
自分の仕事にプライドを持つこと。自分を守るためのプライドを捨てること。
記事の冒頭からいきなりですが、私は幼少期「逆転裁判」というゲームが好きでした。 「異議あり!」ってやつですね。
他の記事をお読みいただいた方は多少なりとも感じられているかもしれませんが、私は自分の過去の体験を理屈(ロジック)に落とし込んで整理するのが、性分として好きなのだと思います。
その中に登場するキャラクターが、こんなセリフを言っています。
「プライドなんて生きていくには邪魔なだけ。ただ、いい仕事をするためにはプライドが無くてはならない。」
ゲームと侮るなかれ、この言葉は大人になった今、そして今の私の立場になって読み返すと、恐ろしいほど深く胸に刺さる言葉として、私の仕事観に大きな影響を与え続けています。
何故そんなことになったのか、本稿ではそんな私の半生を軽く振り返ります。皆様の心になんらかの資産が残りますよう。
要領の良さに守られた、「そこそこ優秀」という一番厄介な盾
私の半生は振り返ってみれば「要領の良さ」に守られた人生でした。
自分で言うのもおこがましいですが、私は昔から勉強のできる子供でした。
小学校では、私立中学を受験するようなクラスメイトもいる中、彼らと並んで成績上位。また、それなりに活発でもあり問題行動も多くはない、言うなれば「優等生」です。
そんな私も高校受験を控え、両親は嫌がる私を塾に入れようと試みます。中学3年生から「通っている友人が多い」という理由で選んだ塾に入塾し、1発目のテストで学年2位を獲得します。
志望校の模試でも初めから合格点に近い成績を叩き出しており着々と点数を積み上げ特段の不安もなく合格しました。
入学した高校ではテニス部に入部し、一時期は同級生の中で下から数えた方が早い位置まで落ちましたが、そこから巻き返し副部長の座に収まりました。
大学受験においても、高校3年間ほぼ勉強せずに学生生活にのめり込んだ結果、学校の成績は散々でありましたが1年ほど集中して手を動かしたら都内の難関私立大学に無事滑り込むことができました。
就職活動も大して深く考えず、インターンにも行かずにのうのうと過ごしていましたが、結果として大手証券会社への入社が決まりました。
当時の私は、おそらく心のどこかで本気でこう思っていたのです。 「自分は要領が良くて、なんでもそこそこ上手くいってしまうどこか特別な人間なんだ」と。
ここからが厄介です。
就職して、先輩からのアドバイスや上司からの厳しい指摘に対して、どこか斜に構えて聞き流していた。
事実、社会人1年目で私は下から数えたほうが早い営業成績でしたが、2年目の終わりには同期200人の中でも上位10%には入る成績を取り戻していました。
何かピンチがやってきても本気を出せばどうにでもなるという一番タチが悪い無自覚な慢心状態でした。
転職と「3ヶ月での挫折」
そんな根拠のない自信を胸に抱いたまま、私は丸3年を証券会社で過ごしました。
自身の顧客網も安定し、求められた営業成績もそれなりに出せるようになっていました。
なんらかピンチがあってもそれなりに余裕を持って対処できていましたしお客様との信頼関係も強く、継続的に新しいお客様のご紹介もいただけていました。
いわゆる順風満帆な日々で
「もっと自分の力を試せる場所に行きたい、ワクワクしたい。」
と思っていた頃偶然声をかけていただいた会社に私は26歳で転職を果たします。
そこは有名企業出身のトップセールスたちが集まる、まったく新しい環境。自分の実績と能力なら、ここでも要領よく結果を出して「やっぱり俺は優秀だ」と証明できるはずだ——そんなどこか鳴り物入りのような気分で飛び込みました。
しかし、待っていたのは人生で一度も味わったことのない、冷酷で圧倒的な現実でした。結末から言えば、私はわずか3ヶ月で瞬殺されました。
過去の成功体験も、要領の良さも、小手先の営業トークも、1ミリも通用しなかった。
「お前もう大企業に戻ったら?」
「なんのためにベンチャーに来たの?」
当時の上司に本当に正面から言われた言葉です。
悔しさやプレッシャーというよりも焦りがどんどん大きくなりました。
3ヶ月後、私は担当していた事業の現場から外されました。
期末を経て来期の体制発表の朝、私の名前はリストに記載されていませんでした。
初めての体験です。明確に自分が今いる場所でNOを突きつけられたのです。
隠していた「蓋」をはずし、絶望した夜
明確に「お前は不要だ」と突きつけられ一人になったその日、
私は生まれて初めて自分自身の過去とごまかしようのない現実に向き合いました。
「次の部署が人員を必要としている、だから行ってほしい、期待している。」
そんなことを言ったはずですし、事実言われましたがそんなことじゃ誤魔化せません。明確な挫折です。
なぜ、こんなことになったのか。 なぜ自分は通用しなかったのか。
原因はあまりにもダサく、直視したくない事実です。
「自分は今まで、何かを死ぬ気で目指して泥をかぶったことなんて、一度もなかった」
振り返れば、私の人生は全ての場においてそうでした。 すべては「自分が勝てる狭い箱」の中で、の小さな栄光です。
そういえば志望していた大学には行けたが一番行きたかった第一志望の学部だけは不合格だった。
幼少期から続けたテニスも競技歴の長さにしては県内にとどまる実力だった。
証券会社でも全国の圧倒的な先輩方からは目を背け私の上司達のように全社の中での競争などしようとしたこともなかった。
自分の手の届く範囲で要領よく結果を出しては「自分はどこか優秀で特別な人間だ」という見栄の蓋(プライド)を被せて自分を守っていたのです。
特別でも何でもない。ただ、本当の勝負から逃げ続けてきた人間でした。
『邪魔なプライド』を捨て、『必要なプライド』を宿す
あの日から、私は見栄を張るのをやめました。
いえ、やめたというのも格好つけた表現です。
既にもう恥ずかしかったんです。
社内を歩く、これまで一緒に働いていた仲間とすれ違う度に隠れたくなる。
周りはきっとそんなことを思っていない、もしくは思っていても言わないです。
でも他ならない自分がそう感じてしまっていてはもうどうしようもありません。
とにかく必死に働きました。
終電を逃し、タクシーで帰るよりも近くのホテルに泊まったほうが安いのだからホテルをとり、浮いた時間で仕事をしました。
新しい部署の上司にはとにかく食らいつきました。
きっと昼夜問わず質問攻めにしてくる部下には大変苦労したと思いますが、面倒くさがらずに向き合っていただいたことに今でも感謝しています。
そうやって100%の準備をする。自分の無力を認めて「助けてほしい」「やり方を教えてほしい」と素直に頭を下げる。
なりふり構わず泥をかぶって、必死で目の前の仕事に向き合う日々。 そうやって行動を変え、少しずつ自分の足で立ち直り始めました。
それらを繰り返すうち、私はその部署や周辺においても中核を担うメンバーになっていきました。
ある種の「生き字引」です。「大抵のことはあの人に聞けば解決できる」そう思ってもらえる存在になれた。そしてそこからチャンスを得て、私はのちに企画の道へと進むことになります。
——そうやって必死に行動を変え、自分の足で立ち上がった後になってから、ふとしたきっかけで私は幼少期に出会ったあの言葉を思い出しました。
「プライドなんて生きていくには邪魔なだけ。ただ、いい仕事をするためにはプライドが無くてはならない。」
自分を守るためのプライドなんて、生きていく上では邪魔なだけです。 失敗を恐れて動けなくなり、人のアドバイスを遠ざけ、勝てる狭い箱の中に自分を閉じ込める。そんな「邪魔なプライド」が剥がれ落ちたということです。
しかし一方で、自分を守るための「邪魔なプライド」を削ぎ落としたから初めて気づきました。 私の中に「いい仕事をするために絶対に譲らない美学=必要なプライド」が宿っていたのだと。
だからがむしゃらになれたのです。
回り道にはなりましたが嬉しい誤算です。
浅はか極まりない人生を積み上げてきた私には、これも一種のリスキリングというのでしょうか、必要な経験でした。
何者かでありたい
最後になりますが、私はこの記事を以下の「3つの状態」にいる方々に向けて書きました。
「自分は要領よく上手くできている」と信じ切っている方
かつての私のように、周りからのアドバイスに斜に構え、「本気を出せばいつでもできる」と思っている方。もしくは「今自分は全力であるしパフォーマンスも十分だ」という方。その余裕は本当に十分な実力からくるものでしょうか。無意識に「勝てる狭い箱」の中に閉じこもり、安全な場所から高見の見物を決め込んでいるだけかもしれません。心の底で「自分はトップではない」と気づきつつ、目を背けている方
そこそこの成果や評価に守られながらも、本当は「一番厳しい打席から逃げているのではないか」と薄々勘づいている方。その違和感に蓋をし続けるための見栄や保身こそが、本当の成長を阻んでいる「一番邪魔な存在」です。今、目の前の現実に打ちのめされて絶望している方
予期せぬ挫折やNOを突きつけられ、自分を守っていたプライドが砕け散った時の絶望感は、痛いほど分かります。けれど、絶望し自分を守る「邪魔な蓋」が壊れ、格好悪く泥をかぶる覚悟が決まった瞬間から、本当の仕事が始まります。
いずれにしても上記に挙げたような方々は当時の私のように「何者かになりたい人」だと思っています。
何者かになるためには自分を大きく見せるためのプライドや、傷つくのを恐れる見栄(邪魔なプライド)は負債です。
泥をかぶってでも前に進む覚悟を決めた時、「いい仕事をするための本物のプライド(美学)」が宿ります。
そのプライドは、自分を守るための邪魔な蓋でしょうか。
それとも、泥をかぶってでもいい仕事をするための「必要な美学」でしょうか。
と、ここまで偉そうに書いてきた私自身も、今まさに直面している新たな壁の前で、「何者かになりたい」ともがきながら、無意識に自分を守ろうとする弱い自分と必死に戦っている最中です。
だからこそ、大事なのはわかった気にならないこと。 自分の弱さから目を背けず、この強力な蓋を剥がし続ける努力を、これからも続けていきたいと思っています。