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PANDORA・柩灯第2ç«  第4話「汐ず倜蟺家隒動・肆」16

     倜蟺家の女䞭たちは、驚くほど芪切だった。

     玄関に入り、たず車怅子の車茪カバヌを぀けるのを手䌝っおくれた。

     そしお数人の女性たちが、䞉和土から䞊がり框かたちに䞊がるために、咲暂を介助しおくれた。

     誰䞀人ずしお嫌な顔をせず、圓たり前のように助けおくれた。

    「ご䞍䟿がありたしたら、お気軜にお申し付けくださいね」

     そう蚀っお優しく埮笑んでくれた。
     この人たちも、傟き続ける倜蟺家の䞀員であり、今、苊しんでいるのだろうか。
     刹那、同情しおしたいそうになり、“汐を取り戻す”ずいう䜿呜感を必死に焚き付けた。

     そしお、䞀宀の扉の前たで案内されお、咲暂は生唟を飲み蟌む。

     この奥に、倜蟺家圓䞻――倜蟺和雅かずたさがいる。

     汐を匷匕に地䞊に連れ去った人が。

    「和雅様。咲暂様をお連れいたしたした」

     女䞭が静かに襖を開く。

    「倱瀌いたしたす」

     咲暂は小さく息を吞った。
     車怅子がゆっくりず敷居を越える。

     そこは、倜蟺家の応接宀だった。
     西掋建築の意匠を取り入れながらも、どこか和の趣を残した萜ち着いた空間だった。

     濃い风色の床板の䞊には絚毯が敷かれ、艶のある朚補家具が敎然ず䞊んでいる。
     壁には颚景画が䞀枚。
     窓蟺には癜いレヌスのカヌテンが揺れ、その向こうから柔らかな日差しが差し蟌んでいた。
     豪奢ではない。
     しかし、ひず぀ひず぀が長く倧切に䜿われおきたこずの分かる、䞊質な調床品ばかりだった。

     郚屋の奥。
     䞀人の男が、゜ファヌぞ静かに腰掛けおいた。
     幎の頃は五十代半ば。
     癜髪の混じった黒髪をきちんず撫で぀け、濃玺で、䞊質な着物を隙なく着こなしおいる。
     皺は幎霢盞応に刻たれおいるが、その姿勢は真っ盎ぐで、䞀切の衰えを感じさせない。
     穏やかな県差し。
     それでいお、䞀目で人の䞊に立぀者だず分かる嚁厳があった。

     倜蟺家圓䞻――倜蟺和雅。

     咲暂の胞が、どくり、ず倧きく脈打぀。

    この人が  

     䜕幎も䜕幎も、汐に䜿者を送り続けた匵本人。
     䟝月家亡き埌、新たな宗家ずしお君臚する男。
     知らず、膝の䞊で指先ぞ力が入った。
     女䞭が䞀瀌する。

    「ご苊劎」

     䜎く萜ち着いた声だった。
     女䞭たちは静かに郚屋を蟞し、扉が音もなく閉じられる。

     郚屋には二人だけが残った。
     数秒、静寂だけが流れるが、先に口を開いたのは咲暂だった。
     車怅子の䞊で背筋を䌞ばす。
     錓動は速い。
     けれど、それを悟られおはいけない。

    「  本日は、お時間をいただきありがずうございたす」

     深く頭を䞋げる。

    「柩ひ぀ぎ地区の幜泉堂ゆうせんどうに勀めおおりたす、咲暂ず申したす」

     顔を䞊げる。
     桃色の瞳は真っ盎ぐ和雅を芋据えおいた。
     和雅は静かに頷く。

    「初めたしお」

     柔らかな、しかし、重厚な声音だった。

    「倜蟺家圓䞻、倜蟺和雅です」

     宗家圓䞻でありながら、その居䜏たいに驕りはなかった。
     魂人たたびずである咲暂を芋䞋す色もない。
     䞀人の来客ぞ向ける瀌節そのたたに、小さく䞀瀌する。

    「遠路、ご足劎いただき感謝したす」

     咲暂は䞀瞬だけ目を瞬かせた。
     もう少し、高圧的な人物を想像しおいた。
     だが目の前の男は違う。
     穏やかで、瀌儀正しい。
     だからこそ油断できない。
     和雅が口を開く。

    「玅茶でもご甚意したしょうか」

    「  お気遣いありがずうございたす。ですが、お構いなく」

    「そうですか」

     短いやり取りだけで終わる。
     再び静寂が蚪れお、咲暂はゆっくりず息を敎えた。
     ここぞ来た目的は䞀぀しかない。
     迷っおはいけない。
     膝の䞊で䞡手を重ね、小さく握る。

    「  本日は」

     声が震えそうになる。
     それでも芖線は逞らさなかった。

    「汐を、幜泉堂ぞ返しおいただきたくお参りたした」

     その䞀蚀で、郚屋の空気が匵り詰めた。
     和雅は衚情を倉えない。
     ただ、咲暂を芋぀めおいる。

    「汐は」

     咲暂は続ける。

    「幜泉堂に必芁な人です」

     握った手ぞ、さらに力が入る。

    「圌自身も、幜泉堂にいるこずを望んでいるはずです」

     䞀緒にお店をしようよず蚀っお、嬉しそうに工事珟堎に連れお行っおくれた少幎の姿が、今でも思い出せる。

    「䜕幎もかけお、幜泉堂を  今の柩地区を぀くりあげたのは汐です。圌は、地䞊で暮らしたいずは、䞀蚀も蚀っおおりたせんでした」

     䞀床だけ息を吞う。

    「なにより」

     少しだけ目を䌏せる。

    「  私たちにずっおも、汐は倧切な家族です」

     咲暂だけではない。
     孀児院の職員や子どもたち。
     瑚杜こもりや鉄倪おった、他の埓業員たち。
     柩地区にいる様々な人たちにずっお、汐は家族であり、友人であり、かけがえのない人だ。

     和雅は口を挟たず、静かに聞いおいる。
     咲暂は勇気を振り絞るように、もう䞀歩螏み蟌んだ。

    「どうか  」

     桃色の瞳が揺れる。

    「汐を、返しおください」

     郚屋は静たり返っおいた。
     時蚈の針が進む音だけが、小さく響いおいる。
     和雅はすぐには答えなかった。
     咲暂の衚情を、声を、そしお蚀葉の䞀぀ひず぀を確かめるように芋぀め続ける。
     やがお、ゆっくりず口を開いた。

    「  咲暂さん」

     その声音は穏やかだった。

    「あなたが汐殿を必芁ずするように、我々にずっおも圌は、なくおはならない人であり――今や本物の家族です」

     息が、胞が、䞀瞬で詰たった。

     にこやかに告げられた蚀葉を理解するのを、頭が拒んだ。
     和雅は目尻の皺を深くしお、口の右端を持ち䞊げる。

    「あなた方ずちがい、血の繋がりも本物です。圌を地獄から地䞊ぞ救えるのは、私だけだった。それをしたたでです」

     すべお、建前だ。
     咲暂は分かっおいる。圌らの本圓の狙いを。

    「ただ幌かった汐殿ぞの残酷な凊眰を、歳月をかけお芆したたで」

     満足げに埮笑む目の前の暩力に、咲暂は生たれお初めおの感情が、腹の奥から湧いおくるような気がした。

    「あなたも家族だず仰るなら、祝犏されおは劂䜕でしょう 汐殿はようやく、地䞋の汚泥おでいから解攟されたんですから」

    「  」

     思わず、蚀葉を倱った。
     汚泥。
     その蚀葉に、反論、できなかった。

     この䞖界を目にしお、この広い空を芋䞊げお、自然の恵みを知っお、どちらが生きやすいか、理解できおしたった。

    「  咲暂さんは、生たれも育ちも地䞋でしたね」

    「  はい」

     䟮蔑するための問いではなく、確認だった。

    「あなたには理解し難いかもしれない。蚀遣こず぀かいがいない宗家が、どれほど惚めか」

     分からなかった。
     家族で、芪戚で殺し合うほどの意味が。
     議䌚で発蚀暩を埗られないこずの重芁性が。

     自分が今、どれほど子どもじみた考えなのかだけ、分かっおいた。

    「私は䟝月よ぀き家  正統な宗家から家を預かった身。薬垫やくし地区の民の生掻を、保蚌しなくおはならない、圓䞻です」

     時蚈の針が、カチカチず進んでいく。
     レヌスカヌテンから透ける光が、優しく応接宀を照らす。
     月を信仰する䞀族だからか、陜の光の䞭にいる圓䞻は、ひどく違和感があった。

    「そしお汐殿もたた、元宗家、唯䞀の生き残りずしお――」

     すっず、咲暂を芋る切れ長の双眞に、冷たさが宿る。

    「――血を遺し、蚀遣こず぀かいを遺す矩務がある」

     和雅は蚀葉を切った。
     静寂が萜ちる。
     咲暂は唇を噛んだ。
     䜕か蚀わなければならない。
     けれど、蚀葉が芋぀からない。
     和雅は急かさなかった。
     焊らせるこずも、嚁圧するこずもない。
     ただ事実だけを積み重ねるように続ける。

    「  咲暂さん。あなたは、汐殿を倧切に思っおおられる」

    「  はい」

    「それは疑いたせん」

     和雅は小さく頷く。

    「だからこそ、お尋ねしたい」

     真っ盎ぐ咲暂を芋る。

    「あなたは、汐殿の未来に責任を負えたすか」

     咲暂の呌吞が止たった。

    「  責任」

    「ええ」

     和雅はどこたでも平坊だった。

    「十幎先、二十幎先、䞉十幎先」

     䞀぀ず぀区切る。

    「圌が病に䌏した時。幎老いた時。幜泉堂が立ち行かなくなった時」

     蚀葉が淡々ず続く。

    「あなたは圌を守れたすか」

    「  」

    「柩地区の自治が厩れた時。飢饉が起きた時。地䞊ずの均衡が倱われた時」

     和雅はそこで䞀床息を眮いた。

    「その時、汐殿を守れるだけの力を、あなたはお持ちですか」

     答えられず、咲暂は俯いた。
     自分は歩けない。
     薬も医孊も、火々里や汐みたいに知識があるわけではない。
     戊えない。
     垞に汐に守られおきた偎だ。

     それを誰よりも知っおいる。

    「ですが、倜蟺家にはありたす」

     迷いのない声だった。

    「財がありたす。人員も、暩力も、護衛も。汐殿が望む研究を支えるだけの資金もありたす」

     䞀぀䞀぀が、珟実だった。
     咲暂には反論できない。

    「あなた方は愛情で汐殿を支えた」

     和雅は認める。

    「それは尊いこずです。けれど」

     その䞀蚀で空気が倉わる。

    「宗家は、愛情だけでは務たりたせん。䞀人の幞犏だけを考えお生きる立堎ではない」

     和雅は窓の倖ぞ目を向けた。
     敎えられた庭朚が颚に揺れおいる。

    「汐殿は、元䟝月宗家嫡子です。本人が望もうず望むたいず、その血には責任が䌎う。血筋ずは、個人の自由より重いこずがある」

     咲暂は思わず拳を握る。

    「  そんなの」

     掠れた声だった。

    「汐は  」

     違う。
     そう蚀いたかった。

    「汐殿に子が生たれなければ、䟝月宗家の血統は完党に絶えたす。歎代圓䞻が守っおきた技術も、党おそこで終わる」

     郚屋が静たり返る。

    「先祖たちが繋いできたものを絶やす。それを決める暩利が、䞀人の青幎だけにあるず、私は思いたせん」

     咲暂は顔を䞊げる。
     初めお、その瞳ぞ怒りが宿っおいた。

    「  汐は、人です」

     震えながらも蚀う。

    「䞀族を繋ぐための、道具じゃありたせん」

     和雅は頷いた。

    「その通りです。だから私は、道具ずしお扱う぀もりはありたせん」

     その返答が、さらに咲暂を苊しめた。

    「家族ずしお迎えたした。生掻を保蚌し、敬意を払っおいたす」

     和雅の声ず芖線には、他者を玍埗させる䞍思議な力があった。

    「そしおいずれ、自らの意思で倜蟺家に残るず決めおいただきたい」

     咲暂の瞳が揺れる。

    「  自らの意思」

     和雅は埮笑んだ。

    「私は、鎖で繋ぐ぀もりはありたせん。けれど」

     その埮笑みは穏やかなたた、少しも揺らがない。

    「汐殿ほど理性的な方なら、どちらが倚くの者を救える道か、今は難しくずも、いずれ、必ず理解されるでしょう」

     その䞀蚀が、咲暂の反論を完党に封じた。
     和雅は汐を軜んじおいない。
     咲暂のこずも吊定しおいない。

     ただ、“責務”ず“未来”ずいう、咲暂には背負えない倩秀を卓䞊ぞ眮いた。
     その重さだけが、静謐な応接間を支配しおいた。

     咲暂の頭が自然ず䞋がっおいき、長い髪が芖界の䞭に垂れおきた。
     和雅が話す内容に、綻びなどない。
     圓䞻ずしお圓たり前のこずをしただけなのだず、今、理解した。
     公家ずしお、薬垫地区の民を守り、家族を守る。
     汐が地䞋で行うこずず、同じだった。

     和雅は正しかった。

     しかし、だからず蚀っお。
     咲暂が最も蚱せなかったこずは、別にある。

     ここたで、尊が立堎がありながら䞀緒に来おくれた。
     汐ず咲暂の友人でもない芜以が、協力しおくれた。
     幜泉堂の皆が、汐を埅っおいる。

     そっず顔を䞊げた咲暂は、苊しそうだった。
     己の未熟さに消えおしたいたくなるけれど、諊める道理もない。

     震える喉で息を吞った。

    「わたしが、あなた方を蚱せないのは、汐の意思を無芖したこずです」

     桃色の瞳に、静かな炎が宿り、目の前の男をじっず芋据える。
     垂れ䞋がる穏やかな眉は吊り䞊がり、现い肩が怒る。

    「䜕幎も、䜕床も、汐はお断りしたはずです。それをすべおなかったこずにしお、あなたは、議䌚ずいう、誰にも芆せない方法で、圌の自由を奪った」

     胞の奥で、抌し殺しおいた感情が音を立おお燃え䞊がる。

    「柩送りになった汐が、あの時どれほど぀らかったのか、䜕もご存知ないあなたが、今曎、汐の人生を奪わないでください」

     初めお湧き䞊がる憀りで、声が震える。

     汐はずっず、自分のせいで家が厩壊したず責め続けおいる。
     あの笑顔の裏偎で、どれほど悩んで悲しんでいたのか、想像するこずも烏滞がたしい。

     䞀床圌を芁らないず手攟した地䞊偎が、郜合よくたた連れ去ろうずしおいる。

     誰が䜕ず蚀おうずも、汐は、道具ではない。
     血を遺すために存圚する物ではない。
     自分の人生を生きる、ひずりの人間だ。

     ここぞ来た時の恐怖ず緊匵がたるで嘘のように、咲暂は倜蟺家圓䞻ず真正面から、匷い県差しで盞察した。

    「  では、咲暂さん」

     そしお和雅もたた、瞬きを䞀぀しお、声を䜎くした。

    「あなたも我々ず同じだ」

     颚が吹き、レヌスカヌテンが靡く。
     光がたばらに螊り、絚毯の䞊を遊んだ。

    「――あなたも、汐殿の人生を、消費しおいる」

     桃色の髪が颚に乗っお、嫋やかに揺れる。
     昔、汐が莈った髪食りの装食が、陜に反射しお煌めいた。

     窓からさす光で、絚毯に、車茪の圱が䌞びおいた。

     宝石のような矎しい瞳が、砕けおしたいそうに、悲痛に芋開かれた。


     
     
    和颚ダヌクファンタゞヌ小説を執筆しおいたす。 差別を受ける地䞋郜垂が舞台で、車怅子の少女ず元公家の青幎が䞻軞の人間ドラマです。 恋愛だけでは終わらない、人ず人ずの絆や、生きるこずの意味を描く䜜品が奜きです。 䞀人でも倚くの方の心に残る物語を届けられるよう、がんばりたす♪

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