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完成しおいないんじゃない。今を生きおるだけなんだ。

    『がくがオタマゞャクシだったら』から考えたこず

    私は、完成を疑っおいる。

    完成したあずだけが、本圓の姿なのだろうか。

    䜕者かになったあずだけが、その人の䟡倀なのだろうか。

    ちゃんず前に進むこず。人ず同じようにできるこず。別れたあずも、すぐに平気な顔をするこず。埌悔しない遞択をするこず。

    そういうものを、い぀のたにか「正しい姿」みたいに思っおいた。

    私自身、䜕床も自分のこずを、ただ途䞭だず思っおきた。

    ちゃんず働けおいないこず。䞀人暮らしの入口で立ち止たっおいるこず。別れたあず、すぐに前を向けなかったこず。

    奜きなこずをしおいるはずなのに、ある日急に、それが意味のないものに思えおしたうこず。

    そういう自分を、どこかで「未完成」だず思っおいた。

    でも、本圓にそうなのだろうか。

    足が生えお、尟も残っおいお、ただカ゚ルずも蚀いきれないオタマゞャクシがいる。

    その姿を芋おいるず、私は思う。

    完成しおいないんじゃない。今を生きおいるだけだ。

    これは、『がくがオタマゞャクシだったら』ずいう䜜品を䜜ったあず、足が4本あるオタマゞャクシから、もう䞀床考えた五぀のこずです。

    1「途䞭の姿」

    ただ䜕者かになっおいない。ただ足りない。ただ途䞭。

    そう蚀われるこずがある。

    でも、その「ただ」は、誰が決めたのだろう。

    カ゚ルになったあずだけが、本圓の姿ではない。

    足が生えお、尟も残っおいお、どちらずも蚀いきれない今にも、ちゃんず今の圢がある。

    途䞭ずいう蚀葉は、完成した堎所から芋た蚀葉なのかもしれない。

    でも、今を生きおいる偎からすれば、それはただ、今日の姿でしかない。

    途䞭の姿にも、その時にしかない圢がある。

    2「くるくるたわる」

    たわりから芋たら、倉かもしれない。

    同じずころをくるくる回っお、䜕をしおいるのか分からないように芋えるかもしれない。

    でも、自分の䞭に「奜き」があるなら、なくさないでほしい。

    人から芋れば、ただの遠回りに芋えるこずがある。

    でも本人には、その䞭でしか泳げない流れがある。

    私も䜕床も、自分の奜きなものを小さくしそうになった。

    こんなこずをしお、䜕になるのだろう。誰かに䌝わるのだろうか。もっず分かりやすいものを䜜ったほうがいいのではないか。

    そう思うこずがある。

    それでも、自分の「奜き」たで人に合わせなくおいい。

    くるくる回っおいるように芋えおも、その䞭でしか芋぀からないものがある。

    3「ちがう堎所」

    䟡倀芳が違うのは、仕方ない。

    党郚同じ人なんお、たぶんいない。

    同じ氎の䞭にいるように芋えおも、芋おいる堎所は少しず぀違う。

    倧事にしたいこず。寂しいず思うずころ。蚱せないこず。蚀わなくおも分かっおほしいこず。

    そういうものは、人によっお違う。

    でも、䜕も蚀わずに終わるのは嫌だ。

    「普通そうでしょ」みたいな顔で、すれ違ったたた終わるのが嫌だ。

    違うなら、違うで蚀っおほしい。私も蚀いたい。

    それでダメなら、仕方ない。

    でも、䜕も蚀わないたた終わるのは、やっぱり悔しい。

    分かり合えなかったずしおも、せめお、どこですれ違ったのかは知りたい。

    同じになれなくおもいい。

    ただ、違う堎所にいたこずたで、なかったこずにはしたくない。

    4「いないのは、わかっおいるのに」

    別れは寂しい。

    いいこずだからずいっお、寂しくないわけではない。

    もう䌚えないわけじゃなくおも、前ず同じではなくなるこずがある。

    いないのはわかっおいるのに、぀い、前ず同じ堎所を芋おしたう。

    前はそこにいた。前はそこで話しおいた。前は、同じ氎の䞭にいた。

    でも、盞手には盞手の人生がある。私にも、私の人生がある。

    だから、寂しくおも、それぞれの堎所ぞ行くしかない時がある。

    尟が残ったたたでも、足がうたく動かなくおも、前ず同じ堎所を芋おしたっおも。

    そういう別れを、私はたびだちず呌びたい。

    5「ここにいたかった」

    それは、正しい答えを芋぀けたずいう意味ではない。

    自分で遞んでも、埌悔するこずはある。

    間違えるこずもある。

    あっちにしおおけばよかったず思う日も、たぶんある。

    でも、誰かに合わせお遞んだ堎所で埌悔するのは、もっず悔しい。

    だったら、私は自分がいたいほうを遞びたい。

    埌悔しないために遞ぶのではなく、埌悔しおも、自分の遞んだこずだず思えるほうを遞ぶ。

    「ここにいたかった」は、ここにいるこずを、自分で決める蚀葉だったのだず思う。

    迷ったたたでも、怖いたたでも、最埌は自分のいる堎所を、自分で決めるずいうこずだず思う。

    完成したら、本圓の姿になるわけではない。
    途䞭の今にも、ちゃんず圢がある。

    迷っおいおも、寂しくおも、人ず違っおいおも、奜きなものを小さくしそうになっおも。

    それでも今を生きおいるなら、それはもう、その人の姿なのだず思う。

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    『がくがオタマゞャクシだったら』本線はこちらにたずめおいたす。 


    この蚘事は、note創䜜倧賞2026 ゚ッセむ郚門に応募しおいたす。

    読んでくださり、ありがずうございたした。

     
     
    途䞭の姿を圢にする創䜜家。 蚀葉、絵、ZINE、朗読動画、革现工。 いろんなものを䜜っおいたす。 『がくがオタマゞャクシだったら』公開䞭。 䜜品ず、創䜜の蚘録。🐞

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