
適応障害と診断されるまで | 適応障害 | 休職中
こんにちは。適応障害で休職中の「つきの」です。
診断されるまでのことを振り返りたいと思います。
30歳を目前に、キャリアと今後の人生を見つめなおし、転職。
前職よりも少し大きめな企業に転職をしました。
転職後は「こんなはずじゃなかった」の連続でした。
面接で聞いた話と現実とのギャップ、社畜と化した同僚たち、多忙を極め怒り狂う取引先の社員。
それでも最初は「中途社員として期待されて入社したのだから、即戦力としてがんばらなくちゃ」と思っていました。
しかし、独自の文化やお作法を吸収しながら、他の社員と変わらない業務量をこなすことは簡単ではありませんでした。深夜まで残業をこなす日々が続きます。
そんな環境で頑張るうちに少しずつ心が壊れていきました。
帰宅後、わけもわからず涙が出る。
朝が来るのが怖くて、夜は一睡もできない。
それでも朝は起き上がって、毎日出社する。
その繰り返し。
そのうち、
・メールや資料の文字が頭に入ってこない
・スケジュールを眺めてフリーズしてしまう
・判断力が落ちる
・蕁麻疹
・過呼吸
・頭痛
こんな症状にも苦しめられるようになりました。
それでも不思議なもので、自分では「まだがんばれる」と思っていました。
土日は友人と遊ぶこともできたし、夫と買い物にでかける気力もありました。
しかし、年度末の繁忙期を迎え、症状は悪化の一途をたどります。
とどめを刺したのは、わたしのプロジェクトはまだまだこれからが本番で、この繁忙期は序の口だという事実。
これより忙しい生活があと数年単位で続くということ。
そんな事実が発覚してからの記憶は正直あまりありません。おそらく毎日のように泣きながら仕事に行き、帰ってきていたのだと思います。
ついに、見かねた夫が「一度仕事を休みな」とわたしに言いました。
そして、有給中に見つけたクリニックで診察を受けました。
診断結果は「適応障害」。
休職して、数か月の療養が必要とのこと。
医者さんの言葉にほっとしたのもつかの間、たくさんの懸念事項がふつふつと頭に沸いてきました。この期に及んで、休職するかどうか迷いがありました。
「今、私が抜けたらプロジェクトはどうなるんだろう」
「中途で入ってすぐ休職なんて、周りからどう思われるだろう」
「キャリアに傷がつくのではないか」
「働けない間のお金、どうしよう…」
判断力の落ちた脳みそで必死に考えた結果、行き着いたのは1つの答えでした。
毎日、家でわんわん泣きわめいて、夫に機嫌をとってもらわなければ続けられない仕事なんて、そんなのおかしい。
わたしの人生は「仕事をするため」のものではない。夫と仲良く健康に暮らしていくことの方がよっぽど重要だ。
一度お休みをして、体調を立て直そう。これからの人生を見つめなおそう。
そう思って、休職を決意したのでした。