メインコンテンツへスキップ
見出し画像

北に向かった理由【連載⑰】針の山


    この町の夕焼けは故郷の夕焼けとは、間違いなく違う。

    何が違うのだろう……

    故郷で見る夕焼けは、いつも悲しい色をしていた。
    今、目の前に広がる夕焼けは、とても鮮やかに見える。

    落ちていく夕陽を眺めながら、
    なぜなのかを考えているから、美しいのかもしれない。

    この大地に存在するすべてのものは、空から色をもらったのだろう。

    山は瑠璃色に鎮座し、稜線は琥珀色に染まり、日の光はイエロートパーズのようにゆらゆらと輝き、雲にルビー色の線を引く。

    ターコイズ色の空は、次第にサファイア色へと深まり、地球と宇宙の境界線を越えると、ラピスラズリの星が散りばめられている。
    この町の夕焼けは、宝石のような色をしていた。

    まるで空が、一日の終わりを祝福しているようだった。

    頭の中の白いスクリーンを飛び回っていた黒い点は、居場所を見つけ、今はただそこにじっとしている。
    夕焼けは次第にスクリーンの中へ静かに溶け込んでいく。
    そして、宝石のような色をした大きな夕景に、覆われてゆく。

    牧場を去り、これで本当にすべてを失った。
    ニュースでよく耳にする“住所不定”が、今の自分のことだと気づかされた。

    身を寄せている先の人たちは、事情をすべて話した僕を受け入れてくれた。
    その温かさに救われながらも、無職となった今、まずは仕事を探さなければならなかった。

    時折、電話をくれていたドライバーの顔が浮かぶ。
    思い切って電話をかけてみると、川崎さんの会社で欠員が出るらしいと教えてくれた。

    沈みきった夕陽に、明日を委ねるしかなかった。
    川崎さんに電話を入れると、二つ返事で迎え入れてくれた。

    大きな燃料貯蔵施設で,ドライバーとして働くことになった。

    秋が訪れ、東北に厳しい冬がやってくる。
    所変われば、同じ東北でもその風景は異なる表情を見せる。
    「津軽には七つの雪が降る」という歌の一節があるが、日ごとどころか、時間単位で雪は姿を変えてゆく。

    風が強く、バチバチとフロントガラスを叩く重い雪。
    細かく軽い雪は、一面の畑の上を滑り舞い上がり、一瞬で辺りを呑み込んでゆく。

    両脇を森に囲まれた山道でも、容赦なく風が舞い込み、吹雪で視界が遮られる。故郷の雪とは違い、刻一刻と表情を変えていく。

    往復百キロの通勤は、車体に穴の開いた車と、所々がきしむ体には過酷な日々だった。

    物々しいチェックゲート、高いフェンスに囲まれ、外の世界と隔離された施設内での業務は、精神的にも大きな負担を強いられる。

    緊張感というものは、人を通してこれほど伝わり、場の空気さえも変えてしまう力があるのかと、感心するばかりだった。

    中では数千人の作業員が全国から集まり、命を削るように働いている。
    彼らの姿は、どこか勇敢な戦士に似ていた。

    血液型が書かれたヘルメットの下で、どこか遠くを鋭く見据えている。
    鋭さの中にも優しさがあった。静かに他者を思いやる仕草。

    反射材のベストをはおり、腰には工具を吊るしたベルトが重たげに揺れる。
    ハンマー、スケール、カッター。どれも使い込まれ、熟練を感じさせる。

    足元には鋼の芯が入った安全靴。その武骨さが、ここは安全な場所ではないと告げている。
    フルハーネスの帯が身体を締めつけ、見えない崖の縁に立っているかのような緊張を纏わせている。

    誰も声を荒げない。
    ただ黙って準備を整え、それぞれの持ち場へ歩いていく。

    その背中は、それぞれの何かを背負った姿を醸す。

    泥臭い仮設事務所の廊下には、子どもたちが描いた「お父さんの絵」が貼られていた。
    クレヨンの線はまだ不器用で、色ははみ出し、文字も揺れている。

    それでも、どの絵にも同じ願いが込められていた。

    ――帰ってきてね。
    ――元気でいてね。
    ――おとうさん、ありがとう。

    誰もが誰かのために働き、誰もが誰かに祈られていた。
    昼休み時、あの廊下を通るたび、祈りの中を気づかずに、生きてきた自分を愚かに思う。

    空では、けたたましい轟音が鳴り響き、戦士のようではあるが、武器を手にもたない者たちは無言で空を見上げる。

    異国の戦闘機が飛んでいた。

    それを目で追ってゆくと、ありえないほど低空で、風力発電の風車の間を丁寧にすり抜けてゆく。ここはいつから自由に曲芸ショーができる国になっていたのだろうか。

    遠くの海岸沿いを見渡せば、北の果ての霊山・恐山の麓に至るまで、いくつもの風力発電が連なり、まるで針の山のように建ち並ぶ。

    夕暮れ時、その針の山は、夕日で赤に染まっていった。

    悲しいほど、真っ赤な色に。

    一年が経ち、契約の更新の時期と合わせて、燃料貯蔵施設での仕事は打ち切りとなり、通常のドライバーとしての契約に戻ることとなった。

    どれほど美しい空を見ても、心は、故郷の夕暮れに戻っていった。



    画像
                       針山かえる             撮影/はなぶさ


    この連載は、今も書き続けています。

    すべて無料で公開します。 もしどこか一行でも心に触れるものがあれば、支援チップをいただけると、励みになります。

    コメント欄は、感想を静かに受け取るために開いています。 体力の都合で返信が難しいことが多いですが、いただいた言葉はすべて大切に読んでいます。

    いつも、ありがとうございます。

    はなぶさ




    『この作品で使われる画像は、スマートフォンで撮影したオリジナルです。』
    #北に向かった理由  #連載 #エッセイ #404美術館
    #noteを続ける理由
    #生き方  #オールカテゴリ部門
    #QuietWriting
     #japan #diary #essay #Nomad

    この記事が参加している募集

     
     
    小さな成功を震災で失い、ようやく歩き直したとき、 世界はパンデミックに包まれていた。 それでも北の谷間を、静かに進んでいます。 まだ見えない光をさがしながら、続きを綴ってゆきます。

    あなたへのおすすめ