
ネパールの佐藤くんはソフトボールを握ってた
カトマンドゥの路地裏で、気の弱そうなオトコに声をかけられた。
「マリファナ買わない?」
消えてしまいそうな小さな声だった。
白い三本線が入った紺色のジャージ。
ボクも中学生の時に、そんなジャージを着せられていたことを思い出した。
そして背中に「佐藤」のゼッケンが付いていた。
身体をちょっと斜めにして、電柱の影に佇むように立っていた。
彼と少し話をした。
「マリファナ、安くするよ。」
なんだか無下に断れなくて、見せてもらうことにした。
だって佐藤くんだもん。
シワシワの白いビニール袋から取り出したのは、ソフトボール大に丸めたハッパの塊だった。
突然だった。
もう少しこう、内緒でコソコソやるもんなんだけどな、こういう儀式は。
「佐藤くん、こんなデカいの持ち歩いちゃダメだよ。」
佐藤くんは少しだけクビをかしげた。
それから力なく笑った。
前歯が少し足りなかった。
佐藤くんは、毎朝ホテルの前の電柱に佇むようになった。
「おはよう佐藤くん!」
そう声をかけるとまた力なく笑う。
そして時々、思い出したように。
シワシワのビニール袋から、ソフトボールを取り出して見せてくれた。
ただそれだけの関係が10日近く続いただろうか。
ゴソゴソと取り出すソフトボールの大きさは、最後まで変わらなかった。
佐藤くん、商売下手だったんだね。
ネパールを離れる日、またねと告げた。
佐藤くんも、またね、といつものように力なく笑った。
やっぱり前歯は、少し足りないままだった。
それから20年以上ネパールに通っているが、佐藤くんを見かけたことはない。
あの時買ってあげればよかった。
青いジャージにサンダル履き。
いつも電柱の影に、静かに佇んでいた佐藤くんが、大事に握っていたソフトボール。
まだどこかの街角に転がっているかも知れない。
