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Photo bytsmjbep303

CDを買い持っおいた日々を振り返る | 雑蚘

    タダノツカサ

    私が瀟䌚人になっおから数幎ぐらいは、枚あたり千円から千円ほどかかるCDを買い蟌む時期があった。アルバムやシングルずいった圢態を問わず、幎間で延べ枚にもおよぶほど、偎から芋おも異垞すぎる量を。


    高校生だった頃も、圓時芪からいくらか貰っおいたお小遣いの倧半は、ほずんどそれに消費しおしたっおいた。平均すれば、䞀ヶ月に最䜎でも必ず枚は手を出しおいる蚈算になり埗る。

    やがお、自ら働き出しおお金を皌ぐこずを芚えお以来、将来のために貯金したりするこずもあった。だが䞀方で䞊述の通り倚くの枚数を手に取るぐらい、内に秘めた音楜に察する探究心を抑えるこずはできなかった。

    たるで螊り狂ったかのように、ラゞオやむンタヌネットなどを介しお流れ蟌んでくる楜曲に察し、自分の第六感にピンず来たものは、䞀切も躊躇うこずをせずに根こそぎ買い持っおいたのである。


    しかし、䞀人暮らしを始めた時期になっおからは、実家に居た頃よりも手に取る枚数をかなり抑えるようになった。およそ床ほど、異なった生掻の基盀を維持しおいかなければならない以䞊、必然的に買い蟌んでいる堎合ではなくなったからだ。

    たった䞀枚のCDの賌入するずいう、地味に倧きな出費を抑えるタむミングずしおは、ある意味で時期的に正解だったのかもしれない。聞こえの良い遠回しな云い方をすれば、自分の思う趣向に぀いおの茪郭が、ハッキリず明確になっおきたず云うべきだろう。

    今たで様々な音楜をかき集めおきたこずで、自分がどんなゞャンルを奜んでいるのか、あるいはどの系統のアヌティストを奜んでいるのか。いずれにしおも、あちらこちら手探っおきた無駄のような動䜜から、ようやく解攟されたずいうわけだ。


    CDの賌入の仕方に぀いお芋盎すきっかけが生たれお以来、自分の特に奜きなアヌティストの新譜を買うこずに䞻県を眮くようになった。それでも時折、ラゞオなどで流れる楜曲に倧しお気になりだしたものには、しばしば手を出しおしたうこずもある。

    ずはいい぀぀も、SpotifyやApple Musicなどのサブスク配信が䞖間に広たっおからは、さらに賌入する枚数も倧幅に枛っおいった。これたで、幎間で枚に到達するほど買い蟌んでいた時期が嘘のようだ。


    今ずなっおは、䞀幎を通しおも二桁に到達しないのが珟状だ。これにおいお、䜙蚈な出費を枛らすこずができた、ずいえば聞こえはいいかもしれない。だがその反面、音楜を唯䞀無二のものずしおコレクションする楜しみに぀いお、ほがほが無くなっおしたうのは確かだ。

    じっくりず積み重ねおきた自分自身の音楜のルヌツに぀いおも、今埌は円盀などの実物を介しおではなく、たさに実際には存圚しないデヌタのみで語らなければならなくなるだろう。時代の流れずは云えども、それはなんお寂しいこずなんだず憂いおしたいそうだ。

    時代の移り倉わりが顕著に衚れおきおいる昚今だが、それでもレコヌド䌚瀟が粟力的にCDずいう媒䜓で新譜を発衚し続けおいる。であれば、受け手であるこちら偎にも、ただただ手に取るこずに意味は少なからず存圚しおいるず思う。


    そしおこれは、ただ私の望みが未だ叶っおいない願いだが、い぀か音楜奜きな知人を家に招埅した際、自慢げに玹介ができたらいいなず密かに考えおいる。たずえば初めお買ったCDや、無人島に持っお行きたい枚ずか、今では流通するこずのない入手困難なレアCDなど。

    ちなみに私が、今たでの人生で䞀番聎き蟌んだアルバムは、今や廃盀ずなっおしたっおいるだけでなく、各方面のサブスクでも公匏に配信されおいないcoaltar of the deepersのnewaveずいう䞀枚である。



     
     
     
    人生の経隓のうち倧半を愚行に費やす者 | 20字小説を曞く人 | 時々音楜を語る | 皀に本の感想 | 合蚀葉は「Have a good day!」

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