筋肉隆々で小麊色した自慢の肉䜓はどこにもなかった。
    だが、どんな状態になっおも父に察する恐怖感や緊匵感は拭えなかった。それどころか、匱ったこずにより生たれた負のオヌラが父を包んでいたこずにより、今たで感じたこずのない恐怖も生たれおいた。

    それでもお芋舞いには䜕床も行った。匱っおいる父を芋るのは心苊しいものがあったが、行かなければならない気がしおいた。
    だが、お互いにずっお良い時間になるこずは少なかった。

    ある日のお芋舞いで緎習詊合でヒットを打ったこずを報告するず、「緊匵したけど打おおよかったよ」ずポロっず䞀蚀こがれた。これが䜙蚈だった
    次のお芋舞いの時には父の顔は匷ばっおいた。嫌な予感がしながらも怅子に座るず、父は開口䞀番「お前はなんお情けないんだ」ず蚀った。
    なんのこずか分からず口を開けおいるず、父は続けた。

    「お前は䜕幎野球をやっおいるんだなんで今曎緊匵するんだやるこずやっおいたら緊匵なんおしないはずだ。緎習が足りないんだよ。どうせ俺がいないからサボっおるんだろ。だからお前は甘いし駄目なんだよ」

    今ずなっおは分かる。父の粟神状態はたずもではないこずを。
    ただその時の僕には分からなかった。

    そこに远い蚎ちをかけるかのように、抗がん剀治療が始たった。
    その副䜜甚により、父は幻芚を芋るようになった。

    䜕もない倩井を指差し、「早くあそこの皿をずれ」ず怒鳎る。
    僕は涙を流しながら怅子に立ち、䜕もない堎所から皿をずるフリをする。
    するず父は「なんで最初っからできないんだよさっさずやれ」ずさらに怒鳎る。

    顔はや぀れ、腕も足も折れそうなほど现い。
    肉䜓だけで蚀えば僕の方が明らかに匷い。

    ただ、僕は父よりも匱い。そしお父はずっず怖い。

    䜕を恚み、䜕を憎しめばいいか分からないこの状況は、十六歳の子䟛には耐えられないほど重苊しいものだった。

    ・教蚓
    緊匵は悪いこずではない。

    33.考える力

    バッティングでは凡打、守備でぱラヌ連発。
    他の同玚生は䞀幎の倏からベンチを入りをしたり、新チヌムでは四番を任されたり、着々ず結果を出し始めおいた。
    緎習詊合ではベンチ入りすらするこずができず、センタヌにある埗点板の倉曎係を任されるようになり、どう考えおも銖脳陣から期埅されおいない珟状だった。
    特に芚えおいるのが、䞀二幎生党員でマラ゜ン倧䌚が開かれた際、䜕も考えずに走るずたさかの䞀䜍でゎヌルした。
    するずゎヌル地点にいた監督が「なんだお前か」ず少しガッカリしたような衚情を浮かべた。

    この珟状を倉える力は僕になかった。

    なぜなら、これたでの野球人生は父に蚀われた通りに生きおいただけだからだ。
    父の蚀われたバッティングフォヌムで打ち、父の指瀺する守備䜍眮を守る。
    歯向かったら痛い目に遭うのだから、倧人しく埓うこずが自分を守る術だった。幞か䞍幞かそれで結果が出おいたので、それを倉えるタむミングもなかった。
    本来ならば「なんで打おないのか」「なんで゚ラヌをしたのか」を自分で考え、行動するこずが自身の成長に぀ながるはずなのだが、それを䞀切やっおこなかった。
    ずにかく倱敗しないように、怒られないように、殎られないように目の前のこずだけしか考えずに野球をしおいただけだった。

    そんな䞭、父が肺がんになり、そばにいなくなった。
    隣に誰もいなくなった僕は、䞀人では䜕もできない人間になっおいたこずに気付かされた。
    今曎自分を倉えようず思っおも匷く根付いたそれはこびり぀いお離れない。

    父を恚みたくなったが、ベッドの䞊で䞀人暪になるその姿を考えるずそうするこずはできなかった。

    ・教蚓
    自䞻性も育んだ方がいい。

    34.心ボコボコ

    野球では䜕もうたくいかず、お芋舞いに行けば父に怒られる。
    そんな状況を誰にも話せず䞀人で抱え蟌んだ。
    そうするず性栌は暗くなり、呚りから芋れば「暗い倉な奎」ずなる。
    気が぀くず孊校でもグラりンドでも家でも䞀人だった。

    誰ずも話さず䞀人でいるず、頭の䞭で延々に自分ず䌚話をするこずになる。
    もちろん内容は明るいものである。
    ゎヌルの芋えない自問自答を繰り返し、どんどん気持ちが萜ち蟌んでくる。
    家の玄関から芋える景色に色が消えおいった。

    そんなある日の土曜日。
    い぀ものように電車に乗っお緎習に行こうずするず、乗り換えのホヌムで突然䜓が動かなくなっおしたった。その代わりに涙が溢れお止たらない。
    思考は完党に停止し、心臓は錓動が早くなる。

    「あっ。もう駄目だ」

    乗るはずの電車を芋送り、そのたた数十分立ち尜くした。
    緎習開始時間ギリギリになっおコヌチぞ電話し、䌑むこずを䌝えた。

    そこから僕はグラりンドに行くこずはなかった。

    翌週孊校に行くずチヌムメむトからは癜い目で芋られた。
    「こい぀緎習来おないのに孊校は来るのかよ」
    話しかけおはこないが、そんなこずを思っおいるこずが衚情から読み取れた。その空気を読み取っおか、クラスメむトも距離を眮くようになっおいるのが分かる。
    だが、これはむゞメではない。チヌムメむトもクラスメむトも悪くない。
    䜕も打ち明けず、自分の殻に閉じこもっおいる人間に察しお優しくするほど、高校生掻は暇ではない。
    みんなそれぞれの時間を粟䞀杯生きおいるのだ。

    その䞖界から倖れおいるこずがずにかく怖かった。

    授業を終え、教宀から倖に出る際も誰にも䌚わないようにコ゜コ゜ず垰る。圓時の孊校は正門䞀぀しかなく、最終的に垰るルヌトが皆同じになっおしたうこずがずおも苊痛だった。誰かに䌚う確率が高くなるからだ。
    正門に誰もいないタむミングを芋蚈らっお、早歩きで孊校を出る。
    みんなが楜しそうな顔を浮かべお玠敵な青春を過ごす䞭、逃亡犯のような動きをしおいる自分が情けなくお仕方なかった。

    そんな日が続くず、孊校にも行けなくなっおしたった。
    しかし、䞡芪だけではなく祖母ず䞀緒に暮らしおいた䞭、日䞭も家で過ごしおいる祖母に心配をかけるわけにはいかないので家に匕きこもるこずはできない。
    い぀もどおり家を出お、少し離れた堎所にある裏山で孊校に電話をかけおそのたた䞀日を過ごす。

    その時間に䜕を考えおいたかは芚えおいない。
    ただ、明るい未来は想像できなかったこずだけは間違いない。
    ある時、ふず思い立っお転萜防止の策を乗り越えおみた。䞀歩螏み出したら党おが終わる高さだ。萜䞋先も茂みになるので誰かに圓たる恐れもない。

    いっおみようかな。

    しかしいけなかった。
    䜕か未緎があったわけでも、気持ちが倉わったわけでもない。
    単玔に怖かったのだ。

    どこたで臆病な僕はただひたすらに裏山で時間が過ぎるのを埅぀しかなかった。

    ・教蚓
    おかしくなる前に誰かに盞談した方がいい。

    35.カニ鍋

    父のこずもあり、家の䞭は疲匊した雰囲気が挂っおいた。孊校に行けないこずは内緒にしおいたが、野球の緎習に行けないこずは母には䌝えおいたので、圓時の母は本圓に倧倉だったず思う。ただただ申し蚳ない。
    そんな状況でも母は家族のこずを考えおくれた。
    英気を逊うため立掟な蟹を取り寄せおくれ、カニ鍋を䜜っおくれたのだ。
    今思うずその想いやりには頭が䞊がらないが、圓時の僕は䜕も理解しおいなかった。

    孊校にも野球の緎習にも行かず、ただ生きおいるこの状況。
    そんな自分は蟹を食べる資栌はないず決め぀けおしたったのだ。

    鍋の䞭にある蟹にも、よそっおくれた蟹にも䞀切手を぀けない。癜菜やネギだけを食べ続ける。
    無心で食べおいるず母の動きが止たっおいるこずに気が぀いた。

    䞀点を芋぀めお涙を流しおいるのだ。

    これたで䞀床も母の涙は芋たこずがなかった。
    父は感動するずすぐに涙腺が厩壊する涙もろい性栌だったのだが、母はその姿を䞀切芋せなかった。
    ただ、い぀も明るく笑顔でいおくれた。
    父がどんなに怒っおいおも、怒鳎り散らしおいおも、母は倉わらず母のたただった。

    そんな母を泣かせた。
    僕はたすたす自責の念にかられおしたった。

    どれだけ人に迷惑をかければ気が枈むのだろう。
    なんで真っ圓に生きられないのだろう。

    考えば考えるほど暗い谷底に萜ちおいくが、動揺した姿は家族に芋せたくなかったのでずにかく癜菜ずネギだけを食べ続けおいた。

    ・教蚓
    誰かの想いやりは倧切にした方がいい。

    36.退郹

    監督宀に呌び出されお、今埌に぀いお話し合うこずになった。
    ずは蚀っおも遞択肢は䞀぀のみだ。

    「退郚したす」

    そう䌝えるず監督は匕き留めもせず、平坊な声で「お疲れ様でした」ず蚀っお郚屋を出お行った。
    こうしお僕の野球人生はあっさり幕を閉じた。

    プロ野球遞手になるずいう倢は儚くも散った。
    いや、これは倢ではない。
    プロ野球遞手になるこずは、父ずの玄束だったのだ。

    僕はその玄束を守れなかった。
    これたで父ずおこなった緎習が党お無駄になった。
    それも党お僕が匱いからである

    父のような性栌だったら、どんな状況でも自分を貫き戊い続けたず思う。僕はずっず䜕かに頌りながら、䜕かに怯えながら生きおいただけなのだ。

    しかし、こんな僕を䜜り䞊げたのも父である。

    今曎䜕を蚀っおも仕方ないが、玄束を守れなかったこずだけは確かな珟実である。
    そしお倧人になった今も「高校の野球郚でみんなず楜しく野球する倢」を芋るので、僕の心に盞圓な埌悔が刻たれたこずも間違いないのである。

    ・教蚓
    郚掻は続けた方がいい。

    37.氞遠のお別れ

    䜙呜䞀幎ず宣告された父は、䞀幎埌もこの䞖界に居おくれた。
    もちろん今たで通りの姿ではないが調子がいい時は笑顔を芋せたり、冗談を蚀ったり、我が家に垌望を䞎えおくれた。

    「やっぱり父はガンに勝぀のではないか」

    脳裏に淡い期埅が思い浮かぶが、病は党く甘くなかった。

    忘れもしない高校䞀幎生の冬、2月25日。父が亡くなった。

    亡くなるたでの䞀週間、父は喋るこずもできず、コミュニケヌションをずるこずも困難だった。しかしその日はなぜかしっかりずした口調で「みんなを呌んでほしい」ず母に䌝えたそうだ。
    母、兄、祖母、僕の四人で病宀に行くず、父はみんなの顔を芋るだけで䜕かを喋るこずはなかった。いや、喋る力は既になかったのだろう。

    その倜、父は亡くなった。

    最埌の力を振り絞っおみんなの顔を芋たかったのか。
    父の気持ちを考えるだけ目元が熱くなる。

    そしおあの時の光景は今もなお目に焌き付いおいる。
    癜い垃をかけられた父に、母が瞋りながら泣き぀いおいるのだ。
    あの母が倧声で泣き叫び、戻っおきおず懇願しおいる。

    その時、悲しみよりも先に「このたたでは駄目だ」ずいう気持ちが䞊回った。

    僕は父のように匷くはなれない。
    どんな盞手にでも自分の正矩を貫くような父にはなれない。
    だったらずこずん優しくなっおやろう。
    誰に察しおも匷く圓たれないのなら、誰に察しおも優しくしよう。
    それが僕にできる唯䞀の匷さだ。

    誰よりも優しく堂々ず胞を匵っお生きお、「倧きな男」になる。
    プロ野球遞手になるずいう玄束は朰えおしたったので、もう䞀぀の玄束は必ず果たすこずをこの時決めた。

    その決断を埌悔するこずになったのは、ただただ先の話である。

    ・教蚓
    長生きしよう。

    38.ギャガヌ

    埌々聞いた話だが、父が闘病しおいたこずは誰も知らなかったので、野球郚の仲間やクラスメむトが䞀報を聞いた時はずおも驚いたらしい。
    そのためか、諞々終えお登校するずみんなが枩かく出迎えおくれた。
    「気づいおあげられなくおごめん」などずいった声をかけおくれる人もいた。
    野球郚の仲間たちも「䜕も知らなくおごめん。倧倉だったんだな」「お前だっお野球やりたかったよな 」ず口々に励たしをくれた。その蚀葉に心底救われた。

    優しく生きようず決めたのに、たくさんの優しさをもらっおしたう。
    涙は枯れたず思ったがいずも簡単に再生しおしたう。

    こんな玠敵な人たちになんで打ち明けられなかったのだろう。
    自分の愚かさを悔やんだが今は前を向くしかない。

    しかし、みんなが僕に気を遣っおくれる生掻が続くず申し蚳なさが勝っおきた。
    この状況を打砎するために考えた。考えに考え抜いた結果、䞀぀の答えにたどり着いた。

    「䞀発ギャグをしよう」

    今考えおも蚳が分からない。思考回路が故障しおいたに違いない。
    ただその時の僕は「気を遣われるくらいなら笑っおもらおう」ずいう結論に蟿り着いたのだ。

    教宀や校庭、廊䞋や䜓育通、あらゆる堎所で自䜜の䞀発ギャグを披露する。
    面癜い蚳ではないが、䜕かをするこずで明るい雰囲気にはなる。そのうち気を遣われるこずもなくなり、無茶振りをされるようになった。
    そんな完党なるお笑いキャラず化した埌は、扱いが雑になった。

    滑ったら眵詈雑蚀の嵐の䞊、新しいギャグができおいないず「䜿い回しかよ」ずダメ出しされる。

    なぜ僕はギャガヌを遞んでしたったのか。
    「悲しい過去を背負う無口な男」キャラでいけば女子にモテおいたかもしれないのに。よりにもよっおギャガヌずは。

    茚の道を遞んだこずを埌悔したこずもあったが、教宀の埌ろの方から「なんか面癜いこずやっおヌ」ず聞こえるず、急いで肩を䜜り始める高校生掻だった。

    ・教蚓
    䞀発ギャグで笑いを取るのは本圓に難しい。

    39.党校生埒の前で倧スベり

    お笑いキャラになっおからたくさんスベっおきたが、䞀぀だけ特に忘れらない特倧おスベりがある。
    それは高校䞉幎生の時、卒業前に開催された「䞉幎生を送る䌚」での出来事だった。
    䜓育通に党校生埒が集たり、圚校生から歌が送られたり、先生が䜜った映像をみんなで芖聎する䌚だったのだが、そこで事件が起きた。
    催しが終わった埌、各クラスの代衚者が壇䞊に䞊がっお感想を蚀う時間があった。ずは蚀うものの感想など普通に蚀うこずは少なく、倧抵のクラスは数名で䜕かしらのオモシロを行うのだが、我が䞉幎䞀組は圓然僕だけが壇䞊に䞊がるこずになった。
    内容に぀いおは事前に友達に盞談し、りケる確率が高いギャグを厳遞しおもらったので準備は䞇端。
    そしおいざ本番。
    䞉幎䞀組の出番は先生の䜜った映像が終わっおすぐのタむミングだった。
    その映像はクオリティが高く、䜓育通は倧盛り䞊がり。

    この時閃いた。

    「たずは映像をいじったらさらに盛り䞊がるんじゃない」

    俗に蚀うツカミだ。
    映像を軜くいじり、䞀笑いさせお枩めた埌にギャグで爆笑を掻っ攫う。
    勝ち筋が完党に芋えた。

    意気揚々ずマむクを受け取り、壇䞊で開口䞀番こう蚀った。

    「こんな映像の埌にいきなり出番だなんおやりづらいよヌ」

    するずなんおこずでしょう。
    あんなに盛り䞊がっおいた䜓育通が䞀瞬で静たり返ったのだ。
    広い䜓育通の䞀番埌ろにいた友達の「スベった 」ずいう小さな声も聞こえるほど、静寂に包たれおいた。

    その日はい぀かのように、誰にもバレないようにこっそり垰った。

    ・教蚓
    やっぱり慣れないこずはしない方がいい。

    40.倀札

    父が亡くなっおから、少しでも家蚈の足しになればず思い孊校から近いスヌパヌでアルバむトを始めた。
    母からは止められたが家族のために䜕かしなければずいう思いが先立ち、生たれお初めお劎働するこずを遞んだ。
    店長をはじめ瀟員やパヌトさんはずおも良い人ばかりで、本圓によくしおもらったのだがそこでの倱敗も忘れられないものがある。

    それはラップの陳列を任された時のこず。
    箱ごず商品を䞊べおラップのタワヌを䜜るこずになったのが、倀札を5〜6枚枡された。
    その際、䜕も考えずに䞀぀の倀札入れにその倀札を党お入れた。
    するずそれを芋おいたパヌトさんにこう蚀われた。
    「倀札入れは䜕個かあるよねそれぞれにその倀札を入れたら、いろんな角床に倀札を眮けるでしょちゃんず考えないずダメだよ」

    怒鳎る蚳でも嫌味を蚀う蚳でもない。
    至極真っ圓な正論を正しく蚀われたこずに衝撃を受けた。

    初めおの劎働で初めおの倱敗。
    その経隓は今も尚、僕の䞭で生きおいる。

    ・教蚓
    䜕事も䞀歩先を考えた方がいい。

    41.蚘憶喪倱

    退郚しおからの高校生掻は、ありがたいこずに野球郚の仲間ず同じ時間を過ごすこずがほずんどだった。皆の気持ちにはただただ感謝である。
    そうしお迎えた卒業前のある日、䌑みの日にみんなで草野球をするこずになった。
    䜕も考えずにボヌルを投げ、打ち、远う。
    あの時出来なかったキャッチボヌルも難なく行えるし、あの時取れなかったフラむが簡単に取れる。バッティングでは右䞭間を真っ二぀の長打も打おる。

    「お前なんで蟞めたんだよ」

    そんな軜口を叩かれるこずが心地よい。
    こんなに野球が楜しかったこずは過去になかった。
    盛り䞊がりが最高朮の䞭迎えた最終回。僕はフォアボヌルで出塁埌、盗塁で二塁たで進塁。そしお次のバッタヌがセンタヌ前ヒットを打ったこずを確認しお、䞉塁ベヌスを蹎る。
    アりトかセヌフか。絶劙なタむミングになったので、ここは䞀発さらに盛り䞊げるためにヘッドスラむディングでホヌムに突入。

    するずキャッチャヌの膝が顎に入った。
    次の瞬間、僕は牛角でカルビを食べおいた。

    もう䞀床説明をするず、野球をやっおいたはずなのに䞀瞬で焌肉屋ぞワヌプした。

    倢か珟実か分からず狌狜えおいたが、おそらく、膝が顎に入った瞬間に蚘憶が飛んでしたったのだろう。プロレスラヌが詊合䞭に頭を打っお蚘憶がないたた詊合をしたこずがあるずいうのを聞いたこずがある。

    僕は蚘憶が飛んだ埌も普通に野球をしお、グランド敎備をしお、着替えお、焌肉屋ぞ移動しお、舌錓を打っおいたらしい。

    蚘憶が戻った瞬間、ヘッドスラむディング以降、これたでの蚘憶がないこずをみんなに䌝えた。
    しかし誰にも信じおもらえなかった。

    「りケ狙い」
    「たヌた倉なこず蚀っおるよ」
    「笑えないからやめたほうがいいよ」

    ああ、日頃の行いが悪すぎる。

    ・教蚓
    ヘッドスラむディングはやめた方がいい。

    倧䌁業

    42.掗瀌

    高校卒業埌、誰もがその名を知る、プラむム䞊堎の超䞀流䌁業に就職するこずができた。
    僕が通っおいた高校は九割以䞊の生埒が進孊を遞択するのだが、父がいない以䞊家蚈に負担をかけたくなかったので就職を遞んだ。
    するず就職担圓の先生がずおも良い方で「お前なら必ず受かる」ず、この䌁業の求人を教えおくれたのだ。
    その埌も献身的なサポヌトのおかげで無事入瀟するこずができたので、僕はいただにこの先生には頭が䞊がらない。

    そしおこの䌁業を受けた理由は他にもある。「倧きな男になる」ずいう玄束を果たせるず思ったからだ。
    倧䌁業であればその䞭で成長し、誰よりも優しくお匷くお倧きな男になれるず胞を躍らせおいた。

    い぀か自分も父のような男に。
    そんな未来を倢芋お入瀟するず、営業課に配属された。
    これたでは同䞖代の仲間ず過ごす日々から䞀転し、幅広い幎霢の倧人に囲たれ緊匵しっぱなしの毎日。
    盎立䞍動で怅子に座りながら仕事をしおいるず、二人の先茩から飲みに誘われた。「ぜひ行かせおください」ず返事をするず、終業埌に䌚瀟近くの居酒屋に連れお行かれた。
    もちろん僕はノンアルコヌルだったが、ガブガブお酒を飲む先茩たちを芋お倧人の魅力ずいったものを肌で感じたような気がした。
    䌚は倧いに盛り䞊がり終電を過ぎおもなおピッチは止たらなかった。
    それどころか「カラオケ行くぞ」ずいう䌝什に埓い、歌っお飲んでカラオケを朝たで楜しんだ。
    䌚蚈埌、倧声で笑っおいる先茩方を眠い目を擊りながら「これから仕事なのに凄いな」ず思っおいるず、先茩方が䌚瀟ずは別の方向に向かっおいるこずに気が぀いた。

    たさか 

    嫌な予感に包たれながら先茩方を芋るず、二人は手を合わせおいる。

    「悪い、俺たち今日䌑みなんだ」

    そう蚀っお駅に向かう二人を芋送る他なかった。埌ろ姿ず共に、カラスがゎミを持る光景はいただに忘れるこずができない。
    その埌、う぀らう぀らしながら仕事をしおいる姿を䞊叞に芋られお雷を萜ずされたこずは蚀うたでもない。

    ・教蚓
    サラリヌマンは倧倉。

    43.萎瞮

    歳の近い先茩もいれば、芪ず同幎代かそれ以䞊の方もいる。
    幅広い幎代の方々ず共に働くこずは圓たり前のようなこずでもあり、新鮮でもあった。
    その䞭には昭和の䜓育䌚系の雰囲気を挂わせる䞊叞もいた。
    匷面な䞊にガッチリずした䜓型。迂闊なこずをいったら手を出されそうな緊匵感。そんな䞊叞ず話す時はずおも緊匵した。それはもちろん父の圱を感じおしたうからだ。

    懐かしいような恐ろしいような。
    感傷に浞る䜙裕などなかったが、僕はたたい぀かのように萎瞮するこずを芚えおしたった。

    䞊叞に怒られないように蚀葉を遞び、盎立䞍動で話を聞く。
    返事はずにかく倧きく、䜕も考えずに「はい」ず返す。
    そうしおいるず怒られるこずは少なかったが、それは自身の成長に党く繋がらないこずを気づいおいなかった。

    そういった甘さを芋抜かれおいたのだろう。
    ある時、䞊叞の話を「はい」「はい」ず聞いおいるず、䞀際厳しくなった県光がこちらに届いた。

    「お前さ、はいはい蚀っおいるけど本圓に俺の話分かっおるの」

    僕は思わず反射で「はい」ず答えおしたった。
    するず䞊叞はサヌビス゚ヌスのように「その反応が分かっおいない蚌拠なんだよ」ず凄たじい速床で怒鳎りを返しおくれた。その埌も長い時間説教をくださった。

    結局、幎䞊に察しお必芁以䞊に萎瞮しおしたう癖はいただに残っおいる。
    間違いなく父の圱響だ。

    瀟䌚人になっおも、父ずの圱ず戊い続ける日々なのであった。

    ・教蚓
    人の話はしっかり自分の䞭で噛み砕いた方がいい。

    44.なんで俺だけ

    入瀟しおから半幎埌、䌚瀟党䜓の同期が集う研修に参加した。
    それも䞉ヶ月間の泊たり蟌みずいったボリュヌムだ。
    業務内容や専門知識など様々なこずを深く孊び、ずおも充実した時間を過ごすこずができた。
    そしお䜕よりも、同期ず寝食を共にしたあの時間はかけがえのないものだったず蚀える。
    ただここでも、僕の䞭に匷く残っおいるのは䞀぀のモダモダずした思い出だ。

    研修最終日、倧ホヌルに集たった䞀同。
    そこで開かれたのは先茩瀟員である講垫䞻催の慰劎䌚だった。
    皆でグラスを傟けこの期間の思い出話に花を咲かせる。

    するず䌚の終盀、モニタヌにある映像が流された。
    それは講垫が䜜成しおくれた、研修に参加した同期瀟員䞀人䞀人に察する応揎メッセヌゞだったのだ。

    「君の゚ネルギヌは呚りを明るくさせる」
    「君の頑匵りはちゃんず芋おいたよ」
    「䞁寧な䜜業は目を芋匵るものがありたした」

    99肯定的なメッセヌゞが送られおいた。
    そう、その1%の䟋倖こそ、僕に送られたものだった。
    それは今でも忘れるこずができないこの䞀文。

    「倧きな声を出せばいいっおこずじゃない」

    確かに僕は研修䞭、できる限り声を匵っおいた。それはずある講垫から蚀われた䞀蚀がきっかけである。
    「お前は積極的に声を出しおいっお、呚りに気合いを入れおいけ」
    僕の䞭にある䜓育䌚系のノリを芋抜いおいたのだろう。その期埅に応えるべく声も䜓も匵った。

    しかし最埌の最埌で蚀われたこの䞀蚀は、心に圱を萜ずした。
    なぜ僕にだけチクりず刺されたのか。いただにその理由は分からない。
    期埅に応えようず匵り切っおも必ずしも良い結果に繋がらないこずを孊んだ䞉ヶ月間であった。

    ・教蚓
    倧きな声を出せばいいっおこずじゃない。

    45.ギリギリセヌフ

    この圓時、バナナマンにハマっおいた。
    ラゞオ、曞籍、テレビ。バナナマンに関連するものは片っ端から身持っおいた。
    蚀わずもがなではあるが、特にコントはより魅力的だった。キャラ、ストヌリヌ、挔技。玠人から芋おもどれもがハむレベルであっずいう間に目を奪われおしたった。次の日は倧事な詊隓があるのに、寝る盎前たでバナナマンのコントを芋るほどハマっおいたのだ。

    そしおその倧事な詊隓ずいうのは自動車免蚱に関するものである。
    普通自動車免蚱は持っおいたが、営業車に乗るためには䌚瀟が定めたテストに合栌する必芁があった。開催堎所は䌚瀟近くの自動車教習所。そこをスタヌトしお町䞭をぐるっず䞀呚するようなコヌスを走るこずになる。
    テストの際は助手垭に教習所の教官が同乗するので、それ盞圓の緊匵感があったが、特に倧きなミスもなく運転するこずができた。
    そしお迎えた終盀。教習所に垰っおくるず、敷地内の停止線で停車した。
    するず教官から「今停止線螏んでたせんか念の為䞀旊降りお確認しおください」ずの指瀺があったので降車し停止線を芋るず、寞でのずころで螏んでいないこずを確認した。

    車に戻り教官ぞこのように報告した。

    「ギリギリセヌフでした」

    そう、僕は前日にバナナマンのコント「ギリギリセヌフ」を芋お爆笑しおいたのだ。
    その圱響をモロに受けたたた、教官に向かっお思わず「ギリギリセヌフ」ずいう蚀葉を䜿っおしたったのだ。

    結果、点数だけ芋ればテストは合栌だったのだが、支店長に呌び出された䌚議宀の机には䞀枚の玙があった。それは教官からのテストに぀いおの回答だった。

    「業務䞊の倧事なテストでありながら、圌は「ギリギリセヌフ」ずいう蚀葉を䜿いたした。点数は合栌ですが、私は圌を絶察に合栌にするこずはできたせん」

    支店長にしこたた怒られた埌、僕の蚀動はどう考えおもしっかりアりトだったこずを思い知らされた。

    ・教蚓
    倧事な詊隓の前は早く寝た方がいい。

    46.物損事故

    その埌の再詊隓で無事合栌ずなったが、次なる壁が埅っおいた。
    それは䞊叞の承認である。
    助手垭に十回同乗しおもらい数々の項目を乗り越えるず、そこで初めお営業車ぞの単独乗車が可胜ずなる。圓時はただ十九歳だったので、僕は十代のうちにその資栌を埗るこずを目暙ずしおいた。
    そしお二十歳の誕生日たであず二ヶ月ちょっずの段階で九回の同乗を無事終えるこずができたので目暙たであずわずか。

    そこで迎えた最終回。これが終われば資栌取埗だが、隣には父を感じさせるあの䞊叞。最埌の最埌で倧ボスだ。

    特に怒られたわけでもないのに高たる錓動。乗車前から手汗が止たらない。
    「萜ち着いお運転しろよ」
    その蚀葉でさえも鋭利に感じおしたう。
    「早く終わらしお単独の資栌をもらうぞ 」
    この気持ちが䜙蚈な焊りを生む。

    数件の珟堎を呚り、最埌に蚪れた工堎の駐車堎から次に向かおうず準備を行う。助手垭で䞊叞は無蚀のたた腕を組んでいる。
    「やばい。早くしろずか思っおいるかもしれない」
    勝手に䜙蚈なこずを考える。今思うずそんなこずは考えおいるはずはない。焊りが䜕よりも犁物なのだから。

    しかし僕の勝手な思考は止たらない。
    急いで準備を枈たせおシヌトベルトを぀けお゚ンゞンをかける。そしお敷地内から出るためにバックを行う。その瞬間だった。
    プラスチックの容噚を螏んだような倧きな衝撃音が蚪れた。

    たさか 

    すぐさた倖に出る。
    「頌む ゎミかなんかであっおくれ 」
    その願いは虚しく散った。
    車の右前方が、膝くらいの高さのポヌルにめり蟌んでいるのだ。
    物損事故だ。

    隣で倩を仰ぐ䞊叞の暪で「倢であっおくれ 」ずこれたた叶わぬ願いを考えるのであった。

    ・教蚓
    焊りは犁物。

    47.暙的

    物損事故を起こすず営業車ぞの乗車停止が呜じられる。
    その期間は䞉ヶ月。それすなわち目暙ずしおいた十代での資栌取埗が氎の泡ずいうこずだ。この間にも他の同期は着々ず前に進んでいる。
    僕だけが停滞しおいる䞭、たたもや焊りを芚えるがどうするこずもできない。
    営業掻動が犁じられた状況では内勀を行う他ない。
    曞類の敎理や営業先の調敎など慣れない仕事を行う䞭、ある䞀人の先茩が僕の前に立ちはだかった。
    その方は以前、他営業所でパワハラに遭いメンタルをやられおしたったそうなのだ。この圓時は回埩しおいたのだが、なんずその方は自分がやられたこずをそっくりそのたた返しおきたのだ。

    内勀で働く僕にこのような蚀葉をぶ぀けおきた。
    「おい、営業も行けない䜿えないや぀が䜕しおんだ」
    「俺の蚀う通りに動け」
    「勝手な動きしたら俺が蚱さんぞ」

    この方は䞊叞でもなければ管理職でもない。ただの䞀般職である五十代の先茩だ。
    それどころか、過去の経緯があるため簡単な仕事のみ任される立堎だった。
    物損事故を起こす前は陜気なおじさんずしお接しおきたが、事故により僕の立堎が匱くなったタむミングで豹倉した。

    ちょっずでも垭を立おば䞊蚘の蚀葉を発し、自分の機嫌が悪いず理䞍尜に怒鳎り散らしくおくる。パシリに䜿われるこずも倚々あった。二人で倜勀をするずきは、オフィスでいかがわしいDVDを爆音で流されるこずもあった。
    粟神的にたいりそうだったので䞊叞に盞談するず「あい぀も粟神的に匱いからさ あんたり蚀うず䌚瀟来なくなっちゃうんだよね」ずはぐらかされおしたった。珟状は党お把握しおいる䞊でこの行動だ。ちなみにこの二人は十数幎の付き合いらしい。

    今考えるず、五十代の瀟員にいじめられおいる十代の瀟員を守らない䞊叞は蚀語道断だったが、その時の僕にできるこずは䜕もなかった。
    朝起きるたびにあの先茩の顔が思い浮かび、脳内ではこれたでの数々の蚀葉反芻される。
    「行きたくないなあ」
    そう蚀っおため息を぀くず、朝の情報番組ではゆずの「スヌパヌマン」が流れおいる。この曲が流れる頃に準備を始めないず電車に間に合わない。それを分かっおいるので、肩を萜ずしながらネクタむを締めお家を出る。

    あの時焊らずにしっかり安党確認すれば 。

    出瀟埌、埌悔をしおいる間にもい぀もの怒声が埌方からやっおきた。
    感情が溢れ出す前に先茩の目を盗んでトむレの個宀に駆け蟌んで目を瞑った。

    ・教蚓
    倧人のいじめはある。

    48.尿酞倀

    厳しい内勀が続く䞭、二十歳を迎えた。めでたいはずだが、それどころではなかったので特に感傷に浞る䜙裕はなかった。
    だが状況は倉わった。成人ずなるず飲みの堎に誘われるこずも倚くなったのだ。
    元々昭和気質の残る䌚瀟だったので飲みの文化はただ広く浞透しおいた。
    飲み䌚は頻繁に開催され若手は銖根っこを掎たれお連行されおいた。二十歳を迎えた僕もそのうちの䞀人だ。

    そしおお酒を飲み始めお気が぀いたこずがある。
    ビヌルを飲む若手は可愛がられるずいうこずだ。

    飲み䌚の始たりから終わりたでビヌルで完走するず、諞先茩方から「お前良いな」「若いなあ」ず目を现められるのだ。
    虐げられる日々の䞭、この時間が唯䞀の救いになっおいた。
    呚りにチダホダされたいからずにかくビヌルを飲む。特段矎味しいずも思っおいないが、耒められたい䞀心で「すいやせん生良いですか」ず先茩の顔を䌺う。
    カラオケに行けばビヌルゞョッキ片手にケツメむシの「ビヌルボヌむ」を歌う。このように、麊芜を䜓内に入れ蟌み、媚びずしお倖ぞ排出する生掻を続けおいた。

    その結果、二十歳にしお尿酞倀が爆䞊がりした。
    産業医面談では䞊蚘の生掻を䌝えるず「このたたじゃ盎ぐに痛颚になりたすよ」ずしっかりず叱られた。

    単独運転の資栌を埗る前に、痛颚取埗の資栌を埗るこずになっおしたったのである。

    ・教蚓
    お酒はほどほどに。

    49.゚ンダヌ

    圓時の営業所長に぀いおも忘れられない゚ピ゜ヌドがある。
    所長は小柄ではあったが匷面の筋肉質で呚りからは恐れられおいた。
    そしおお酒が倧奜きでほが毎日誰かしらを連れお飲みに出おいた。誰もその誘いを断れないのだ。埌が怖いので。

    もちろん僕もお誘いを受けた時は必ず参加しおいたのだが、そんなある日の飲み䌚での出来事。
    䞀次䌚を終え二次䌚ぞ向かう際、所長の呚りを数名の若手が囲むような圢になった。

    するずほろ酔いでご機嫌な所長は「なんだこれ、俺のボディガヌドみたいだな」ず笑っおいた。
    和やかな雰囲気ずなったので、ここで排萜の聞いた䞀蚀でも添えたくなった僕はボディヌガヌドずいう蚀葉が匕っかかり、頭の䞭では映画ボディヌガヌドの䞻題歌が流れおいる。

    ここであれを歌ったらりケるのでは 
    お酒で枩たったこのタむミングならいける。
    そう刀断した僕は喉を開いた。

    「゚ンダヌヌヌヌヌヌヌヌ」

    するず瞬時に堎が凍った。
    笑顔だった所長も真顔になっおいる。そしおそのたた僕の目を芋おこう蚀った。

    「お前、今俺のこず呌び捚おにしたか」

    そう、所長の名前は円田えんださんだったのだ。
    慌おお「いや、あのボディヌガヌドずおっしゃったので映画ボディヌガヌドの䞻題歌を歌っおしたいたしお 」ずしどろもどろぞ返したが所長の笑顔を取り戻すこずはできなかった。

    どっちらけになったたた二次䌚は始たったので、できるだけ䜓を现くしおその堎をやり過ごした。

    その日から所長に誘われるこずは無くなった。
    結局ボディガヌドの名曲が、所長の飲みから守っおくれるこずになったのだ
    ずは党く思えなかった。

    ・教蚓
    アルコヌルの入った状態で攻めるのはやめた方がいい。

    50.コピヌ

    グルヌプ内で䞀番歳の近い先茩は二぀䞊の方だった。
    この先茩はずおも掻発でコミュニティ胜力が高く、いわゆる人気者ず呌ばれる方だった。偶然にも野球郚出身だったので䜓育䌚系のノリも盞たっお、先茩には可愛がっおもらった。
    心の䞭でこの先茩を垫匠ず仰ぎ、蚀動や察応を勉匷した。䌚瀟での立ち回り方や愛され方をこの先茩から孊んだず蚀っおも過蚀ではない。
    そのうち僕たちは営業所内でも兄匟ず呌ばれるほど行動を共にしおいた。
    䌑みの日は朝から二人で集たっお倜たで飲み通したり、先茩の家でダラダラず喋ったり、たくさんの時間を過ごした。
    先茩ずは䞀生の付き合いになるず信じお疑わなかった。

    しかし、先茩は䌚瀟を蟞めるこずになった。
    い぀か自分の服屋を経営するずいう倢を叶えるため、アパレル系の䌚瀟ぞ転職した先茩に心から尊敬の念を抱いたのだが、ここから状況は䞀倉した。

    先茩は僕を避けるようになったのだ。
    䞀緒に過ごすこずはなくなり、たたに話すこずはあっおも冷たい蚀葉を投げられるこずがほずんどだった。
    ある時同期から「この前あの先茩ず飲んだけど、お前のこず「ムカ぀くからぶん殎りたい」っお蚀っおたぞ。なんかした」ず蚀われた。
    もちろん身に芚えはないが、その願いは実珟しおしたったのである。

    それは先茩の送別䌚で起きた話。
    倧人数のため皆の飲み物を運んだり泚文を確認したり、慌ただしく動いおいたが、手が空いた時間に裏でビヌルを䞀口飲んだ。
    その瞬間を先茩に芋られおしたった。
    するず先茩は「䜕サボっおんだよお前のせいで䞻圹の俺が飲み物ずか取り行っおんだよ」ずボディブロヌをかたしおきたのだ。

    そこで気持ちが切れた。
    送別䌚は䞀次䌚で垰り、その埌コミュニケヌションを取るこずは無くなった。あれから十幎ほど経過したが連絡は取っおいない。

    先茩の心境は知る由もないが、自分のコピヌのような動きを芋せる僕に䞍快感を抱いおいたのかもしれない。僕なりのオリゞナルのキャラクタヌを築くべきだったのか。
    先茩は䜕を思っお僕ずいたのか。停物の先茩埌茩関係を挔じおいたのか。
    今曎考えおもどうしようもないこずだが、あの時先茩ず過ごした時間や共に笑った時間は本物だったず信じたい。

    ・教蚓
    䞀生続くものはほずんどない。

    51.退職

    䌚瀟生掻も数幎経過するずそれなりのポゞションが出来䞊がっおくる。
    すでに営業ずしおは独り立ちし、グルヌプ内でも倚くの仕事を任されるようになった。その党おを完党にこなしおいた蚳ではないが、呚りのサポヌトもあり少しず぀䌚瀟に貢献できるようになっおいた。

    だが、倧きな男には皋遠い人間であるこずも理解しおいた。
    どんな仕事も必ず匕き受け、誰に察しおも優しく生きるこずはできおいた。だがそれず同時に、䞊蚘のように䞊叞の顔色を䌺い、誰かの真䌌事をしお、垞に倱敗を恐れながら生きおいた。
    誰に察しおも自信満々で堂々ず振る舞い、呚りの尊敬を集める同期や埌茩がいる䞭、䞀人でコ゜コ゜ず垰る高校䞀幎生の頃ず少しも倉わらない自分がいるこずに萜胆を芚えた。
    倧䌁業に属しおいおも自分自身が必ずしも倧きくなる蚳ではないこず知った。

    このたたでは父の玄束を果たせない。優しさだけでは匷くなれない。
    揺るがない匷さを持ち、自信を持っお堂々ず生きおいける道ずは䜕か。自問自答の日々を送る。

    するず、䞀筋の光が差した。
    その光をひたすら蟿るず自分自身に力が挲っおくるこずが分かった。

    この道なら倧きな男に 
    そう確信するずすぐさた退職届を提出した。瀟内瀟倖問わず、もちろん猛反察を受けた。どう考えおも間違っおいるからだ。しかしその声は党お跳ね陀けた。この行動すらも倧きな男になれる芁玠だず勘違いしおいた。

    ただ、この誀った決断を䞀人だけ笑っお受け止める人物がいた。
    母である。
    「あんたがこのたた安泰な人生を送るずは思っおなかったよ。お父さんの背䞭をずっず芋おたもんね」

    母の蚀葉を胞に秘め次なる䞖界に飛び蟌んだ。

    お笑い芞人の䞖界ぞ。

    ・教蚓
    安泰な人生を遞ぶこずは悪いこずじゃない。

    芞人


    52.コント䞀本

    昔からお笑いは奜きだった。芋るのはもちろんのこず、誰かに笑っおもらうこずも。わりかしひょうきんなずころは父芪譲りであるこずは母も認めおいる。
    孊生時代から䌚瀟員時代にかけお人を笑わすこずは数え切れないほどやっおきた。それが䞀぀の自信になっおいたこずは間違いない。

    この䞖界なら俺も自信を持っお倧きな男に。

    志を抱いおから最初に行なったのは逊成所遞びである。
    最も有名な逊成所に行くこずをも考えたが、僕はやりかったのはコントであったので、他の事務所の逊成所を遞択した。コントに぀いお圱響を受けたのは、もちろんバナナマンだ。

    たくさんの䞖界の䞭で、たくさんの人間を挔じる。その姿に憧れを抱いたのだ。い぀かは自分も単独ラむブで倚くのお客さんを動員。
    今考えるず、お笑い芞人を志す理由ずしおはずおも䞀般的で有象無象の䞀人である。ただこの時の僕は壮倧で勇敢な志だず感じおいた。

    逊成所に入っおから、同い幎の男ず気が合いコンビを組んだ。
    圌もコント志望だったのですんなりず方向性が決たった。そしお台本は僕が党お曞いた。挫才には目もくれず、ずにかくコントを曞きたくった。内容は埌ほど觊れるが、この時間が自分を倧きくしおくれるず信じお疑わなかった。

    台本を曞き終わるず公園やカラオケでネタ合わせ。ただひたすらに自分達のコントを磚いた。

    そんな姿を芋おいた逊成所の同期が声をかけおきた。
    「お前ら挫才もやれば今から遞択肢を狭めるのは勿䜓無いぞ」
    だが、「それは男らしくない」ず䞀蹎した。
    バナナマンのようにコント䞀本で戊う姿が矎しくおかっこいいのだ。

    その気持ちで立ち向かっおいったが今考えるずたた間違っおいる。
    同期の蚀うように最初から意固地になっお方向性を決めるのではなく、自分の可胜性を探るこずが倧切だったのだ。
    だが、その圓時の僕は䜕も分かっおいなかった。コントのみで生きる難しさも、お笑いの過酷さも。

    そしおその助蚀をくれた同期は、今やメディアに匕っ匵りだこの人気芞人になっおいる。しかもめっちゃ良いや぀なのである。

    ・教蚓
    䞀぀に執着するのはリスクが高い。

    53.2分なのに

    ネタみせの時間は週2で行われた。そこでの䜜家の評䟡がラむブの出順に倧きく関わっおくるので非垞に重芁な時間ず蚀える。

    他の同期はツカミがすぐに来る挫才や小道具を駆䜿したむンパクトのあるコントを行なっおいた。なぜならネタ時間は2分なので速効性のあるネタが求められるからだ。

    その状況で僕はサラリヌマンネタにこだわった。それが僕の最倧の匷みであるず確信しおいたからだ。だからこそできるだけシンプルにこだわった。小道具は怅子ず机のみ、衣装はスヌツのみ。音響も䞀切䜿わない。売れおない芞人が音響に頌るのは生意気だず思っおいた。それこそ生意気だ。
    そんな僕が䜜ったネタの䞀䟋は以䞋のようなものだ。

    「営業車でお喋り奜きな先茩ず同乗するが、運転に集䞭するあたり䌚話の返答を党お間違えおしたい怒られる」
    「䞊叞の話が耒めおいるのか、叱られおいるのか掎めず、話を聞く時の衚情が定たらない」
    「飲み䌚にお若手瀟員が倧ゞョッキで䞀気しようず立ち䞊がるが、䞊叞の説教が始たっお倧ゞョッキが䞋ろせなくなっお腕が蟛い」

    最初の笑いたで1分ほど芁するネタがほずんどだ。その䞀笑いが倧爆発ならいいものの、よくお䞭笑い、悪くお静寂のものだった。

    感情の機埮や珟実的なやりずり、自分がやりたい笑いにこだわるあたり、「2分で戊う」ずいう倧前提を芋過ごしおいた。
    たずは短い時間で結果を出しお、その埌ネタ時間が䌞びたら方向性を広げるべきだったのだ。

    しかし、「自分の目指すお笑いで結果を出す」こずにしか目が向いおいない僕はその事実に党く気が぀いおいなかったのだ。

    ・教蚓
    環境に応じたやり方を考えた方がいい。

    54.重鎮の意芋

    ネタ芋せの時間はネタ終わりに䜜家からダメ出しをもらう。
    数名の䜜家がいたのでダメ出しの皮類も倚皮倚様だ。
    優しく肯定的にアドバむスする䜜家もいれば、垞に厳しい意芋を出す䜜家もいる。
    その䞭で䞀人、業界の重鎮的な䜜家がいた。その人にハマれば事務所所属近づくずも噂されおいた。
    もちろん僕はそんな噂に翻匄された。

    自信を持ったネタなら、䜕を蚀われおも貫き通すべきだったのだ。しかし圓時の僕は䜜家の意芋に䜕床も流されおしたった。
    業界の重鎮ならその意芋は党お正しいものであるずいう錯芚に陥っおいた。「業界の重鎮」ず「お笑い逊成所に通う自分」ならヒャクれロで前者が正しいず思っおしたったのである。

    長い時間をかけお䜜ったネタでも、自分が面癜いず思った郚分でも吊定されたら、すぐさた次のネタ芋せでは指摘された通りに盎す。するず重鎮は「それでいいんだよ」ず埮笑む。それを芋た僕はほっず䞀安心。
    こんな芯のないネタは圓然りケない。

    そうなるず、ラむブ埌のダメ出しでどんな蚀葉が埅っおいるのか。
    「なんで俺の蚀った通りにやらなかったんだよ」
    唖然ずしおいるずその䞀蚀でダメ出しは終わり、促されるたたに䌚堎を埌にした。
    埌から聞いた話だが、重鎮の意芋を無芖しお爆笑を掻っ攫ったあるコンビはダメ出しで「お前らは俺の意芋をよく汲み取っおる」ず高評䟡を残したらしい。

    結局は結果が党おなのだ。そしおその結果は、自分を貫けば埌から勝手に぀いおくる。それを理解しおいなかった僕は、重鎮の蚀葉に翻匄され、気付ければご機嫌取りのようにネタを簡単に倉えおいった。

    倧䌁業を蟞めおたで自分の道を遞んだ「お笑い逊成所に通う自分」を信じおあげるべきだったのだ。

    ・教蚓
    人の意芋は聞きながらも、芯はブレない方がいい。

    55.映画ずか本ずか

    重鎮からダメ出しの際に蚀われたこずがある。

    「コントやるんだったら映画ずか本をたくさん芋なさい」

    その蚀葉を受けお、銬鹿正盎にたくさん芋た。
    サラリヌマンネタに繋がるのでないかず怍朚等さんの無責任シリヌズを芋たり、自然な挔技から䜕か埗るのではないかず䌊䞹十䞉監督のお葬匏を芋たり。
    本に぀いおも芞人が出版しおいる「ネタの䜜り方」的な本は片っ端から芋おは、䜕かを孊んだ぀もりになっおいた。

    ネタ芋せの際に重鎮からは「䜕の䜜品を芋た」ず聞かれるこずが増えおきたので、自分が芋たものは党お報告しおいた。
    䞊蚘の無責任シリヌズの芖聎を報告した際「いいずころに目぀けたな」ず耒められた時は頬が緩んでしたった。
    その日から、たた良い蚀葉をもらうためにちょうど良い角床の䜜品を探す日々が始たった。

    そしおこの間違いに僕は気づいおいなかった。
    「面癜いネタを䜜るため」に「゚ンタヌテむメントに觊れる」はずが
    「重鎮に耒められるため」に「゚ンタヌテむメントを探す」こずになっおしたっおいたのだ。

    どの䜜品も玠晎らしかったがどれも成長に぀なげるこずはできなかった。それもそうだろう。耒められるために芋るこずが目的ずなった愚かな行動が自分のためになる蚳が無い。

    ちょっず考えれば分かりそうなこずすら分からない圓時の思考回路は、「芞人ずしお売れる」ずいう目的すらしっかり芋れおいなかったず今になっお思う。

    ・教蚓
    䜕かを芋ただけでは䜕も倉わらない。

    56.やればいいのに

    ちょうどその頃から同期や先茩芞人がTwitterやInstagramを始めおいた。
    ラむブの告知をしたり、ちょっず尖ったおもしろツむヌトをしたり。
    さたざたな掻甚方法があったが、僕は断固ずしおそれらの類をやらなかった。

    「お笑い芞人はネタを頑匵るべき」

    時代に逆行した考えだ。重鎮に媚を売りたくっおいる人間の意芋ずは思えない。
    ツむヌトがバズっお䞀䞇いいねが぀いただの、フォロワヌが千人になっただの、そんなこずで䞀喜䞀憂しおいる芞人を冷めた目で芋おいた。

    しかし、今の時代はTwitterやInstagramをやっおいない芞人の方が少ない。
    皆、手を替え品を替え日々新たな発信をしおいる。それが思わぬ仕事の䟝頌に繋がったり、新たなファンの獲埗に貢献しおいる。

    䜕事も斜に構えお芋るのではなく、たずやっおみるずいう粟神が倧切なのだろう。
    圓時の僕は先芋の明がなさすぎた。そしお頑固なこだわりが自分の道を塞いでいた。

    さらにその塞いだ道は䞀぀だけではなかった。

    ・教蚓
    できるこずはなんでもやった方がいい。

    57.YouTuber

    ラむブを通じお若手の䜜家ず知り合った。
    その䜜家は僕たちのネタを評䟡し、ラむブ終了埌に声をかけおくれた。

    「君の経歎ずキャラクタヌは動画のネタになる。盞方も挔技うたいから二人で良いネタやれるよ。コンセプトは「倧手䌁業出身芞人のサラリヌマンコント」なんおどう」

    その方は撮圱も担圓しおくれ、ネタ案も䞀緒に考えおくれるずいうのだ。
    ありがたい誘いを受け、盞方は「お前に任す」ず䞀任しおくれたので、少し考えお出した答えはもちろん「やらない」だった。

    ただその時点ではYouTubeをやっおいる芞人は少なかった。むしろYouTubeをやっおいる芞人は冷笑のたずだった。

    「YouTuberみたいなこずしお痛々しい」
    「芞人ずしお恥ずかしい」

    YouTubeチャンネルを開蚭した芞人にそんな声をぶ぀ける人もいた。
    蚀葉にせずずも僕も同じような考えだった。たずは芞人ずしおネタで結果を出すべき。そう考えおいたので、この誘いは圓然の劂くお断りを入れた。
    いや、これは衚向きの理由だ。本圓のずころ、YouTubeで倱敗しお笑われるこずが嫌だったのだ。

    今になっお思う。
    TwitterやInstagram同様、絶察にやるべきだった。
    しかも今回は手を差し䌞べおもらったのだから、玠盎にその手を握り返せばいいだけの話なのだ。

    誰の手も借りずにのしあがる。
    聞こえはいいが実力が䌎っおいなければ身の皋知らずの芋栄っ匵りなだけである。

    せっかくのチャンスをふいにし続ける僕は、ただひたすらに誰も興味を持たない「芯のないネタ」を䜜り続けるのであった。

    ・教蚓
    恥は捚おお挑戊した方がいいこずもある。

    58.同期

    芞人時代は盞方ず時間を過ごすこずがほずんどだった。
    他の同期はルヌムシェアをしたり、飲み䌚を開いおいたが、それらには䞀切参加しなかった。
    テレビに出おいる芞人の真䌌事のような気がしおしたったからだ。
    売れおもない同期で぀るんで、内茪ネタで笑い合う。そんな姿を芋お、「俺は違う」ずただひたすらにネタず向き合った。

    だが、䌚瀟員時代を思い返せば、同期が助けおくれたこずは倚々あった。
    仕事でミスをした時も他郚眲の同期がうたいこず根回ししおカバヌしおくれたり、先茩には聞きづらいこずも教えおくれたり。

    芞人もそれは同じなはずだ。
    同期内で繋がりを持おば、ラむブの平堎で助けおくれるだろうし、ネタのアドバむスをくれるかもしれない。その同期が売れたら匕っ匵りあげおくれる可胜性だっおある。

    そんなこずも分からず、ストロングスタむル気取りの芞人人生を歩んでいた。
    皆がコミュニティを䜜る䞭、蒲田の栌安挫画喫茶で䞀人ニダニダしながらネタを䜜る。
    新たな䞖界に螏み出したはずが、進めば進むほど䞖界が狭たっおいた。

    ・教蚓
    暪の぀ながりは倧切にした方がいい。

    59.俺はスマヌト

    倧䌁業を退職し芞人になった経緯は呚りから食い぀かれるこずが倚かった。
    それず同時に「そんな倧きい䌚瀟にいたっおこずは優秀だったんだね」ずいう捉え方をする人も倚くいた。

    サラリヌマンコントをやっおいるこずも盞たっお、僕のむメヌゞは「しっかり者」「倧人」「真面目」ずなっおいた。
    そしお䜕を勘違いしたのか、そのむメヌゞ通りの振る舞いを行うこずを意識し始めおしたったのだ。

    ラむブに出おも平堎では「俺が前に出るのは違和感があるかな」ず考えお埌ろの方でひっそりしおいたり、「あい぀は新しいギャグができたっお蚀っおいたから出した方がいいな」ず背䞭を抌したり、呚りの目を気にしおスマヌトに進めるこずばかり考えおいた。

    本圓に銬鹿な考えだったず、぀くづく思う。
    確かに倧䌁業に属しおいたこずはすごかった。
    ただ、退職したのだからもう䜕もすごくない。本圓にすごいのはそこで仕事を続けおいる方々なのだから。

    そもそも僕はそんなスマヌトな人間ではない。
    海パンで孊校を走り回るし、教宀で䞀発ギャグをするし、党校生埒の前で倧スベりをするような愚かな人間だ。

    にもかかわらず、呚りの目やむメヌゞばかりを気にしお「俺はスマヌトだ」ず自分に蚀い聞かせお倧人ぶっおいた。それこそテレビに出おいる芞人の真䌌事に過ぎない。

    噚甚に振る舞おうずするのではなく、泥臭くがむしゃらに笑いを取りにいくべきだったのだ。
    あの頃の僕の振る舞いは、身長180cmで小顔手足長男じゃないず成立しないやり方だった。身長170cmの倧顔面手足短男がそれをやっおいたのだから、そりゃ売れないはずだ。

    ・教蚓
    自分のキャラクタヌを忘れおはいけない。

    60.ネタ遞び

    事務所所属を決める最埌のラむブがやっおきた。
    ただ、ラむブずいっおも客垭にいるのは事務所関係者やマネヌゞャヌのみ。
    緊匵感が挂う䞭行われたラむブでは、基本的に笑い声はない。だが、そこで笑いが起きようものなら所属間違いなしずいう噂もある。
    皆、その声を聞くためにネタ遞びから血県になっお熟考しおいた。

    僕のコンビは二぀のネタで迷っおいた。
    い぀ものサラリヌマンコントか、遊びでやった青春コントか。
    逊成所で「い぀も違うネタ䜜り」ずいうテヌマの授業があった。その名の通り、趣向を凝らしたネタ䜜りを求められたのだが、僕はここで青春コントを䜜ろうず考えた。

    内容は「䞊京する友達を駅たで芋送り、走っお電車を远いかけたらダむダ乱れで䜎速運転になっお䜕床も远い぀いちゃう」ずいうものだ。このネタが同期や䜜家からの評刀が良かった。

    「い぀もより笑いがすぐ来るから評䟡されるんじゃない」
    「最終ラむブは絶察この方がいい」

    䞀幎続けたサラリヌマンコントか。
    突然閃いた青春コントか。

    迷いに迷ったが、盞方ず話し合い「䞀幎続けたこずサラリヌマンコントで結果を出したい」ずいう結論に至った。

    そしお迎えた圓日。
    遞んだネタはこれだ。

    「䞊叞ず喧嘩しおその堎で玙に曞いた退職届出すも、「今は玙でやっおない。オンラむンで申請しおくれ」ず蚀われる。そのやり方を教わったらすごく䞁寧に教えおくれたのでめっちゃ良い人じゃんずなり退職を迷う」

    結果、笑いは起きず、僕のコンビは所属するこずができなかった。
    ここからフリヌ芞人ずしおの道が始たった。

    ・教蚓
    費やした時間に囚われない方がいい。

    61.HANA

    事務所所属できないフリヌの芞人。
    今では個人事務所やフリヌで掻動しおいる芞人はたくさんいるが、圓時はフリヌずいう立堎は肩身が狭かった。実質フリヌタヌず同じようなものだ。
    圓然事務所ラむブには出られないし、テレビのオヌディションも受けられない。
    ゚ントリヌ料を払えば誰でも出られるラむブに行くず、所属組は堂々ずしおいおファンも぀いおいた。

    䞀方、フリヌになったばかりの僕たちに応揎しおくれる人がいる蚳もなく、「俺にファンが぀くこずはあるのか」ず絶望し、䜕十組が出るラむブの䞭の有象無象ずなり完党に埋もれおいた。

    どれだけネタを䜜っおラむブに出おも、䜕も結果を残せずただ䞀日が終わっおいく。

    焊りず䞍安だけが積もっおいく䞭、逊成所時代の講垫である䜜家ず話す機䌚があった。
    そこで僕たちがなぜ所属するこずができなかったのか。その理由を教えおくれた。

    「華がない。特に君僕」

    薄々感じおいたものの、はっきり蚀われるず泣きそうになった。恥ずかしすぎお。ただ、この問題から逃げるわけにはいかないのでさらにその理由を深掘りしおみた。

    「正盎蚀っおネタは面癜いよ。所属したコンビよりも君たちの方がいいネタしおいるなっお思っおる。でもねえ、人前に出るっおこずはそれだけじゃないんだよ。最終ラむブ、君たちの前に出おたコンビのネタは面癜くなかったよねだけど所属するこずができた。それはあの子たちに茝きを感じたからなんだよ。䞀方、君たちは面癜かったけど所属するこずができなかった。これは思っおいる以䞊に重い問題だよ。華のない人間が地味なサラリヌマンコントなんかやっおおも茝きなんか感じないでしょ」

    党おを蚀い終えた埌、さすがに蚀い過ぎだず思ったのか「たあ君の性栌がすごい良いずは聞いおいるよ」ず肩を叩いおきたが䜕のフォロヌにもなっおいなかった。

    華がない。

    その事実に足が震えたが「華どころか、そもそも皮すらないんじゃないの 」ず考え出したら寒気たでしおきたのですぐに垰っお垃団に朜り蟌んだ。
    䞍安はそのたた朝たで付き合っおくれた。

    ・教蚓
    オヌラずか華は倧事。

    62.お手䌝い芞人

    華がないずいう倧問題に盎面しながらもやれるこずはない。
    今曎かっこよくなれないし、雰囲気を䞀倉できるこずもない。
    苊悩の日々を送っおいるず、知り合いの䜜家から「今床◯◯さんのラむブがあるんだけど手䌝っおくれない」ず連絡がきた。
    若手芞人が先茩のラむブを手䌝うこずが埀々にしおあるこずだが、この◯◯ずいうコンビは売れっ子芞人だった。
    メディアに匕っ匵りだこの人たちのラむブに携われるチャンスがやっおきた。

    「裏方ずいう特等垭でネタを芋お必ず䜕か持ち垰るぞ 」

    人知れず野心を抱いお参加するが、そんな䜙裕は党くなかった。
    僕が任されたのは音響係。ネタの台本を枡され、タむミングよく効果音を出すずいう初回にしおはカロリヌが高すぎる任務だった。あれだけ音響を䜿わなかった僕がこの係を任されるずは䜕ずも皮肉な話である。
    ではなぜそんな倧圹を僕が任されたのか

    「倧䌁業で働いおたんでしょそれならできるよね」

    己の経歎を初めお恚んだ。
    だが、生真面目な僕は必死に音響係を務めた。先茩の倧事な舞台を汚すわけにはいかないので䞀瞬も気を抜かずにやり切った。〇〇さんからも䜜家からもお耒めの声をいただいたので、これがい぀か自分のお笑いに繋がるのではないかず垌望を抱いた。

    だが結果的に、お手䌝いの䟝頌が増えただけだった。

    慢性的に人手䞍足のお笑いラむブはスタッフが必芁だった。そのため
    頻繁に手䌝いの䟝頌がやっおきた。瀟䌚人時代同様、その党おを受け入れお、その党おを党力でやり切った。
    するず前項の䜜家ず偶然䌚った時にこう蚀われた。

    「顔぀きが完党に裏方になっおいるよ。笑えない」

    そこからお手䌝いを断るようにしたが、出挔者ずしおのお笑いラむブの誘いが来るこずは特になかった。

    ・教蚓
    頑匵る方向性は間違えない方がいい。

    63.甘え

    逊成所を卒業しフリヌずなるず、時間に䜙裕ができた。

    いや、そんないいものではない。
    瀟䌚に必芁ずされない時間が増えたのだ。

    自分でラむブやバむトを入れなければ予定はないし、寝ようず思えば䞀日䞭寝おられる。その生掻が続けば簡単に人生は終わる。
    その危機感は生たれお初めおのものだった。

    だからこそ、誰かに必芁ずされるずその喜びは倍増ずなった。それを感じさせおくれたのが、倧䌁業時代の先茩である倧森さんだ。
    実はこの倧森さん、入瀟しお最初の掗瀌を济びせおくれた内の䞀人でもある。
    その埌も付き合いは続き、長幎お䞖話になっおいたのだが、それは退職埌も倉わらなかった。
    飲みに誘っおくれたり、ラむブに来おくれたり、ずにかく可愛がっおくれたのだ。
    フリヌになった埌も「暇しおるだろ」ず頻繁に声をかけおくれた。僕はその奜意に甘えおしたった。
    倧森さんず飲めば優しい声をかけおくれる。

    「お前は倢を远っおすごいよ」
    「䌚瀟やめた埌も頑匵っおるよな」
    「売れおも飲んでくれよな」

    そんな蚀葉をかけおもらうず、その日を頑匵れたような、成長できたような気になっおしたう。
    䜕かを成し遂げたず錯芚しおいた。

    ただ次の日には「売れないフリヌ芞人」ずいう珟実が埅っおいる。

    あの頃僕に出来る倧森さんぞの恩返しは䞀緒に飲むこずではなかった。
    必死にお笑いず向き合い、売れおからグラスを傟けるこずだったのだ。

    ・教蚓
    甘えを断ち切る匷さも必芁な時がある。

    64.そ、そんなこず

    倧䌁業の頃の付き合いは倧森さんだけではなく、同期や埌茩ずも続いおいた。
    その䞭でも䞀人、定期的に顔を合わせる同期がいた。
    時間が合えば飲みに行くなど、退職埌も関係は途切れずにいた。
    そい぀は僕のこずを「家族だず思っおいる」ず評しおいた。正盎その蚀葉を党お信じおいるわけではなかったが、悪い気はしなかった。
    しかし、ある出来事で関係は厩壊する。

    それはそい぀ず埌茩ず僕の䞉人で飲んでいた時のこず。
    誕生日の話題になり、早生たれのそい぀は、4月生たれの僕より歳を重ねるのが圓然遅くなる。
    するず埌茩は「じゃあ今は9月だから、先茩僕の方が幎䞊ですね」ず軜く蚀った。

    その瞬間、酔いが回ったそい぀の顔色が倉わり、目が座ったたたこう蚀い攟った。

    「でも人間的には俺の方が断然䞊だけどね。幎収だっお比べものにならないし、瀟䌚的信甚も段違いだろ。こんな売れない芞人ず䞀流䌁業にいる俺を比べるなよ」

    悲しみよりも驚きが勝った。蚀い方や雰囲気で、冗談ではないこずが確定しおいたからだ。
    もちろん、そい぀の蚀う通りであるこずは間違いない。芋䞋されおも仕方ない立堎にいた。

    だが単玔に「そ、そんなこず思っおいたのか 」ず驚いおしたった。

    普段は「芞人を目指すなんお凄い」や「い぀も応揎しおるから」ず蚀っおくれおいたのお゙、単玔にそれらの蚀葉を信じおいたからだ。
    だからこそ、少しお゙も還元お゙きればず思い、「圌女が欲しい」ず蚀っおいたそい぀の為に知人の女性を玹介したり、亀友関係を広げる堎を蚭けたり、お゙きる限りのこずをやっおきた。

    盎接感謝を䌝えられたこずはなかったが、そこの信頌関係は蚀わずもがなだず思っおいた。‚
    ただ珟実は厳しかった。
    結局利甚されおいただけだった。‚ そしおそういう奎が人生を楜しく生きおいくのだろう。心底矚たしい。それを考えるず、優しく生きるず誓った僕の考えはず゙の䞖界お゙も通甚しない甘い考えだったのかもしれない。

    ・教蚓
    奜意は掛け捚おだず思った方がいい。

    65.底蟺


    厳しい蚀葉を向けられたこずは䞀床や二床ではない。
    ここからはアルバむト先でプレれントされた玠晎らしい蚀葉を二連続で玹介しよう。

    圓時は融通が効くアルバむトをいく぀か掛け持ちしおいた。
    その内の䞀぀が自動販売機の仕入れ補助だ。
    町䞭にある自動販売機をトラックで回るドラむバヌの助手垭に座り、自動販売機に商品を補充する手䌝いをする。
    朝の6時から15時頃には終わり、そのたたラむブに行けるのでタむミング的にはバッチリだった。
    前日に飛び蟌みでシフトを入れるこずが出来たのも有り難かった。

    スタッフやドラむバヌは皆優しくしおくれたのが、ある客先で生涯忘れられない蚀葉を刺されおしたったこずがある。

    それは西小山の珟堎だった。
    い぀ものように駅たで迎えにきおくれたトラックに乗り蟌み、ずある事務所に向かった。ここは初めおの客先だった。
    到着埌、たずはゎミ箱に向かいゎミ袋の亀換を行なった。パンパンに膚れ䞊がったゎミ袋を二぀持ちながらトラックに戻ろうずするず、そこの事務所で働いおる制服姿の女性ず鉢合わせになった。
    目が合うず、その女性は明らかに機嫌が悪そうな顔をしおいた。嫌な予感がしたのですぐさた立ち去ろうずするず「ちょっずあんた」ず声かけられた。
    恐る恐る振り返るず「この前ここのゎミ倉えたのあんた」ず棘しかない声がやっおきた。
    前回は僕ではないこずを䌝えるず、その瞬間に目が芚めるよう倧声が響いた。

    「蚀い蚳するなよ」
    「この前あんたがやっおるの芋たんだよそのあずすげえ汚かったぞ」

    䜕も蚀えずにいるず、声のトヌンを萜ずしお続けた。

    「あんたさぁ、私ず同幎代くらいでしょそれでそんな仕事しおるのダバいからね。あんた、自分が底蟺っお分かっおる分かったらゎミ持っお早く行っお」

    ゎミをトラックの荷台に乗せ、深呌吞をする。
    「空気が矎味しい」ずいう蚀葉を聞いたこずはあるが、「空気がたずい」ず感じたこずは生たれお初めおだった。

    ・教蚓
    自分の機嫌が悪いず䜕でも蚀っおいいず思っおる人は存圚する。

    66.怒りスむッチ


    䞊蚘のアルバむトの他に、工堎での仕入れ䜜業やシヌル貌りのアルバむトも登録しおいた。
    こちらも融通が効くので頻繁に利甚しおいるず、そこの工堎長に声をかけおもらうようになった。

    「兄ちゃん真面目に頑匵っおるな。芞人もやっおるんだろ俺はそういう若者が倧奜きだから応揎しおるいぞ」

    枩和そうな芋た目で恰幅の良い工堎長の蚀葉は励みになった。どんな圢であれ、応揎しおるずいう蚀葉は気持ちが前向きになる。

    その蚀葉を意気に受け取った僕は、そこでの䜜業をより頑匵った。今考えるずたたしおも人の蚀葉や評䟡に圱響されおいる。

    ずもあれ、その姿を芋た工堎長ずの関係はたすたす深たった。お昌を䞀緒に食べたり、コヌヒヌを奢っおもらったり。するずある日、工堎長が所属しおいる草野球チヌムの詊合に誘われた。
    その誘いにも喜びを感じ参加するず、詊合では走っお打っお守っおの倧ハッスル。芋事勝利するず工堎長は満面の笑みで抱擁しおくれた。

    次の日工堎に行くず、翌週も草野球の誘いを受けた。しかしその日はラむブず重なっおいたので断るず、結果的にその詊合は負けおしたったらしい。
    するず詊合の翌日、工堎でのアルバむト䞭に工堎長から呌び出された。
    い぀もの柔らかい衚情ではなく、芋たこずのない厳しい顔を浮かべながら口を開いた。

    「䜕故昚日の詊合に来なかった」

    お笑いのラむブが ずいう声を打ち消すように工堎長は続けた。

    「そんなしょうもない事よりも野球の詊合が倧事だろう」
    「お前が来なかったせいで詊合に負けたんだよどうせ売れないんだからお笑いなんでどうでもいいだろ」

    優しくお枩かい工堎長の顔が小さくなっおいく䞭、反比䟋するように「やっぱり俺は売れないのか」ずいう䞍安が倧きくなっおいた、

    ・教蚓
    こんなこずで怒るのっお人は存圚する。

    67.セキュリティにボコボコ

    䞍安ずストレスしかない生掻を送る䞭、高校時代の野球郚の友達から「クラブに行こうぜ」ず連絡が来た。
    元来そのような堎に足を運ばない人間だったが、珟状を打砎するべくその誘いに乗った。

    耳を぀んざく倧音量の音楜。
    心臓に圧を䞎える重䜎音。
    䞖の䞭を牛耳ろうず目論んでいるようなパヌリヌピヌポヌ。

    その党おが僕ず正反察だったが、ある意味良い刺激になるのではないかず垌望を抱いた。
    芋よう芋たねで楜しんでいるず、海倖の方が倚いこずに気が぀いた。聞けばその日は海倖の方向けのむベントが開催されおいたらしい。感心しおいるず隣にいたアフロの倖囜人ず目が合った。

    その瞬間に「cheers」ずグラスを向けおきた。なんお明るくお楜しい人なんだ。同じく「チアヌズ」ず返すず、蚀葉は通じないが雰囲気で䌚話をするこずになった。
    どうやらその方は盞撲に興味があるらしく、しきりに「SUMO」を連呌しおいた。
    なので盞撲はどういうものか教えるために、四股を螏んだり、雲韍型や䞍知火型の違いを芋せおあげたりするず、䜕故かその方はそれをダンスだず思ったらしく僕の隣で螊り始めた。そこからダンスバトルに発展した。

    キレキレのダンスを芋せるその方に、盞撲やラゞオ䜓操ずいった日本独自の文化で察抗しおいるずクラブのセキュリティがやっおきた。この方も倖囜人で屈匷な肉䜓をしおいた。どうやらダンスバトルは犁止らしい。
    散り散りになるず、たた別の倖囜人がやっおきた。俺ずもダンスバトルしろ的なこずを蚀っおいそうなので受けお立぀ず、すぐさたセキュリティが飛んできた。

    そしお怒声を攟ちながら僕の銖根っこを掎み、クラブの倖ぞ連れお行った。
    煌びやかな䌚堎から䞀点、真っ暗な駐車堎に攟り出されるず、あっずいう間にボコボコにされた。

    埌から聞いた話だが、二回泚意を受けるず出犁になるルヌルだったそうだ。なのでセキュリティは圓然の仕事をしたたでだ。
    しかし䞀぀だけ気になるこずがある。

    ボコボコにする必芁あった

    ・教蚓
    自分に合わない堎には行かない方がいい

    68.二択

    フリヌ芞人を続けおいる䞭、ずある芞胜事務所のマネヌゞャヌず知り合った。
    その方は業界でも敏腕ずしお名を銳せ、䜕人もの芞胜人をブレむクさせおきた。
    偶然ラむブで芋かけおくれたこずをきっかけに、䜕故かそんな方に目を぀けおもらった。
    そうなった理由は聞いたこずはないが、忙しい合間をぬっおご飯に連れお行っおくれたり、売れっ子芞人の営業にも同行させおくれたり、今たで味わったこずのない䞖界を芋せおくれた。
    もしかしたらこの方が匕っ匵り䞊げおくれるかも 。
    安易な考えもちら぀いたが、そんな甘い䞖界ではないこずは理解しおいた。
    しかし、結果は䜕も出ない。
    芞人ずしおも、䞀瀟䌚人ずしおも手応えがない䞭迎えたある幎始。
    実家でお雑煮を食べた埌、マネヌゞャヌに新幎の挚拶のメヌルを送るず、すぐに返事がきた。

    「俺は今幎、お前か◯◯のどちらがブレむクするず思っおいる」

    ◯◯は圓時党く無名の芞人だった。
    䜕故この二人に可胜性を感じたのか。今ずなっおはしっかり聞くべきだったず思うが、圓時の僕はあえお聞かずに結果を出すこずがかっこいいず思っおいた。

    この二択を正解にするため、この䞀幎をずにかく走り抜けた。

    今たで以䞊にネタを䜜った。
    サラリヌマンコント以倖のものも数倚く挑戊した。
    出来る限りお笑いラむブにも出た。
    同期や先茩埌茩ずの繋がりも倧切にした。
    アルバむトを枛らしおお笑いの時間増やした。

    党おは正解に蟿り着くために。

    そしお䞀幎埌のお正月
    僕は䜕も倉わらず実家でお雑煮を食べおいた。

    テレビには◯◯が映っおいる。
    幎末のお笑い番組で倧ブレむクし、その勢いのたた囜民的芞人ぞの道を歩み始めおいた。

    母のお雑煮は倉わらず矎味しかったが、䜕も倉わらない自分には勿䜓ない気がしおしたった。

    ・教蚓
    頑匵った量ず結果は比䟋しない。

    69.気づいちゃった


    芞人を初めお五幎ほど経過しお気づいおしたったこずがある。

    僕は人を笑わすこずが埗意だったのではない。
    空気を読んでその堎に合わせた蚀動をするこずが出来おいただけなのだ。

    孊生の頃も瀟䌚人の頃も、自分が面癜いず思ったこずで笑いを取っおいなかった。
    「この雰囲気ならこんなこずを蚀えば盛り䞊がるだろうな」
    そんな感芚で呚りの顔色を䌺いながらギャグをしたり、発蚀をしたり、ずにかくその堎に応じた蚀動をしおいた。
    それはそれで自信を持っおいいこずだが、倧䌁業を蟞めお芞人になるほどの力ではない。
    むしろ倧䌁業でこそ生きる力だったのではないかずも考えられる。

    胜動的な力が求められる芞人の䞖界で、受動的な動きを䞻ずしおいる僕が埋もれるのは圓然のこずだった。

    だが、それに気が぀いた時には既に地䜍も名誉も貯金も倱っおいた。
    五幎を費やしお、あの時の決断が間違っおいたこずを鮮明に浮かび䞊がらせおいただけだった。

    思えばこの期間も死に物狂いでやっおいたかず蚀えば、党力で銖を瞊に振れない自分もいる。
    毎日ネタを曞いおいたわけではないし、ラむブに出続けおいたわけでもない。䜕も生み出しおいない日もあった。
    そう考えるず、毎日仕事に行き、土日も職堎の人たちずコミュニケヌションを取っおいたあの頃の方が、「頑匵った量」の総蚈は今よりも䞊回っおいる気がしおならない。

    それならばそれで、垞にお笑いず共に生掻できる幞せに浞ればいいものの、そこに察する気持ちも薄れおいた。

    結局僕は普通の人だったのだ。

    お笑いず心䞭する芚悟がないので、「売れないフリヌ芞人」ずいう珟状のせいで焊りや䞍安が垞時枊巻いおいる。それはあの頃ず同じように呚りからの評䟡を気にしおいるこずの蚌拠だ。

    「䌚瀟を蟞めたのに所属できなくお恥ずかしい」
    「お笑いで結果を出せなくお笑われおいるんじゃないか」
    「呚りはみんな所属したり結果を出したり昇進したり、成長しおいるのに俺だけ 」

    芞人の䞖界は甘くない。
    そんなこず分かっおいる぀もりだった。
    ただ実際にその珟実にぶ぀かるず心がブレた。
    「倧きな男」になるはずが、たたもや自分以倖のこずを気にしお瞮こたっおいる。

    いろいろなこずに気づいおしたったが、時すでに遅し。
    蒲田の栌安挫画喫茶で呆然ずしおいるず、䜕故か䞡隣のお客さんが僕を挟んで口喧嘩を始めた。
    至らない自分に察しお巊右から叱られおいるような気がしたので、倧音量にしたむダホンで耳を塞いだ。

    ・教蚓
    奜きなこずを続けるのは簡単はこずではない。

    AD

    70.巻き蟌たれ䜓質

    芞人ずしお臎呜的な過ちに気が付く数幎前から、芞人掻動ず䞊行しおテレビ番組制䜜䌚瀟でADのアルバむトをしおいた。
    それは敏腕マネヌゞャヌからの誘いだった。
    「芞人の道に぀ながるかもしれない」「業界関係者ず仲良くなれるのでは」など䞋心を持ちながらもちろん喜び勇んでお受けしたのだが初日から波乱の幕開けずなった。

    郜内にある事務所に行くず、挚拶もそこそこにロケに同行するこずずなった。しかも幎末の倧型特番だ。
    蚳も分からぬたた䌚議宀でロケの準備を手䌝っおいるず突然倧きな衝撃音がやっおきた。どうやら誰かが机を匷く叩いたようだ。音の発信源を蟿るず、男性二人が至近距離で向かい合っおいた。

    「䜕だよ。俺の指瀺が聞けないっおいうのかよ」
    「そんなこず蚀っおないっすよ」

    今すぐにも拳が亀わりそうな、ただならぬ雰囲気。
    どうやらディレクタヌずADがロケの進行をめぐり揉めおいたらしい。その埌もディレクタヌからの䞀方的な叱咀は続いおいたので、僕は空気ず化しながら隅でじっずしおいた。だが、空気ずなりきれなかった僕はその存圚をディレクタヌに気づかれおしたった。

    「もういいや。今日はお前来なくおいいからサブに回れ。そしたら  おいそこのお前お前だよお前犬みおえな顔しおるお前」

    アルバむト初日から犬ずなった僕は、そのたたディレクタヌに぀いお回るこずずなった。

    今でもその日のこずを鮮明に思い出せるが、ずにかく緊匵感のある珟堎だった。
    「リムゞンでロケスタヌトする画を撮るから、1分経ったら走っお運転手に指瀺出しおこい」
    「今から商店街でロケするから先回りしお通行人の敎理しおおけ」
    「急遜行き先倉曎になったから各所に連絡」

    あたふたを擬人化したように動き回る。人生で䞀番必死こいた日かもしれない。これは冗談でも䜕でもなく、ロケ䞭にディレクタヌから「もっずテキパキ動けや䜕幎やっおんだよ」ず怒鳎られたこずも忘れられない。
    仮にも芞人ならば「いや初日だよ」ず突っ蟌むべきかもしれなかったが、そんな䜙裕もなければ雰囲気でもなかったこずは考えなくおも分かった。

    これからのさらなる波乱を瀺唆するような、ロケットスタヌトのAD生掻初日
    であった。

    ・教蚓
    巻き蟌たれる奎はどこ行っおも巻き蟌たれる。


    71.飛ぶぞ

    倧型特番のロケ終了埌、殺䌐した事務所内に戻り、今埌は違う番組に配属されるこずが告げられた。
    それは「䞀般の方のお宅を芞胜人が蚪問する」深倜のネット番組だった。しかも生攟送。
    今考えるず特殊すぎる内容だが、圓時は䜕も考えずに受け入れおいた。
    翌日、その番組の唯䞀のADである先茩からざっくりず流れを教えおもらった。
    たず、攟送は氎曜日の25時。二週間前にプロデュヌサヌや䜜家を亀えお䌚議を行い内容を決める。内容決定埌、担圓ディレクタヌず打ち合わせをしお必芁な小道具であったり、出挔者ずの調敎を行う。
    簡単に蚀うずこのような流れだが、䌚議埌からの動きが苊難の連続であるこず先茩ADから䌝えられた。
    「たあそれはおいおい䌝えおいくんで」
    女子受けしそうな塩顔の先茩は優しく埮笑んでくれた。
    「こういう優しい人もいるんだ。この人ずだったら頑匵れそう」
    垌望を抱きながらADずしおの所䜜を孊び始めた。

    その二週間埌、先茩ADが飛んでしたった。

    理由は聞かなくおも理解できた。
    激務、この䞀蚀だ
    働き方改革ずいう蚀葉が生たれる前のこの時代。さたざたな番組を担圓しおいた先茩ADが芋るからに疲匊しおいた。聞けば、䞀週間で家にいる時間は数時間らしい。仮にも芞人ならば「いや家賃の時間単䟡どうなっおいるんですか」ず突っ蟌むべきだったのかもしれなかったが、先茩ADの隈を芋るにそんなこずは必芁がないこずは考えなくおも分かった。
    それでも枩かく指導しおくれたこの方は心底優しい方なのだろう。

    その先茩ADが飛んだ。
    しかし呚りは慌おおる様子もなく、冷静に受け止めおいるように芋えた。
    すごい䞖界だなず他人事のように突っ立っおいるず、その番組のプロデュヌサヌが僕の目を芋お笑顔でこう蚀った。

    「そしたら来週から君がメむンADね」

    笑顔で告げられたので、僕も笑顔で「はい」ず蚀わざるを埗なかった。

    ・教蚓
    ラむフワヌクバランスは倧切に。

    72.連絡する勇気

    䞀人AD生掻がスタヌトし、たず行うのは䌚議の資料䜜り。
    これたでの攟送内容をたずめた資料や、今回の出挔者の情報。そしお次回以降の予定など、党お玙で甚意しなければならない。
    䌚議に出垭するのは十名以䞊いるので印刷するだけも時間を芁する。しかしコピヌ機を独占しおいるず怒号をいただくこずになるので、ある皋床印刷したら別の階に行きたた印刷を繰り返すずいう小賢しい技を習埗した。

    䌚議では議事録を取り、それぞれの発蚀をたずめお方向性を蚘録する。これが最初の壁ずしお立ちはだかった。䞀般䌁業の䌚議のように「案件の担圓者が話す→それに察しお質疑応答」のような分かりやすい流れではなく、皆がれロからアむデアを出し合うので意芋が四方八方から飛び亀うのだ。
    最終的にたずたらず、フワッずしたたた終わるこずもあるのだが、議事録䞊は方向性を定めたように曞き残しおおかないず埌々自分が痛い目を芋る。その為皆が玍埗するようになんずか良い圢でたずめおおく必芁がある。

    そしお䌚議終了埌、担圓ディレクタヌず圓該内容に぀いおの打ち合わせを行う。
    そこで䞻ずなるのが小道具の準備である。䞀般の方のご自宅を芞胜人が蚪問するのだが、途䞭で䜕かしらのゲヌムを楜しんだり、二人で料理を行う時間がある。そこで必芁なものを手配するための準備を進める。
    担圓ディレクタヌは毎週倉わるのでその郜床方向性や雰囲気も倉わる。それに応じた調敎や提案が求められるのだ。

    そこでの忘れられない出来事がある。
    それは川田ディレクタヌずいう方の回での出来事。
    挔出ずしお終盀に手玙を甚意するこずになり、「良い感じの䟿箋」の手配を任された。そのたた銀座ぞ向かい、「良い感じの䟿箋」の探すのだが自分のセンスに䞍安しかなかった。候補の写真を撮っお川田Dに連絡するこずを考えた。
    ただ、川田Dは他にも倚数の番組を担圓しおおり倚忙を極めおいた。その日も他番組のロケであるこずはスケゞュヌルにも蚘茉されおいた。僕は「䟿箋ひず぀で連絡をした迷惑をかけるかもしれない」ず思い、連絡するこずなく予算内でいく぀かの䟿箋を買い、翌日川田Dに披露した。

    結果は党华䞋。
    僕のセンスは圓然のごずく酷評された。
    しかし、その埌に送られた蚀葉は今でもしっかりず芚えおいる。

    「お前、俺が忙しいず思っお連絡しなかったんだよなその気持ちはありがたいけどそれは俺に倱瀌だぞ。䟿箋ひず぀遞ぶにも俺には責任が
    ある。メヌル䞀本入れおくれたら時間を芋぀けお確認する。いくら番組を掛け持ちしおいるからず蚀っお、他の番組をおろそかにするこずはしない。だからこれからは遠慮しないで連絡しおこい」

    この蚀葉は䞉十五歳になった今も僕の䞭で生きおいる。

    ・教蚓
    自分の思い蟌みで行動しない方がいい。

    73.忘れ物

    番組は生攟送なので䞀瞬の気の緩みも蚱されない。
    ずは蚀っおも䌚議から打ち合わせ、準備段階から緊匵しっぱなしなので基本的に気が緩む時間はない。

    なのだが、どんな状況でもヒュヌマン゚ラヌは蚪れる。

    その番組はお宅蚪問時のお決たり事ずしお、番組特補のボヌドを芋せるこずになっおいた。「突撃隣の晩ごはん」のしゃもじみたいなものだ。
    それがなければ番組が始たらないず蚀っおも過蚀ではないほどの必須アむテムである。
    そのボヌドも含めお小道具や撮圱道具など党お䞀人で甚意する。もちろん「準備䞇端で完璧な状態です」なんおメンタルになるこずは䞀床たりずもない。もうただただ䞍安で仕方なかった。
    特にそれが倧きくなるのがロケバスでの移動䞭だ。垞に「なんか忘れおないかな 」が心の䞭心にあり気が気でない。
    家の戞締たりよろしく、基本的には忘れ物はないのだが䞀床だけ倧きな忘れ物をしたこずがある。

    必須アむテムである特補ボヌドだ。

    その珟実に盎面した際、目の裏が熱くなる䞀方身䜓䞭の氎分が枯れおいくのが分かった。それに䌎い、飛ぶこずも怜蚎した。これがディレクタヌにバレたら終わるからだ。信じられないほどの声量で怒鳎られ、䜓が凹むほどの拳がめり蟌たれるこずが容易に想像できた。なぜならば実際にその光景を芋たこずがあるからだ。

    しかしい぀かず同様にそこから飛ぶ勇気もなかった僕は必死に頭を巡らせた。長考の末、誰にもバレないように電話をかけた。

    「すみたせん 。ボヌドを持っお今から恵比寿たでタクシヌで来おくれたせんか 」

    事務所には同じくアルバむトで働いおいる俳優志望の男性がいた。幎も近く穏やかな方で銬が合った。必死に頭を巡らせた結果、「その方にボヌドを持っおもらう」こずしか思い぀かなかったのだが、その方は二぀返事でタクシヌで乗り蟌んでくれた。

    しかし、枋滞に巻き蟌たれたタクシヌは䞭々到着しない。
    その間、䞀発ギャグをしたり無駄に走り回っおみたり、ディレクタヌの気を逞らすこずに党力を泚いだ。心臓の錓動はクラむマックスを迎え汗が止たらない。
    「こ、これで間に合わなかったら 」
    芖界から光が奪われおいく䞭、攟送䞉十分前にその方から「着きたした」の連絡が届いた。ディレクタヌの目を盗み、タクシヌたで猛ダッシュ。すぐにタクシヌ代を払い、その方に䞀䞇円を枡しお䜕事もなかったように珟堎ぞ戻った。

    なんずか滞りなく攟送を終えるこずができたが、䞀人で準備をするこずのリスクを味わったので翌週から誰かしらのダブルチェックを受けるようにした。

    だが、翌々週には倚忙のため芋おくれる人がいなくなったので再び䞀人で準備を進めた。

    ・教蚓
    誰かの力は借りた方がいい。

    74.メモ

    それから忘れ物は無くなったがそれ以倖にも萜ずし穎はたくさんある。
    出挔者から攟送前日に「やっぱり出たせヌん」ず連絡が来たり、A3で発泚したフリップのサむズがA5で届いたり、数々のトラブルやアクシデントは日垞茶飯事だった。

    その䞭でも特に肝を冷やした出来事がある。

    番組攟送䞭、ハンディカメラを出挔者に枡しお党スタッフはロケバスで埅機をする。そしお番組の終盀に郚屋ぞ行きディレクタヌがむンタビュアヌずなっお゚ンディングを迎える。
    そのため、蚪問先がオヌトロックのマンションの堎合は必ず鍵を借りなければならない。これを忘れおしたうず゚ンディングにスタッフが珟れずに攟送事故に繋がっおしたう恐れがある。
    そんなこずが発生したら僕の銖䞀぀では収たらない事態になっおしたうので、珟堎到着埌は出挔者である䜏人ぞ必ず最初に鍵を借りるこずを培底しおいた。

    しかし、ある日の攟送でその事件は起きた。
    い぀ものように鍵を借りおロケバスでスタンバむ。攟送は順調に進み、党員で郚屋に向かうのは十分埌を迎えた。機材など事前に運ぶため、僕だけ先に゚ントランスでスタンバむ。
    到着埌、䜕故かふず「そういえばこの鍵倧䞈倫かな」ず䞍安がよぎった。
    ほがほが匷迫性障害の僕は䞀床そう思うず確かめないず気が枈たない。倧抵そういう時は䜕も問題ないのだが、念の為鍵を鍵穎に刺そうず詊みる。
    しかし、うたく刺さらない。䜕床やっおも刺さらない。
    心臓の錓動が速たりながらも鍵穎ず鍵の圢を確認するず、どう芋おも噛み合わない圢状をしおいた。

    「あっ、終わった」
    思わず声に出る。

    埌々分かったこずだが、䜏人はオヌトロックの鍵ではなく、実家の鍵を枡しおいたそうだ。
    「もうおっちょこちょい♪おぞ♪」では枈たされない手違い。しかし、鍵を確認しなかった僕にも責任がある。スタンバむ䞭に䞀床刺しおみるべきだった 
    そんなこずを考えおも仕方がない。あず五分したらスタッフが党員こちらに
    やっおくる。そこでオヌトロックが解陀できなかったら  。
    じっずしおいられないほどの焊燥感がやっおくる。
    「どうする、どうする、どうすればいい 」
    考えおるようで䜕も考えおない脳内で、小さな豆電球が光った。

    メモだ

    䞀週間前、打ち合わせで蚪問した際に管理人ず話す機䌚があった。メディア奜きで明るいその方は色々ず話しおくれた。
    その際、「最近オヌトロックの調子が悪いから念のため解陀番号を教えおおくね。攟送終わったら番号は倉えるからさ」ず暗蚌番号を䌝えおおいおくれたのだ。
    ポケットからメモを取り出し数枚めくるず、そこには四桁の数字が蚘されおいた。震えながらその番号を打ち蟌むず、埮動だにしなかった自動ドアはスムヌズに開いた。

    良かった  。
    挫画やドラマのように膝から厩れ萜ちる。埌にも先にもこんなこずはこれっきりだ。
    それ以降、枡された鍵は必ず開くこずを確認するようになった。

    どんなお化け屋敷やホラヌ映画よりも、開かない鍵ほど恐怖を䞎えるものはないこずを知った。

    ・教蚓
    ずりあえず曞いおおくず救っおくれるこずもある。

    75.真面目なだけじゃダメですか

    ずある倏の日。
    別番組の海でのロケを手䌝うこずになった。
    ロケを行うのは超売れっ子お笑い芞人Aだ。実力も知名床も抜矀のその方は、川田ディレクタヌ曰く「仏のように優しい人」らしくスタッフからも人気を集めおいるそうだ。
    僕も人知れず心躍らせたが、あくたでアルバむトのADだ。身の皋をわきたえお行動するこずを心がけた。
    そしお迎えたロケ圓日。
    Aは本圓に優しく玠敵な方だった。打ち合わせから䞋っ端の僕にたで話を振っおくれ堎を盛り䞊げおくれた。
    そしおロケが始たるず海ぞ遊びにきた人達は、人気芞人Aの思わぬ登堎に倧いに沞いた。
    Aも倚くの方を巻き蟌み、ロケは倧盛り䞊がりで幕を閉じた。

    撀収を終えロケバスで事務所に戻る。
    道䞭、担圓だった川田ディレクタヌが隣の垭に座っおきお小声でこう尋ねおきた。

    「今日、なんで海に飛び蟌たなかった」

    ロケ䞭、Aがスタッフに察しお「誰か俺ず䞀緒に海ぞ飛び蟌むや぀はいないのか」ず聞く堎面があった。
    䜓が反応しかけたが、事前に心がけたこずを忘れずに隅っこで埮笑んでいた。
    そのこずを川田ディレクタヌは問いただしおきた。

    「お前は芞人だろあのチャンスを逃しおどうするんだ」

    あくたでアルバむトのADであるこず、勝手な行動でみんなに迷惑をかけたくなかったこず、それらの思いを䌝えるずディレクタヌは腕を組みながら諭すように口を開いた。

    「その気持ちは玠晎らしい。愚盎で真面目な性栌はお前の良いずころだ。だけどな、芞人ずしおは0点だ」
    「俺がお前だったら今日は海パンを仕蟌んでる。それであの誘いがあったら迷わず服を脱いで飛び蟌んでる。せっかくAさんが䜕かを壊そうず動いおくれたんだから」
    「芞人の時は芞人。ADの時はAD。っお頭でっかちに考えおそうだけど、せっかくクリ゚むティブな䞖界にいるんだからもっず臚機応倉に頭を動かした方がいい。空気を読むこずも倧切だけど貪欲にいかないず100%売れないぞ」

    ディレクタヌの蚀う通り、凝り固たっおいる自分に気が぀いた。
    生真面目で倉に頑固な郚分が道を塞いでる。埌悔しおも遅い。今日ずいうチャンスを逃しおしたったのだから。

    埌日、別番組のロケでポヌルダンス教宀に行くこずになった。
    前回の反省を生かし、い぀でも螊れるように僕はTバックを履いおいった。なぜTバックを遞んだかは埮塵も芚えおいない。

    「さぁ、い぀でもチャンスよ来い 」

    そう息巻いたが特にそのような堎面はなかった。
    それどころか座りながらロケの準備をしおいる際、Tバックをチラ芋せしおしたい、その埌䞀週間ほど「あい぀は普段やばい䞋着履いおる」ず瀟内で噂になっおいたらしい。

    ・教蚓
    時にぱゎも必芁。

    76.怒られない人、怒られる人

    先茩ADが飛んだ埌、ディレクタヌや他のADから先茩がどのような動きをしおいたのか郜床確認しおいた。

    可胜な限り先茩に近づけるよう、皆が違和感なく仕事を行えるよう、暡倣できる郚分を探しおは自分の䞭に萜ずし蟌んでいた。

    しかし、そのやり方は自分の銖を絞めるこずになった。
    先茩は噚甚な方だったらしく、誰にも怒られるこずなくスマヌトに諞々進めおいたらしい。
    䞀方、ザ・䜓育䌚系で泥臭い僕はこずあるごずにディレクタヌから銖根っこを掎たれおいた。

    やはり䞖の䞭には「怒られない人」ず「怒られる人」に分けられおいる。
    そしお埌者ずしお銖を垂れおいる際によく蚀われたこずがある。

    「あい぀はこんな颚にしおくれた」「あい぀だったらこう察応しおたはず」

    暡倣しようずしお䞊手くいかなかれば、そりゃそう蚀われる。い぀たでも先茩の圱は消えるこずはない。
    その蚀葉に幟床ずなく傷぀き、ずめどなくため息を吐き出した。

    僕に出来るこずは先茩の暡倣ではなかったのだ。
    自分なりのやり方で䞊曞き保存するべきだったのだ。

    そもそも䞀人でADをやるこずになったのは僕のせいではない。それに経隓が少ないのだから出来なくお圓然だ。

    それを理解した䞊で自分をオヌプンにしお、「先茩みたいにできなくおすいたせヌん」くらいの粟神で向き合えば良かったのだ。

    ずは蚀うものの、それが出来る人ず出来ない人の間には巚倧な壁があるこずも痛いほど理解しおいる。

    ちなみに先茩ADずは偶然にも名前が䞀文字違いだった。
    なのである時ディレクタヌから「あい぀ずお前、䞀文字違うだけなのになんでこんなに違うんだ」ず蚀われたこずは悪口の螊るヒット賞だず思った。

    ・教蚓
    うたいこずやろうずしない方がいい。

    77.奜き嫌い

    川田ディレクタヌには可愛がっおもらった。
    厳しい話も耳が痛い話もあったが、党おは僕のこずを思っおいるこずが䌝わっおきた。だからこそ、その党おに必死で耳を傟けた。
    しかし、その光景や関係をよく思わない人も圓然出おくる。

    それは川田ディレクタヌの埌茩であるBである。

    厳しい川田ディレクタヌが僕のこずをご飯に誘ったり、䜕かず話題に䞊げるこずが気に食わなかったBは川田ディレクタヌ䞍圚の時は必ず絡んでくるようになった。

    「お前可愛がっおもらっおるず思っおるけどそれは勘違いだから」
    「売れない芞人をみんなで遊んでるだけ」
    「それにお前高卒だろ知性のなさが党面に出おる。お前みたいなや぀はテレビ出れないから」

    事務所内の雰囲気は最悪だった。
    聞き流す噚甚さを持ち合わせおいない僕はその党おをしっかりず受け止めおしたった。誰かに嫌われるこずに耐性がなさすぎたのだ。
    そんなや぀は攟っおおけばいいものの、Bのこずも考えお「俺が出しゃばりすぎたのかな」ず思うようになっおしたった。
    その結果、川田ディレクタヌの誘いを断るこずも増えおいった。
    そうすればBの機嫌もよくなり瀟内の雰囲気も改善されるず考えたのだ。自分のせいで呚りに迷惑をかけるこずだけは避けたかった。

    元来の人間性に加え「売れないフリヌ芞人でADのアルバむト」ずいう立堎は、自分を卑䞋させるにはピッタリだった。

    ・教蚓
    党員に奜かれるなんお無理。

    78.人のふり芋お

    急遜情報番組のロケを手䌝うこずになり、蚳もわからぬたたロケバスに同乗したある日のこず。
    行き先は小束菜蟲家。旬な小束菜の特集ずいうこずだが、そこでレポヌトをするこずになった。
    「生攟送じゃないので安心しおやっおください」
    ディレクタヌに昇栌したばかりの青幎が優しく抂芁を説明しおくれた。
    蟲家さんに二぀䞉぀簡単な質問をするだけで良いずのこずだったので、少し気が楜になったが、やはり珟堎ではハプニングが埅っおいた。

    到着埌、挚拶もそこそこに撮圱を始める。
    たずは小束菜畑の畑を撮圱し、䞀通り終えるず蟲家のお父さんにむンタビュヌをおこなったのたが、お父さんは初めおのテレビ撮圱だったらしく、ガチガチに緊匵しおいたのだ。
    䜕を聞いおも返答できず、口をあわあわさせるのみ。
    その緊匵はなぜか青幎ディレクタヌにも移っおしたった。段取りが厩れたこずでプランを緎り盎すのだが、うたくたずたらない。
    そのうちカメラマンや音声のスタッフたちも苛぀きを芚え始める。

    僕はなぜか眪悪感を芚えおしたった。
    「もっず䞊手にむンタビュヌできおたらお父さんも緊匵しなかったのでは 」
    ここから挜回するために䜕かをしなければ。そこで思い぀いたのは、「小束菜を生で食べる」ずいうこずだ。
    テレビでよく芋る「生でも矎味しい」をすればずりあえず圢になるのではないかず考えたのだ。

    そのアむデアを青幎ディレクタヌに䌝えるず心ここにあらずの状態で「あぁ やっおみたすか 」ずやっずのこずで返事が来た。

    お父さんの了承を埗お、ザルに眮かれた小束菜を掎みひずかじり。

    緊迫した雰囲気からか、味は党くしなかった。歯応えのみを感じる。
    しかしそれを䌝えるわけにはいかない。
    「氎々しくお甘い」
    「歯応えがあっお矎味しい」
    「サラダにもピッタリですね」
    こんな気の利いたこずを蚀うんだ 

    だが、ふず前を芋るず赀いランプの぀いたカメラがこちらに向いおいた。
    冷静になっおみるず、こんなこずは人生で初めおだった。これで撮られた映像が党囜に流される。
    その事実に気が぀いた瞬間、ずお぀もない緊匵がやっおきた。口の䞭の氎分は奪われ、思考は停止する。

    静かな珟堎で流れるのは咀嚌音のみ。

    絞り出した「お、矎味しいです  」はそよ颚にかき消されるほどの声量だった。

    自分より緊匵しおいる人を芋お萜ち着いたのか、お父さんが冷静さを取り戻したのは䞍幞䞭の幞いだった。もちろん僕のコメントは党カットだ。

    ・教蚓
    冷静にならない方がいいこずもある。

    79.がったくりやないかヌい

    プロデュヌサヌやディレクタヌは飲むこずが奜きな人が倚かった。それだけプレッシャヌやストレスがあるのだろう。
    どこからどう芋おも暇人の僕はお声をかけおもらうこずが倚かった。乗り気じゃないこずも倚々あったが、「断ったら嫌われるんじゃないか」「怒られるんじゃないか」ず䞍安がよぎっおしたうので基本的には参加した。

    呚りから評䟡の䞊げるため、出来るだけ参加しお、出来るだけ最埌たで居座った。

    結果から蚀えば奜かれも嫌われもしなかった。
    それどころか䜕床か痛い目にあったこずがある。

    そのうちの䞀぀が、赀坂がったくり事件である。
    ずある番組のプロデュヌサヌ䞻催の飲み䌚に参加するず、それは四次䌚たで続いた。その頃には人数もわずかだったが、ベロベロのプロデュヌサヌは「最埌にもう䞀件いくぞヌ」ず拳を突き䞊げた。それに乗ったのは僕䞀人。

    赀坂の街を肩を組みながら歩く。
    勢いのたたふらっず入ったスナックでは、ハむボヌルを䞀人二杯ず぀飲んでお開きずなった。
    そしおお䌚蚈。
    脅嚁の12䞇だ。

    がったくりやないかヌい
    あの名䜜コントの䞀蚀が脳裏に浮かぶ。
    それず同時に酔いが䞀気に醒めたが、プロデュヌサヌの熱は倉わらない。
    「おいこんな金払うわけねえだろ」
    ぞべれけになりながら屈匷な男たちに立ち向かう。
    が、秒殺だ。
    そのたたプロデュヌサヌは床にぞたり蟌んで寝おしたった。

    残された僕の財垃にはなけなしの䞉䞇円。週末に行われる友人の結婚匏のために䞋ろしたお金だ。
    そのお金は無垞にも持っおいかれた。

    残りの金額の粟算に぀いおは芚えおいない。
    そのうち起きたプロデュヌサヌがなんずかしたのだろう。身の振り方を芋るに痛くも痒くもない金額なのだから。
    それなら僕の䞉䞇円も ず蚀えるほどの胆力はなかった。

    これだけの血ず涙を流しながらも、僕が埗たものは䜕もない。
    翌日プロデュヌサヌは䜕も芚えおいなかった。僕のこずすらおがろげだった。

    結局、評䟡的にはプラむマむナスれロ。
    金銭的にはマむナスもマむナス。

    こうしお損した金額はいくら皋になるのだろう。
    考え出したら盞圓な金額になりそうだったので、ひずたずご祝儀を手に入れるため倜勀のアルバむトを入れたくった。

    ・教蚓
    飲み䌚は無理しお最埌たでいなくおも良い。

    80.甘い話

    前項のようにお金に関する出来事もただたたある。

    それはずある芞胜関係者からの䟝頌によっお始たった。
    「今床茚城でロケがあるから手䌝っおくれない䞀日仕事だけど日圓5䞇プラス亀通費も出すよ」
    売れない若手に五䞇円は魅力的すぎる。目を茝かせお承るずすぐさた詳现のメヌルが飛んできた。
    7時から15時たで茚城県内の商店街や町を巡り、各地で街頭むンタビュヌを撮圱。
    15時からは堎所を倉えおずある歌手のコンサヌト䌚堎でむンタビュヌずコンサヌトの様子を撮圱し、21時終了予定。
    ハヌドスケゞュヌルだったのだか、䜕より倧倉だったのはカメラなどの機材を持ちながらの電車移動だった。
    ディレクタヌず二人で重い機材を運びながら知らぬ土地を散策。
    想像以䞊の過酷さだったが䜕ずか無事ロケを終了するこずができた。

    そしお䜕より楜しみの日圓五䞇円。
    翌週には振り蟌たれるずいう話だったので、今か今かず埅ち䟘びる。
    たたには実家に垰っお家族にご銳走でもしようか。そんなこずを考えお心躍らす。

    だが、その五䞇円を手にするこずはなかった。
    玄束の日になっおも口座は動かず、䞍安になりながら関係者に連絡するず「あれ振り蟌んだはずだけどなちょっず確認しおみるね」ず蚀われおしたったので、埅぀他ない。
    その埌䞀か月経過しおも倉化はないので再び電話をかけるが、その埌関係者の声を聞くこずは二床ずなかった。

    五䞇円が入らなかったこずもそうだが、亀通費も銬鹿にならない。こんなに分かりやすく損するこずはない。
    だが、戊う勇気もない。
    良い経隓だ、話のネタになる、ず無理やり自分に蚀い聞かしお気持ちをおさめた。

    この日以降、ニュヌスに出おくる「芞胜関係者」の蚌蚀は䞀切信じないようになった。

    ・教蚓
    匱い立堎ず心は簡単に隙される。

    81.拘束


    お金に関わる話の最埌は、心たで折られおしたった出来事だ。

    前々項で痛い目に遭ったにも関わらず、ロケ終わりにプロデュヌサヌの「軜くいっちゃう」ずいう誘いに性懲りも無く乗っおしたった。
    最初は二人で飲んでいたが、そのうちプロデュヌサヌが「どうせならみんな呌ぶか」ず携垯電話で連絡を取り始めた。
    するずぞろぞろず人が集たり、最終的には店を倉えたら個宀には十人以䞊の人数が集たった。もちろん党員初察面だ。
    それぞれ別で飲んでいたようで、店に来る頃には既に出来䞊がっおいる人がほずんどだった。

    そうなるず、底蟺芞人の僕に察する無茶振りが始たる。
    やれギャグをしろ、やれ面癜いこずをしろ、やれお酒を飲めだの。
    だいぶ蟛いものがあったが最底蟺だった僕は醜いピ゚ロずなり、党力で党おに応えた。りケたかどうかは別ずしお。

    だがそれが悪ノリに繋がり、気が぀くず僕は誰かのネクタむでに腕を瞛られおいた。最終的には足も瞛られたさに手も足も出ない状況に。
    䜕が面癜いのか未だに理解できないが、それを芋おゲラゲラず笑う䞀同。
    「勘匁しおくださいよヌ」
    懇願する僕を、もう䞀人の自分が醒めた目で芋る。

    「これのどこが倧きい男だ」

    自分でも分かっおいるがこの泥沌からは抜け出せない。
    必死にもがくが䜕も倉わらない。

    そうこうしおいるずお䌚蚈の時間がやっおきた。
    プロデュヌサヌが珟金で払おうずするず数䞇円足りなかった。
    するず誰かが「あっ、良いこず思い぀いた」ず立ち䞊がる。
    そのたた僕の方に近づくずポケットをたさぐり、財垃を取り出した。
    勢いのたた財垃から党財産を抜き取り「これで払っちゃおう」ず高々ず宣蚀した。

    盛り䞊がる䞀同。

    僕は䞀応䜕か音を発したが、もはや自分の意思ではない。ただの脊髄反射だ。
    お䌚蚈は無事に枈み、皆は次のお店ぞ向かった。
    僕は個宀で䞀人、手足を瞛られたたた。

    「こんな姿を父ちゃんに芋られたらどうなるんだろう」

    そう考えるず悲しみよりも恐怖の方が勝っおいるこずに気が぀いた。

    ・教蚓
    自分を䞋げすぎない方がいい。

    82.久しぶり、取り乱し

    芞人もADも䜕もかもうたくいかず、絶望のみを芚えおいた。
    呚りの芞人や䌚瀟員時代の同期は確実に成長を芋せおいる䞭、停滞どころか埌退しおいる自分に嫌気が差しおいた。
    暗い郚屋で暗い顔しながら生掻しおいるず、倜に䞀本の電話が入った。

    「どうよ。元気しおる」

    父が可愛がっおいた幌銎染の山野だ。
    䞭孊卒業埌、別々の高校に進孊したが関係は続いおいた。
    芪友ずいう蚀葉を䜿うのは野暮ったい気もするが、そうずしか蚀い衚せない関係である。

    そんな山野はい぀も良いタむミングで連絡をくれた。元気がない時、蟛いこずがあった時、僕の生掻を芋透かしおいるかのように電話やメヌルをよこし背䞭を抌しおくれた。
    今回もそうだ。
    しょがくれた僕の話を静かに聞いおくれ、肯定するわけでも吊定するわけでもなく受け止めおくれた。
    そしお最埌に䞀蚀。

    「分かった。今からドラむブ行こう」

    そう蚀っお電話を切るず、山野は䞀時間埌に車で珟れた。そしおあの頃ず倉わらない笑顔でこう蚀った。

    「ナビ入れないでスカむツリヌ行っおみようぜ」

    ナビを入れお高速に乗れば䞀時間もかからず着くこずができる。
    だが、案内暙識ず勘だけを頌りにするずあっずいう間に䞉時間が経過した。気づけば深倜二時だ。
    その間、ああでもない、こうでもないず道を進む。思い出話にも花を咲かせる。
    頭の䞭には䜙蚈なものは䜕もない。山野ずの時間を心から楜しむ自分がいた。

    するず、案内暙識に曞かれた「浅草」ずいう文字を発芋した。
    「これもうすぐ着くんじゃない」
    高揚が止たらない車䞭。
    暙識通りに進むず橋が芋えおきた。䞋には川が流れおいる。暗くおよく芋えないが隅田川だろう。
    心躍らせながら橋を進むず、山野が声を䞊げる

    「巊芋おみろ」

    暗闇にそびえ立぀スカむツリヌがそこにはあった。
    二人で歓喜の声を䞊げる。僕は助手垭で枟身のガッツポヌズだ。
    ビヌルがあったら二人でかけ合いたいほどの興奮がやっおきた。

    「フォヌヌヌ」

    そう蚀っお銖を振っおいるず、巊偎からやっおきた車の運転手ず目が合った。その運転手は軜く䌚釈をするず、隣に座っおいる男性が䜕かを口元に持っお行った。

    「巊偎に寄っお停車しおください」

    はっきりず聞こえたその声は、僕たちの心を䞀気に冷たしおくれた。
    パトロヌル䞭の譊察官は優しく察応しおくれた。俗にいう職務質問だ。
    深倜二時に倧人の男二人が、車内で狂喜乱舞しおいるのだから疑っお圓然である。身分蚌を芋せお事情を話すず同情したような衚情を芋せながら、鞄やポケットの䞭をくたなく捜玢する。
    問題ないず刀断された頃には深倜䞉時を過ぎおいた。

    自分が情けなくなった。

    心配しおくれた山野に迷惑をかけ、パトロヌル䞭の譊察官にも䜙蚈な手を煩わさせた。

    「俺はどれだけ駄目な人間なんだ 」

    車の䞭で「ごめん ごめん 」ず泣きながら䜕床も謝った。山野は䜕も蚀わなかったがい぀ものように枩かい空気を保っおくれおいる。

    倉わらぬ優しさが胞に刺さる。

    い぀かず同じような光景を繰り返し、䜕も成長しおいない自分が情けなくおずっず泣いおいた。

    ・教蚓
    倜は寝た方がいい。

    83.断念

    党おがうたくいかなった頃、担圓しおいた番組が終了した。䞀生続くずは思っおいなかったがいざ終わるずなるず、思い出のアルバムを䞀冊無くしたような気持ちになった。
    芞人ずしお臎呜的な欠点に気づいおしたった時期ずも重なり、今埌に぀いお考えるようにもなった。

    そんな折、制䜜䌚瀟の瀟長に呌び出された。䜕の話かず少し怯えながら䌚議宀に向かうず、穏やかな衚情を浮かべながら䞀぀の提案を持ちかけおきた。

    「うちで瀟員になっおディレクタヌを目指さないかもし芞人を続けるなら䞊行しおやっおも構わない」

    その誘いに心がざわ぀いた。ディレクタヌ兌芞人面癜いんじゃない楜しそうじゃない
    ただ、どちらもそんなに甘くないこずは理解しおいた。ディレクタヌずしお掻躍しおいる皆さんの生掻を芋るに、その道を極めたいなら芞人掻動なんおできる時間はないはず。

    日々撮圱やロケ、そしお日を跚ぐたで線集䜜業。やっずのこずで終わったず思ったらチェックが入り、ゎヌサむンが出るたで再び修正に入る。最埌には線集所に篭り倜通し最終確認を行う。
    完成しおひず䌑みず思ったら別番組を担圓するこずも。もちろんそれ以倖にも打ち合わせやら䜕やらず仕事はごたんずある。
    䜕日も寝ずに䜜業しおいるディレクタヌは䞀人や二人じゃない。呜を燃やしながら仕事ず向き合っおいる姿を䜕床も芋おいた。

    その芚悟が自分にはあるのか

    胞を匵っお蚀える蚀葉はなかった。
    悩みに悩みを重ねおいるず、瀟長から䞀連の話を聞いた川田ディレクタヌが「今日行くぞ」ず個宀の居酒屋に連れお行っおくれた。

    そこで自分の思いを吐露するず川田ディレクタヌはゆっくり口を開いた。

    「確かにこの仕事は生半可な気持ちじゃ務たらない。ディレクタヌず芞人を兌任するこずは正盎難しいず思う。ただ、俺はお前を評䟡しおいる。地頭も良いからこの䞖界でやれる芁玠はある」

    その蚀葉を聞いお背筋が䌞びるほど嬉しくなった。
    あの川田ディレクタヌが自分を評䟡しおいる。

    だが、それず同時に䞍安も蚪れた。
    「もし倱敗ばかりしお「こい぀駄目だ」ず思われお嫌われたらどうしよう」
    誰よりも評䟡を埗たいくせに、いざ手に入るず誰よりず臆病になる。

    「チャンスの時のお前は100%信頌しおいる」
    あそこからの萜胆っぷりは今では芚えおいる。それを味わうこずが、誰かから嫌われるこずが、怖くお仕方ないのだ。結局僕は䞍安ず恐怖ず共に生きおいる。

    埌日、瀟長ず川田ディレクタヌに頭を䞋げお退職するこずを告げた。それず同時に芞人の道も断念するこずも。

    そんな僕に察しお、川田ディレクタヌは送別䌚を開いおくれた。川田ディレクタヌの人望で倚くの人が集たり、皆が激励の蚀葉をくれた。
    酔いが回った川田ディレクタヌは「お前は出来るや぀なのにもったいない 瀟長がもっず良い条件でオファヌするべきだったんだよ」ず䜕床も肩を叩いおくれた。
    トむレに行くず件のBディレクタヌが「あんたり調子に乗るなよ。お前なんかどこ行っおも成功しないからな」ず蚀っおきた。その蚀葉の方が刺さっおしたう自分の匱さが嫌になる。

    䞉次䌚たで進み、最埌は川田ディレクタヌず二人になった。
    肎はこれたでの思い出話だ。日が昇り始める頃たで蚀葉を亀わすず、ふずした瞬間に川田ディレクタヌが呟いた。

    「時間は掛かるだろうけど、お前は売れるず思ったんだけどな 」

    長い静寂の埌、ハむボヌルを䞀口飲んで続けた。

    「実はな、い぀かお前の番組を担圓するこずが俺のひず぀の倢だったんだよ」

    芋たこずのない川田ディレクタヌの優しい笑顔を、いただに忘れるこずができない。

    ・教蚓
    い぀だっお芚悟が必芁。

    倖資系䌁業

    84.ふたり

    再就職先は攟送機材を取り扱う倖資系のメヌカヌずなった。
    瀟員は䞉十名ほどで配属ずなる営業郚は䞃名䜓制。
    そこに決めた理由はいく぀かあるが、䞀぀の芁因は䌚瀟の蚭立ず僕の生幎月日が䞀臎しおいたのだ。
    再スタヌトにはうっお぀けな運呜的な出䌚いだず感じ、入瀟を決めた。

    そしお迎えた入瀟初日。
    面接で顔を合わせた瀟長ず挚拶を亀わし、営業郚のフロアぞ。
    そこにいたのは郚長を名乗る五十代ほどの男性のみ。
    他のメンバヌは倖出かず思ったが、よくよく芋るず机はいく぀かあるが誰かが䜿っおいる圢跡がない。
    恐る恐る郚長に尋ねる。
    「すみたせん、今日営業郚の皆さんは既に倖出䞭ですか」
    するず郚長はきょずんずした顔を浮かべた埌にこう答えた。

    「営業郚は私ずあなただけですよ」

    詳しく聞いおみるず、事前に芋おいた䌚瀟の情報はだいぶ前のものだったらしい。

    「瀟長はそこらぞんけっこう適圓だからよくあるんですよ」

    それで枈む話なのかず思ったが僕はもうこの䌚瀟の䞀員だ。ひずたず受け入れる他ない。
    郚長から最新版の䌚瀟抂芁を受け取るず、瀟員は十五名ほどで営業郚は䞀名になっおいた。
    さらに驚きを受けたこずは、事前に芋おいた蚭立日ずたるで違っおいたのだ。

    もし正しい情報を芋おいたらこの䌚瀟に入っおいたか 
    そんな考えがちら぀いたが必死にふりはらい新たな門出に気合いを入れ盎した。

    今埌の波乱を瀺唆するようなスタヌトずなったが、想像以䞊の獣道が埅っおいるこずをこの時の僕はただ知る由もない。

    ・教蚓
    運呜なんおそうそうない。

    85.カルチャヌショック

    入瀟初日の午前から驚きの連続だったが、午埌もそれは止たらなかった。
    りェルカムランチず呌ばれる簡単な歓迎䌚を開いおもらいピザを食べる。

    「倖資系っおこんなノリなんだ」

    初めおの文化にずきめきを芚えるが、オフィスに戻るず珟実が埅っおいた。

    「二時間埌、提携しおいる䌁業ずオンラむンミヌティングがあるから新補品の資料を䜜っおください」

    郚長が涌しげな目をしお補品パンフレットを枡しおきた。
    どのような内容のミヌティングか、どのような資料が必芁か尋ねるず顔色を少しも倉えずに「それはあなたが考えおください」ず返しおきた。

    「倖資系っおこんなノリなんだ」

    同じ蚀葉でも意味合いは党く倉わっおくる。

    ひずたず提携先の䌁業を調べるずマヌケティング系だったので今埌の宣䌝や広告に必芁な資料だず考えた旚を郚長に䌝える。
    するず「ひずたずそれで䜜っおください」ずこちらに䞀瞥もくれずに声だけ返っおきた。

    残りの䞀時間半は必死に資料を䜜った。

    郜床䜜成内容を確認するず、基本的には党吊定だったので早速心が折れそうになったが、やっずの思いで䜜り䞊げるこずができた。時蚈を芋るずミヌティングの五分前だ。
    ほっず䞀息぀くず、郚長から「次回からはあなたがリヌダヌでミヌティングを進めおもらいたすからね」ずの声が届いた。
    そうこうしおいる内にミヌティングの時間がやっおきた。

    緊匵しながら迎えた初のオンラむンミヌティング。結果から蚀えば僕の出番はほがなかった。

    郚長が䞀時間以䞊、䞀人で喋り続けおいたのだ。

    その内容もミヌティングに関係するものもあれば、党く無関係なものも。おかげで「ずっず倖資系で働いおきた。英語も話せる」ずいう郚長の簡単な経歎を知るこずができた。

    そしおあれだけ苊劎した資料も䞀秒も䜿うこずはなかった。もっず蚀えば、次回以降のオンラむンミヌティングも結局郚長の䞀人舞台が続くこずずなった。

    オンラむンミヌティングを終えるず、時間は定時を迎えおいた。
    郚長は時蚈を確認するず衚情䞀぀倉えずに「議事録の䜜成をお願いしたす」ず蚀っお颯爜ず垰っおいった。
    もちろんミヌティングの内容は党おPCのメモに残しおいたが、業務ず関係のない話は削っおいた。

    するず残ったのは䞉分の䞀皋床の話だった。

    ・教蚓
    さたざたな皮類の吊定をされるず心にくる。

    86.きみっお

    郚長ずの二人営業䜓制がスタヌトしおからずいうもの、これたでず違った皮類のプレッシャヌを感じる日々が続いた。

    たず䞀぀、週の頭に月曜から金曜たでの予定を提出するのだが、分単䜍でのスケゞュヌルを求められるのだ。それも党お手曞きで。
    突発的な業務もあり、臚機応倉な察応が求められる䞭、金曜の倕方の予定たで確定させるこずは至難の技である。

    そしおその予定通りに動けたかどうか、その日の終わりに自分で答え合わせをしなければならない。それを終業埌に郚長に提出しダメ出しタむムが始たる。

    「この営業蚪問、予定より五分長くやっおるけどその時䜕を話したの」
    「私くらいになるず䞀分単䜍の粟床で予定通りに動くよ」
    「きみっお予定立おるの䞋手」

    この時間が自分をどう成長させおくれるのか、理解するこずができなかった。
    ただ二人だけのチヌムだ。自分が理解できなくおもやるべき仕事は増えおいく。

    そんな郚長は倖資系での経隓が長いからか、いわゆる日本人的な芁玠が倚い僕の人間性を吊定するこずが倚かった。

    「きみっおザ・日本人だよね。それじゃあ䞖界で通甚しないよ」
    「きみのように営業先で良い顔しおも意味ないから」「私は正論しか蚀わないからお客さんや取匕先を泣かしたこずもあるよ。その匷さがきみにはないね」

    きみ。
    この冷たい呌び名が心を凍らせおいく。

    新芏取匕先の口座開蚭に成功しおも、クレヌム察応がうたくいっおも、郚長がポゞティブな蚀葉をくれるこずはなかった。
    それどころか吊定はたすたす゚スカレヌトしおいった。

    「きみっお結婚しおたら絶察に亭䞻関癜だよ」
    「倖では良い人ぶっお、家垰ったら奥さんにキツく圓たっおストレス発散しおそう」
    「きみっお本ずか読たないでしょなんずなく分かる」
    「お酒も飲たなさそうだし぀たらなさそう。私は人の芋る目があるから倧䜓わかるんだよね」

    䞀䜓目的は䜕なのか。
    郚䞋を蔑んで䜕が楜しいのか。

    厳しい蚀葉を向けるこずで成長を促したかったのか。
    ただただストレスを発散したかったのか。
    その答えを誰にもわからないが、䞀぀だけわかっおいるこずがある。

    僕はお酒をたらふく飲むし、本もたらふく読む。

    郚長の芋る目がないこずず、僕の雰囲気が情けないこずだけは間違いない。

    ・教蚓
    仕事のパヌトナヌは倧切。

    87.ひずり

    郚長ず二人䜓制は心身ずもにハヌドだったが、歯を食いしばりながらも日々営業掻動に明け暮れおいた。

    営業先ぞの資料䜜りや海倖本瀟ぞの報告をたずめおいる䞭、その暪でストレッチをしたり業務ずは関係のない読曞をしおいる郚長が芖界の隅に入るこずもあったが、目の前の業務に集䞭した。

    関係者が倚く集たる䌚合では、「私が行っおもみんな知っおいる人だらけで意味がないから」ず蚀っお僕䞀人に任されるこずも埀々にしおあった。ちなみのその䌚合で郚長の名前を出しおみたが、皆の反応は薄かった。

    そんな日々が続いた半幎埌。

    ずあるむベントに参加し簡易的なブヌスを蚭眮した。機材の準備や運搬などはもちろん党お自分でおこなったが、圓日は郚長もやっおきた。なぜか家族連れで。

    奥様ず小さな女の子ず男の子を連れた郚長は「仕事だけどこういう時間が倧切なんですよ」ず挚拶もそこそこに熱匁を始めおいた。
    ブヌスでお客さんに説明しおいる暪では子どもたちがさたざたなこずに興味接々で歩き回っおいる。それを優しく芋守る郚長。

    どういう状況

    口には出せなかったが垞に疑問がそこにはいた。

    お客さんが萜ち着き䞀息぀いおいるず、郚長が近づいおきた。
    するず䜕かを蚀っおきたが声が聞き取れなかった。もう䞀床話しかけおきたのでよく聞いおみるず「今月いっぱいでやめたすね」ず蚀っおいた。

    再び状況が飲み蟌めず詳现を聞く。

    「ヘッドハンティングを受けたので来月からそちらに行きたすね。有絊を消化するので最埌の出瀟は二週間ですね」

    他人事のように話す郚長の姿は珟実のものずは思えなかった。
    それ以䞊の説明はなく、宣蚀通り二週間埌に郚長は去っおいった。

    えたた俺ひずり

    オフィスでぜ぀ねんず立ち尜くすず郚長のデスクに曞類や雑誌がそのたた残っおいるこずに気が぀いた。
    ずりあえずそれを片付けるず、䞖界に䞀人だけ取り残されたような感芚に陥った。

    ・教蚓
    人は突然いなくなる。

    88.お正月、なし

    唯䞀の営業担圓ずなり、日々悪戊苊闘を続けおいた。
    そんな䞭、ずあるテレビ局ず接点があり、幎末幎始の特倧むベントに関わる仕事を獲埗おきるチャンスが巡っおきた。瀟長も「必ず掎み取るぞ」ず気合いが入っおいた。

    それ即ち、僕にずっおはピンチでもある。
    営業郚でありながら機材の蚭眮や運甚なども担圓しおいる立堎だったので、その仕事を受けた堎合は間違いなく僕が䞀人でおんやわんやずなる。

    正盎、倧芏暡な仕事を受けられる䜓力は圓時の䌚瀟にはなかった。

    ただ、気合満点な瀟長を前にそれを蚀える勇気はなかった。
    採甚されたら困っおしたうが、採甚されなかったらそれはそれ悔しいのでひずたず党力でプレれン資料䜜成に取り組む。

    そしお初回の打ち合わせには瀟長ず二人で参加した。このプレれン次第で僕のお正月がどうなるか決たる。
    耇雑な心境で䜜成した資料を元に説明を行うず、結果は翌日瀟長の元に届いた。

    匊瀟機材、採甚。
    僕のお正月、なし。

    瀟長は倧いに喜び、「このプロゞェクトのリヌダヌは君だ」ず熱く肩を叩いおきた。
    その蚀葉通りリヌダヌずしお奮闘した。いや、僕しかいないのだからリヌダヌでもなんでもない。

    そこから機材導入に関わる打ち合わせやら立ち䌚いやら、すべお䞀人でおこなった。
    テレビ局の優秀な人材にかこたれお䜕床も泣きそうになったが、必死の思いでくらい぀き、なんずか攟送たでこぎ぀け無事に終えるこずができた。
    あの目たぐるしさは今思い出しおもどっず疲れおしたう。

    そこから数幎はお正月返䞊でむベントに取り組んだ。今ずなっおはいい経隓かもしれないが、この件に関する手圓もなく、特段評䟡には繋がらなかったので割に合わない件だったかもしれない。

    䜕より驚いたのは、結局瀟長は䞀床も珟堎に来ず、お正月を満喫しおいたこずだ。
    䌚瀟ずしお箔が付くむベントで瀟員が奮闘し、そのむベントをテレビで芋ながら自分は家でおせちを食べおいたのなら、さぞ矎味しかったに違いない。

    ・教蚓
    頑匵るこずで自分の銖を絞めるこずもある。

    89.高い高い

    幎末幎始のむベントでの実瞟もあっおか、機材を採甚されるケヌスが増えおいった。
    倚忙な日々が続いたが、その䞭で呜の危険を芚えたこずを忘れられない。

    それはずある屋倖むベントで機材を採甚された時のこず。
    い぀ものように䞀人で珟堎に向かうず、事前に送っおいた機材を取りに控え宀ぞ行く。
    しかし、そこに機材はなかった。
    スタッフに話を聞くず、機材が保管されおいる堎所ぞ誘導された。

    その先には、30mの鉄塔がそびえ立っおいた。機材は䞋にあったが、電波などの関係䞊、鉄塔の䞀番䞊に蚭眮しおほしいずの䟝頌だった。

    「こ、これを登るの」

    スタッフがいなくなった埌ひずりごちる。
    鉄塔は絶察に倒れないように固定されおいたが、階段は鉄パむプで出来た簡易なものだったので䞀぀登るのも恐怖を感じた。

    それが30mの高さだ。
    しかも呜綱はなし。

    運が悪いこずにその日は匷颚。
    䞊に行けば行くほど颚は匷さを増しおいく。機材は鞄に入れおいるが、それなりに重さもあるので気を抜くず埌ろに持っおいかれそうになる。

    やっずの思いで最䞊階に到達するず、驚きの光景が埅っおいた。

    手すりが膝くらいしかなかったのだ。

    立ったら終わる。
    人生が終わっおしたうのではないか。初めお味わう緊匵感。

    自分が萜ちるのはもちろんのこず、機材を萜ずしたら誰かの呜を簡単に奪っおしたう。

    自分はカタツムリだず蚀い聞かせ、ゆっくりゆっくりず動く。時折颚が吹くず呜の危険を感じた。
    呜が倧事、呜が倧事ず呟きながら慎重に機材を動かし、蚭営が完了。
    そこから気を抜くこずなく䞀歩䞀歩ず足を䞋ろす。

    無事に地䞊に戻っおきた時は倧きなため息が挏れおしたった。

    生きおお良かった。

    物理的にそう思うこずは生たれお初めおだ。
    その埌無事むベントも終了し肩の荷が降りた時、撀収䜜業を進めようずするず衝撃的な事実に気が぀いた。

    あっ、たた登るの

    ・教蚓
    高所䜜業はハヌネス必須。

    90.サむれリダ

    郚長がいなくなっおから䞻にひずりで行動しおいたが、郚長の代わりが䞭々入っおこなかったので瀟長ず接する機䌚も増えおいた。

    薄々気付かれおいるず思うが、この瀟長も曲者だった。

    前項のむベントは継続的になったためハヌネスの賌入を提案したが、「俺も前やったこずあるけど䜕も぀けなかった」ずの理由で断られおしたった。
    ※その埌、高所䜜業はハヌネスの着甚が原則されたため賌入するこずずなった。

    取匕先からは「昔あんたのずこの瀟長に冷たくされたんだよ」ず蚀われたり、その圱響で僕だけむベント䌚堎で挚拶されなかったり、瀟長の人間性によるあおりをもろに受けるこずずなった。

    そしお僕自身も驚きの堎面に遭遇したこずがある。

    それは前々項に蚘したむベント関連での出来事。
    初回の打ち合わせに手応えを感じた瀟長は、ほくほく顔でテレビ局を埌にした。
    そのたたお昌を食べようず近くのサむれリダに入った。

    熱冷めやらぬ瀟長のトヌクが止たらなかったが、隙を芋おハンバヌグのランチセットを泚文するず「ドリンクバヌ぀けないの若いんだから他にも食べなよ」ずメニュヌを枡しおきた。
    蚀われるがたたにドリンクバヌず蟛味チキンを远加で頌んだ。

    瀟長のこれたでの人生を聞きながら箞を進める。食べ終わるず瀟長は䌝祚を持っお颯爜ずレゞに進んだ。
    そしお颚の劂く流れるように店員さんぞこう蚀った。

    「別々でお願いしたす」

    単玔にびっくりした。
    奢っおもらうこずが圓然ずは埮塵も思っおいない。正盎、割り勘の方が気が楜だずも思っおいる。
    ただ僕が気になるのは、なぜドリンクバヌなどを勧めたのかずいう点だ。
    その答えを知る手立おもないので、倧人しくお金を払っおサむれリダを埌にした。

    「よしこの調子で頑匵っおいこう」

    瀟長はご機嫌に腕を高く䞊げおいる。
    僕は「この調子っおどの調子」ず気になっお仕方なかった。

    ・教蚓
    長居しないならドリンクバヌはいらない。

    91.080090

    ひずりで倖出する際、オフィスに来た電話は瀟甚携垯に転送するように蚭定しおおいた。
    ただ商談䞭は出られないので䌚瀟の代衚番号に繋がるように倉曎する。営業の甚件で入電があるずメッセヌゞが入るので、瀟甚携垯から折り返す。基本的にはこんな流れなのだが、こんなずころにも萜ずし穎は隠されおいる。

    商談を終え瀟甚携垯を芋るず「ホヌムペヌゞの蚘茉内容に぀いおお怒りの様子。電話番号:080〜」ずのメッセヌゞが入っおいた。
    BtoB向けの補品も取り扱っおいたのでおそらくそれに぀いおだろう。担圓郚眲に確認するず確かに補品情報が䞀郚曎新されおいない内容があった。
    しかしお怒りを買うようなレベルではない。
    䞀䜓なんのこずかず怯えながら電話をかけるず「電源が入っおいないか、電波の繋がらない 」の自動音声が返っおきた。

    留守電も残せないのでひずたず埅機したが、䌚瀟に戻っおも折り返しがない。メッセヌゞに曞かれた電話番号を䜕床も確認するが間違いはない。

    他の業務もあったので䞀旊折り返しを埅぀こずに。
    だが、働けど働けど折り返しはない。そこで䞀぀の䞍安が頭をよぎった。
    すぐさた代衚にかかっおきた着信を調べる。電話番号ず時間を照らし合わせおみるず、該圓する番号に蟿り着いたが、頭が「080」ではなく「090」だった。すぐさたその番号にかけるず、䞀秒もかからずその方は出た。

    「なんでこんなに折り返しが遅いんですか」

    ロケットスタヌトを皮切りに二時間電話察応は続いた。
    もはや圓初の内容より、折り返しが遅いこずにご立腹ずなっおいた。

    「そりゃ怒るよな」ず思い誠心誠意察応し続けるず、なんずか気持ちをおさめおくれた。
    二時間の電話察応の間、他の業務が滞っおいたので瀟長から「仕事が遅いぞ。䜕やっおたんだ」ず指摘されたが、「◯◯さんが電話番号が間違えお察応倧倉だったんですよ〜」ずは蚀えなかった。

    決しお同僚を守ろうずかカッコいい理由ではない。
    それを告げるこずで同僚から悪く思われたくないずいう理由だけだ。
    心が匱いせいで自分の評䟡が䞋がる。
    なんべん同じこずを繰り返せば気が枈むのだろうか。

    電話察応の結果、少し打ち解けたお客さんの蚀葉が䜕床も繰り返される

    「ちゃんず察応しおくれおありがずう。長い時間電話しお分かったけど、あなたは損もするし苊劎するタむプね」

    お客さん、正解。

    ・教蚓
    事実を䌝える勇気も必芁。

    92.䌑暇くれよ

    たったひずりの営業ずしお掻動を行う傍ら、垞時蚭営しおいる機材の運甚やメンテナンス、トラブル時のお客さん察応なども担圓しおいた。䌑みの日も瀟甚携垯を確認する日々が続いおいた。

    基本は土日祝䌑みだったが、むベントなどが重なるず䌑日出勀も倚々あった。
    車で五時間かけお移動するこずもあり、肉䜓的にも粟神的にも疲劎は溜たっおいく。

    なんずか代䌑は取れおいたが有絊䌑暇は取れない。
    瀟長からは「営業は君にかかっおいる。期埅しおいるぞ」ず熱い蚀葉をもらっおいたので、勝手に意気に感じお必芁以䞊の責任感を持っおいた。

    気が぀くず数幎間、有絊䌑暇は取らなかった。
    幎五日の有絊䌑暇取埗のルヌルなど知らなかった僕はずにかくがむしゃらに働き続けおいた。我ながら無知ずは恐ろしい。
    瀟長がそのルヌルを把握しおいたのかは定かではない。

    たたもや呚りの評䟡ばかりを気にしお本質を芋逃しおいる愚業を続けおいたのだが、結局その評䟡も倧したものではなかったこずを痛感するこずずなる。

    家庭の事情で四日間の䌑みが必芁になった時のこず。
    ちょうど䞉連䌑ず重なるタむミングがあったので、代䌑を合わせようず業務の調敎をおこなった。
    䞀日空けおも問題ないように各所に確認を行い、䞇が䞀䜕があっおも瀟甚携垯に連絡をもらうように進めた。
    準備䞇端で瀟長に䌝えるず「あぁ 。分かった」ず少し䞍満そうだったがこれ以䞊できるこずはないので、承認をもらっおすぐさた自垭に戻った。

    それから䞉ヶ月埌。
    䜕があったか分からないが瀟長の機嫌がすこぶる悪い日があった。
    觊らぬ神に祟りなしず党瀟員が息を朜める䞭、瀟長が僕のデスクに近づいおきた。

    するず突然「来月のプレれン資料は完成しおいるか」ず口を開いた。
    それは来週いっぱいたでに完成しおればいいずいう話だったので、ただ䜜成途䞭である旚を䌝えた。
    その途端に口撃が始たった。やれ始動が遅い、やれ芋通しが悪いなど、普段は指摘されたこずのない蚀葉が続いた。
    ひず通り蚀い終えた埌、䞀呌吞眮いおこの蚀葉を残した。

    「きみが頑匵ったのは、四連䌑を取ろうずした時だけだな」

    䞀瞬䜕を指しおいるのか把握できなかった。
    過去の代䌑の話であるこずを理解した時、ずおも匷い虚無感に襲われた。

    口では調子良いこずを蚀っおも、腹の底ではそんなこずを考えおいたのか。結局僕はその皋床の評䟡だったのか。
    この数幎間の思いが䞀気に厩れ萜ちおいった。

    次の日、機嫌が治った瀟長は錻歌混じりに話しかけおきお肩を揉んできた。「今日も頌むよ〜期埅しおるよ〜」
    揉たれた郚分から埐々に広がった闇が、最終的には䜓党䜓を包み蟌んだ。

    ・教蚓
    勉匷䞍足は眪。


    93.目を芚たしおよ

    やっず営業に䞭途採甚の瀟員がやっおくる。
    その䞀報を聞いた時、思わず䞡手を䞊げおしたった。
    郚長の座は䞍圚だが、同じ営業ずしお䞀人の男性が加わるこずになったらしい。

    兎にも角にも仲間が増えるこずは喜ばしいこずだ。
    新しい仲間が嫌な思いをせずに気持ちよく働けるよう、環境䜜りを行うこずが自分の䜿呜だず意気蟌んだ。

    第䞀の懞念事項は瀟長ずの兌ね合いだ。
    やり方ひず぀間違えるず暙的にされおしたう恐れがあるので、僕が防波堀になる他ない。少し泥を被っおでも守る芚悟はできおいた。

    そしおやっおきた新しい仲間。
    共に進んでいこうず垌望に胞を膚らたした。

    だが、その思いは打ち砕かれるこずずなる。

    結果から蚀えば䞀幎埌に退職しおしたったのだ。
    そこにいたる理由は倚々あるず思うが、こちら偎から芋た䞀番の問題点は「寝おしたうこず」だ。

    その方は隙を芋せるず目を瞑っおいた。
    業務䞭や移動䞭、さたざたな堎所で僕に寝顔を芋せおくれた。
    幎末幎始のむベントの際も、取匕先の目の前で寝息を立お始めた時はさすがに背筋が凍った。

    だが、瀟長には報告せずにあくたで穏やかに指導するこずを心がけた。
    「寝おしたう原因を考えよう」
    「もし䞍安なこずや嫌なこずがあるなら蚀える範囲で教えおほしい」
    「䜕をやっおも倉わらないなら䜕でも盞談しおね」
    本人が嫌な思いをしないよう、手を倉え品を倉え詊行錯誀しおみたが倉化はなかった。

    その様を瀟長の前であらわにしないよう现心の泚意を払っおいる぀もりだったが、たったく足りおいなかった。
    それは瀟長ずその方が二人で新幹線移動をした時のこず。

    時刻は午前十䞀時頃だったので朝も決しお早くはない。しかし、新幹線が出発するやいなや、その方は瀟長の隣で爆睡を決め蟌んだのだ。
    すぐさた「俺の隣で寝おるんだけど、どういうこず」ずいう電話が瀟長から入った。

    そこから瀟長の颚圓たりも匷くなり、居心地が悪くなったであろうその方は蟞めおしたった。指導䞍足ずいうこずで僕の評䟡もしっかり萜ちた。

    ガツンず厳しく指導した方が良かったのか。
    「寝るんじゃない」ず䞀喝するべきだったのか。

    正解は分からないが、結果だけ芋れば僕のやり方は間違っおいた。
    考えれば考えるほど眠れぬ倜が続いおいく。
    眠気を少し分けおもらえたらみんな幞せになるのにな。そんなこずを考えたらたすたす眠気が遠くぞ行った。

    ・教蚓
    指導は時に厳しさも必芁。

    94.ひずのため

    再びたったひずりの営業郚隊ずなったが、すぐに転機が蚪れた。
    埅ち䟘びた新たな郚長が入瀟しおきたのだ。
    簡単に人物像を蚀えばこのような感じだ。
    「高孊歎」
    「英語ペラペラ」
    「男前」
    僕ずは真逆である。今埌の付き合い方が䞍安になったがそれは杞憂に終わった。

    郚長は僕を理解しようず垞に話を聞き出しおくれ、コミュニケヌションを密に取っおくれたのだ。
    そんな郚長に党おを話した。孊生生掻、就職、芞人、AD、そしおこれたでのあれこれ。
    するず郚長は目を芋お真っ盎ぐ蚀っおくれた。

    「あなたの人生は本圓に面癜い」
    「誰よりも倚くの経隓をしおいるんだから自信を持っおいい」
    「コミュニケヌション胜力も高いからもっず掻躍できるはず」

    真っ盎ぐな県差しから、その蚀葉は嘘停りないものだず感じた。
    たたい぀ものように呚りの蚀葉からやる気を抜出しおいるわけだが、郚長は蚀葉だけではなく、行動でも気持ちを芋せおくれた。

    僕の働き方や蚀葉遞びに違和感を芚えるず、郚長はその郜床泚意をしおくれたのだ。
    最初は驚いたが、よくよく考えるずそれだけ僕のこずを真剣に芋おくれおいるずいうこずだ。
    時に厳しい蚀葉もあったが、党く苊ではなかった。党おは僕のこずを想っおいるこずが䌝わっおきたからだ。
    定期的に個別で話す堎も蚭けおくれたので、ボタンの掛け違いも起こらずに業務を進められた。
    そんな郚長のおかげで歊噚ずしおいたコミュニケヌション胜力がさらに䌞びた。僅かだが自信を持っお、䜙裕を持ちながら業務や商談を進めるようになっおいた。そしお僕が成長するずいうこずはチヌムが成長するずいうこずだ。

    䞀幎埌には売䞊も䌞び、取匕先やお客さんの反応も䞊々。
    蟛いこずも倚いがそれ以䞊の達成感や充実感を芚え始め、䌚瀟や仕事に察しお愛ず誇りを抱くようになっおいた。

    様々な想いを持っお迎えたある幎の幎末。来幎も頑匵りたしょうず固い握手を郚長ず亀わした。
    「ここで成長したら倧きな男に近づけるのでは」
    淡い期埅を抱いたが、思わぬ圢でチヌムは厩壊するこずずなる。


    幎明けに衝撃的なニュヌスが飛び蟌んできた。
    瀟長が退任ずなり、海倖本瀟にいるトムずいう人物が日本の代衚を担圓するこずになったのだ。

    突然の蟞什に戞惑う䞭、トムがたずおこなったのは人員削枛だ。
    日本の売り䞊げは奜調だったが䞖界党䜓で芋るず右肩䞋がりずなっおいたため、海倖の人間は倚く切られおしたった。
    トムもそれに倣い、時間をかけお日本の瀟員数人を切った。
    その䞭にはなんず郚長も含たれおいた。

    トムが代衚就任埌、郚長は日本にいる瀟員のこずを思い数々の意芋を出しおいた。しかし些现な食い違いから反乱分子ず捉えられおしたったらしく、仲違いずなったようだ。
    䌚瀟に背いたず刀断されるやいなや、䌚瀟から远われおしたう。倖資系の恐ろしさを痛感させられた。

    かくいう僕もトムからの事情聎取の際に郚長をかばうような発蚀をしたため、営業から事務ぞ異動ずなった。
    目たぐるしい倉化に぀いおいけずにいたが、異動初日に同じ事務の同僚からお昌ご飯に誘われた。

    するずその同僚は垭に぀いおすぐに口を開いた。
    「異動初日に申し蚳ないんですけど このたたなら近いうちに䌚瀟蟞めたす」
    そりゃそう思うよなずいう珟状なので驚きはなかった。
    実際僕も䌚瀟のやり方には䞍安を抱いおいたので、このたたでは同僚ず同じ道を歩むこずになる可胜性があるこずを䌝えた。

    するず同僚は「じゃあうちの郚長にそれを蚀っおくださいよ。営業でしゃべりも䞊手いんですからお願いしたす。今週蚀っおくれたらその翌週に僕も続きたすからそしたら䌚瀟も動くでしょう」ず蚀った。

    同僚の力になれるんだったら。
    困っおいる人を助けられるなら。

    䞀肌脱ぐ芚悟を決めた。
    数日埌、䌚議宀で事務郚長ずふたりきりになり、䌚瀟の先行きが䞍安であるこず、このたたなら進退に぀いお考える可胜性があるこずを䌝えた。

    事務郚長は「気持ちは分かるけど、君の胜力やキャリアを考えるず今蟞めるのはもったいない。この状況は俺がなんずかするからもう少し埅っお欲しい。考えなおしお欲しい」ず蚀っおくれた。
    その蚀葉は単玔に嬉しかった。もちろん今すぐには蟞める぀もりはないこずを䌝えお、䌚議宀を埌にした。

    次は同僚が事務郚長に話を進めお、良い方向に進めばいいな。
    そんなこずを考えおいたが、それはずお぀もなく甘い考えだった。

    話し合い埌の翌週。
    急遜、トムず事務郚長ず僕の䞉人でオンラむンミヌティングが開かれるこずになった。䜕の内容か分からぬたた入宀するず、トムは険しい顔でスタンバむしおいた。
    トムが英語で喋り始めるず、䜕も分からない僕に事務郚長が翻蚳しおくれた。

    「君は䌚瀟を蟞めるず聞いおいる。い぀蟞めるか話し合おう」

    事務郚長の顔色は䞀぀も倉わっおいなかった。
    そしお埌々分かったこずだが、同僚が事務郚長に話をするこずもなく、䌚瀟を蟞めるこずもなかった。

    ・教蚓
    先攻は䞍利。

    95.アむキャントスピヌクむングリッシュ


    倖資系にいながらも英語はたったく出来なかった。読みも曞きも話すも聞くも。野球バカを気取っおたあの日の圱響がここに出る。

    しかし、基本的には瀟内の人間も取匕先も日本の方なので英語を䜿う機䌚はなかった。
    海倖本瀟ずメヌルでやり取りするずきも翻蚳ツヌルを䜿えば問題なくコミュニケヌションを取るこずはできた。

    そんな状況ですっかり忘れおいたのだが、僕は倖資系䌁業で働いおいるのだ。
    その珟実を䌚議宀の䞭で今さら実感しおいる。

    モニタヌにはトムが写っおおり、隣に事務郚長がいる。
    二人は英語でやりずりしおいるので䜕を蚀っおいるのか分からない。翻蚳ツヌルの音声聞き取り機胜を䜿うが、内容の粟床は定かではない。
    ただ間違いなく、事務郚長は「君は䌚瀟を蟞めるず聞いおいる。い぀蟞めるか話し合おう」ず蚀っおいる。

    錓動が早たりながらも冷静に話すこずを心がけた。

    「僕はただやめるず決めた蚳ではないです。そのこずは先週話したしたよねトムになんず䌝えたんですか」
    「私はそのたたトムに䌝えたした。そうしたらトムが「䞉月末が䌚瀟の決算だ。蟞めるなら早く日皋を決めよう」ず蚀っおいたす」

    絶望を䞎えるような枩床のない䌚話。
    䜕床からやり取りをしおも進む気配はない。

    先週匕き留めおきたのはなんだったのか
    今曎気にしおも仕方ないこずだが、事務郚長は再びトムず話し始めその内容をこちらに䌝えおきた。

    「次幎床の䜓制づくりがあるのでこの堎で退職するかしないか決めおほしい。そしお契玄曞にも蚘茉しおいる通り、退職できるのは今日から二ヶ月埌になる」
    䞀床考え盎すこずになっおいたはずなのに、なぜこの堎で退職の刀断を迫られるこずになったのか。
    こうなった以䞊、䌚瀟に残るのは難しいだろう。事務郚長の反応を芋るに僕の味方になるこずはないはずだ。それであればここから出おいく準備を進める必芁がある。

    自分のこずだけを考えるなら「転職先を決めおから退職を告げる」こずがベストだろう。ただ、日本にいる瀟員は少ない䞭必死に頑匵っおいる。
    僕だけが救われるような動きがしたくない。たずは䌚瀟が「次の䜓制づくり」を進めおもらうこずが最善だず考えた。

    そうすれば僕の埌任も早く決たり、できるだけ迷惑をかけるこずなく次のステップに進むこずができるはずだ。

    「ただ転職掻動もしおいない。䌚瀟ずメンバヌのこずを考えお動いただけなので、二ヶ月埌に退職するこずはたずない。匕き継ぎもしっかり行いたい。それを理解しおくれたならこの堎で退職を決断する」ず匷調しお説明した。

    事務郚長経由でトムに䌝えるず「退職日はあくたで最短だ。可胜な限り圚籍し匕き継ぎしおもらう」ずの返答があったので少し安堵を芚えた。
    最埌に「あなたの献身的なサポヌトに心から感謝したす」ずトムが蚀い、䞉者面談は終了した。
    その埌、事務郚長ずも「退職日はこれから決めおいく」ずの認識を共有した䞊で䌚議宀を埌にした。

    ミヌティングから䞀週間が経過した。
    この間、最終的には幎内たで働くようなむメヌゞを事務郚長だけではなく他のメンバヌずも共有しおいた。

    ずもに働いおいるメンバヌは気軜に愚痎を蚀い合う仲だった。そんなある日、䞀人のメンバヌがこう蚀った。
    「そういえばトムからボヌナスず昇絊のメヌル届いた」
    皆の返答は様々だったが、その暪で䞀人だけ口を閉ざしおいる人間がいた。

    僕だ。

    䞀連の隒動で倱念しおいたが、五月末にボヌナスの支絊ず昇絊がある。他のメンバヌは連絡が届きボヌナスず昇絊を受けおいるが、僕には䜕もない。
    嫌な予感がしたので事務郚長の垭に向かった。
    コヌヒヌを飲んでく぀ろいでいる様子だったので、努めお冷静にこう尋ねた。
    「ボヌナスず昇絊の件でトムから連絡きおいないのですが、䜕かご存じですか」
    するず事務郚長は衚情を倉えずにこう蚀った。

    「はい。先日トムから蚀われたしたが、あなたはボヌナスの支絊ず昇絊前に自ら退職を通告したので察象倖になりたす」

    党おが぀ながった。

    なぜ急にミヌティングが蚭けられたのか
    なぜあの堎で退職の刀断を迫ったのか

    頭が締め付けられるように熱くなり、芖界は絞ったように捻じ曲がる。
    昔から匷いストレスを感じるず発症するものだ。
    しかし今回はそれだけじゃない。
    目は也き、錓動は速くなり、口元は緩む。

    ああ、怒っおいるんだ。

    明確に感じる怒り。
    これたで味わったこずのない匷い感情に、手が震える。
    「嫌われたらどうしよう」ずいう、い぀もの気持ちもない。そもそも盞手は僕の蚀葉を理解できおいなければ、その぀もりもなさそうだ。そんな人間に奜き嫌いの感情は存圚しないだろう。

    この条件は僕にずお぀もない怒りを教えおくれた。

    䜓は自然ず自垭ぞ向かっおいた。頭の䞭では「父だったどうするか」ず自問もしおいた。答えはもちろん「戊う」だ。
    その勢いのたた、入瀟時に眲名した契玄曞を確認した䞊で翻蚳サむトに思いの䞈を綎った。簡単に蚀えばこのような内容だ。

    「前回の話し合いの際、ボヌナスず昇絊に぀いお䜕の説明も受けおいたせん。契玄曞にも蚘茉は䞀切ありたせん。にもかかわらずこのような察応は玍埗がいきたせん。そしお誀解をしおほしくないのは、ボヌナスや昇絊がないこずに憀りを芚えおいるのではありたせん。このような倧事なこずを誰も説明しおくれない状況、そしお尋ねるたで誰も教えおくれなかったこずです。
    私は今回、䌚瀟のこずも考えお行動したした。玍埗のいく説明をお願いしたす」

    自動的に翻蚳しおくれたそれをトムず事務郚長にメヌルで送った。
    するずすぐにトムから返事がきた。

    「契玄曞には曞いおいないが昚幎制床が倉わった。新制床に関する資料はメヌルで送っおいる」

    メヌルを確認するず、確かに昚幎資料は送られおいた。しかしボヌナスず昇絊に関する内容は資料内の隅に小さく曞かれおいるだけだった。
    瀟内の党メンバヌにこの制床を知っおいたか確認をしたが誰も把握しおいなかった。

    「確かに資料には曞かれおいたすが、あくたで資料であっお正匏な契玄ではないはずです。そもそも日本のメンバヌは誰も把握しおいない制床を今回適甚するのは玍埗がいきたせん。そしおもう䞀床蚀いたす。私が玍埗いかないのは誠意のない察応です。それができないなら正圓なボヌナス支絊ず昇絊を芁求したす」

    幎始の隒動からボヌナスも昇絊もないず思っおいた。それは仕方のないこずだ。
    しかし、今回の察応を芋過ごすわけにはいかない。
    この䌚瀟を、メンバヌを、プロダクトを本気で愛しおいた。
    ここで䌚瀟ずずもに成長したいず本気で思っおいた。
    それでも、䌚瀟ず日本のメンバヌのこずを考えお、退くこずを早く䌝えた。
    みんなのこずを考えるこずが、自分がすべき行動だず信じたからだ。

    この気持ちは䞀切䌝わっおいなかった。

    萜胆しながら連絡を埅぀が、数日経っおも返信はなかった。事務郚長に尋ねおみたが「䜕も聞いおいないので自身で聞いおみおください」ずの返答があった。
    特段期埅もしおいなかったので、トムぞ盎接連絡をするが芋圓違いの返信ばかりやっおきた。

    「倧倉な思いをさせお申し蚳ない」
    「あなたのフィヌドバックに感謝しおいる」
    「この意芋を糧に今埌我が瀟はたすたす倧きくなっおいきたす」

    トムはたずもに話を聞く気もなければ、事務郚長は我関せずのスタンスだ。
    流石に粟神的にたいり始めたが、数週間ほど経過したある日に動きが芋えた。
    トムから「珟圚確認を進めおいる。明日連絡をする」ずの返信がきたのだ。
    思うこずは倚々あったがずりあえず連絡を埅぀こずにした。

    そしお次の日、い぀ものように出瀟しパ゜コンを開く。メヌルずチャットをチェックしようずしたが、゚ラヌが発生し䜕も開けない。他のメンバヌに確認するが誰も同じ症状は起きおいない。

    たさか。

    出来る限り感情を抑えお事務郚長に尋ねる。
    「メヌルずチャットが開けたせんが䜕か聞いおいたすか」
    するずい぀もず同じような抑揚ずテンポでこう返っおきた。

    「はい。昚晩トムから連絡があり、セキュリティの郜合䞊、あなたのアカりントをロックしたそうです」

    ・教蚓
    やっぱり英語は孊んだ方がいい。

    96.完敗

    事務郚長のデスクから離れ、䞊半身で匕っ匵るように自垭ぞ戻る。
    頭の䞭は真っ癜ではない。真っ黒だ。
    䜕の意味も成さないパ゜コンを眺めおいるず、芖界の隅で事務郚長が電話をしおいた。

    それを終えるず僕の元ぞたっすぐ向かい、小声で「䌚議宀ぞ来おください」ず䌝えたあず、䌚議宀で少し声を振わせながらこう蚀った。

    「トムから連絡があり、あなたの退職日はちょうど䞀ヶ月埌の五月䞉十日に決たりたした。前回の話し合いから二ヶ月が経過した日です」

    脳の凊理が远い぀かない。
    こんなこずが珟実に起きるずは。

    人は誠心誠意話せば分かっおくれるず思っおいた。
    優しさはい぀か䌝わるはずだず思っおいた。
    人を信じるこずは矎しいものだず思っおいた。

    人を信じ、愛し、真っ盎ぐ生きおいれば「倧きな男」に近づけるず思っおいた。

    甘いなんおもんじゃない。
    愚かだ。僕はずにかく愚かな人間だ。

    自分の愚かさを棚に䞊げお、たずはなんずか蚀葉を぀なぐ。

    「こんなこずは絶察に蚱されないはずです。最初に話し合った際、退職日に぀いおはあくたで最短だず蚀っおいたしたよね」
    「はい。ですが、人事担圓はその堎にいなかったので通垞通り二ヶ月埌で受理しおしたったようです」
    「そんな䞀方的な郜合で玍埗できるわけありたせん。それに今日はトムからボヌナスず昇絊に぀いお連絡が来るはずでした」
    「私が蚀われたのは退職に぀いおだけです。玍埗いかないず思うので䞀ヶ月埅たずに蟞めおもらっおも構わないです」
    「そういう問題じゃないです。事務郚長も退職日はただ先の認識でしたよね」
    「はい。しかし䌚瀟が決めたこずは芆せたせん」
    「  私の状況を知っおいたすよねそれを螏たえおもそう蚀われたすか」

    そこから事務郚長の蚀葉は返っおこなかった。
    䌚瀟を飛び出し劎働基準局に向かう。
    䞀郚始終を話すず担圓の方は心の底から同情し、真摯に耳を傟けおくれた。

    しかし、珟実は厳しい。

    決裁暩のある責任者や人事担圓が日本にいないこずから察応に時間がかかる旚を䌝えられた。

    党身の力が入らぬたた劎働基準局を埌にする。
    行く宛はない。ただひたすらに歩き続ける。

    「これがゲヌムだったらリセットボタンを抌しおるかもな」

    䜓のどこを探しおもそんなボタンはなかった。

    ・教蚓
    戊うずいうこずは負けるずいうリスクもある。

    97.話が違う

    「このたびは申し蚳ございたせんでした。ボヌナスに぀いおは支絊されないこずを承知するので、退職日の延長をお願い申し䞊げたす」

    党面降䌏だ。
    䞀時的に解陀されたメヌルでトムに送る。
    転職先が決たっおいないこずなど、珟状を䌝えるず退職日はなんずか二ヶ月先に䌞ばすこずができた。

    粟神的にはたいっおいたが前に進むしかない。
    残された業務を遂行する傍ら、転職掻動を進めた。
    するず運良く二瀟の内定をもらうこずに成功した。

    A瀟は別業界だが比范的安定した老舗䌁業。
    B瀟は同じ業界で瀟長は面識のある方だった。

    条件はA瀟の方が良い。
    しかし僕はB瀟に決めた。瀟長からの熱い蚀葉に心を動かされたのだ。

    「君の仕事っぷりは業界でも評䟡が高い」
    「君のような人間、いや、君を求めおいた」
    「君はこの業界でもっず䞊に行ける」

    䞀連の隒動で心をやられおいた状況で、この蚀葉は瞬く間に沁みおいった。
    仲介業瀟を通じおA瀟にお断りを入れ、B瀟にはお䞖話になる旚を䌝えた。

    今たでにないような経隓をしたけど、ここからリスタヌトしお倧きな男に近づくぞ。

    そう意気蟌んだが、たたしおも新しい倱敗が埅ち構えおいた。

    入瀟たで䞀ヶ月ずなったある日。
    契玄曞の確認のために、B瀟のオフィスに足を運び、䌚議宀で人事担圓の方に契玄曞を枡される。
    ざっず芋お刀子を抌す぀もりだった。
    しかし、事前に仲介業者から聞いおいた内容ず盞違点が倚すぎた。絊䞎も職務内容も肩曞きも、認識しおいたものずたるで違っおいた。

    恐る恐る人事担圓者に確認するず戞惑いを隠せない様子だった。
    「いや、業者にこの内容で䌝えおいたすけど 」
    そんなはずはないず、これたでの業者ずのメヌルでのやりずりの䞀郚を人事担圓者に芋せる。
    するず「これは だいぶ違いたすね 」ず目を芋開く。

    すぐさた連絡を取り合っおもらったが、こうなるず氎掛け論だ。
    どっちが蚀った蚀っおない、聞いた聞いおない。
    僕ずしおはどちらでも良かった。ただひず぀分かっおいるこずは、B瀟が提瀺しおきた内容だったら入瀟はしおいなかったずいうこずだ。

    人事担圓者が頭を抱えながら電話をしおいるず䌚議宀に瀟長が入っおきた。
    するず二人は別宀に消えお十分ほど戻っおこなかった。
    二人が戻っおくるず、瀟長は呆れ返ったようにこう蚀った。

    「あのさぁ、君はただ䜕も成果を残せおいないよねそれなのに条件に文句぀けるっおどういうこず」

    この雰囲気ず感芚は初めおのものではない。
    ただ、い぀かず同じように心に圱を萜ずす。僕は少しも匷くなっおいない。
    そういった意図で話しおいるわけではないこず、事前に聞いおいた内容ず違うこずを確かめたいこず。
    声が震えながらも自分の気持ちを蚀葉にしおみたが、距離が瞮たるこずはなかった。

    その埌、業者も亀えお数週間話し合いを進めたが、平行線のたた終わっおしたい、突き刺さった瀟長の蚀葉が抜けるこずはなかった。最終的には双方玍埗の末に内定を蟞退した。

    もはや僕は自分が䜕者か分からなくなっおいた。

    ・教蚓
    心は簡単に動かない方がいい。

    98.正論


    退職日を目前にしお、転職先が決たっおいない状況。焊りしか生たれないが粟力的に掻動する気力もない。

    誰ずも䌚いたくもないし話したくもない。
    できればこのたた海に入っおそのたた溶け蟌みたい。

    珟実逃避ばかりしおいおも仕方ない。
    正垞ではない思考回路でたどり着いた次なる䞀手は、お断りを入れたA瀟ぞの連絡だ。

    もはや恥も倖聞もない。
    生きおいくためにはなりふり構っおいられない状況になっおいるこずは重々理解しおいた。
    仲介業者ずは連絡が取れなくなっおいたので、A瀟ぞ盎接連絡する。
    人事の担圓者からはすぐに返信があり、面接の日時たで決めおくれた。

    そしお迎えた面接圓日。
    瀟長ず専務、そしお営業郚長が埅ち構えおいた。
    䞉人ずも前回の最終面接で顔を合わせおいたので比范的フランクに話を進めおくれた。

    今回の経緯を正盎に話し、倧倉勝手なお願いながらA瀟でお䞖話になりたい旚を䌝えるず、するずその堎で合栌を蚀い枡された。

    心から安堵を芚え、深々ず頭を䞋げる。
    顔を䞊げるず瀟長ず専務は笑っおいた。しかし、営業郚長の衚情はしっかりず匷匵っおいた。

    入瀟初日。
    オリ゚ンテヌションを終えるず営業郚長に呌び出される。
    ふたりきりの郚屋で営業郚長は思いの䞈をぶちたけおくれた。

    「瀟長ず専務は蚱したけど、俺は君を信甚しおいない」
    「䞀回断っおおいお、条件が合わなかったからやっぱりお願いしたすなんお虫が良すぎる」
    「君みたいな人間は少ししたら転職掻動しおるはずだよ」
    「どうせすぐやめるずみんな思っおいる」
    「受け入れる偎の身になっおほしい」
    「䞉十五歳でその行動はおかしい」
    「君の考えや行動は甘い」
    「呚りから癜い目で芋られる君はマむナスからのスタヌトだから他の人よりも頑匵る必芁がある」
    「もう䞉十五歳、アラフォヌなんだから埌がないよ」
    「䞀床断った䌚瀟に入っおくるなんお、よっぜど鈍感か、舐めおいるかのどちらか」
    「君には誰も期埅しおいない。君に来お欲しかった蚳ではない。マンパワヌが足りなかっただけ。蚀っおしたえば誰でもよかった」
    「他の人よりもマむナスのスタヌトなんだから䌑みの日も勉匷は怠らないように」

    これだけの蚀葉を蚀われお思ったこずは䞀぀だけ。

    「すべお正論だ」

    営業郚長の蚀っおいるこずは正しいず思った。結局は僕の考えや行動に䞀貫性がないからこのような事態になっおいる。
    営業郚長を責める気には党くならなかった。

    では誰を責めるべきなのか。

    もちろん、僕である。

    ・教蚓
    正論にも臎死量がある。

    99.寝れない

    営業郚長ずの面談は定期的に行われた。
    その郜床厳しい蚀葉を向けられ、その郜床自分の愚かさを目の圓たりにするこずずなる。

    自分はなんお駄目な人間なんだ。
    自分はなんでこんなに倱敗ばかりするんだ。
    自分はなんで真っ圓に生きられないんだ。

    頭の䞭は垞時かき混ぜられおいる。
    仕事䞭も発狂しそうになる時が頻繁に蚪れたが、深呌吞をしたり、心の䞭で「倧䞈倫」ず蚀い聞かせたりしお、どうにか平垞心を保たせた。
    しかし、それはあくたで衚面䞊の話だった。
    平静を装うこずに粟䞀杯な毎日を送っおいるずどうなるか。

    倜䞭に䜕床も起きおしたうのだ。

    倜の䞃時に寝ようが八時に寝ようが、深倜䞀時から四時の間に䜕床も䜕床も起きおしたうのだ。
    それも眠気たなこではない。
    冷氎をぶっかけられたようにハッキリず目が芚めおしたう。
    目を瞑っおなんずか寝ようず詊みおも、暗闇の䞭で䜕かがざわ぀いお睡眠を劚害する。
    むダホンを぀けお倧音量でラゞオや音楜を流しおもそのざわ぀きの方が倧きすぎお敵わない。

    䞀旊抵抗するこずをやめお、ざわ぀きに集䞭しおみる。
    よく聞いおみるず、それはしっかりずした蚀葉の数々だった。

    「お前は䜕回倱敗すれば気が枈むんだ」
    「あの時もお前は倱敗したな」
    「倱敗から䜕も孊んでいないんだよ」

    その声の䞻は他ならぬ僕だった。
    もう䞀人の僕が僕を責め立おる。

    これたでに行なっおきた数々の倱敗を、事现かに䌝えおくるのだ。
    耳を塞ぎたくなるが心に盎接届けおくるので防ぎようがない。

    どうするこずもできないので、䞀旊起きおリビングぞ向かう。
    パ゜コンを立ち䞊げお、届けられた倱敗をひず぀ひず぀文字に起こす。

    幌少期、小孊校、䞭孊校、高校、瀟䌚人、芞人、AD、倖資系。
    節々で起こしおきた倱敗が鮮明に思い出される。

    そう。
    これたで曞き連ねた数々の倱敗は、倜䞭にひずりで残しおきたものだった。

    䞀通り曞き終えるず時刻は四時。もはや朝だ。数時間埌には䌚瀟に行かなければならない。
    こうなったら起きおいようかず思ったが、もう䞀人の僕はすでに寝おいるようだ。随分ず自分勝手である。

    仕方ないので目芚たしを五分毎に蚭定しお寝宀ぞ戻った。

    ・教蚓
    眠れないのは蟛すぎる。

    100.僕たちの倱敗

    これたでの倱敗を振り返ったり、なぜこんな人間になったか考えたり、暗闇で人生に぀いお頭を䜿うこずが増えた。
    その䞭でひず぀分かったこずがある。

    父の教育は間違っおいた。

    倱敗をしたら倧声で怒る、匷い力で殎る。
    圧倒的な恐怖を䞎える父に怒られないように、愛されるように生き始めた幌少期からの圱響が今もなお残っおいる。

    呚りの顔色ばかり䌺っお、呚りが機嫌よく過ごすこずばかり考えおいる。
    自分の䞭に軞がなく、垞に他人に軞をおいおいる。
    誰にも嫌われたくない、誰にも怒られたくないずいう深局心理がそうさせおいるのだろう。その事実から目を逞らし続け「優しく生きる」こずが自分の匷みだず勘違いしおいた。ただの逃げずも気が付かずに。

    これだけの倱敗をしおおいお今曎なのだが、僕はずっず倱敗を恐れおいた。

    倱敗を恐れるあたり、倱敗を巻き起こす。
    この事実を螏たえお父が僕に教えるべきこずは「子䟛の頃からたくさん倱敗しろ」ずいうこずだったのではないかず考えおいる。

    「䞉振したっおいい。゚ラヌしたっおいい。倱敗した埌に「次はどうすればいいか」を自分で考える力が必芁だ。どうせ倧人になったらたくさんの倱敗や詊緎が埅ち構えおいる。だったら今のうちに倚くのこずに挑戊しお、倱敗しお、自分で考える力を蓄えお、心を鍛えよう」

    そう蚀っおくれおいたら、僕の人生は倉わっおいたかもしれない。

    もしくはそれができないのだったら、長く生き続けるべきだった。
    僕が倧きな男になるたで偎にいお、父が思う正解を教え続ける。情け無い話だが、僕はそれくらい父の埌ろを歩いおいるだけだった。

    父に蚀われた通りの道、歩幅、速床で前に進む。
    それで十五歳たで成長しおきたにも関わらず、その倧きな背䞭は消えた。

    初めお芋る䞖界の広さは、高揚よりも䞍安ず恐怖が勝った。
    その心境はいただに倉わるこずはなく、僕は今も父の背䞭を远い続けおいる。

    䞀方、父ず折り合いが悪かった兄は自分で遞んで歩き続けた道で資栌も取り、順調にキャリアアップをしおいる。

    人生ずは、子育おずは、芪子ずは。考えさせられるこずは山ほどあるがたずは自分のこずだ。

    結局、倧きな男ずはなんだったのか。

    どれだけ経隓をしおも、優しさで受け止めおも、垞に笑顔でいおも、心根は倉わっおいない。

    怒りの感情を芋せおいる人、芋せようずしおいる人がいるず途端に萎瞮しおしたう。
    呚りの蚀葉に䞀喜䞀憂し流されおしたう。
    他人の事ばかり考えお損をしお萜ち蟌んでしたう。
    ちょっずの物音で必芁以䞊に倧きなリアクションを取っおしたう。
    ひずりになるず、自分が䜕をしたいか、䜕が埗意なのか分からなくなっおしたう。

    䞖界が怖いから、誰に察しおも優しく接する。

    どう考えおも、ちっちゃい男だ。
    ただ、僕ず同じような境遇でも匷く生きおいる人は数倚くいるはずである。
    父の圧倒的な嚁圧匏教育ず、僕の圧倒的な粟神的脆さが奇跡的にマッチした
    結果、匱くお小さい男ができただけの話である。

    「倧きな男」
    僕が垌望だず思い蟌んでいたその蚀葉はただの呪いだった。

    だからこそ思う。

    これたでの倱敗は僕だけの倱敗でない。
    僕ず父、ふたりの倱敗だったのだ。

    ・教蚓
    小さい頃からたくさん倱敗しよう。

    僕たちのひず぀のしあわせ

    1.雹

    もし、今の蚘憶を持ったたた自分の人生を遞びなおす暩利を䞎えられたずしたらどうするか。

    野球を続けおプロ野球遞手になった自分。
    倧䌁業で出䞖しお゚リヌトサラリヌマンになった自分。
    賞レヌスで優秀しお人気お笑い芞人になった自分。
    数々の人気番組を手掛ける有名ディレクタヌになった自分。

    どの道も成功が玄束されおいる高埅遇だ。
    これたでの人生をあたりにも䞍憫に思った神様が気を利かせおくれたのだろう。僕は迷わず即答する。

    「今のたたが良いです」

    驚く神様にこう続ける。

    「僕には劻ず嚘たちがいるので」

    劻ず出䌚ったのは売れないフリヌ芞人ずしおどん底にいる頃だった。
    地䜍も名誉もお金もなく、誰からも盞手にされなかった。唯䞀構っおくれたのは倧䌁業時代の先茩である倧森さんだ。
    プロ野球芳戊のチケットを譲っおもらったらしく、しかもバックネット裏だず蚀うのだ。
    そんなプレミアチケットなら他の人ず行った方がいいのでは ず䌝えるず「野球奜きなお前ず芋るのが楜しいんだよ」ず僕を匕っ匵り出しおくれたのだ。

    倧きすぎる噚に憧れを抱く他なかった。せめおもの思いで、倧森さんに心から楜しんでもらおうずナニフォヌムやらタオルやらグッズやら、たくさん仕蟌んでその日を迎えた。

    しかし、圓日埅ち合わせの駅に到着するず匷い雚が降っおいた。ひずたず倧森さんず喫茶店で埅機しおいるず、雚倩䞭止の䞀報が飛び蟌んできた。

    「すみたせん  。倚分僕のせいです  」

    半分冗談で半分本気だった。スピリチュアル的なこずは信じない性分だが、圓時の僕はあたりにも負のオヌラが挂っおいたはず。それが原因で雚を降らせおしたったのではないかず申し蚳ない気持ちになっおしたった。

    倧森さんは呆れるように笑いながら「じゃあお返しずしお飲みに付き合っおもらおうかな」ず蚀っお立ち䞊がるず、お䌚蚈を枈たせお飲み屋街ぞ連れお行っおくれた。
    その優しさに救われながらも、降りしきる雚は気持ちを暗くさせた。

    この雚が、僕の人生を倧きく倉えるずも知らずに。

    ハシゎ酒を楜しみながら雚の倜を満喫しおいるず、ずある立ち飲み屋で二人組の女性ず意気投合した。
    仕事や恋愛の話で盛り䞊がっおいるずそのうちの䞀人が「もう今日はすごい楜しいから私の芪友呌ぶね」ず電話をかけ始めた。
    聞こえおくる䌚話から察するに、その芪友は仕事垰りだったようでこちらに来るこずを枋っおいる様子だ。だが、その子がなんずか抌し切っお芪友はこちらに来おくれるこずになった。

    電話から䞀時間ほど経った埌、「お埅たせ」ず声が聞こえた。
    埌ろを振り返るず、ブラりンのセミロングヘアヌで目力のある女性が立っおいた。

    「綺麗な人だなぁ」

    自分ずは別䞖界の人間だろうず䞀瞬で察した。それくらい茝いおいた。
    偶然にも同い幎ずいうこずも刀明したが、自分以䞊に倧人に芋えた。
    たさかのこの綺麗な女性が、自分の劻になるずは露ほども思っおいなかった。

    クヌルビュヌティヌず蚀い衚せるその芋た目からは想像できないほど、劻はフランクで楜しい人だった。
    たくさん飲んで、たくさん食べお、たくさん笑っお。
    劻がいるだけで堎がさらに明るくなった。
    僕も劻に楜しんでもらいたくお、過去の倱敗談を倧袈裟に話しお酒のアテにしおもらった。

    「小孊生の頃、友達のためにボむコットしたんだけど 」
    「䞭孊生の頃、ボクシング郚の女子にボコボコにされお 」
    「高校生の頃、党校生埒の前で信じられないくらいスベッお 」

    その党おに劻は声をあげお笑っおくれた。
    「ごめん、めっちゃ可哀想だけどめっちゃ面癜い」
    そう蚀っお笑顔をくれた劻を芋た時、自分の倱敗だらけの人生を少しだけ誇らしく思えた。

    僕以倖は党員次の日も仕事だったが、その䌚は終電ギリギリたで開催された。皆名残惜しげに店を埌にするず、駅に向かう道䞭で劻が声をかけおきた。

    「連絡先教えおもらっおもいい」

    別䞖界の矎しい女性からの驚きの提案に固たっおいるず劻が慌おたように続ける。

    「誀解しないでよ私から男の人に連絡先聞くなんお生たれお初めおだから」

    その姿がずにかく可愛かった。綺麗ではなく、可愛かった。

    「初察面の人ずこんなに楜しく過ごしたこずなかったから、どうしおも連絡先聞きたくお 。だから友達になっおくれたら嬉しいな」

    こんな綺麗な人の誘いなら、もはや詐欺でもなんでもいい
    そう思った僕はすぐさた連絡先を亀換した。
    もちろん詐欺でもなんでもなかったので、劻ず頻繁に連絡を取り合うようになった。メヌルは他愛もない内容だったがラリヌは延々ず続いた。

    お昌ご飯は䜕食べた。
    今日はどんな䞀日だった。
    䌑みの日は䜕をする予定なのか。

    埌々分かったこずだが、マメに返信をする僕の姿勢は劻にずっおプラスだったらしい。
    しっかり返事をしおくれる誠実な人ず捉えおくれおいたそうだ。
    もちろん僕はマメでも誠実でもない。劻が盞手にしおくれるこずが嬉しくお、尻尟を振っおいただけなのだ。

    そうずは知らない劻は僕ず連絡を取り続けおくれた。
    メヌルだけではなく仕事終わりや空いおいる時間には電話もするようになった。䞍思議なこずに初めお電話をした時ですら、少しに違和感もなくスムヌズに䌚話を繰り広げおいた。
    お互いに自分を倧きく芋せるこずもなく、䜕かを蔑むこずもなく、自然な蚀葉が飛び亀った。
    そんなやりずりを重ねおいけば䌚いたくなるのは圓然のこずだ。

    ある日、ADのバむトが予定よりも早く終わった。
    滅倚にない幞運に螵を浮かせながら歩いおいるず、野球堎の倖でビアガヌデンが開催されおいた。
    その光景を芋た時、無性に劻の顔が芋たくなった。
    普段は「俺が誘ったら迷惑かな」や「断られたら恥ずかしいな」等ずいった理由で人を誘うこずができない性栌だった。

    しかし、䜕故かその時は劻に䌚いたい気持ちを抑えるこずができなかった。

    それはバむトが早く終わった達成感なのか、ビアガヌデンを芋た高揚感なのか、それずも他にあるのか、理由は分からない。
    ずにもかくにも普段なら考えられない速床で「今日予定あるもし暇だったらビアガヌデン行かない」ず打っおメヌルを送る。
    するずすぐに返信がきた。

    「予定がなくお、ずりあえず買い物でも行こうず思っおいた所だったからすごい嬉しい絶察行く」

    この時の喜びは今でも鮮明に思い出せる。
    急いで垭を陣取ったこずも。

    劻が到着する頃には、机の䞊には倧量のお酒ず食べ物が甚意されおいた。それを芋た劻の顔は、ラむトに照らされお倜桜のように綺麗だった。

    それから、二人で飲みに行くようにもなっおいた。
    売れないフリヌ芞人ずいうこずは䌝えおあったが、劻はい぀でも普通に接しおくれた。
    数少ないお金で奢ろうずしおも、「二人で楜しんだから私にも出させお」ず頑なに財垃をしたわなかった。ずおも情けなかったが、芯のある人間性には逆らうこずはできなかった。

    そもそもアパレルの店長を務め人望も集める劻からすれば、僕のような人間を盞手にしなくおも良いお話がたくさんあるはずだ。友人づおに聞いたのはお医者さんや瀟長さんからもお誘いがあったそうだ。

    それでも劻は僕ず同じ時間を過ごしおくれた。
    仕事の日は電話やメヌルをしお、䌑みの日は二人で䌚うこずが増えおいった。行く先はカフェか居酒屋。そこで僕たちは延々ず䌚話を繰り広げた。
    い぀䌚っおも、久しぶりにあった旧友のように亀互に蚀葉を亀わしおいく。
    「波長が合う」を䜓珟するかの劂く、お互いに欲しい反応や蚀葉が返っおくる。自然ずなやり取り心地いい時間が流れる。
    完党に心を蚱した僕は、これたでの党おを話した。
    父芪が怖かったこず、その圱響がただ続いおいるこず、父芪が早くに亡くなったこず、その時点でも倱敗だらけの人生を送っおいるこず。
    劻は真剣に耳を傟けおくれた。そしお党おを聞き終えた埌、ゆっくり口を開いた。

    「あなたの面癜さっお䞍思議なんだよね。なんおいうか  お話ずかリアクションずか、あなたが自信を持っお提䟛しおいるわけじゃなくお、こっちが欲しいものをくれる感じそれっお䜕かなっお思ったら、サヌビス粟神じゃないかっお気が぀いたの。その䞊でこれたでの話を聞いたら合点がいった。あなたは本圓に優しい人なんだず思う。だから結局  優し過ぎお面癜いんだ」

    そう蚀っお笑う劻を芋お心が少し軜くなったこずを今でも芚えおいる。

    そんな劻のこずを、もちろん僕は奜きだった。ただ、劻ず付き合える自信は埮塵もなかった。
    同䞖代の女性はお金も立堎もある男性ず付き合い、垌望に満ち溢れた生掻を送っおいる。僕がそれを提䟛できるずは思えなかった。

    「俺ず付き合っおも悲しい思いをさせるだけだ」

    そう思い蟌んでいながらも、劻ずの時間を生き甲斐に毎日を過ごしおいた。なんずも狡い男だ。

    そんな暮らしが半幎ほど続いたある日。
    い぀ものように居酒屋で飲んでいるず、劻は疑問を投げかけおきた。

    「ないず思うけど 私は遊び」

    芖線を萜ずしながら尋ねるその姿を芋お倧きな眪悪感に包たれた。

    圓時の僕は䞀応芞人だ。䞍安になる気持ちはずおも分かる。もちろん僕は女性ず遊び呆けるような床胞も噚量もお金もない。
    ただ、時間はいくらでもあった。それは劻も分かっおいただろう。

    䌚っおいない時間の方が長い䞭、その時にどんな生掻をしおいるか、考えるだけで心に圱を萜ずしおいただろう。
    劻の気持ちに甘えお良い所取りをしお、自分の至らなさや匱さから逃げおいるこずに気が぀いた。
    これは誀魔化しおはいけないず、ほろ酔いの䞭で自分の気持ちを正盎に話した。

    「誀解させおごめん。情けないけど、そもそも俺はモテないし、色んな意味で遊べるような人間ではない。こうしお䌚っおくれおいるのは劻ちゃんだけなんだよね。携垯だっお党郚芋せおもいい。メヌルも電話も逆に幻滅するくらい、悲しい状態だから 」

    惚めな告癜を終えた埌、実際に携垯を芋せるず、劻の顔はみるみる明るくなった。「あなたっお本圓にそういう人なのね」ず分かったこずが嬉しかったらしい。
    こういうずころが可愛い。
    気が緩んだずころでこちらからも疑問を投げかけおみた。

    「そもそもなんで劻ちゃんは俺ず䌚っおくれるのこんな売れない芞人でお金もないのに。劻ちゃんだったら他にも良い人はたくさんいるのにさ 」

    その答えはすぐに届けおくれた

    「あなたずいるず楜しいからだよ」

    レモンサワヌを䞀口飲んでから続ける。

    「私はね、お金ずか肩曞きずか本圓に興味がないの。その人がどんな人なのか、それだけが気になる」
    「それで蚀えばあなたは本圓に面癜いし、優しい。䞀緒にいるずすごい枩かい気持ちになる。他の誰ずいおもこの気持ちになれるこずはないの」
    「自分に自信がないのも分かるけど、色々䞍安になるのも分かるけど、あなたは玠敵な人だよ」

    照れもせずに真っ盎ぐこの蚀葉を届けおくれる劻こそ、玔粋で玠敵な人だ。
    それにしおもあたりにも真っ盎ぐ届いたのでこちらが照れおしたい䜓をくねらせおいるず、冗談混じりに劻が぀ぶやいた。

    「あなたみたいな人が薔薇の䞀茪でも持っおきたら、私はどんなお願いでも聞いちゃうけどな」

    今しかないず思った。い぀かのように気持ちが抑えられない。
    ちょっず埅っおお、ず蚀い残しお店を出お走り出す。近くの花屋さんを芋぀けお薔薇を買う。念の為二茪だ。
    再び走っおお店ぞ戻り、二茪のバラを持っお劻に䌝える。

    「奜きです。付き合っおください」

    劻は笑いながら泣いお、「早速すぎない」ず蚀いながらバラを受け取っおくれた。

    2.呜日

    劻ず付き合い始めおから、これからの人生を考えるようになった。
    それはちょうど芞人ずしお臎呜的な欠点に気が付き、テレビ番組制䜜䌚瀟で瀟員に誘われおいる時期だった。

    ディレクタヌを目指す件を劻に䌝えるず、「あなたが掻躍しおくれたら嬉しいけど、䌚える時間が少なくなったら寂しいな 」ず肩を萜ずしおいた。

    「でもあなたがやりたい道を遞んでねずっず応揎するから」ず蚀っおくれたがその顔はこわばっおいた。
    その姿を芋お、川田ディレクタヌのような芚悟を決めるこずはできないず思った。生半可な気持ちで進んでも、倱敗をしお信頌を倱うだろう。

    そしお䜕より、劻に寂しい思いをさせるわけにはいかない。
    芞人もディレクタヌの道も断念しお、土日祝䌑みの倖資系䌁業ぞの就職を考えおいるこずを䌝えるず「本圓にそれで良いの」ず寄り添っおくれたが、頬が緩んでいたので良い決断ができたのではないかず䞀人手応えを感じおいた。

    その想いもあっおか、無事に再就職が決たるず劻は「お祝いパヌティヌを開こう私に任せお」ずお排萜な街に連れ出しおくれた。

    どんなお店に入るのかず心螊らせおいるず、劻は鞄からアむマスクずヘッドホンを取り出した。
    匟ける笑顔で「これ぀けお」ず蚀われおしたっおは、断るこずはできない。
    芖芚ず聎芚を完党に奪われた埌、劻に手を取られながら歩を進める。信じられるのは劻の手のみ。だが、これ以䞊に信頌できるものはない。

    暗闇の䞭、䞍安以䞊の期埅が膚らんでいく。

    するずヘッドホンが倖れお、「アむマスク取っおいいよ」ず劻の声が聞こえる。その蚀葉の通り芖界を取り戻すず、目の前には青い海や芳芧車が広がっおいた。
    ここがホテルの䞀宀であるこずを理解するのに、少しの時間が必芁だった。
    窓の暪には、サプラむズが倧成功したこずに誇らしげな劻がいた。
    ただ、驚きはこれだけではなかった。

    「私のこずを考えおくれお本圓にありがずう」

    その蚀葉の埌、二぀の袋を枡しおくれた。
    䞀぀の袋からは革の黒い財垃が出おきた。

    「お揃いで持っおみたかったんだ」

    そう蚀う劻の鞄からは、革の赀い財垃が。

    怒涛の波状攻撃に蚀葉を倱っおいるず、袋はもう䞀぀あるこずを思い出した。
    そこから出おきたのは、僕が小孊校四幎生から愛しおやたないロックバンドのコラボ腕時蚈が珟れた。

    「なんでこれ持っおいるの  !?」

    僕が驚くのも圓然だ。
    この腕時蚈は抜遞で圓たった人しか、手に入れるこずのできない代物だからだ。

    ホテルでのサプラむズから遡るこず䞀ヶ月前。
    僕たちはそのロックバンドの蚘念展瀺䌚に参加した。胞をずきめかせるものばかりで、劻ず二人で目を茝かせながら堎内を回った。しかし、䞀぀だけ残念なこずがあった。

    件の腕時蚈の抜遞に、僕は倖れおいたからだ。
    もし圓遞しおいたら、そこで賌入するこずができおいた。
    肩を萜ずしたが、どう考えおも倍率はずんでもないこずになっおいたはずだ。
    圓たっおいる人の方が少ないこずを考えるず、この僕が圓たるわけないず、悲しみの前向きで気持ちを切り替えおいた。

    にも関わらず、劻からその腕時蚈を枡されおいる。

    聞きたいこずは山ほどあったが、䞀番の謎は「どうやっお手に入れたのか」である。
    劻は展瀺䌚の日、僕ず離れるこずはなかった。仮に圓遞したずしおも賌入するこずはできなかったはずだ。
    倚くのこずが重なりすぎお思考回路が故障しおいるず、劻は驚きの答えを教えおくれた。

    「実は私、あの展瀺䌚に行くのは二回目だったの」

    僕が腕時蚈に応募したこずを知り、「私もやっおみよう」ず詊しに応募しおみた劻。
    二人で圓たればお揃いで぀ければいいし、二人で倖れたら笑い話にすればいい。
    どっちに転んでも面癜くなるず螏んだ劻だったが、結果は劻だけが圓遞。

    「面癜くなっおきた !!」ずホスピタリティ粟神に火が぀いた劻はずある行動に出る。
    なんず、僕ず行く䞀週間前に、䞀人で展瀺䌚に行き腕時蚈を賌入しおいたのだ。
    腕時蚈を賌入するためには、党おの展瀺ブヌスを通った埌の物販に向かわないずいけないので、劻は展瀺物も党お芋おいた。
    そうずは知らない僕は、劻も完党に初芋だず信じ蟌んでいた。
    あの目の茝きが挔技だずしたら劻は名女優だ。

    「どう倧成功」

    あの時以䞊の茝きを芋せるその衚情に、僕は完党に心を奪われおいた。


    再就職から半幎経った頃、同棲を始めた。
    このきっかけをくれたのも劻だった。

    「あなたず暮らしおみたい」

    ただでさえ、誰かの蚀葉に巊右される僕だ。
    それが他ならぬ劻の蚀葉ずなったら、それはもう 。

    急いで物件を調べ、二人で䜕件も内芋に行った。するず駅から少し離れおいるが、広めの1LDKか぀近くにスヌパヌや公園がある物件ず出䌚うこずができた。
    そこが僕たちの、初めおのお城ずなった。

    入居の日、家具も党く揃っおいない䞭、僕の実家から持っおきた癜い䞞テヌブルを郚屋の真ん䞭に眮く。
    たずはビヌルで也杯し、感慚に耜る。
    そこに劻が䜜っおくれたハンバヌグがやっおくる。゜ヌスはオヌロラだ。

    「矎味しい  」

    これから先䜕床も蚀うこずになる蚀葉が、静かな郚屋の䞭でそっず萜ちた。

    同棲を始めるず、劻は毎日お匁圓を䜜っおくれた。
    晎れの日でも、雚の日でも、仲の良い日でも、倧喧嘩をした日でも。
    圓時は二人ずも働いおいたにも関わらず、劻は矎味しいお匁圓を䜜っおくれた。どれもこれも本圓に矎味しかった。

    ガパオラむス、生姜焌き、カツ䞌、たたご焌き、おにぎり、ハンバヌグ  。
    劻が䜜っおくれる矎味しいお匁圓が元気をくれた。だから毎日頑匵れた。
    その感謝を䌝えるず劻は圓たり前のようにこう返しおきた。

    「私のお母さんも䜜っおくれおいたから」

    自分の母からもらった愛情を、そのたた僕ぞ。
    蚀葉にならない感情ず感動に挟たれる䞭、孊生時代、僕の母も毎日お匁圓を䜜っおくれおいたこずを思い出した。
    そしお、その偉倧さを今さらになっお知った。
    母に察しおも猛烈な感謝ず懺悔の念を抱いたので、急いでお瀌の連絡をした。

    そう。劻のおかげで僕の䞖界は倧きく倉わったのだ。

    これたで生たれおこなかった母に察する感謝の気持ちも、劻のおかげで気が぀くこずができたのだ。
    今たでだったら斜に構えお䌝えおこなかった頑固な気持ちも、劻の愛が溶かしおくれた。さらに、ここでたた新たな感情が生たれおきた。

    「劻はこんなにすごいこずをしおいるのに、この偉業を僕だけに留めおしたっお良いのか  」

    毎日矎味しいご飯を䜜っおくれる。
    このすごさを分かっおいないのは、他の誰でもない、劻だ。
    それを分かっおもらおうず毎日感謝を䌝えた。

    「本圓にありがずう」「本圓にすごい」「本圓に尊敬する」

    しかし「本圓に」を酷䜿する僕のボキャブラリヌでは䜕も䌝えるこずができなかった。
    劻は玠知らぬ顔で毎日お匁圓を䜜り続けおくれおいた。

    「䜕ずかしおこの偉業を分かっおもらわねば  」

    劻の凄さを広めたくお、劻のご飯に特化したSNSを始めたのはこの頃だ。最初の䞀幎は内緒でやっおいたが、ずあるタむミングで劻に公衚しおからは、劻も公認の䞊で続けおいる。
    今も投皿しおいるのでかれこれ䞃幎ほど続けおいる。今やラむフワヌクずなっおいるので生涯続けおいくだろう。
    僕の実力䞍足で劻の凄さを広めるこずはできおいないが、い぀かその日が来るこず信じおいる。


    劻の枩かい人間性に觊れ、時間が経おば経぀ほどその愛は深くなっおいた。

    そんな䞭、同棲しお初めお迎えたクリスマス。行く先やプレれントでもなんでも、どんな劻のリク゚ストにも応える぀もりだった。
    しかし、劻から返っおきた答えは意倖なものだった。

    「あなたの実家で、お母さんずおばあちゃんずクリスマスパヌティヌしたい」

    高玚ホテルでも、むルミレヌションが綺麗なスポットでも、皆が矚むような海倖でもない。僕が育った普通の枯町だ。理由を尋ねるずそれはい぀もの劻だった。

    「私、同棲を始めお、今たで以䞊にあなたの家族にずおも感謝するようになったの。こんなに玠敵な人を育おおくれおありがずうございたすっお。だから今、すごくあなたの家族に䌚いたいの」

    愛や感謝を、自分の䞭でたっすぐ成長させられる劻だ。この蚀葉に嘘停りがないこずは誰よりも僕が分かっおいる。
    分かっおいるからこそ涙が出る。

    自分を、自分の人生を、自分の家族を肯定しおくれる人がいる。
    こんなに嬉しいこずはない。

    すぐさた電話で母ず祖母に「劻ちゃんが実家でクリスマスパヌティヌしたいっお蚀っおいるんだけど、どうかな」ず䌝えるず、電話口からでもその喜びは䌝わっおきた。顔を合わせたこずはあったが、共にパヌティヌを楜しむこずは無論初めおなので高揚しおいるのだろう。

    母は最埌にこう蚀い残しお電話を切った。

    「あんた、劻ちゃんの奜きな食べ物聞いずきなさいよ」

    母ず祖母が袖をたくる音が聞こえたような気がした。


    クリスマス圓日、実家に到着するず、母ず祖母ぞの挚拶を終えた劻はたず父の仏壇に向かった。
    お線銙をあげお手を合わせる。その姿を母ず祖母が芋守る。静かに流れる枩かい時間。
    そのたた溶け蟌んでしたいそうだったが、机の䞊に䞊べられたご銳走を芋぀けるず䞀気に目が醒めた。

    劻の倧奜物である唐揚げず逃子。さらにはお寿叞にケヌキ。
    唐揚げは母特補、逃子は祖母特補だ。

    目を茝かせながら舌錓を打぀劻は、感動の面持ちで「もし良かったら埌でレシピを教えおくれたせんか」ず銖を振っおいた。
    母ず祖母を目尻を䞋げながら早速ノヌトにペンを走らせおいた。
    特に驚きだったのは祖母だ。人芋知りでなかなか感情を露わにしない祖母が、砎顔しながら劻ずの䌚話を楜しんでいるのだ。

    劻がいないずころでは「明るくお本圓に良い子ねえ」ずしみじみ呟いおいた。母も同感ずいった様子で頷いおいる。
    勝手ながら、僕は誇らしくなっおしたった。

    あっずいう間に時間は過ぎお実家を埌にするず、劻からのもうひず぀のリク゚ストに応える。

    「あなたのお父さんのお墓にも行きたい」

    広い公園墓地にある父の墓前で手を合わせる劻。
    こんな綺麗な嚘ができたら喜ぶだろうな。父の笑顔が脳裏に浮かぶ。こんな時、恐怖感はない。

    家に戻り、二人でこた぀に入りながら倩井を眺める。
    「ずっおも楜しかった。連れお行っおくれおありがずう」
    心の底からそう思っおいるこずが䌝わっおきた。劻はずっずこういう人だ。

    い぀もどんな時も光を攟぀。
    その倩性の優しい光に眩しさはなく、呚りにいる人を笑顔にさせる。
    劻ず過ごす時間が長ければ長いほど、悲しみや憎しみが薄れおいき、気持ちが満たされおいく。
    こんな玠敵な人ずずっず䞀緒にいれたらどんな人生になるのだろうか。
    僕だけじゃなく、僕の家族や倧事な人たちも幞せになるはずだ。

    い぀もように頭の䞭で勝手に考えを膚らたせおいくず、ずある蚀葉がふず思い浮かんできた。我慢できそうになかったので、そのたた声に出した。

    「結婚しおくれたせんか」

    劻は僕の目を芋お倧きく頷いおくれた。
    そしおい぀かのように驚きの提案を持ちかけおくれた。

    「そうしたらさ  入籍日は二月二十五日にしない」

    それは父の呜日だった。

    3.お芋通し

    元々、結婚匏を挙げたくない人間だった。
    幞せを詰め蟌んだようなあのシチュ゚ヌションは、どう考えおも自分ずは無瞁だず決め぀けおいた。
    しかし、劻が「結婚匏を挙げたい」ず蚀った。

    なので、結婚匏を挙げた。

    「なぜそこたで自分を持っおいない」ずお叱りを受けそうだが、劻が喜ぶ䞖界なら僕はなんだっお実珟のために奔走する。
    「海が芋える結婚匏堎」ずいう劻のリク゚ストに応えるため、該圓する匏堎をいく぀かピックアップした。
    それを芋お回り、劻が気に入った匏堎をすぐさた抌さえた。そこからは䞻圹の劻の独壇堎だ。
    劻の願い通りの結婚匏にすべく、ドレス遞びや料理のコヌス遞びなどを進める。胞をずきめかせながら準備を行う劻を芋ながら、僕はこっそりずあるサプラむズの準備を進めおいた。

    それは「内緒で投皿しおいたSNSをサプラむズムヌビヌずしお公衚する」ずいう内容だ。

    い぀かのサプラむズのお返しである。
    動画の内容ずしおは投皿の様子やフォロワヌからの反応をたずめるこずを考えおいたので、ある皋床の結果が必芁ずなる。
    「投皿したけど反応は薄かった」では瀺しが぀かない。
    結婚匏たでは九ヶ月ほどあったので、結果を残せるよう日々地道にTwitterずアメブロで投皿を続けた。
    するず、Twitterでは100いいねを超える投皿が珟れるようになり、アメブロでは䞀䞇を超えるアクセスを獲埗できるようになっおいた。
    その経緯をこっそり動画にたずめお、ナレヌションも倜な倜な自分でおこなうずある皋床圢にするこずができた。
    䞀床劻に「最近䞀人で䜕やっおいるの」ず聞かれたこずもあったが、なんずかバレずに準備を進めるこずができた。

    そしお迎えた結婚匏圓日。
    劻のりェディングドレス姿はファヌストミヌトで初めお芋るこずになっおいた。
    準備を敎えた埌テラスに立っお劻の登堎を埅぀。
    するず埌ろから僕を呌ぶを声がする。小さく息を吐いた埌、埌ろを振り向き、目を開く。
     
    蚀葉がない。
    ただ䞀぀の蚀葉を陀いおは。

    「綺麗  」

    照れ臭そうに埮笑む劻は、「ありがずう」ず蚀った埌、手に持っおいた䜕かを開き始めた。芖線をその付近に移すず、それが手玙だず分かった。
    そう、今回も劻はサプラむズを甚意しおいたのだ。

    劻はたくさんの手玙を僕に枡しおきた。

    「颚邪を匕いた時」
    「結婚蚘念日」
    「私に腹が立った時」
    「私が留守の時」
    「出匵の時に寂しくなった時」
    「喧嘩しおしたった時」
    「マむホヌムを買った時」
    「仕事が嫌になった時」
    「仕事で蟛い時」
    「プレれントに迷った時」
    「暇な時」
    「幞せ絶頂な時」
    「劊嚠した時」
    「子䟛が生たれた時」

    十四皮類の手玙を枡された埌、䞀぀だけ手に残されたそれを広げるず、劻がゆっくりず口を開いた。その玙には「結婚匏の朝」ず曞いおある。

    「今日ずいう日を䞀緒に迎えおくれおありがずう。
    今日たで本圓に色々なこずがあったね。初めお䌚った日を今でも忘れたせん。そしお、その日から欠かさず、メヌルのやり取りをマメに行っおいた事、今思うずニダニダしおしたうよ。
    初めお䌚った時は「こんなに興味を惹かれる人はいない 絶察、友達になりたい」ず思い切っお連絡先を聞いたけど、い぀の間にか奜きになっおいたよ。
    そこから色々なこずがあったけど、あなたに䌚える時間が本圓に幞せで、ずっず䞀緒にいられたらっお思っおいたした。そんな私が、今日ずいう日をあなたず䞀緒に迎えおいるなんお、本圓に幞せです。あなたを想っお泣いおいた過去の自分に教えおあげたいよ。
    だから私は今日、あなたに誓いたす。これから先、優しくお思いやりのある家庭を、あなたず築いおいけるように話し合いながら、二人が幞せになれるような蚀動をしおいきたす。
    䞀生、あなたの笑顔を芋おいきたいから。
    あなたを心の底から愛しおいたす。
    私を奥さんにしおくれお、本圓にありがずう。
    䞀生をかけお、奥さんが私で良かったっお思っおもらえるようにしおいきたす。
    今日は楜しい結婚匏にしようね」

    ただでさえ虚匱な涙腺だ。こんな堎面を経隓しおしたったら、いずも簡単に厩壊しおしたう。
    しかし、本番はこれからだ。味わったこずのない幞せに浞りながらも、今床はサプラむズを仕掛ける偎ずしおの気持ちを取り戻す。
    結婚匏から披露宎たでは倧いに盛り䞊がり、完璧な雰囲気だった。
    だからこそ震えた。

    「もし、スベったらどうしよう  」

    い぀かのように匱い心が広がっおいく。
    ただ、ボヌル球に手を出すような状況ではない。やれるこずは党おやったのだ。あずは劻の功瞟をみんなに芋おもらうだけだず開き盎り、その時を迎えた。

    ご歓談を終えたあず、叞䌚者が流暢に喋り出す。
    「本日新郎が、空前絶埌、森矅䞇象、抱腹絶倒の䜙興を、ここで披露する予定でしたが、結局䜕䞀぀思い浮かばなかった為、䜙興は䞭止ずなりたす。誠に申し蚳ございたせんでした」
    蛍の光が流れる䞭、叞䌚者の声に合わせお神劙な面持ちで頭を䞋げるず、䞡耳に笑い声が届いた。心底胞をなで䞋ろすず、叞䌚者が続ける。

    「尚、この件に関する、ご祝儀のご返金等はお受けいたしかねたすので、ご了承ください」

     その声にも合わせお頭を䞋げるず、「金返せ」などの野次が入り、さらなる笑いが起こる。暪目で劻を芋るず、い぀もの笑顔が茝いおいた。
     䞀通り笑い終え、僕が頭を䞊げたタむミングで、叞䌚者の声色が倉わる。

    「  ず、ここたでが、新婊様が把握されおいる内容です」

    そこで、劻の笑顔が消えた。しかし、反比䟋するように、目の茝きが増した。
    「ここからは、新郎様が、新婊様のために、玄九ヶ月をかけお䜜成したサプラむズムヌビヌを䞊映臎したす。皆様、そしお新婊様、どうぞ前方のスクリヌンをご芧ください」
    口を抌さえお驚く劻の姿を確認しおから、䌚堎のカヌテンが閉じ、照明が消えた。

    結果、サプラむズムヌビヌは倧成功に終わった。


    攟映埌、地響きのような歓声ず拍手に包たれたこずは忘れるこずができない。そしお驚きず喜びず感動が入り混じった劻の衚情も。

    「あなたっお、本圓面癜いね」

    そう蚀っお笑う劻は本圓に綺麗だった。



    結婚匏の埌、劻の実家をリフォヌムしお二䞖垯䜏居にした。

    劻の兄匟は皆遠方に行っおしたい、残されたのは劻のみ。
    「家を無くしたくないな」
    そう぀ぶやいた日があったこずを忘れられなかった。

    僕を遞んでくれた、救っおくれた劻のためならなんでもしたい。
    心からそう思っおいた僕は迷わずリフォヌムに螏み切った。

    劻は「本圓にいいの」ず延々ず蚀っおいた。その床に「劻ちゃんが望むこずは党お叶えたい」ず抌し切った。

    するず劻が「こんな優しい人ず結婚できたなんで私はしあわせものだよ」ず蚀っおくれた。

    「劻ちゃん、それは違うよ。
    僕を芋぀けおくれたのは、遞んでくれたのは劻ちゃんなんだよ」

    そう信じる僕は劻のためならなんでもする。
    劻の地元の皆様に「良い人ず結婚できたね」ず思っおもらえるよう町内䌚の倏祭りの実行委員も請負い、神茿を担いだり焌き鳥を焌いたりしおいる。草野球チヌムにも所属し、ご近所付き合いも積極的に行なっおいる。
    すべおは僕ずいう駄銬に党ベットしおくれた劻ぞの恩返しだ。い぀か䞇銬刞になるように 。

    そしおもうひず぀、劻の望む䞖界が実珟した。

    二人の嚘を産んでくれたのだ。
    長女も次女も垝王切開で生たれおきおくれ、特に長女の出産は䞉十四時間にも及ぶ長い戊いだった。

    その時のブログを䞀郚抜粋するず、緊匵感が蘇っおきた。

    ===============================

    垝王切開ず聞き、少し動揺したが、お医者さんの説明によるず、母子ずもに健康である為、問題はないずのこず。
    ホッず胞をなで䞋ろしお、陣痛が萜ち着いた劻の声を聞くず、驚くほど穏やかだった。
    その理由は「この痛みが終わるこずが嬉しい」ずのこずだった。
    僕はこの時確信した。

    劻には䞀生敵わないず。

    陣痛の痛みを乗り越え、垝王切開に臚もうずしおいる人が、僕の劻だ。
    少しの痛みも共有しおいない僕が、敵うわけがない。
    これたでの無瀌を心から恥じお、これたで以䞊の尊敬ず感謝を抱くこずを匷く誓った。
    そこから数時間、連絡が入るこずはなかった。

    鳎らないスマホを眺める時間が続く。

    そうなるず、珟れおくるのは僕の悪い所である、極端にマむナス志向に陥っおしたうこずだ。

    「劻に䜕かあったのではないか 」
    「嚘の状態は 」

    なにせ垝王切開だ。
    お腹を切るなんお行為は、手術か切腹か赀ずきんちゃんでしか知らない。
    未知数のこずは怖くお仕方ないが、それが劻の身に起きおいるのだ。

    もう、早たる心臓は止められない。

    だが、僕も病院のお䞖話になる蚳にはいかないので、祈りながら連絡を埅぀。

    17時4分。
    芋知らぬ番号から着信が入る。
    「○○病院の●●ですが 」
    重厚な声ずただならぬ雰囲気に固唟を飲む。‚
    しかし、そのあずに続く蚀葉は、ずおも明るいものだった。
    「16時9分 無事垝王切開が終了したした。母子ずもに健康です」

    2月19日
    16時9分
    分嚩所芁時間34時間
    䜓重3288g

    長い戊いが今、幕を閉じた。

    =============================

    次女の時は最初から垝王切開ず決たっおいたのだが、その緊匵感は倉わらない。
    䞀方で、性別刀明の際にはちょっずしたむベントもおこなった。その時の様子は以䞋の通りだ。

    =============================

    たた、その時点では、性別は刀明しおいなかったが、諞事情で劻が先に性別を知っおしたった。
    そこで僕は以䞋のようなむベントを実行した。

    衚向きは、「性別はどちらでもいい」ず蚀っおいた。
    実際は、「マゞで女の子であっおくれ  」ず願っおいた。
    理由は簡単。以前劻が「嚘二人っお良いなあ」ずポツリず蚀っおいたからだ。
    だからこそ今䞀床蚀わせおもらおう。
    次女、ナむス。

    (äž­ç•¥)

    そしお、出産圓日。
    予定では12時に手術宀に入るずのこずだったが、少し早たり11時30分に、劻は手術宀に向かった。
    聞けば、自分の足で向かうずのこずだっおので、それはそれは足がすくむような想いだっただろう。聞けば聞くほど、出産の倧倉さを感じるず同時に、申し蚳なさを芚えおしたう。
    もちろんそこからは連絡が途絶えおしたったので、僕はただただ、そわそわず埅぀ばかり。

    「倧䞈倫かなあ  」
    「無事であっおくれ  」
    「あぁ  」

    のたうち回るこず二時間匱。
    芋知らぬ番号からの着信を、光の速さで受け取る。

    「12時19分 2970gで元気な女の子が生たれたした。お母さんも元気です」

    埌から聞いた話だが、先生は劻に「旊那さん、電話出るの速すぎおびっくりしたした」ず蚀っおいたそうだ。
    先生、すみたせん。

    =============================

    劻は結婚圓初から「子䟛は姉効がいい」ず蚀っおいたので、それが叶ったこずはただただ嬉しくお仕方ない。
    党おは劻が持っおいる力だろう。

    それを考えるず、僕のこれたでの倱敗や䞍運は党おこのために起きおきたのではないかず思えおくる。
    矎人な劻ず可愛い嚘たちに囲たれる生掻。
    これ以䞊の喜びはないが、それによっお生たれる想いもある。

    劻ず嚘たちにずっお、自慢の倫、自慢の父芪、それすなわち倧きな男にならなければ。
    そのために仕事ず粟䞀杯向き合い、高みを目指す日々が続いた。
    だが、倖資系䌁業での䞀連の隒動で地獄を芋た。
    みんなの笑顔がかえっお自分を苊しめるこずもあった。

    「倫になったのに、父芪になったのに、俺はなんで 」

    どのような立堎になっおも倱敗を繰り返すこんなに愚かな人間なら、海の䞭でそのたた溶けおなくなった方がいいのではず思ったこずもある。
    生呜保険や䜏宅ロヌンの団信など契玄内容に぀いお調べたこずもあった。

    だが、その気持ちは劻にはお芋通しだった。
    倜䞭にリビングで向かい合うず、心配そうな衚情を浮かべながら蚀葉を玡いでくれた。

    「あなたは今、自分を責めおいるず思う」
    「ずっず隣で芋おきた私だから分かるこずがある。あなたは䜕も悪くない」
    「いっ぀も人のこずばかり考えお、いっ぀も頑匵っおいるこずを私は知っおいる」
    「あなたはずにかく優しい人。だから苊劎しおいるの」
    「それでも私はそんなあなたが奜き」
    「面癜くお、情けなくお、誰よりも優しくお」
    「だからあなたはいおくれるだけでいいの」
    「仕事で成功しなくおもいい。倧金持ちにならなくおもいい。かっこよくならなくおもいい。あなたは生きおくれればそれでいい」
    「仕事やお金なんおどうにでもなる」
    「だからお願い。そのたたのあなたでいお」

    僕は䜕も成し遂げおいない。
    父ず玄束した倧きな男にもなっおいない。
    でも、劻はそのたたでいおほしいず願っおくれおいる。
    情けなくお小さい僕のたたでいおほしいず願っおいる。
    劻のおかげで、はたず気が぀いたこずがある。

    愛されるこずだけじゃなく、愛するこずにも䟡倀を生み出しおもいいじゃないかず。

    僕はこれたで人から愛されるこず、評䟡されるこずに喜びや生き甲斐を感じおいた。
    自分の䞭に芯がなく、他人に軞を眮いおいた。
    それは間違いなく父の圱響だ。父の機嫌を䌺い、父の感情が党おだった。父が喜べば成功、怒れば倱敗。僕自身がどう思った、どう感じたかは関係がない。
    父がいなくなっおからもそれは倉わらなかった。その察象が父から他人に倉わっただけだった。
    クラスメむト、同僚、䞊叞、芋知らぬ人。自分以倖の人たちの感情によっお、自分の成功や倱敗を決めおいた。

    しかし今の僕は、䜕よりも劻ず嚘たちを心から愛しおいる。それでいお䞍思議ずみんなからの愛を求めおいる蚳ではない。
    こちらから求めなくずも、僕のこずを愛しおくれおいるず信頌しおいるからだ。
    自ら愛を送るこずによっお、みんながしあわせに暮らす。

    駄目な僕を受け入れおくれお、どんな結果になろうずそばにいおくれる。そしお愛しおくれる。
    その事実が僕に小さな垌望を䞎えおくれた。

    かず蚀っお状況がすぐに倉わるわけではない。
    倜䞭に目芚め、もうひずりの僕が責め立おおくるのは続いおいた。
    しかし、「劻がこのたたでいおほしいず願っおいるんだ」ず小さな反抗を芋せるず、ほんのわずかだがその声は少し小さくなった。
    攻撃に匱い面は衚の僕ず倉わらないようだ。
    その声が小さくなったおかげで、別のこずを考える䜙裕もできた。

    それは「倧きな男」に぀いおである。

    呪いの蚀葉ず化したこの意味を深く考えおいくず、ある仮説に蟿り着いた。
    倧きな男ずは、ただの性栌のひず぀ではないか。
    そのヒントをくれたのも劻である。

    「あなたは自分のこずを小さい男だっお蚀っおるけど、それっお悪いこずなのもし今のあなたの優しい性栌が小さい男だっお蚀うなら、私は小さい男の方が奜きだよ」

    確かに僕は勝手に「倧きい男善」「小さい男悪」だず決め぀けおいた。倧きな男になれない自分は愚かだず。
    しかし劻の蚀うようにそれがただの性栌のひず぀だずしたら、無理に倉えるこずはないのではないか。そもそも倉えるこずはできないのではないか。

    党おを受け止めお自信満々な男がいおもいい。
    现かいこずばかり気になっお垞に䞍安な男がいおもいい。

    瀟䌚はさたざたな人がいお成り立っおいお、それぞれ埗意なこず、苊手なこずがある。
    誰かの足りない分は誰かが補っおいる。
    小さい男には小さい男にしかできないこずがあるはずだ。
    良い意味で瀟䌚の歯車ずなり、自分にできるこずを党力で取り組み、できないこずは党力で悔しがればいい。そうやっお毎日を玡いでいけばいい。

    もしかしお、それだけのこずなのか 

    倧きな勘違いによる長幎の倱敗を思い返し愕然ずしたが、父の呪いを劻が少しず぀解いおくれおいる。
    い぀になるか分からないが、匱くお小さい自分を誇らしく思える日が来る かもしれない。

    いや、きっずくる。
    劻が隣にいおくれたら。

    4.感動


    父の倱敗を螏たえお、嚘たちず接する時に決めおいるこずがある。

    「手は出さない」
    「恐怖で支配しない」
    「自分で考えおもらう」

    正盎、圓然のこずだ。
    しかし僕は父のこずも、自分のこずも反面教垫にしおいる。

    自分の気持ちや考えを、倖からの圱響で動かしおほしくない。
    どんな時も「奜きなこず」「埗意なこず」「やりたいこず」を把握し、それをしっかり口に出せる人になっおもらいたい。内にあるものを、そのたた倖に出せる人間が匷いこずを知っおいる。
    僕はそれを出来ずに苊劎したので、これたでの倱敗を経た䞊で埗た教蚓を
    出来る限り嚘たちに䌝えおいきたい。

    そんな䞭、すごく嬉しかった出来事がある。
    リビングで䞀人にいた時、ストレスからマむナスの蚀葉を吐き出しおしたった。するず偶然そこに珟れた五歳の長女がその蚀葉を聞いおしたった。

    「たずい」ず思った瞬間、長女が眉間に皺を寄せおこう蚀った。

    「パパ、私たちのいる前で嫌な蚀葉は蚀わないで。私たちが真䌌しちゃうでしょ」

    芪に萎瞮せずに、自分の意芋をはっきりず䌝える。
    僕ができなかったこずを五歳でやっおのける長女。
    涙が出るほど嬉しかった。

    嚘たちはしっかり倧きくなっおいる。
    教えおいるこず以䞊の成長を芋せおくれおいる。
    これからどんな人生を歩んでいくのか。楜しみもあるが䞍安もたくさんある。
    僕のような思いは嚘たちにはしおほしくないが、必ず䜕かしらの壁にぶち圓たるはずだ。
    そんな時、嚘たちの支えになるような芪になろう。

    父のような芪にはならない。
    しかし、父に抱きしめられお感じた喜びは今も僕の䞭で生きおいる。

    誀解のないように蚘しおおくが、僕は父のこずを憎んでも恚んでもいない。今も倉わらず愛しおいる。

    唯䞀倉わった点は、尊敬に関わる郚分だ。
    これたでは盲信的に父を信じお背䞭を远い続けおいたが、今ずなっおはこう考えおいる。

    「父ちゃんっお匱かったんだな」

    家族に声を荒げたり、手をあげたり、父の行動に察しお恐怖を抱くこずはあっおも疑問を持぀こずはなかった。
    だが、劻ず出䌚っお、嚘たちが生たれお、分かったこずがある。
    父の行動は匱い人間のやるこずだった。

    嚁圧するこずで、手を䞊げるこずで、家族がどのような粟神状態になるかは少し考えれば分かるはずだ。
    しかし、父はそれを抑えるこずができなかった。自分なりの理想があった䞊での行動ではあるず思うが「父」ずいう圧倒的な立堎の人間がずるべきものではない。

    それを螏たえお思うこずは、僕が心底尊敬すべき盞手は母だったずいうこずだ。

    制埡の効かない父ず共に長幎暮らし、さたざたな苊悩や葛藀があったはずだ。
    それでもそこから逃げるこずなく家族のために仕事をしお、家事をしお、たくさんのこずをやり続けおくれた。
    感情が䞍安定なこずも芋たこずがなかった。それが母ずいう人間だず思っおいたが、今考えればずお぀もない人間力の高さである。

    そしお父が亡くなったずき、母も兄も祖母も僕も、その蟛さは皆同じだず思っおいた。
    劻ず嚘たちがいおくれる今、初めお分かったこずがある。

    あの時䞀番蟛かったのは母だったず。

    愛する人を倱くす蟛さは想像するだけで耐えるこずができない。僕だったら埌を远うこずばかり考えおしたうだろう。
    しかし母は、父が亡くなった日以降、䞀床も涙を芋せずに兄ず僕を育お䞊げおくれた。
    ただただ、感謝ず尊敬の念しかない。

    母はすごい。

    今ずなっおは日に日にその思いが匷くなっおいる。

    結局父は母に甘え、守っおもらっおいたのだろう。
    自分の信念を貫き通せたのは母の存圚があっおこそだったのだ。

    偉そうなこずを蚀っおいるが、それは僕も同じである。

    僕も劻に救われ、守られ、愛されるこずで生きおいられる人間だ。
    父ず同じ匱い人間なのである。

    ずいうこずは、僕もある意味で父に近づいおいるこずになる。
    「父のように匷い人間」になりたいず思っおいた僕が、玆䜙曲折あっお父が匱い人間だず気が付く。
    そしお結果的には「父ず同じ匱い人間」になっおいた。
    もはや喜劇なのか、悲劇なのか分からない。
    ただ、それ以倖に分かっおいるこずもある。

    僕は父のおかげで匱くお小さい人間になり、そんな人間だったから劻が芋぀けおくれた。

    これからも僕は匱くお小さい人間ずしお生きおいく。
    呚りからの蚀葉や感情に圱響され、人に優しくするこずで自分を守り、倱敗を続けおいくだろう。
    それでもそのたた生きおいく。そんな僕を愛しおくれる劻がいる限り。

    もし、人生を成功させた堎合の僕に囲たれたずしよう。

    プロ野球遞手になった僕が蚀う。
    「ホヌムラン王になっお䞉億円プレむダヌになったぜ」

    ゚リヌトサラリヌマンになった僕が蚀う。
    「数々のプロゞェクトを成功させお最幎少でマネヌゞャヌになったぜ」

    人気お笑い芞人になった僕が蚀う。
    「出る番組党おで結果出しお朝の垯番組のMCになったぜ」

    敏腕ディレクタヌになった僕が蚀う。
    「ディレクションした番組がギャラクシヌ賞取っお業界内倖で匕っ匵りだこだぜ」

    茪の䞭心にいる僕はひず぀のしあわせを確信しおこう返す。

    「どんな時も俺を肯定しおくれる劻ず嚘たちがいるぜ」

    その姿を芋た父はどのような気持ちになるのか。
    確かめようがないが、分かる。
    しあわせを確信する僕を芋お埮笑んでくれるず。自分の代わりに僕の支えになっおいる劻を芋お、心底救われた気持ちになっおいるず。

    どん底にいた僕のこず芋぀けおくれた劻は、僕だけではなく、父のこずも救っおくれたのだ。

    最初に芋たものを芪ず信じ蟌むひよこのように、どん底にいた僕に初めお光を芋せおくれた劻ぞの恩は生涯忘れない。
    その気持ちは匷い愛ずなり、匷固な家族の絆に倉わる。

    だから僕は劻を、嚘たちを愛しおいる。

    今日も明日もこれからも、劻ず嚘たちが埅぀家に早く垰ろう。

    5.隔䞖遺䌝

    金曜日の倜は、劻ず二人でグラスを傟ける。同棲しおからこのルヌティヌンを欠かすこずはない。出䌚っおから十幎近く経぀が、話が尜きるこずはなく、なんでも話せるこの時間が生きがいの䞀぀になっおいる。぀たり、劻は最愛の人でもあり、唯䞀無二の芪友ずも呌べる。僕はなんお幞せものだ。

    今日もほろ酔いで䌚話を繰り広げおいるず、ふず気になったこずがあったので早速聞いおみた。なんのためらいもなく蚀葉を発せられる気軜さも、この時間の奜きなずころだ。

    「俺に連絡先を聞いおくれた時、友達になりたいず思ったからっお蚀っおいたけど、俺の顔ずスタむルが悪いこずは気にならなかったの」

    「うヌん 。そんなこず思ったこずはないけど、むしろあなたがアむドルみたいに男前でモデル䜓型だったら、畏れ倚くお連絡先を聞けおいないかも。今ず同じ内面だったずしおもね。その顔ず䜓型だから芪しみやすさがあっお、連絡先を聞いおみようず思ったんじゃないかな」

    ひいじいちゃん、本圓にありがずう。

     
     

    劻飯

     
     
    劻ず嚘たちに察する日々の感謝などなどを残しおいきたす。

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