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『カーテンコール』第30話 エピローグ

    数日後。

    彼は、
    マチネとソワレの合間に、
    ふと思い出して、
    あの花の名前を調べた。

    カフェのカウンターにあった、
    青みがかった、
    少し棘のある花。


    ⸻


    ——エリンジウム。

    画面に表示された写真は、
    記憶と、
    ほとんど同じだった。



    ⸻



    花言葉、
    という項目に、
    一瞬、
    視線が止まる。



    ⸻



    「秘密の恋」



    ⸻



    彼は、
    すぐに画面を閉じなかった。

    驚きよりも先に、
    胸の奥が、
    静かに、
    納得してしまったからだ。



    ⸻


    ——やっぱり。

    そんな言葉が、
    声にならないまま、
    喉の奥で消える。



    ⸻



    思い返せば、
    説明のつかないことばかりだった。

    あの日のマチネのカーテンコールで、
    一瞬だけ、
    確かに感じた視線。

    見られている、
    というより、
    見送られた、
    という感覚。



    ⸻



    あの空の色。

    薄花色に包まれた楽屋口。

    たまたまかもしれないが
    あれは、
    ただの夕方ではなかった。



    ⸻



    カフェの花。

    誰かが、
    わざわざ選んで、
    置いていったという事実。

    名前を聞かず、
    理由も問わなかった、
    マスターの間。



    ⸻



    すべてが、
    説明されないまま、
    それでも、
    一本の線で繋がっている。



    ⸻



    彼は、
    スマートフォンを伏せ、
    深く息を吸った。



    ⸻



    ——来てたんだ。

    声には出さない。

    確信だけが、
    静かに、
    胸に落ちる。



    ⸻



    彼女は、
    何も言わなかった。

    彼の前に現れもしなかった。

    それでも、
    拍手だけは、
    確かに、
    そこにあった。



    ⸻



    立ち上がらず、
    名乗らず、
    近づかず。

    それでも、
    一番近い場所から、
    送り切った拍手。



    ⸻



    彼は、
    少しだけ、
    目を閉じる。



    ⸻



    会えなかったから、
    終わったわけじゃない。

    最後の線を越えなかったから、
    消えたわけじゃない。



    ⸻



    選ばなかった、
    という選択。

    近づかない、
    という愛し方。



    ⸻



    それを、
    彼女は、
    全部、
    自分の側で引き受けていた。


    ⸻


    ——ありがとう。

    という言葉では足りない
    気持ちがそこにあった。

    ——幸せを願ってる。

    届かないはずだが
    なんとなく届いた気もした。



    ⸻



    彼は、
    立ち上がり、
    次の舞台へ向かった。


    いま、
    彼が舞台に立つ理由は、
    もう、
    誰かに証明するものではない。



    ⸻



    この恋のカーテンは、
    もう、二度と、
    開くことはない。


    それぞれの場所で、
    別々の人生が、
    続いていく。



    それでも、
    同じ時間を、
    共有した記憶だけは、
    消えない。


    ——それで、
    よかった。



    ⸻



    【小説:カーテンコール/ありす】

     
     
    舞台や音楽、夜にしか書けない感情が好きです。 人に言わなかった気持ちが、 物語になる瞬間を探しています。

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