
それでも筆を執るのなら【前編】
生気なし、金なし、正気なし。セルフネグレクタ―爆誕。
とても正気ではいられなかった。
六畳半の閉塞感。北から差し込む細く仄暗い日差し。
果たして本当に働いているのか? 預金残高の変わりないことよ。
私は本当にここで時を前に進めているのか? この生活をわざわざ上京してまで望んでいたのか? 洗濯ハンガーの上に積もる仕事着を見て私は絶望した。
自炊する気力を削がれ、洗濯を、風呂を、食事を、仕事を。
一食を数枚のキャベツで済ませる日もあれば、一日をラクトアイスで済ませる日も多々。三週間に一度の買い物さえつらくなり、私は実家に強制送還された。
どうしてこうなった?
それは過去の経験と環境が起因している。
今は多少なり改善しているが、それでも鬱々とした日々や気分は治らない。
一時は抑うつ状態と診断された。適応障害かとも考えた。されど、受動的な生活から逃れることはできなかった。
休み癖はつく、軽い小言・表面化する悪意的な対応への疲弊、恐怖心。
連日の満員電車。SNSを通しての、周囲との差(この時すでに私は小説投稿サイト等で公募やコンテストに応募し、創作仲間と作品やイベントを通じて交流を深めていた)。完璧主義ゆえに、前々から練っていた創作アイディアも「勤務時間」の拘束よりいつでも捻出することが困難になってしまったと考え、より焦燥に駆られていた。
私には小説しかないのに。
SNS上で淡々と新作を出し続ける創作仲間に苛立ちを向けることもあった。実際に贔屓されていたのかは定かではないし、今もなお活動を続けているであろう元・創作仲間に喧嘩を売りたいわけではないが、ある小説投稿サイトを背景に、作品をコンテストに上げるたび表彰を受けるその姿勢が、私の創作に対する執念をポッキリと折った。
小さい賞ならば私も何回かは受賞していた。受賞当時の運営は受賞者に応援メッセージを手書きで寄越してくれる等手厚い対応を取ってくれていたのだが……上が変わったのか、はたまた体制が変わったかで、中堅をよそに決まった作家しか受賞できなくなったのだ。
その上、コンテストの大きさに限らず、「選考発表遅延のお知らせ」も載せることなく、多くの作家を混乱に陥れていた。
何人かの作家がその不信感に対する想いを綴り、一時期サイト上で軽く抗議や賛同のコメントも流れていた。しかし、その騒動がしばらくあってから終息しつつあった最中、クリエイター・読み専問わず、サイトに登録したすべての人に運営から脅しともとれる一斉メールを送られた。
「運営やほかのクリエイターに誹謗中傷の態度を取るならば、アカウントを消す。
お前たちの態度次第で今後のコンテストの提供が難しくなる」。
一つのサイトに肩入れしていた私にとって、もうどこにも居場所がなくなった。
サイトを運営している会社はだれもが知る大手だったため、何かしらの措置は取ってくれると期待してしまった自分に嫌気が差した。
仕事のミス。麻痺して動かない脳。どこにも傷はないのに、なぜか固まっていく身体。
今後どこのサイトに移ろう、でもこのサイトに一発書きした作品もたくさんあるのに。思い出も、創作の喜びも、すべてここで知ったのに。
何も手につかず。
金のため、生きるためと、転々と変える仕事先では常に吐き気が込み上げた。どうしても止まらない気分の落ち込み。何も考えていないのに涙。当時一緒に住んでいた身内から「ひどくカップ麺の臭いがする」と煙たがられていた。
この出来事をきっかけに、ベッド内での貧乏ゆすりが止められなくなったように思う。
身内には「また仕事休むの?」と咎められ、制止するため無視をしたり、逆に怒鳴ったり。アパートが決して狭かったわけではないが、常に電気を点けなければままならない生活に日夜通して聞こえる身内の作業音・雑音に精神を削られない日はなかった。
イヤーマフをつけていても簡単に音はすり抜ける。身内の作業もWi-Fi環境と静かな空間がなければできず、専門書や参考書等の資料・機材が著しく重いため、互いに家に拘束されざるを得ない日々がしばらく続いていた。
喧嘩も留まることを知らず……最終的に、身内には転居してもらった。この時のことは今でも申し訳なく思っている。
私もしばらくして、身内から内部通報され家族より「帰ってこい」と招集がかかった。
帰りたくなかった。