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奇跡の不時着からまた始めるために

    帰り掛けに最寄りの駅から少し離れた不動産屋さんの前を通ると、ガラス越しに幾つも掲示された物件を眺めている、カップルらしき二人を見かけた。

    きっとこれから住む場所を探しているのだろう。とても楽しそうに話しながら選んでいる様子だった。そんな姿を通り過ぎながら、私は以前に部屋探しをしていた頃を密かに思い出す。


    前の住居にはおよそ5年ほど住んでいた。7畳1Kの間取りという、一人暮らしするには十分な広さだ。

    地元から東京にきて仕事を探し、働き始めるまでに必要な支度や、準備にかけられる猶予は限られていた。

    そのため当時の部屋探しもあまり時間はかけられなかったが、特にこだわりを持っていなかったためすんなりと決まった。

    そこでの生活に慣れていくうちに不満は多少あったものの、今にしては我ながら良くも悪くも長く住んでいたなとつくづく思う。


    そこから私が引っ越しを意識するようになったのは、様々な起因が一瞬にして重なり合ったからだ。

    まず私は、災害のことをついて意識をするようになった。前の住居を後から調べてみたところ、立地的に洪水や高潮などの災害が起こりやすく、浸水想定区域に該当している。

    実際に台風が自宅近辺を直撃した年は、その時はとても緊迫した状態だった。住んでいた階が1階ということもあり、暴風や豪雨に見舞われる中いつ浸水してもおかしくない状況だ。

    避難先の小学校に向かうにも家からは少々離れており、この最悪といえる天候の中ですぐに動けるような状態ではない。

    結局その晩は台風が通過していくのを待ちつつ、家中が水浸しにならないことを祈りながら家にこもっていた。

    やがて台風は一目散に過ぎ去っていった。幸い、床下や床上の浸水がなかっただけでも、あらゆる視点で首の皮一枚繋がったものだ。


    その後世間はコロナ禍に入ってしまい、今までより家にいる時間が長くなった。仕事上、平日は日中から家を空けることがほとんどだ。それでこそ休日は家で過ごすのがほぼ日課のようなものだったのに、ここに来て違和感を覚え始めた。

    7畳1Kの間取りとはいえ、部屋はいろんな家具や物で埋め尽くされていたため、手狭になってしまっていた。

    そんな家の中でほぼ毎日過ごしていくうちに、私はこの場所を窮屈に感じるようになったのである。

    それでも居心地は良かった。けれど後先を考えた時、ここに長くは住めない。


    そこから小さな事情が重なり、私は長年住んだ場所から引っ越しすることを決意した。ここでもう一つ起因があるとしたら、「今ならもっと自分を見晴らしのいい場所に連れ出せる」という、何のアテもないことを思いついたからだ。

    きっかけがあれば、大なり小なりなんでもいいと聞こえは悪いが、たったそれだけの言葉でも私を動かすには充分すぎる起爆剤だ。

    次に住む場所はもっと良いところにしたいと思い立ち、秋口から自ら探し始めた。
    ネットで自分がいいと思えるような物件を探しながら、または不動産屋さんの担当者といろんな物件の内見に行きつつ妥協に妥協を重ねた。

    新しい住居が決まる頃には、すでに季節は春に差し掛かっていた。気づけば私は、部屋探しに半年以上の月日をかけてしまったのである。


    だが、今の住まいはとても気に入っている。もしまた部屋探しをすることになれば、あの時よりも、もっとこだわりにこだわって長い年月をかけてしまうかもしれない。

    部屋探しは立地や間取りであったり設備など、至る所で妥協しなければならない点はある。自分がその場所に移り住み、そして其処に帰る以上、妥協は一切したくはないのだ。

     
     
     
    人生の経験のうち大半を愚行に費やす者 | 20字小説を書く人 | 時々音楽を語る | 稀に本の感想 | 合言葉は「Have a good day!」

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