
ナス全史 Part 3:近代農業との格闘――接ぎ木・育種・土壌病害の百年(toyoty農業講座)
ナス全史(全4回のうち第3回)
「ナスの近代史において最も革命的だったのは、外来の品種でも化学肥料でもなく、意外なことに『接ぎ木』という古くて新しい技術だった」
明治維新以降、西洋の農学が流入し、日本の農業は経験と勘から科学の時代へと移行した。ナスの栽培もその例外ではない。本章では、近代農業の拡大とともにナス栽培に立ちはだかった「連作障害」という壁と、それを乗り越えるための技術的ブレイクスルー、そして品種改良の歴史を追う。
連作障害という見えない壁

近代農業の拡大とともに、ナス栽培にとって最大の壁となったのが「連作障害」だ。ナスを同じ圃場で毎年作り続けると、数年のうちに生育が著しく悪化し、やがてほとんど収穫できなくなる。
原因は土壌病害である。特に深刻なのが以下の病害だ。
青枯病(Ralstonia solanacearum)
土壌中に潜む細菌が根から侵入し、水や養分を運ぶ道管を塞いで植物を急激に萎れさせる。発病すると有効な治療手段がなく、感染株は抜き取って焼却するしかない。皮肉なことに、有機物の多い肥沃な土壌を好む性質がある。
半枯病(Verticillium dahliae)
糸状菌(かび)による病害で、冷涼な土壌条件を好む。青枯病と半枯病が同時に発生する圃場では、ナスの栽培は事実上不可能になる。
高度経済成長期に向けて野菜の需要が急増する中、産地では同じ畑でナスを作り続けることへの経済的圧力が高まった。輪作で対応できればよいが、専作化が進む産地ではそれも難しい。この袋小路を打破したのが、「接ぎ木」技術の実用化だった。
接ぎ木革命――病害を克服する技術
接ぎ木とは、ある植物(穂木)の茎を切り取り、別の植物(台木)の切り口に接合して一体化させる技術だ。果樹では古代から行われてきたが、野菜への本格的な実用化は20世紀に入ってからであり、日本がその技術開発において世界をリードした。
ナスの接ぎ木において革命的だったのは、台木として使う植物の選択だ。ナスを穂木として、土壌病害に強い別のナス科植物を台木にすれば、病害に強い植物が得られる。
最も重要な突破口となったのが、アカナス(Solanum torvum)の台木利用だ。東南アジア原産のこの野生植物は、青枯病・半枯病・萎凋病・根こぶ線虫に対して高い抵抗性を持つ。1960〜70年代にかけてアカナス台木の実用化が進み、日本のナス産地に急速に普及した。現在、日本のナス産地で流通している苗のほぼすべてが接ぎ木苗である。

図6: ナスの接ぎ木の仕組み。病害に強い台木(Solanum torvum)と、果実品質の優れた穂木(栽培ナス)をつなぎ合わせることで、両者の長所を併せ持つ植物体を作り出す。
接ぎ木技術の普及は、現代の「接ぎ木苗生産産業」という巨大なインフラを生み出した。高度に管理された施設で年間数千万本の苗が生産され、農家は苗を「作る」主体から「買う」主体へと変わった。
F1品種の時代と在来品種の危機
接ぎ木革命と並行して、もうひとつの技術革新がナス栽培を変えた。F1品種(一代雑種品種)の登場だ。
F1品種とは、遺伝的に異なる二つの系統を親として掛け合わせた一代目の雑種である。雑種強勢(ヘテロシス)と呼ばれる現象によって、F1品種はしばしば両親より旺盛な生育と高い収量を示す。加えて、F1品種は均一性が極めて高い。同じ種から育てた苗が揃って同じ大きさ・形・熟期の果実をつけるため、流通の効率化を求めるスーパーマーケット流通に完璧に適合した。
1960年代から70年代にかけて、「千両2号」「黒陽」「庄屋大長」など各社のF1品種が産地に普及した。しかし、F1品種には大きな特徴がある。F1品種の種から育てた次世代(F2)は、遺伝子の分離により形質がバラバラになり、親と同じ特性を示さないのだ。つまり、農家は毎年種苗会社から種を購入しなければならない。
このF1品種の普及と、農業の近代化・効率化の波は、在来品種にとって受難の時代をもたらした。「形が揃わない」「収量が不安定」という理由で、各地の在来品種は畑から次々と姿を消していった。農家の高齢化と後継者不足も、自家採種文化の衰退に拍車をかけた。

育種の科学的深化
一方で、20世紀後半の育種科学は急速に進歩した。単なる外観の選抜から、病害抵抗性遺伝子のマーカーを使った育種、細胞融合による種間雑種の作出へと手法は高度化し続けた。
2014年には国際的な研究グループによってナスのゲノムが解読された。約85Mbpのゲノムに約34,000の遺伝子が存在することが明らかになり、青枯病抵抗性や果実の色素合成(アントシアニン経路)に関わる遺伝子群が特定されつつある。このゲノム情報は、在来品種の遺伝的多様性を評価し、新たな育種に活用するための強力な基盤となっている。

近代農業の技術革新は、ナス栽培を飛躍的に安定させ、大量生産を可能にした。しかし同時に、遺伝的多様性の喪失という新たな課題も生み出した。次のPart 4では、この課題に対する現代の応答である「在来種ルネサンス」と、気候変動やゲノム編集といった最新のトピックを交えたナスの未来について展望する。
[ 次のPartへ:Part 4「在来種ルネサンスとナスの未来」 ]