母の引っ越しは、終わらない②
とにかく、まずは分類しよう。
服と鍋とストーブが同じ場所に入っていたら、もう何が何だかわからない。
姉と弟と、短い作戦会議をしたあと、私たちは無言で手を動かし始めた。
服。
鞄。
鍋。
皿。
服。
帽子。
鞄の中から鞄。
グラス。
また服。
途中で、
「これで合ってる?」
「終わるの?」
なんて考え始めたら、たぶん心が折れる。
だから、とにかく分ける。
「なぜ鍋がここに?」
「帽子、多すぎない?」
そういう疑問は一旦保留。
考えたら負けみたいな空気があった。
ちなみにこれは、まだ押入れひとつの話である。
このあと、もうひとつの部屋の押入れと、ソファーベッドの引き出しと、キッチン棚でも、ほぼ同じ景色を見ることになる。
今思えば、あの家はモノが300%くらい詰まっていた。
空間なんて、なかった。
どうにか分類しながら、今度は母と話し合い。
「体はひとつしかないんだから、気に入った服だけで十分だよ」
「スッキリしてた方が、忘れないし暮らしやすいよ」
「せっかく広い団地に行くんだから、なるべく広いまま使おうよ」
私たちも必死だった。
母にしてみたら、子どもに人生を整理されているような気持ちも
あったかもしれない。
それでも、何とか納得してくれた母に響いた言葉は
「広くしておけば、お正月に孫たちも家に来られるよ」
という話だった。
それまでの家は、本当に狭かった。
お正月の集まりはずっと外食。
みんなで座る場所すら、なかったから。
でも、「自分の家に孫たちが来る」
その想像は、母の気持ちをかなり動かしたみたいだった。
そこから母は頑張った。
「これは処分するわ」
「これは持っていく」
母の口調が少しずつ変わっていく。
さっきまで「全部必要」と言っていた人が、自分から手放し始める。
不思議だった。
物って、勢いより、“気持ちの置き場所”が決まると動くのかもしれない。
山積みの服がゴミ袋に入れられていくのを見て、私は少しだけホッとした。
続きます。
今日もお疲れさまでした。
透青
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