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営業職というだけで嫌われる世界で、私は人の本音に触れてきた


    #創作大賞2026 #エッセイ部門


    営業職です、と名乗った瞬間に、相手の表情が少しだけ変わることがある。

    口元は笑っていても、目の奥だけがすっと引く。

    その変化はほんの一瞬なのに、空気はすぐに変わる。

    ああ、警戒されたな。

    そう分かる空気を、私はいつの間にか先に読むようになっていた。

    営業という仕事には、職種名だけで嫌悪感を持たれる場面がある。

    何かを売りつけられる。
    うまく丸め込まれる。
    断れなくなる。

    そんな空気が、名乗った瞬間に漂いはじめる。

    そのイメージは、物語の中でも変わらない。

    営業が主役の物語なら、たしかにある。

    でもそこに出てくるのは、たいてい特別な人だ。

    嘘を見抜く天才だったり、
    派手な言葉で場をひっくり返せる人だったり、
    最初から何かを持っている人たち。

    私が書きたいのは、そっちではない。

    派手さもなく、特別な才能もなく、
    ただ目の前の人の本音に、触れ続けてきた営業職の話だ。

    そして正直に言えば——私は一時期、「営業です」と答えるのをやめていた。

    美容師さんに「お仕事は何を?」と聞かれるたびに、私は少し迷うようになっていた。

    営業です、と答えると、決まってこう返ってくる。

    「大変そうですね」
    「すごいですね」

    でもそれは、褒めているのとは少し違う。

    そのあとに、

    「何を売ってるんですか?」
    「それって売れるんですね?」

    と聞かれることもあった。

    そうなると私はまた、
    感じよく、分かりやすく、相手が引かないように説明しなければならなくなる。

    それが、もう面倒くさかった。

    誇りに思っている仕事を、誇りに思っているままで話せない、その感じが。

    ただでさえ、対個人の営業は怪しまれやすい。

    まだ何もしていないのに、少し警戒されたところから始まる。

    だから私はいつの間にか、自分の口から「営業」という言葉を出すのをやめていた。

    免許も資格もない。
    形に見える肩書きがあるわけでもない。

    だからこそ、この仕事が何なのかは、やったことのない人にはなかなか伝わらない。

    でも私は知っている。

    営業ほど、その人の人間力が試される仕事はないと。

    もともと私は、自分には何もないと思っていた。

    これといって得意なこともない。
    夢中になれる趣味もない。
    人に誇れるような何かもない。

    そんな私が、営業という仕事を選んだ。

    今思えば、必然だったのかもしれない。

    営業の現場で私が何より驚いたのは、人は思っている以上に「誰から買うか」を見ているということだった。

    値段でも、機能でも、説明のうまさでもない。

    この人の前なら、少し本音を出してもいいかもしれない。

    そう感じた瞬間、人の表情がふっと変わる。

    ぐっと引き込まれるように、こちらを見る。

    その変化を、私は何度も見てきた。

    まだ新卒2年目の頃だった。

    会場に、ジャージ姿で長い髪をひとつに結んだ男性が一人で入ってきた。

    少し汚れたスニーカーまで含めて、正直に言えばかなり目立っていた。

    その場で積極的に話しかけにいく人は、誰もいなかった。

    私はその方と少し話をした。

    そのあとも、たまに短く電話をした。

    何かを押し込むためではなく、
    ただ、言葉を交わすために。

    数週間後、その方はご契約してくださった。

    ところが、アンケートに書かれた名前と、契約書の名前が違った。

    そしてその日、最初に会った時とはまるで別人のように、きれいなスーツ姿で現れた。

    話を聞くと、その方は地元で有名な芝居小屋を持つ、役者の方だった。

    驚いて聞いた。

    どうして買ってくださったんですか、と。

    その方は笑いながら言った。

    「君が面白かったから」

    あとで聞けば、その方は時々あえて気の抜けた格好で現れて、誰が自分とちゃんと向き合うかを見ることがあったらしい。

    見た目で値踏みされることに、きっと慣れていた人だったのだろう。

    私はその時、初めて知った。

    人は、「この人ともう少し話したい」の先で、心を開き、選ぶのだと。

    もう一人、忘れられない方がいる。

    とても大人しくて、ぼそぼそと話す若い男性だった。

    お母様と一緒に来場され、おずおずと、でも真剣に商品を選んでくださった。

    半年後、またお会いした時、私は思わず目を疑った。

    まるで別人のように、かっこよくなっていた。

    以前よりも、目を見て話すようになっていた。
    声も少しだけ前に出ていた。

    バンドを始めて、彼女もできたと、少し照れながら話してくださった。

    「自分に自信が持てた」と。

    一つの選択が、人の何かを動かすことがある。

    私はそんな瞬間に、何度も立ち会ってきた。

    営業職というだけで嫌われる世界で、私は人の本音に触れてきた。

    人の、まだ誰にも見せていない部分に触れてきた。

    人生の迷いと、決断の瞬間に立ち会ってきた。

    「あなただから欲しくなった」

    そう言ってもらえた時、私は売れた嬉しさより先に、別のものを感じていた。

    信頼が、届いたのだと。

    営業は、名前だけで嫌われるには、あまりにも人間くさい仕事だった。

    私は長いあいだ、
    その仕事をしている自分を、うまく引き受けられずにいた。

    誇りに思っているくせに、
    誇りに思っているまま口にすることができなかった。

    でも今は、
    あの現場で見てきたものがあったからこそ、
    もう曖昧に笑ってごまかしたくないと思っている。

    人が誰の前で心を開くのか。
    何を感じた時に、自分で選ぶのか。
    その瞬間に立ち会ってきた仕事を、
    私はちゃんと、自分の仕事だったと言いたい。

     
     
    言えない・断れない・本気なのに伝わらない大人女性へ。 高額商材20年、2万人以上の選択を見てきた現役営業が、 自分を後ろに置かない“立ち位置”と言葉を届けています🍀

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