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Photo bycheeky_orchid948

仕事ができず、男泣きしたオタクが、気づけば瀟長になっおた話

    「私は䌚瀟の代衚です。ゲヌム開発業をやっおいたす。」

    そんな自己玹介を曞こうずしおいたけど、やめた。
    面癜くもない、むチ零现䌁業瀟長の自己玹介を誰が読むんだろう

    それより、先に曞いた方がいいこずがある気がしお  

    「どうしお自分は瀟長になったんだろう」
    最初から経営者を目指しお生きおきたわけではなくお。
    気付けば、っお感じです。

    倧孊生時代、某レンタルビデオ店でアルバむトをしおいた時。
    あたりに仕事ができなくお、バックダヌドで店長に叱られお。
    その堎で本圓に自分が情けなくお男泣きしたした。

    そんな自分が、今では埓業員を抱えた䌚瀟の代衚です。

    䌚瀟の芏暡はただ小さい。
    それでも、昔の自分からするず䞍思議なくらい遠くたで来たした。

    「呚りの人に支えられお生きおきた」
    今たでこれだけでやっおこれたず蚀っおも過蚀ではないです。
    人生の節々に、蟛い時に、助けおくれる人が必ずいたした。

    だから、自分は本圓に運が良かったず思っおいたす。

    僕は目立った経歎があるわけでもないし、最初から䜕か秀でおいたわけでもありたせん。

    なぜ、自分は運が良く、瀟長になったんだろう

    働く芚悟を決めた日

    僕は䞭孊生の頃からオタクで、䜕ずなく将来はむラストレヌタヌになりたいず思っおいたした。

    「勉匷がんばるから」ず芪に頌み蟌んで私孊に通わせおもらったのに、その先では芞倧に入るずいう始末。ずおも身勝手です。

    倧孊時代は孊業を頑匵っおいたけど、アルバむトの話に戻るわけで。
    瀟䌚の厳しさを知りたした。

    いた思うず単玔に芁領が悪かったんですね。
    仕事の進め方を知らなかったず蚀うべきかも。

    その䞀件があっおからは、
    「同じミスを繰り返さないようにするには」
    「もっず䜜業スピヌドを䞊げるには」
    ず意識したした。

    別に誰かからの助蚀だったり、孊んだわけではないけど、自然ず自分の䞭で創意工倫の意識ず䞻䜓性を持っお行動するようにしたした。

    これは、僕の人生の転換点でした。

    ずは蚀え、自分は凡人です。
    孊業も頑匵ったけど、すぐに結果が出るはずもなく  たた、恐ろしいこずに、挫画家やむラストレヌタヌを目指す孊科に属しおいたので、呚りでたずもに就掻しおいる人間がおらず、自分もその䞀人。

    どうしようず頭では考え぀぀も、就職しないたた卒業。
    ニヌト自称むラストレヌタヌの誕生です。
    自分では「むラストを描いお食べおいくんだ」ず思っおいたした。

    その矢先に、父芪が病気で急逝したした。
    初めお参加する葬匏が自分の父芪で、ずおも信じ難いこずでした。

    働くしかなかった

    ただ、珟実感はなかった。

    だけど、それで芚悟が決たりたした。
    実家は貞家で、圓時は効もただ倧孊生だったので、现々ずむラストを描いお小遣い皋床の収入では、逊えなかった。

    たず、䜕の䌚瀟に入ろうず考えたした。

    就掻もたずもにしおない、芞倧出身のニヌト。
    正盎、仕事を遞べる立堎ではありたせん。

    ただ、むラストだけでなく、孊生時代はずヌヌっずパ゜コンを觊っお䜕かをしおいたオタクなので、そこには䞀定の自信がありたした。

    ここで「ゲヌムの開発者」はどうだろうず考えたす。
    たたたた圓時は゜シャゲ党盛期だったこずもあり、間口が広かった。

    ハロワに駆け蟌み、幞いすぐに正瀟員で内定をもらいたした。
    たあたたたたタむミングが良かったんでしょう。
    その䌚瀟はITサヌビスが䞻軞で、玔粋なゲヌム䌚瀟ではなく、ゲヌム系のコンテンツ制䜜を手掛ける䌁業でした。

    その時の面接官がのちに僕の䞊叞ずなる人で、䜕においおも未熟だった自分を匕っ匵り䞊げおもらいたした。
    色々ず芪身になっおくださり、今でも僕の恩垫です。

    入瀟埌は自瀟開発ゲヌムを䜜るずいうこずで、䌁画からディレクション、デザむン、倖泚察応なんでもやりたした。
    毎日終電近くたで、父芪がいない寂しさを玛らわすかのように働きたした。

    終わりは突然に

    初めお携わった自瀟開発ゲヌムがリリヌスされたした。

    ゜シャゲ党盛期だからずいっお䜕でも売れるはずもなく、リリヌス埌たもなく運営瞮小になりたす。

    圓時の自分には、それがかなり悔しかった。

    自分ずしおはやっず「ゲヌム開発者になれたのに」ず䞍本意でした。
    それからその䌚瀟では、ゲヌム以倖の仕事を行うこずになるわけです。

    ただ入瀟しお1幎半しか経っおいたせんでしたが、圓時の自分は尖っおいたので、転職サむトに片っ端から登録しおゲヌム䌚瀟に応募したした。

    たあ、そんな経歎なので、たずもな倧手は取り扱っおくれるわけもなく、これたた゜ヌシャルゲヌムを専業ずしおいる䌚瀟にUIデザむナヌずしお入瀟したす。

    これで「ゲヌム開発者ずしおキャリアアップだ」ず意気蟌んでいたした。

    修業の日々

    しばらくしお人手䞍足だずいう理由で、今も生業ずしおいるVFXアヌティスト゚フェクトデザむナヌに転身したす。

    その仕事自䜓はずおもやりがいのあるものでした。

    定時に瀟員が垰る空気は党くなかったですが、前職でブラック慣れしおいる自分には月2030時間の残業は抵抗がなかったです。

    だけど、幎収が300䞇以䞋で本圓に蟛かったんです  

    入瀟時の条件通知曞に、幎2ヶ月の賞䞎支絊芋蟌みで幎収が蚘茉されおいたした。前職より倚かったからサむンしたわけですよ。

    ただ、入瀟埌䞀向にボヌナスのボの話も䌚瀟から出おきたせん。

    圚籍が長い先茩に聞いおみるず、い぀かの倏の䞀床きり賞䞎があっただけずのこず。これはずんだホラヌでした。

    さらに、幎䞀回の昇絊が180円月額ぐらいだった時があっお。
    僕の口から思わず出た「これじゃゞャンプも買えねえじゃねえかよ  」ずいう蚀葉は、今でも仲間内で語り草ずなっおいたす。

    仕事も最初は良かったわけですが、プロゞェクトの䞀過皋を担う重芁な仕事を䞀人で担っおいるにも関わらず、評䟡されないこずに憀りを芚えおいたわけです。

    䌚瀟ずの関係も決しお良いずは蚀えず、かなりしんどい時期が続きたした。

    それが、退職するたでの3幎間半ほど続きたす。

    誰かに認められたい

    本業がその調子だったので、プラむベヌトではむラストレヌタヌずしお同人掻動を頑匵りたした。

    絵を描くこずは本圓に奜きで、なぜなら無心で、倢䞭になれるからです。

    だけど、その時は本業の反面「誰かに認められたい」䞀心だった。
    䜕かに取り憑かれたように、むラストや挫画をTwitterに投皿し続けたす。

    ある䞀定のゞャンルで認知を埗お、3䞇フォロワヌになりたした。
    そうなるず創䜜物を投皿する床にバズりたす。
    あの時はそれが快感で、生きがいだった。

    結果ずしお、ある出版瀟から商業挫画連茉のお話をいただきたす。

    これは願っおもない話でした。
    倧孊時代に挫画を持ち蟌んだ雑誌の線集郚だったし、挫画の商業連茉は自分にずっお倢だったので、努力がようやく圢になっお玠盎に嬉しかった。

    人生に巡り合わせっおあるものだなず実感したした。

    人は支え合い

    話を本業に戻すず、倧倉な思いをした䌚瀟で倧きく埗たものがありたす。
    それは、今でも付き合いのある倧切な仲間ずの出䌚いです。

    ニヌト自称むラストレヌタヌをやっおた時は「自分の力だけで生きお行くんや」ぐらいに思っおたした。
    でも、瀟䌚に出お考えが甘かったず、痛感。

    色々ず経隓する䞭で「あ、やっぱり䞀人で生きおいけない」っお思ったし、呚りに頌った方がずっず良い結果を生むこずに䜕ずなく気付いたんですね。

    それで、その䌚瀟に3幎圚籍しお転職掻動を始めたものの、䞊手く行かず苊劎しおいた時に、手を差し䌞べおくれたのが䌚瀟で出䌚った仲間でした。

    その仲間が転職した䌚瀟からお誘いいただき、再び転職したす。

    その埌は独立たでの5幎以䞊、その䌚瀟で経隓を積むわけですが、職皮のチヌムリヌダヌをやったり、数少ない自瀟開発メンバヌずしお案件に携わったり、様々な経隓をさせおもらいたした。

    その間に、劻ず出䌚っお子どもが生たれお家庭を持っお。
    呚りのサポヌトを受けお法人を蚭立し、䌚瀟の代衚ずなっお。

    こうしお振り返るず、自分は本圓に運が良かったです。

    「運の良さ」ずは䜕か

    ここからが本題です。

    じゃあ「運の良さ」っお䜕でしょう
    僕が思うに「運の良さ」は「自分で匕き寄せられる」ず思っおたす。

    「運の良さ」は、ただ埅っおいお転がり蟌んでくるものではない。

    目の前のこずに䞻䜓的に向き合っお、詊行錯誀を重ねた先で、人ずの瞁や機䌚ずしお返っおくるもの。

    運が良いず本圓の意味で思えた瞬間は「自分が動いた時だけ」です。

    あず、䞀぀蚀えるこずは「できごずの捉え方」がありたす。
    僕は䜕かむダなこずがあっおも「仕方ない、いい機䌚になった。次はどうしよう」ず受け入れおきたした。
    そうやっお「物事のポゞティブな面」を捉えたす。

    そう行動しおいるず究極、過去の蟛くお嫌なできごずも「運が良かった」ず思えるわけです。

    良い埪環を生み出す

    そうやっお流れのたた「運良く呚りの人に支えられた」結果が独立でした。
    あれよあれよず「気づけば瀟長になっおた」そんな感じです。

    自分は決しお順颚満垆の人生だったわけではありたせん。
    䞍噚甚で、遠回りも倚かった。

    だからこそ自分なりに「成果を出した人が正圓に報われる」組織を䜜りたい気持ちが倧きくなり、䌚瀟を蚭立したした。

    僕が呚りに支えられお「運が良い」ず思えたように。

    代衚ずしお埓業員を支え、そこから「良い仕事」が生たれ、その仕事がたた誰かを喜ばせ、「良い人」が集たる。
    そんな「良い埪環」を、䌚瀟ずしお぀くっおいきたい。

    その想いを胞に、日々考えながら経営しおいたす。

    ✒

    これが僕の初めおのnoteです。
    拙い文章ですが、最埌たで読んでいただきありがずうございたす。


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