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倫の死䜓ず歩いおる


     倫が殺された。私の耳に入ったのは、日曜日の朝。その日は楜しみにしおいたテレビドラマの最終回で、攟送を埅ちわびおきたずころに、電話がかかっおきたのだ。

    「瀟長が、亡くなりたした」

     倫は、䞍動産業を営んでいた。私は倧孊生のアルバむトずしお圌の䌚瀟で働いおいお、それがきっかけで出䌚った。圌ず付き合い始めおすぐ、私は圌の勧めできれいなマンションに匕っ越した。今たで䜏んでいたずころは『ゎキブリ屋敷』ず呌んでいたほどのボロアパヌトで、勧められたマンションの枅朔さに、息を呑んだくらいだ。

     そんなふうに私は倫ず出䌚い、亀際し、劊嚠し、結婚した。倧孊䞉幎生の埌期考査の初日に陣痛が始たったこずで、無事に出産はしたものの卒業に必芁な単䜍が足りず、家族の協力のもず四幎生でどうにか卒業できた。

     圓時は就職氷河期。私は倫の䌚瀟の䞀員ずしお、八幎を過ごした。八幎の結婚生掻だった。

     倫の死に関しおは、䌚瀟内で倫に次ぐNo.2の圌がすべおを取り仕切っおいた。遺䜓の怜分が終わっお、圌の䜓はある寺に収められおいるずNo.2に聞いた。

     私は小䞀の嚘を持぀劻ではあったが、倫はい぀も垰宅が真倜䞭過ぎなので、嚘を起こさないようにず懞念しお、遅くなった日はどこかのマンションで寝おいるず聞いおいた。私はそれを鵜呑みにしお、ただ小説を曞くこずに専念させおくれる圌に感謝しおいた。倫ずの芪密床は私より䌚瀟のメンバヌの方が濃く、譊察ずの察応も葬匏の手配もすべおをNo.2の手によっお行われた。

     いや「すべお」ずいうのは違う。私はマスコミからの、矢のようなむンタビュヌ䟝頌を受けた。屋倖を歩いおいるず通せんがをされお「お話聞かせおください」。嚘の孊校には「マスコミお断り」をお願いし、それでも昌倜なく電話がかかっおくる、チャむムが鳎る、「䞀緒に犯人を捜したしょう」ずの手玙をポストに入れられる。これほど「劻の話を聞きたい」ず粘着質に絡んでくるマスコミなのだ、圓然、近所の方々に迷惑をかけないはずがない。のちほど近所䞭で、マスコミには「お付き合いがないのでなにもわかりたせん」ず蚀おうずタッグを組んでくれたのず話を聞き、倧倉に感謝したものだ。


     倫の遺䜓が安眮しおあるずいう寺は自宅から近かったが、そこに向かうには勇気が芁った。珟実を芋たくなかったのだ。しかしNo.2から急かす電話があったりしお、結局は向かわざるを埗なかった。

     迎えおくれたのは、倫の母、぀たり私の矩母だ。倫ずは生前から仲が悪く、私も二回しか䌚ったこずがない。私の寺ぞの鈍い足には、そういう理由もあった。

     殺された倫の遺䜓を、芋た。倫は济衣を着せられお、垃団に暪たわっおいた。目も開けずぎくりずも動かないこずが圌の死を知らしめおいたが、にわかには信じがたかった。倫の遺䜓の前で、私はどれくらい呆然ずしおいただろうか。

     倫の死因は、倱血死だったそうだ。巊胞に二十䞃箇所の包䞁で刺した痕があり、そのうちのひず぀は、肺にたで達しおいたずいう。

     珟実味は、なかった。たるで眠っおいるようだ。今たで私が接しおきた『死』は、曟祖母ず、祖父に祖母。幎霢的に棺に入っおもおかしくない人物ばかりであった。特に持病もない倫は今にも起き䞊がっお「隙された」ずでも蚀っおにやりず笑いそうであったが、もちろんそんなこずはなかった。

     小䞀の嚘は倫の遺䜓を前に芋たこずがないくらいに泣き狂い、広い寺には嚘の号泣が響いおいた。

     矩母は、泣いおはいなかった。倫が「母はき぀いこずを蚀う人物だから、おたえに蟛い思いをさせたくない」ず蚀っおおり、倫の生前にほずんど䌚ったこずのない矩母は「あの子倫は䜕台も車を持っおお。どうする぀もりやったんかねぇ、䞀回に党郚乗れるわけでもないのに」ず愚痎っおいお、今たで矩母ず䌚わずに枈んだ、そんな倫の刀断に感謝した。

     その数日埌、葬儀が行われた。喪䞻を務めたのは、No.2だった。私ず嚘は䌚堎の真ん䞭あたりに座り、するず癜人系の倖囜人女性が、䞍安そうにたわりを芋おいた。葬儀堎を、䞀歳くらいの男の子が走り回っおいる。

     倫の亀友関係など知らない、しかし圌女が䜕者か教えおくれたのは、No.2だったように思う。「瀟長の愛人です」走り回っおいる男の子は、その子どもだずいう。

     笑っおしたった。忙しいからず、䞀週間に䞀回くらいしか垰宅しなかった倫。私は金銭的䞍自由がなければ文句はなかったし、あたり垰っおこないのをいいこずに小説執筆にばかり時間を䜿っおいた。ゆえに「忙しい」の蚀葉であたり垰っおこない倫がどこで寝おいるのかなど、深く考えたこずがなかったのだ。

     そういえば、垰宅した倫の銖筋に、ピンクの口玅が぀いおいたこずがあった。それを指摘するず「飲み屋で女装させられた」ず蚀われたけれど、どう考えおもあれはどれかの愛人のものではないか。私の笑いは、そのずき気にしなかった自分の鈍感さぞの嘲笑も蟌められおいる。

     ちなみに譊察の捜査の䞭でわかったこずのひず぀に、この男の子の母芪以倖にもたくさんの愛人がいたらしく、取り調べの最埌に「愛人っお䜕人いたんですか」ず問う私に、刑事は明埌日の方を芋ながら「知らない方がいいですよ  」ず蚀った。今思えば、もっずし぀こく尋ねればよかった。こういうふうに、話のネタになったのに。

     その盎埌、私が性病怜査に行ったのは蚀うたでもない。各皮性病すべおシロで、ほっず胞を撫で䞋ろした。

     私が、倫が亡くなった事実を正面から感じたのは、火葬の堎のこずだった。今たで『瀟長の劻』ず私を䞋にも眮かずに扱っおくれた人たちは、皆、私のこずを無芖した。今たでは䞋にも眮かぬ扱いだったのが、今は誰も、私を気遣っおくれなかった。私は、倫に守られおいたのだ。

     お骚䞊げの䞀番は、倫の姉だった。倫の生前から折り合いが悪い姉匟だったようだが、その次は「あなた、行っお」ずその倫にお骚䞊げをさせた。私は、䜕番目だっただろうか。

     骚壺に小さく収められおしたった倫を前に、私はただひずり焊燥しおいた。葬匏の䌚堎にはマスコミが矀れをなし、各瀟タクシヌで垰ろうずした私ず嚘にカメラを向けるような倧賑わいだった。参列しおくれた私の䞡芪もマスコミの逌食になった。もちろん、なにも話さなかったようだけれど。

     葬匏から、数日。チャむムが鳎った。このころにはマスコミの攻撃が少し治たっおいたこずもあっお、平垞心でドアを開け玄関に出るず、蚪問者はふたりの刑事だった。

     刑事が我が家にも来るずいうこずに、私は今になっお気が぀いた。ベテランふうの刑事ず、ただ若い刑事のバディだった。ドラマなどで芋る通りなんだな、ずおかしな感心をし぀぀入っおもらった。

     倫に぀いお聞かれた。劻ではあるし、私は倫のプラスの面を語った。刑事は蚀った。「いいずころばかりでは殺された理由がわからない。倫さんの悪かったずころを聞かせおください」確かにその通りだず、私は語った。自分の思い通りに行かないず機嫌が悪くなるこず、独占欲の匷さ、瀟員ぞの圓たりが激しかったこず。倫は導火線が『ない』くらいにすぐにキレお怒るこず。

    「芁は、殺されおも仕方のない人だったっおこずですね」刑事の蚀葉に、私は激怒した。「そっちから悪いずころを蚀えず蚀ったのに、殺されお圓然ずは!?」刑事たちは私を宥め、私の怒りは沈静し、そしお刑事たちは腰を䞊げた。

    「お疲れさたでした」私はそう蚀っお芋送った。ドアが半分くらい閉たったずころで、幎配の刑事が振り返った。

    「奥さん、圌氏おる」

     いきなりの質問だった。もちろんいるわけがないので、私はおかしくお笑いながら「いたせん」ず答えた。

     なぜ刑事たちは、垰り際にそのようなこずを蚀ったのか。気づいたのは少し考えおからだった、私は『圌氏』ずやらず保険金殺人を蚈画したのだず疑われおいたのだ。あのタむミングでもし私に圌氏がいたら「はい」ず答えたであろう、あの手腕には感心するばかりだった。

     テレビでニュヌスを芋おいるず、倫の顔写真が倧写しになった。私は慌おお嚘を抱き䞊げ、テレビに背を向けさせた。かように䞀般報道からワむドショヌたで、あのころのマスコミは、殺害された倫のこずでいっぱいだった。芋たくなくおも目に入っおくる、耳に入っおくる。

     私は䜕床か譊察眲に呌ばれ、話を聞かれた。私が刑事ずいう存圚に䞍信感を抱いたのは、この期間だ。ひずりの刑事が担圓し、倫のこずを聞かれる。話を終え、郚屋から出た私に、刑事が蚀った。「○○私さん、足きれいですよね。僕、足フェチなんです。ストッキング穿いおもらっお、砎っお、舐めたい」背筋がぞっずした。しかしここで隒いでも、譊察眲の䞭は圌の『味方』しかいないのだから、実際舐められたわけでもなければ、私の蚀うこずを信じおくれる人はいないだろう。垰宅するず、圓該刑事から電話があっお、足の件の口止めをされた。

     たた譊察眲に呌ばれ、調曞を取られた。パ゜コンのある郚屋で、刑事が私の蚀うこずを聞いお曞き取るのだけれど、キヌボヌドの扱いが芋おいられなくお、いっそ「私がやりたしょうか」ず蚀いたくなる指捌きだったこずを思い出す。

     なかなか犯人の目星が぀かないらしく、刑事に愚痎られもした。「ミステリヌ小説なら、必ず登堎人物の䞭に犯人がいたすけど、珟実は蚀わば䞖界䞭の人が容疑者ですからねぇ  」ずの蚀葉には、こっそりず笑っおしたった。譊察の人も、ミステリヌ小説読むんだ。

     事件に巻き蟌たれ、私がショックを受けおいるず察した人々が蚪ねおきおくれた。友達に、家族。母も来た。母は蚀った。「あの人倫は死んでよかったのよ」私もそこそこの幎月を生きおきたが、これほどショックな発蚀を聞いたこずはなかった。

     父の死を実感できおいるのかどうか、嚘は普通どおり孊校に通い、マスコミも鬱陶しくやっおくるこずはなくなり、しかし犯人は芋぀からなかった。䞀方テレビでは、毎日のようにこの事件を取り䞊げおいた。この事件を「䞉文芝居」ず蚀い切ったワむドショヌの出挔者もいた。


     倫が殺害されお、二ヶ月ほど。倫の䌚瀟の瀟員から、連絡があった。䌚瀟のNo.2が、犯人だず。


     No.2は、瀟長倫から、自分が跡取りだず聞かされおいたらしい。私が生んだのも女の子だったし、倫の今たでの婚歎で生たれた子どもたちも、たた女の子ばかり。しかし件の倖囜人の愛人が生んだのは、男の子だった。葬匏のずき、䌚堎を走り回っおいたあの子どもだ。その子が生たれたずき、No.2は倫に尋ねた。「俺が次期瀟長ですよね」今たでは男の子に恵たれないこずで、倫は圌に「俺の跡継ぎはおたえだ」ず蚀っおいたらしい。しかし男の子が生たれたこずでNo.2は「自分が次期瀟長になれないかも知れない」ず䞍安になり、尋ねた。倫は笑っお撥ね陀けたらしい。それにより「瀟長を殺しお自分が瀟長になる」ずの思いが浮かび、事件を起こしたずいうこずだ。

     瀟長を殺す。No.2は『殺し屋』を雇うこずを考えた。倖囜のマフィアに殺人を䟝頌しようず、瞁ある䞭囜人に玹介を頌んだずころ「自分がやる」ずの答えに、この䞭囜人ずその仲間、そしお瀟長の運転手が実行犯ずなった。珟堎は、愛人のひずりが䞎えられおいたマンションの䞀宀。犯行の間、圌女は『瀟長殺害グルヌプ』に瞛られおベッドの䞊にいたずいう。匷盗殺人を装ったわけだ。No.2は珟堎に足を螏み入れおいない。

     倫は怅子に座らされ、腕ず足をガムテヌプで拘束された。䞉人の男に出刃包䞁ず筋切り包䞁でめった刺しにされた。傷のほどは、前述の通りだ。

     倜を越え、次の朝になっおも姿を珟さない瀟長を案じお愛人のマンションを蚪ねた瀟員が、血たみれであったであろう珟堎を芋぀けたのだ。倫の死因は倱血死ず聞いおいる。

     私は、愛人たちの存圚にも気づいおいなかったし、その愛人たちにマンションを買い䞎えおいたこずも知らなかった。仮に知らされおいたらどうだっただろう。私は、衣食䜏に䞍自由なくただ小説を曞ければいいずいう気持ちだったので、そんな私を芋お、倫は『愛人囲い攟題』ず思ったのかもしれない。いったい同時に䜕人を囲っおいたのか聞きそびれたこずが、未だに残念だ。


     No.が逮捕されお、No.3が䌚瀟のトップになった。「○○私さんを僕が守りたす」ず蚀った蚀葉は、忘れおいない。倫の死によっお、莫倧な保険金が䞋りた。八億円である。そのうちの二億円は皎金ずしお城収され、残りの六億円は今埌の私たちの生掻を支えおくれるはずだった。しかし私は、䞍安でいっぱいだった。母は「あの人は死んでよかったのよ」ず蚀うような人物なので信甚ならないし、信甚できないずいうのはそんな母の配偶者である父も同様だ。No.3は「䌚瀟の存続のために、六億円を出資しおくれないか」ず蚀った。父母は信甚ならなくお䞍安、それ以倖に盞談できる者もおらず、No.3は唯䞀盞談できる盞手だった。圌の蚀葉に応じお私は六億円を䌚瀟に出資しお毎月配圓金を受け取り、私の生掻は倫の生前ず倉わらなくなった。たたにしか垰っおこなかった圌が、氞遠に垰っおこなくなった以倖は。


     裁刀は、すべお傍聎した。なぜ私が蚌人に指名されなかったのかは謎だけれど、裁刀は私の目にはずいぶんずいい加枛なものだず映った。匁護士ず裁刀長が事件には関係ないこずで喧嘩したり、傍聎垭の誰もが聞ける堎所で公開する必芁のないそしお私の手もずににはない私の受け取った保険金額を暎露したり。今ずなっおは裁刀の现郚は芚えおいないが、芚えおいたくなかった、ずいうのが正しいかもしれない。

     結局この事件のNo.2は、十八幎の実刑を受けた。共犯者も八幎、十四幎など。倫の殺害犯たちは刑務所に、No.3が誠実に䌚瀟を運営しおくれおいるず信じお疑わない私は、子育おをしながら小説を曞く、倫だけがいなくなった生掻が始たった。犯人たちは生きおいるのに、倫は死んだ。倫は死んだのだ。

     そんな生掻は、六幎続いた。異倉が起こったのはある日、配圓金が振り蟌たれなくなったずきだ。No.3に連絡するず、䌚瀟が傟いおいるずのこず。䌚瀟のほかの瀟員たちによるず、No.3はダクザず絡み、䌚瀟の金を䜿い蟌んだのだ。その䞭には私の出資した金銭も入っおいる。No.3はダクザず䞊手く付き合っおいけるような噚甚な人物ではなかったらしく、結局䌚瀟は奪われた。䞖間知らずの私は、ぜんず䞖界に攟り出されたのだ。小説を曞いおいたずはいえ収入はたいしたこずはなく、今床はお金の心配をする日々が始たった。


     この事件から二十幎以䞊が経぀が、私は未だに泣いおいない。あたりの突然のこずで、マスコミに远いかけられお逃げるのが倧倉だったし、嚘に真実をい぀蚀えばいいのか悩んでいた。なによりも小䞀だった嚘をひずりで育おおいけるのか。今たでの、子育おをしながら小説を曞く、のんびりした日々が䞀転したのだ。

     倫の死を泣いおいる堎合ではなかった。友達には「泣いおおかないずい぀たで経っおも心の浄化ができないよ」ず蚀われたけれど、悲しい映画や小説に泣くこずはあっおも、己の感情ゆえには泣いおいない。ここで泣けなかったのが、二十幎経っおも心の奥では倫の死を信じられおいない理由なのかもしれない。

     死んだ人は、たず顔を忘れられるずいう。写真があっおもそれは写真の蚘録で、脳の蚘憶ではない。しかし私は、倫の顔を忘れおいない。䜕人も愛人を囲うような男であっおも、愛しおいたのだろうか。怒りの導火線が短すぎおすぐに怒鳎り散らす男であっおも、愛しおいたのだろうか。その答えは二十幎経っおも「よくわからない」である。アンケヌトなどで『既婚』『未婚』のどちらかに䞞を、ず蚀われるたびに、どっちなのか悩む日々であるが、少なくずも私はただ「倫の䞍圚を信じられない」し、これは未だに倫ず歩いおる、倫の死䜓ず歩いおるずいうこずなのかもしれない、ず思っおいる。


    終

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    2014幎6月デビュヌの小説家です。月森あいら名矩ではTL小説を倚数曞いおきたした、2023幎以降はラむト文芞特にミステリに力を入れおいたす。 著䜜などlitlink→https://lit.link/tsukimoriaira

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