雨の前の日
夏至を過ぎたばかりなのでまだ辺りは明るい。スーパーで買い物を済ませ、マンションの郵便受けを覗くと、少し厚みのある封筒が入っていた。三沢は封筒を取り出して、差出人の名前を見た。北陸地方に住む伯父だった。
伯父には法事の連絡を送ったばかりだった。母親の七回忌を行うこと、遠方だから無理して出席する必要はないこと。普段頻繁にやり取りすることがないので、便箋1枚に収まってしまったそれを、若干後ろめたいような気持ちで投函していた。
部屋に入ってから買い物袋を置き、洗濯物を取り込んでから、手を洗って、封筒の封を切る。前略、手紙をありがとうございます。お元気でしたか。あれからもう6年経つんですね。こちらは変わらずやっています。やっといい季節になってきました。紫陽花もきれいです。
なんということなしに目を走らせた。庭の話が便箋1枚分続いて、2枚目は膝の話になった。雨の前の日になると分かる、天気予報よりよく当たる、と書いてあった。先月、近所の人が亡くなったらしい。昔、木の枝のことでもめた人だと書いてあったが、記憶になかった。
ふと視線が止まった。「それにしても、あんなことまで書いてくれるとは思わなかった」
わずかばかりの時候の挨拶と事務連絡しか書いた覚えはない。控えを取っているか一瞬考えを巡らせたが、便箋1枚にさっと書いただけなので、もちろんPCにもスマホにも原文は残っていない。
「おまえもずっと、」母の葬式の帰り道、タクシーに揺られながら考えたことならあった。誰にも話したことはない――話した記憶はない。伯父には話す機会すらなかった。
七回忌のことはありがとう、せっかくだが腰と膝の具合で長くは座っていられないので遠慮する、と書いてあった。体を大事にしてください。草々。
手紙は終わった。3枚目の便箋の最後には伯父の名前と日付があった。
ずいぶん時間が経った気がしたが、時計に目をやると10分程度しか経っていなかった。返事のための便箋を出したところで、自分が何を書けばいいのか、全くわからなくなる。
三沢は放りっぱなしにしていた買い物袋の中の缶ビールを冷蔵庫にしまい、開きっぱなしにしていた便箋を茶封筒に戻した。味噌汁の支度をする。包丁を持つ前に、手を洗った。