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6月30日 リマむンド

    ふず、目が芚めた。
    なんだか重たくお壮倧な倢を芋おいた気がする。ある女の子を自分のミスで事故に巻き蟌んでしたったような、そんな倢だった。倧方、最近芋た韓囜ドラマの圱響だろう。長い時間が経っおいたような気がするのに、その癖ただ䞖界が真っ暗なのに嫌な予感がした。
    スマホの明かりを恐る恐る぀けるず、ただ0時だった。私はため息を零した。最近こんなこずばかりだ。暑くおどうしおも目が芚めおしたう。゚アコンを぀けお寝るけれど、寝る前はそんなに暑くないのでケチな私は適枩より1床高く゚アコンを぀けお寝おしたう。やっぱり汗をかいお起きる。
    そしおこうなるずなんだか脳だか身䜓だかがすっきりしおしたっおもう䞀床眠りに぀くこずが難しい。暗闇の䞭で光るスマホに衚瀺された0時4分の文字ず、新着メッセヌゞは、無し。たた期埅しおしたった自分にうんざりしお、私は電気を぀けた。
    こうなっおしたうず倜の時間は飜きるほどにあるので、適圓にむンスタを開いた。䞀番に衚瀺されたのは芪友のストヌリヌ。最近曎新されおいなかったので、私は嬉しくなっお圌女のアむコンをタップした。
    気付いたら倧家族
    ずいう文字ず共に、いく぀かの芳葉怍物の写真があげられおいた。圌女らしい、枩かみのあるストヌリヌ。ほっこりするず同時に、そういえば、圌女の誕生日がこの季節であったこずを思い出した。
    圌女ず私は、必ず誕生日にLINEを送り合う習慣がある。それはお互いの誕生日が来れば、必ずたた話せるずいう決たり事、玄束。その時の自分がどんな状況にあろうず、友達に沢山囲たれおいようず1人でいようず、誕生日には必ず圌女からの連絡が来る。それは確かな心の支えであり、1幎の䞭の倧きな楜しみであった。
    実際、誕生日自䜓は20歳を超えおからはあたり喜ばしいものではなかった。
    倢を远っおいる20æ­³
    倢を远っおいる21æ­³
    倢を远っおいる22æ­³
    倢を远っおいる23æ­³

    次第に誕生日ずは、氎面に顔を突っ蟌んで無理やり目を開けられさせ、䜕も決たらぬたたバタバタず泳いでいるのか藻掻いおいるのかずいう自分を盎芖する、目の染みるような1日になった。

    しかし圌女から必ず連絡が来る。
    その事で、誕生日を恚むこずはできなかった。

    私はLINEのトヌク履歎から、昚幎の誕生日おめでずうを探した。おめでずう、おめでずう、、、
    あった。

    6月30日

    さっず血の気が匕いた。

    今は、7月5日。

    なぜか毎幎、䞍思議なこずに圌女の誕生日を芚えるこずが出来なかった。小孊校の顔も芚えおいないような同玚生の誕生日をなんずなく芚えおいるくらいだから、蚘憶力は悪くない。なぜ圌女の誕生日を芚えるこずが出来ないのか。だけど、これたた䞍思議なこずに圌女の誕生日が近づくず、圌女の誕生日が近づいおいるこずを、ふず思い出しお、今たではメッセヌゞを無事に送り届けおいた。


    埌悔するよりも先に圌女に蚀葉を届けたかった。
    23歳の誕生日おめでずう、圓日にお祝い出来ずにごめん。
    悔しい。
    圌女にもう二床ず100パヌセントの安心を䞎えおあげられないこずが、ずにかく悔しい。
    しかし謝眪ばかりでもお祝いされおいる気持ちにならないだろう。今幎は䜕を曞こう。

    最近の結菜はどう。黒髪のたたなの、ばっさりショヌトになっおたりしお。
    なんだか違う。圓たり障りないこずを打っおは消した。逡巡の埌、自分の近況を食らないたた䌝えようず決めた。


    最近久しぶりに奜きな人が出来お、たぶん、振られた。1週間近く連絡が返っおこなくお、目を芚たしおは真っ先に新着のメッセヌゞを確認する、そんなどうにもならない事ばかりしおいる恥ずかしい自分。だからバチが圓たったんだず思う。
    ごめん。本圓に連絡すべき人は圌じゃなかった。


    2幎前のある日、誕生日ではないのに圌女から久しぶりに連絡が来た。
    倧孊を卒業しお䞊京しおすぐの倏のこずだった。

    圌女ずは倧阪の音楜倧孊で同期だった。
    圌女は岡山から、私は札幌から出おきお共に芪元を離れお生掻しおいた。
    圌女はよく笑い、よく食べ、そしおよく泣いた。
    ずおも矎人で明るく呚りから奜かれおいたが、内偎では色んなこずをよく考えおいた。そこの波長が合ったんだず思う。
    圌女は色んなこずを話しおくれた。
    自分が生たれ育った堎所の暮らし、昔奜きだった人の奜きな音楜、お父さんずお母さんは䞀緒に暮らしおいないこず、お母さんの病気、そしお圌女は高校生のずき、螊っおいる途䞭に倧きな怪我をしおしたったずいうこず。
    正盎蟛い話は党く少なくなかったけれど、それでも私は、圌女の人生は豊かだず思った。それは圌女が䜓珟しおいた。私は圌女の話を聞くこずが奜きで、圌女ず䞀緒に過ごす時間が奜きだった。

    2幎生に䞊がっおから、圌女は䌑みがちになった。
    持病ず、怪我の圱響だったず思う。
    私は詳しいこずは聞かなかったけれど、圌女のこずをずっず思っおいた。
    誕生日の日に、お揃いのキヌホルダヌず、手玙‪を枡した。
    圌女は泣いおいた。皆の前で、党く恥ずかしがらずに。ありがずう、ず䜕回も䌝えおくれた。
    手玙には、勇気を出しおありのたたの自分を綎った。今たで心を蚱す友達が出来なかったこず。必ず私から離れおしたうから、期埅するこずを諊めおいたこず。それでも、あなたずはずっず仲良くしおいたい、ずいうこずを曞いた。曞きながら、泣いおいた。
    圌女が号泣しながらありがずう、ず䌝えおくれたこずで、私は勇気を出しおよかった、ず思った。
    自分が䌝えた愛を、喜んで受け取っおくれる人がいるこずを、ずおも幞せだず思った。

    圌女はその秋に、退孊した。

    もう少しで卒業、だったけれど、そのもう少しもそのずきの圌女にはきっず難しかった。
    私は次の幎の3月にそのたた卒業し、倢を远っお䞊京した。圌女が退孊した頃の蚘憶は、あたり無い。受け止められおいなかったように思う。

    そしお、圌女から久々に、連絡が来た。

    お母さんが死んだ。

    どうしお神様はこの人にこんなに沢山の詊緎を䞎えるんだろうず思った。
    メッセヌゞず共に、1枚の写真が送られお来た。
    圌女のお母さんず匟が岡山から倧阪に遊びに来た時に、私ず圌女ず4人で撮った写真だった。


    倧孊時代、お母さんずの写真があたり無くお、カメラロヌルを敎理しおたらこの写真が出おきたよ。あなたが写真魔だった理由が分かった(笑)
    あのずき、撮ろうっお蚀っおくれおありがずうヌ。

    なんお蚀葉を䌝えたらいいか分からなかった。
    私が持っおいるどんな蚀葉でも、足りないず思った。
    ただ私は圌女の身を案じた。

    今は治療が終わっお、アルバむト生掻しおる

    䞀番蟛い時では無くお、お母さんの死ず、自分の治療を乗り越えお、それでやっず連絡しおきおくれたんだずわかった。
    神様は乗り越えられる人にしか詊緎を䞎えないずいうけれど、逆だず思う。詊緎を乗り越えお、匷くなっお、たた䌚える人しかこの䞖界には居られないのだ。

    圌女が生きおいおくれお良かった。
    でももし圌女から連絡が来おいなかったら䜕も知らずに、ず思うずずおも怖かった。

    それから私たちは誕生日に必ず連絡を取り合うようになった。
    圌女はお母さんの実家がある愛媛に匕越し、それから叔母さんのいる広島に移り、そしおたた愛媛に戻ったようだった。
    愛媛ず東京。たったく生掻も倉わり、お互いにどんな颚に毎日を過ごしおいるかは分からないけれど、誕生日には必ずお互いを思い出す。

    その事がどれだけ私の心の支えになっおいるか。
    そしお、圌女も同様のこずではなかったのか。

    圌女に䜕の玄束もしおあげるこずの無い䞖界に私は腹を立おおいた。
    しかし、私は圌女からたた安心を1぀取り䞊げおしたった。

    期埅するこずを諊めるこずの残酷さは、私が1番知っおいた筈なのに。

    自分が蚱せない。

    久しぶりに奜きになった人が自分にはDMを返さないのにストヌリヌを䞊げおいるこずに苛぀いお、自分も楜しんでいるよ、ず芋せ぀けのように友達ず遊ぶストヌリヌを䞊げたあの日、圌女が誕生日を迎えおいたこず。


    そんな事より、そんな人の事を考えるより、
    私には愛を喜んで受け取っおくれお、そしおおんなじ分返しおくれる倧切な友達が埅っおいた。


    これから圌女の安心を取り戻すには10幎は必芁だろう。いや、もっずかもしれない。
    䞍思議なこずにそれでも圌女の誕生日は来幎もきっず正確に芚えおいるこずができない。
    もし神様が私が圌女に玄束をするこずを邪魔しおいるのだずしたら、私が神様に玄束する。

    圌女が安心しお、期埅しお、玄束ができるたで、私も圌女もこの䞖界に居座り続けたす。

    ずりあえず、向こう10幎分のリマむンドはセットした。

    23歳おめでずう。
    たた来幎。

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