
ただ恋をしていた|第18章
第十八章
「ところで、桜。明日の服は決まったのかい?」
そう尋ねると桜の顔がみるみる真っ赤になっていった。その様子があまりに可愛らしくて、笑いをこらえきれなかった。
「どうして、お父様がそのことをご存じでらっしゃるんですか?」
桜はすぐにギョンスクさんを見たが、ギョンスクさんも笑いをこらえながら、首をかしげていた。
「あれだけバタバタと何往復も部屋と台所を行ったり来たりしていれば、何をしているかの見当くらいつくよ」
「…恥ずかしい…走ってごめんなさい」
「今日だけだよ。それで、服は決まったのかい?」
「はい!」
十六年見てきた笑顔で一番だったかもしれない。
誇らしいのと同時に、少しだけ寂しいのは親の身勝手な感情だろう。
「おしゃれもいいが、足元だけは歩きやすい靴を履いていきなさい。牧の島は思っているよりも坂が多いからね。金城君の足の長さとお前の足の長さでは歩幅が全く違う」
「お父様それは少しだけ失礼ですよ」
そう言って膨れる桜と、その様子見て微笑むギョンスクさんを眺めながら、ずっとこんな日々が続けばいいと願わずにいられなかった。
戦争の足音はすぐそばまで聞こえている。それでも素知らぬ顔をし続けなければ、今の平和は保たれないような気がしていた。
先行き不安な世を生きていく桜の世代は、一体どれほどの苦難が押し寄せるのだろう。私が釜山に来た時も、ただならぬ決断だったように思うが、過ぎてしまえばそれは「過去」となる。
私は何者でもなくただの一人の親なので、どうしても桜が幸せであることだけを願ってしまう。
金城君は朝鮮人であり、日本人として生まれた特別な世代だ。そういったことが正解なのか、今この世界が未来において「歴史」となった時にどのように咀嚼され、解釈され、理解されるのかを今は想像することができない。
ただそれでも、金城君のようなアイデンティティを持つ子と、桜のように釜山で生まれ育ち、日本の地を踏んだこともない日本人のアイデンティティを持つ子が、この土地で出会い、互いにひかれあったのは、もはや必然にすら感じる。
この二人が乗り越える壁は、今後とてつもない高さであり、重さであり、厚みだろう。そこに二人が今気づけているかもわからないが、それでも彼らがその壁に挑むというときは、手放しで二人の味方でいたい。それだけが今のこの時代を生きている私世代ができる、唯一のことのような気もしている。
国としても、朝鮮人と日本人の結婚を推奨していると聞いた。これの意味することはあまり深く考えたくはないが、推奨などされずとも、自然とそうなっていくとも思えるし、時代が真逆を進むとも思える。
ただ、今は何を考えても空想でしかない。
桜は明日をただ思い切り楽しめばいいと思う。
私はギョンスクさんと桜の成長を妻の墓前に報告をすればいい。
ただそうやって、何気ない毎日が過ぎて、歳を重ねていきたい。
『華(ハナ)』
強がる君が先に逝ってしまい、甘えられているか、泣きごとを言える人がそこにはいるのか、ずっと心配している。
だが、すまない。もう少し待っていてくれ。
僕はもう少しこちらで頑張るからね。