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Photo byturbo1019

くり返しと年月と

    在宅勤務で仕事を始めて、振り返れば9年が過ぎた。
    無音の中でも仕事は出来るタイプだが、
    なにかしら音があったほうがより集中する。
    午前中は、
    録画してあるお気に入りの映画・ドラマ・ドキュメンタリーなど。
    午後は、テレビの再放送。
    何度も何度もくり返し流していれば、
    ここは!という場面で仕事の手を止めることも造作はない。

    くり返しでも飽きることはないが、発見はあったりする。
    タイトルは伏せるが、あるアニメ映画のこと。
    在宅勤務中、1ヶ月ほど毎日流していた時期があった。
    映画公開当時も、録画で見ていた当初も、
    ある演技に違和感がずっとあったのだが、
    そのキャラクターの生い立ちを考えると、
    この硬質な演技がむしろ合っているのではないか、
    と思うようになった。
    おそらく、幼少期は、簡潔で装飾を省いた言葉、
    その場所で暮らすには、端的な物言いが合っていたはず。
    そう思い至ると、あのぶっきらぼうな物言いも生き生きとしてくる。

    口移しで食べ物を与えるシーンも、
    相手に咀嚼する力がないから当然なのだが、
    命を繋ぐ、ということに躊躇がない様は、
    人間、というよりは生物、思考がシンプルだからこその、
    あの言い方なのだろう。

    くり返し、の効能である。

    さて、私にはもう一つの職業がある。
    ある楽器をお稽古して29年。
    とは言っても、この世界ではひよっこである。
    今でも、自分はどうしようもない人間ではあるが、
    入門当初はさらにひどかった。
    会社勤務で過信した自信は何も役に立たず、
    むしろ言い訳に終始して、何度も失敗した。
    本当にここまで続けてこられたのは、
    見捨てずチャンスを与えてくださった、
    師匠や兄弟子、姉弟子のおかげである。

    「稽古とはザルで水を汲むようなもの」と、師匠に教えていただいた。
    断言するが、私の音楽的才能は皆無である。
    音痴だし、小学校時代は縦笛さえ難儀した。
    それでも、最初の音に触れた時の、
    心がほどけた、あの気持ちよさを忘れられなくて続けている。
    私が汲み上げた水は、まだ数ミリ程度だろう。
    目視できるかもあやうい。
    それでもありがたいことに、
    最近は初心者の方にお稽古をさせていただいている。
    さまざまな動機でお稽古に来られるが、
    みな、楽器のあの音に魅せられているのだ。

    「楽器の音が好きで」
    「人生で1曲だけでも弾けたら」
    「祖母が弾いていて楽器はあるので、弾けたら嬉しいなって」

    動機はさまざまあれど、共通していたのは、

    「発表会には出たくない・・・」

    これは本当に難しいところで、
    発表会に向けての稽古、舞台を踏むことでの飛躍は大きい。
    しかし、音にひたるひと時、
    それを求める気持ちは分かりすぎるほど分かる。
    自分もそうだったからだ。
    会社から自宅へ直行するには、大きすぎるストレスで疲弊していた時、
    私はその音に出会った。
    それから29年なのだから、からめとられていると言ってもいい。

    「発表会には出たくない・・・、でも楽器は弾きたい!」

    このスタンスであれば、楽器は購入しなくてもいい。
    1時間、集中して音を楽しんでもらえればいい。
    いろんな曲を弾きたい、
    この1曲を弾けるようになりたい、
    いい音を出したい、
    発表会は出なくても、目標はある。

    譜面は用意しているが、基本的には使用しない。
    お稽古は対面稽古。
    こちらが何をしているか、見ながら手を動かしてもらう。
    短いメロディーならこれでも弾けるようになる。

    お稽古は大体の方が月1回。
    次回になったら全部忘れているのでは?と思うが、
    これがそうでもない。
    弾いている内に指が動き出して、
    新しいメロディーにも対応しやすくなっている。

    ちゃんと積み重なっている。月1回でも1時間でも。
    「お稽古はザルで水をすくうようなもの」
    微量でも、確かに溜まっている。
    お稽古をさせていただいている身からすると、それは確かに感じる。
    でも、こと自分のこととなると、
    本当に水は溜まっているのか・・・
    目の粗いザルしか持っていないのでは・・・
    この間の失敗で入れ物自体を割ってしまったのでは・・・
    年月を信じきれない自分がいる。

    いや、でも自分自身ではきっと気付かないことなのだろう。
    気付かない内に入れ物自体がいつのまにか大きくなって、
    汲んでも汲んでも溢れることはない。
    稽古とはそういうものだろう。
    あぁ、難儀な道に足を踏み入れてしまったと思うことはある。
    29年の間には、挫折も嫉妬も、
    本当にこのまま進んでいいのか、あきらめた方がいいのではないか、
    自分が続けることで周りに迷惑をかけているのではないか、
    ネガティブな思いがくり返しくり返し襲ってくる。

    でも出会ってしまったのだ。
    心を落ち着かせる、それでいて高揚するあの音に。

    「久しぶりに集中しました!」
    お弟子さんの顔が晴れ晴れとしている。
    会社でも学校でも家族でもない、
    余計なことにとらわれず、音を楽しむ時間。
    29年前の自分もそうだった。
    くり返しくり返し、静かに稽古を重ねる年月。
    会社との二足のわらじ、それも自分の道。

    さぁ、今日も水を汲みにいこう。
    清らかな水を。















    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     

    月白

     
     
    月白です。 自分がどう思っているのか、なかなか言葉にすることが難しい時期がありました。 けれど、伝えることは自分の生業にとってとても大切で、 考えていること、感じたことを丁寧にアウトプットするために始めました。 投稿は不定期になるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。