
またあしたのあとで
「⚪︎⚪︎くんまた明日ね」
その一言だけで、今日はイヤホンを取り出さなかった。
駅から家までの数十分、下北沢の湿った空気が肌に張りついて離れなかった。
駅前の騒がしい若者たちの声が、いつもより近く感じた。
でもそれ以上に、さっきまで隣にいた先輩の声と顔が頭から離れなかった。
いつもなら何も考えずに音楽を流していたのに、今日はポケットの中でイヤホンが静かに揺れているだけだった。
コンビニの前で、足が少しだけ遅くなる。
光はいつもと同じなのに、今日はやけに強く見えた。
でも入らなかった。
理由はわからない。ただ、今は他の誰かの声に触れたくなかった。
さっきの会話を思い返す。
意味のない話ばかりだったのに、あの一言と笑顔だけが残っている。
こういうのを「好き」と呼ぶのかもしれないと、少しだけ思った。
車が来ていないのを確かめて、細い道を渡る。
誰かとすれ違うたびに、あの人ではないことを確かめてしまう。
イヤホンは結局、一度も再生されずポケットの中で揺れる。
今日は胸がゆれるだけでよかった。
ただそれだけでよかった。