もう辞めます、今すぐ、ここで①
「もう辞めます、今すぐ、ここで」
まぁまぁ、落ち着いて。そう会議室の前で部長になだめられた正義感の強い若手弁護士の気持ちは限界を迎えた。
お仕事ドラマの様なクーデターが目の前で繰り広げられた結果、午前中の株主総会の開催までに積み上げた鬱憤が爆発した。
経営判断は密室の会議室で行われる。
それでもそこでなされた決定は、会議室を飛び出して、東証で開示され、SNSの海の中に流れ出していく。
情報の濃度や文脈、背景はみるみる薄まっていく。
結論だけを知らされ、文脈を解釈し、独自の見解が広がっていく。
社内にも情報のグラデーションがある。
それは経営が全てを把握しているという上流から下流へ流れていく様なものではなく、部分部分でムラがあったり、混ざり合ったりしている。
その話は何年も経って時効を迎えることによって少しずつ一般に知られる様になるか、その頃には同時に賞味期限を迎えて誰にも興味を持たれなくなっているかのどちらか。
この世にはそんな無数の知られずに流れていく物語がたくさん存在している。
「これから大変になるだろうけども、この時期に踏ん張って事業部の人たちを支えられる存在になろう。この経験が将来きっと生きると思うから」
無理に続けることを強いることはしないけども、と前置きをしつつも数ヶ月前に前任者の退職で法務部長を引き継いだ彼は部員を鼓舞する様にそう伝えた。
まるで、ドラマの様な展開だなぁ。と漠然と考えていた。
「お家騒動」と耳目を集めたその事件は、案の定ITメディアにドラマティックに取り上げられた。
内部関係者しか知らない様な情報が含まれていたりすると、記者が個別にアプローチをしたのだろうと推測される。
少し前まではポジティブなニュースに溢れていたその会社について、SNS上で広がるさまざまな声を見ていると、どうしようもなく哀しい気持ちが溢れてくる。
そういった気持ちを率直に受け取り、社内の騒動に心を痛める社員のケアも求められていく人事は大変である。
「何も知らないくせに、好き勝手呟きやがって」
当然ながら内部関係者としてSNS上で反論をするなんてことは御法度。
傍観することしかできないが、なぜか気になってエゴサしてしまう。
情報のグラデーションがあるのは当然として、自分の目の前に触れるもの、想像の範囲を出ないもの、自分が腹落ちするものを独自の解釈で書いて回る。
真実はいつも一つ、ただし解釈は人の数だけある。