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Photo byken_kohira

自分探しの旅はまだまだつづくよ

    唐突に、レミオロメンの「翼」の歌い出しが思い浮かんだ。


    人生は旅だと言われる

    レミオロメン「翼」


    こうして、とりとめのない出だしが思いついた今日こんにちまで、どれくらい「旅の終わり」とやらが来ると思い込んでいたことだろうか。少なくとも、学生時代の時まで遡っても指折りで数え切れないほど、悟っていたことかもしれない。


    自分はそもそも普通の人とは違う存在だ。

    自分は他人に異なる考え方を持っている。

    自分は他人とは逆の行動をしてきている。

    自分はいずれ誰かに淘汰される身である。

    自分はこの世界に居てはならない存在だ。

    自分がこの世に居ることは間違いである。


    所謂「普通の人」と異なった行動を一つでも出てしまうたびに、その場で自分自身を省みるだけでなく、複数に縛り付けた戒めを、無意識に心の奥底で唱え続けていた。

    そのうえで、誰にも気づかれないように、サンドバッグのように見立てた自分を人一倍に責め続ける。そうしなければ、突如襲ってくるであろう意図しない罵詈雑言の嵐に、心が耐えられなくなってしまうから。

    同時に、自分は「普通の人」に到底近づくことはできないからと、そう言い聞かせていた。それが「普通じゃない人」として育ってきた自分に課せられた運命だと思う。そして、その不条理に抗うべく「普通」という名の軌道に乗るための唯一の方法が、一連の行動から自らを蔑むことであった。


    「前へならえ」などの号令に、まともに従うことができない人間は、どんな事情があろうと烙印を押されてしまう。そうならないように、自らの手で道を切り開く力が無ければ、その弱さを受け入れて黙って従うしかない。

    それが、今まで信じ続けていた一つの秩序であった。だが、その倫理観というのは、逆にいつまでもしがみついてはならないものだということに、私はいつしか気がついたのだった。

    だがもしかしたら、気がつくタイミング自体が、誰よりも早すぎたのかもしれない。頭でそう理解していても、行動そのものを言語化して人を動かす力さえなければ、もはやただの持論でしか成り立たない。


    ゆえに私の場合、昔から言語化すること自体に関して、誰よりも秀でていなかった。そのうえで「普通の人」の追いつこうと自分なりに努力した結果、想像を超えるほどの時間を有し過ぎたと思う。

    しかしながら、その努力が一つの成果として報われることができたなどとは、到底考えてはいない。未だ完成されていない人間であり、誰よりも完璧ではない自分であるからこそ、すべてにおいて理解を得られずとも「アテのない旅」と題して、再び研鑽を重ねていくのである。


    敢えて問う。これは、なんのはなしですか?


    どれだけ自分自身の終わりを悟る日が訪れようと、一寸先は闇と言わんばかりの崖まで追い込まれようとも、この命がある限り、この世に生を受け続けている限り、己の人生の旅は終わらない。


    ……と、いうはなしさ。


    心の足跡は嘘をつかないから

    レミオロメン「翼」


    もしも「翼」歌い終わりが、自ら紡いだ言葉として形容できる価値があるのなら、これからも文章を綴っていくことに、意味があるのだと思う。必ずしも、自分の期待した通りの結果にならなくても、とりあえずは、そういうことにしておきたい。



     
     
     
    人生の経験のうち大半を愚行に費やす者 | 20字小説を書く人 | 時々音楽を語る | 稀に本の感想 | 合言葉は「Have a good day!」

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